転校生③

 アキラが目を覚ましたのは良く手入れされた革のソファの上だった。


 横に寝かされ白いタオルケットでくるりと体を包まれた状態で、アキラは二、三回瞬きをする。そのままの体勢で首だけ動かし周りを見回すと、シンプルだが高級そうな照明や本棚、そして招き猫の置かれた仕事机が目に入る。


 どうやら寝かされているのは来客用のソファのようだ。横にあるテーブルに手をつきながら体を起こすと足元に鞄とローファーが置いてあることに気付いた。


 ――私は、倒れてしまって、それから……。


 不思議な夢を見た気がする。アキラは額を押さえてぼんやりする頭で今の状況を整理する。頭痛は治まっていて、体の重みも取れていた。

 

 ふと背後の壁を見ると桜中央学園と書かれた校章のレリーフがかかっている。ここはどうやら校内の一室のようだ。


 きっと寝不足と事件の話を聞いたショックで貧血を起こしてしまったのだろう。


 アキラは自分でそう結論を出し、倒れる前に見た幻覚を無かったことにしようとしたが、おぼろげな意識の中で目に焼き付いた光景はすぐに忘れることはできそうになかった。

 

 校舎に重なるように見えた古い建物。炎にのまれる声。


 ――あれは一体何だったの。


 しばらく考えたが何も解決しないことを悟ったアキラは、ローファーを履き立ち上がる。まずは鞄から携帯電話を取り出し、今が十時を過ぎたところであることを確認した。


 始業式は終わってしまっている。


 授業中かもしれないが、とにかく職員室に向かおうと、部屋のドアに向かう。


 ガチャリ、


 アキラがドアノブに触れる前にそれは音を立てた。


「おや、起きたのか」


 静かな動作でドアから体を覗かせたのは背の高いスーツ姿の男性だった。


 歳は五十半ばほどだろうか。白髪の混じる髪を綺麗に整えている。

「具合はどうかな」と柔和な表情でアキラに問いかけるその男性は、紳士という言葉がぴったり当てはまるだろう。


 ぽかんと呆けるアキラは、ドアノブに伸ばした手を引っ込めることも忘れ固まっていた。その様子を見た紳士はアキラの身長に合わせて屈み、顔色を確認するようにアキラを覗き込む。


「ふむ、まだ良くないようだね。一応魔除けの指輪を付けておいたんだが、効き目が薄いかな」


「え? 魔除け……って、あ!」


 ドアノブに伸ばしたままになっていた手をよく見ると、親指に大きな銀細工で蹄鉄ていてつの形が施された指輪がはまっていた。今まで気が付かなかったのが不思議なほど存在感のあるそれに、更に言葉を失う。


 紳士は「ふむ」と言葉を漏らした。


「これは私のコレクションのひとつでね。君は指が細くて親指しか合わなかったんだ」


「はあ」


「他にもあるんだ。ほら今私が首から下げているのはナザールボンジュウといってこの目玉状の石が特徴で」


「はあ」


「エジプトのアンクは分かるかい、ギリシャのバスカニアとか――ってそれは置いておいて、」


 話したいことを話すタイプらしい紳士はアキラの適当な相槌に気が付いたのか、ゴホンとひとつ咳払いをして続けた。


「私はここの理事長をしている、白鷲しらさぎといいます」


「理事長」


「はい、よろしく。とりあえずそこに座ってくれるかい」


 目の前の紳士が学園の理事長を名乗りだしたことにアキラは思考が追い付かず、促されるままにソファに戻り座らされた。

 この学校の理事長、白鷲は身に着けている自身の『コレクション』をテーブルに広げ「さあどれの魔除けグッズがいいかな」などと呟いている。

 その様子を薄目で見ていたアキラはふとある考えが浮かんだ。


 もしや理事長は先日起こったという事件に心を病んで、この学園を憂うあまり怪しい魔除けグッズに投資し始めてしまったのでは。


 アキラはその仮説に胸が締め付けられ、なるべく優しい口調で白鷲に話しかけた。


「あの、理事長。私はただの貧血だと思うので、こういったものは結構です」


「む?」


「こちらもお返しします。ご迷惑をおかけしました」


 アキラは女子が付けるには武張ぶばったデザインの指輪を親指から抜いた。その瞬間、


「うっ」


 全身に感じる重圧と耳鳴りを伴う頭痛がアキラを再び襲い、たまらずテーブルに伏せる。

 校門で起きた頭痛よりもっと酷く、吐き気を伴うそれだった。


「なんで、」


「ほら、それを取るからだよ」


 そう言って対面に座る白鷲がアキラの手から外れた指輪を再び嵌めた。


「……っ! はあ、はあ」


「うん、魔除け自体は良く効いているみたいだね」


 突然軽くなる体とクリアになる頭。アキラは信じられないという表情で指輪と白鷲を交互に見つめた。


「君が倒れたのは貧血ではない」


「え……」



「君が『』だからさ」



 アキラにとってごく身近に聞くその単語は、まるで別の言葉のように響いた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る