転校生④

「ど、どういうことですか」


 アキラは自分が具合が悪くなったのは寝不足と緊張、そして事件のことを知ったショックで一時的に脳貧血を起こしたのだと思っていた。しかし白鷲はそうではないという。


 転校生だから――?


「申し訳ないと思っている。君の転校が決まった時、まさかこうなるとは思っていなかったんだ。本当は君もこんな状態になることはなかった……先週の儀式が行われるまでは」


「わ、私と先週の事件に何の関係が……って、え?」


 今、白鷲は何と言っただろうか。先週あったというのはどう考えても教師が亡くなった事件のことだ。それを、


「儀式?」アキラが聞こえたままを繰り返すと、白鷲は黙って頷いた。


 アキラは自分の血の気がサァーと引いていくのを感じた。


 今日は確かに色々あったけれど、これは間違いなく今日一番関わってはいけない話だ。アキラの頭の中で『振興宗教』『オカルト』『危険思想』などどいうワードがぐるぐる回る。


 この理事長は間違いなく危ない思想をしている。アキラはなぜ自分がこんな目に遭うのか理解できなかった。祈る神を持たないアキラでもこの状況から救われるならどんな神にでも祈る気持ちだ。


「先週のことは報道で知っていると思うが――聞いているかい?」


「わ、私、そういうのはちょっと」


「おや、誤解があるようだ。順を追って説明しよう。コーヒーは飲めるかな」


 電気ケトルで湯を沸かし始めた白鷺の後姿をぼうっと見遣る。すっかり相手のペースに飲まれかけているアキラは、今のうちに、といくつかの疑問を投げかける。


「私、倒れた後どうなったんでしょうか」


「保健室に運ばれたんだが、今日は混雑していた。事件にショックを受けた生徒が大勢いたからね……だからこの理事室に運んだのさ、元々君に話があったし」


「あの、授業は……」


「倒れたばかりだろう、無理をしなくてもいい。担任の先生にも言ったから安心しなさい」


 アキラにとって今現在の方がをしていたが、今後の学校生活のことを考えると白鷺から詳しく話を聞かないわけにはいかないようだった。

 

 突然の体調不良。魔除けの指輪。転校生。まるで分からないことばかりだ。

 

 芳純な香りとともに湯気立つカップが目の前に置かれた。アキラはコーヒーには詳しくなかったが、このコーヒーは特別落ち着く香りだと思った。一口飲むと強張っていた体がじわじわと解けていくように緩む。


「美味しい」


「だろう。このコーヒーもよく効くんだ」


「ごほっ」


 まさかこれも怪しい魔除けグッズの一つとは夢にも思わなかったアキラは思い切りむせた。優雅な所作でコーヒーを飲んでいる白鷺をじとりと睨み付けるが、白鷺は気にせずカップを置き口を開いた。


「この学園は創立から約七十年。創立者は私の祖父だ。昔々に小さな学舎があったというこの土地に、この桜中央学園を建てた」


「はあ」


 急に学園の成立ちを話し始める白鷺に、アキラは気のない相槌を打つ。


「その昔々にあった学舎というのは――祖父がこの土地を手に入れた時には既に無かったんだが――どうやら曰くつきでね」


「曰くつき?」


「その学舎はぞくの襲撃に遭い、教師と生徒が大勢犠牲になったそうだ。何の罪もない生徒たちが、凄惨せいさんな最後を遂げた。そこにこの学園が建っているわけだね」


 ――まさか。


 話の方向が薄々と分かってきたアキラはぎゅっと眉根を寄せ白鷺の言葉を待つ。


「そこで『転校生』の本野アキラくん。君は幽霊を信じるか」


 やっぱりそうか。

 真面目に聞かなければよかった、とアキラは頭を抱えた。





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