転校生⑤
「この学校に幽霊がいるんですか」
「私はいると思っている」
「そんなこと」
信じられるわけがない、と言いかけたアキラは口を
――熱い、誰か水を――熱い、
た す け て ――――!!
意識の朦朧とした中で聞こえた声。
空間に反響し、ノイズのようになったあの音が、もし幻聴でなかったとしたら。
「……仮に幽霊が居るとして、先週の事件や私の体調不良とどう関係があるのですか」
「まあそうなるだろうね」
「幽霊の呪いとか?」
「簡単に言うとそうだね」
――ありえない。
アキラが一番ありえないだろうと思い口に出した、馬鹿らしい仮説を白鷺はあっさりと肯定してみせた。
現実味を失っていく話にアキラは呆れ果てたが、白鷺はそんなアキラを気にも留めない様子で続ける。
「君は幽霊の存在は否定しないようだ」
「それは……」
「続けよう、先程話した昔の学舎で犠牲になった生徒たち。その浮かばれない魂はこの地に留まった。時間がたつにつれ徐々に魂は去ったが、それでも強い恨みを持った魂は残った。そしてこの学園を建てる時、作業員が次々と倒れていったそうだ。君のようにね」
「まさか、あの頭痛の原因は」
「そう、彼らの圧倒的な負の意思が影響している。まるで呪いのようだと思わないか」
確かにアキラが不調を感じたのは校内に入った瞬間だった。不穏な一致にアキラは両手で震えそうになる腕を抱いた。
「なんとか学園は建ったが、それ以降も倒れてしまう人が出たんだ。ただし、倒れる人は皆ある条件を満たしていた」
「条件?」
「ああ。それは、学園の教師又は生徒でない、ということだ」
まるで部外者を排除しているかのように。と白鷺は小さい声で囁く。
「業者も用務員も駄目。その呪いは教師と生徒しか許さなかった。しかしそれでは学園が回らない。学校運営にはたくさんの人が関わっているんだ」
「ま、待ってください。私は生徒ですけど倒れました」
「そう、『転校生』が例外だということは、学園創立後すぐに分かったよ」
「例外……!?」
「これはあくまで憶測になるんだが、」
白鷺は一度ソファに座り直し、コーヒーを飲みほした。そしてゆっくりとアキラに目を向ける。
「学舎で賊に殺された生徒の霊が、この学園の教師と生徒を守ろうとして部外者を呪う。しかし恐らく、学舎だった頃は昔すぎて、転校生という概念がなかった。だから転校生も呪いの対象になってしまうということだと思う」
「そんな」
「そのことはこの学園に初めて『転校生』が来た時に分かった。その『転校生』は呪われたが――少し特殊だった」
呆然とするアキラを横目に白鷺はソファから立ち上がり、アキラが座るソファの横に立つ。
白鷺の視線の先には、先程アキラも見た壁にかかる校章のレリーフがあった。桜中央学園とかかれた文字の上に、桜と星を
白鷺はそのレリーフを壁から外す。すると壁の中からカチッという何かが動く音がした。アキラはその様子を黙って見守る。
白鷺は音が聞こえた辺りの壁を押した。
ガコン!
一際大きな音が鳴り、回転する壁。まるで時代劇に出てくるカラクリ屋敷のような仕掛けにアキラは目を見開きぱくぱくと口を動かし声なき声を出した。
「な、な、なんなんですか」
「祖父の残したものだ。見てごらん」
回転したことで表と裏が逆になった壁には五つの額縁が飾られていた。若干の黴臭さを感じつつアキラは恐る恐る壁に近づく。
それは絵だった。
劣化した紙に黒いインクで描かれた、五つの絵。それぞれの額縁には絵のタイトルが刻印されている。
クモ
ハチドリ
クジラ
トカゲ
サル
生き物を題材にした絵のようだ。アキラはこれらのシンプルな線で描かれた絵に見覚えがあった。
「これって……地上絵ですか」
「そう、ナスカにある代表的な地上絵を模倣したものだ」
「模倣……」
「これは初めての『転校生』が描いたものだ。そして彼はこの絵に霊を封じてしまった」
「えっ!?」
慌てて絵から距離を取ろうとするアキラに、白鷺は愉快そうに微笑んだ。
「これは紙に描きなおしたレプリカだよ。実際に封じたのはこの紙の上の絵じゃない。地面だ」
「地面?」
「地上絵の模倣だからね。彼はこの絵を校庭に描いて一体ずつ霊を封じていったんだ」
「そ、そんなことってできるものなんですか……」
「祖父から聞いた話だと、彼は特殊だったそうだ。どうやらオカルト方面にかなり明るい人物だったようだが…詳細は分からない」
「オカルト……」
「巨大な恨みを持った霊は五体いたそうだ。それぞれをこの五つの絵を使って地に封じ込め、呪いは終結したと思われた。学園創立からすぐのことだから、約七十年前のことだね」
あまりにも突飛な話の内容に、アキラは視線を彷徨わせながら戸惑う。
七十年前、強い恨みを持った幽霊が、部外者と転校生を呪っていた。
その幽霊を転校生が地面に封じて――?
「そ、それからどうなったんですか」
「先週までは平穏無事だったよ。校外の関係者や時々来る転校生もピンピンしていた」
「先週……」
「君も君のお母さんも、手続きに来たときは何ともなかっただろう」
「はい」
「その日の夜に佐倉先生は亡くなった。死因は不明。警察は不審死事件として調べている」
頭を金槌で殴られたような衝撃がアキラを襲った。
アキラと会ったその日に佐倉が死んだという事実と、不審死という言葉に呼吸が止まる。
「つ、つまり、先週、幽霊がまた出てきて佐倉先生を呪い殺したってことですか」
「いや、恐らく逆だ。佐倉先生は教師だから呪いの対象ではない」
「逆……?」
「佐倉先生が死んだことで霊の封印が解けた」
そう考えるのが妥当だ。と白鷺は一つの額縁にそっと触れる。
「佐倉先生が亡くなる前日に、校庭に『クモ』の地上絵が出現した。たった一夜の内に、地面を盛り上げるようにして描かれていたよ。当初は生徒のいたずらだと思ったが…次の日の朝、佐倉先生が校庭で倒れていた。その時には地上絵は消えていたんだ。どう思う? これはまるで――」
「生贄……?」
「そう。『クモ』に封じられていた霊が何故か眠りから覚め、地面から出ようとして地上絵を浮かび上がらせ…佐倉先生の命と引き換えに甦った――」
「だからまた呪いがはじまった……?」
白鷺は黙って頷き、飾られた地上絵の内の一つを指差した。
「これをご覧」
アキラは混乱する頭を必死に動かしてその言葉に従う。
『サル』と書かれた額縁に入った絵は単純な線で描かれている。よく見るとその絵にだけ小さな文字が書き込まれていた。
『眠りを妨げる者あれば、邪霊は儀式を通して生贄の体に甦りこの地を呪うだろう』
儀式という言葉にアキラははっとする。白鷺が先週の事件を儀式と呼んだ理由がたった今分かったのだった。
佐倉先生は『クモ』に封じられていた幽霊が甦るための儀式の生贄にされてしまった。
そして転校生のアキラはその甦った幽霊に呪われてしまっている――。
アキラの全身は急激に冷え、肩が小刻みに震えだした。
――その幽霊はもしかしたら今どこかで自分を見ているかもしれない。
どさりと倒れこむようにソファに腰かけ、アキラはカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
先程と同じように体が癒されていく感覚がしたが、恐怖に早鐘を打つ心臓は抑えられなかった。
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