転校生②

「大丈夫か?」


 アキラは横から聞こえた声にはっと顔を上げ、改めて助けてくれた男子学生に向き合った。


「助けてくれてどうもありがとう。あなたは」


「俺は二年の西條さいじょうトーマ。さっき転校生って呼ばれてたけどそうなのか?」


「うん、私は本野もとのアキラ」


「災難だったな」とため息交じりに人懐っこい笑顔を見せるトーマに、アキラは不思議と体中の力が抜け、かわりに疲れがどっと襲ってきた。


「さっきの奴のこと一応センセーに言っておこうぜ。またねとか言ってたし」


「うん、あの一緒に来てもらってもいいかな。私、一度ここに来たことはあるんだけど、職員室の場所分かるか自信がなくて」


「ああ、もちろん行くよ」


 ――よかった。


 アキラはトーマの優しさに感謝した。今のアキラが一人になったら不安で押しつぶされそうになっていただろう。

 ただでさえ緊張していた転校初日に、校門の前で変な男に絡まれ、更には――


「あの、西條くん」


「トーマでいいよ」


「じゃあトーマくん、先週この学校で事件が起こったって本当なの?」


「ああ」トーマはアキラの問いに神妙な顔つきで答えた。


佐倉さくらセンセー、いい人だったよ。いったい何があったんだろう」


 佐倉先生、トーマの口から出た名前を頭の中で反芻する。


 さくらせんせい、


『かわいい名前ですね』


『ふふ、ありがとう。では来週の月曜日、始業式が9時から始まるからそれまでに職員室に来てね』


『はい』


『ああそれと、理事長先生があなたに話があるみたい。始業式が終わったら理事長室に行くのを忘れないでね』


『え?』


『うちの学校、生徒が理事長室に呼ばれることって滅多に無いんだけどね。



 まあ、転校生って珍しいし、何か特別なお話があるのかもしれないわね』



『なんにせよ、ようこそ桜中央学園へ』



 唐突に思い出される先週のやりとり。その事実に気付いた瞬間、アキラの背中をぞわりと冷たいものが走りぬける。


 先週亡くなったのは、アキラが転入手続の時に会った教師だった。


 ――私が先生に会ったのは、もしかしたら事件が起こる直前だったのかもしれない。


 目の前がぐらぐらと揺れる。知らないところで起こっていた恐ろしい事件が、被害者に会ったことがあるというだけでとてつもなく身近に感じたのだ。


「ほら、行こうぜ。職員室はこの校門くぐってすぐの旧館にあるから近いんだ」


「あ、うん……」


 トーマに促されて重厚な造りの校門に向かう。踏み出した一歩が校門を超えたその瞬間、ズシンと頭が重くなり、目の奥に痺れるような痛みが走った。


 ――色々ショックなことがありすぎて頭まで痛くなってきた。


 二歩、三歩――。アキラの足が止まる。


 足を踏み出すごとに体がどんどん重くなっていった。アキラは両手を膝につく格好で、体に圧し掛かる重みに耐えるが、次第にバランスが取れなくなっていく。


『この事件は分からないことが多すぎて』


 次第に頭痛は酷くなり、視界が霞み、地面に転がる石の輪郭が二重になる。

 

 不安と混乱のしすぎで体がおかしくなってしまったのだろうか。


「おい、どうした?」


 その普通でない様子に気付いたトーマは、アキラの肩を何度か軽く叩きながら声をかける。しかしアキラはその呼びかけに答えることもできずに、沈みそうになる体と意識をなんとか保つので精一杯だった。


 ――からだが、おかしい。


 このままでは地面に倒れこんでしまう。そうなる前にトーマに返事をしようと伏せていた顔を上げた時。


「え……?」


 アキラの目に可笑しなものが映った。


 校門をくぐった先にある校舎に重なるように、別の建物が在るのだ。まるでCGで映像を重ねているかのように、別々の建物が同じ場所に映し出されている。


 アキラが先ほどまで坂の途中から見ていたものと全く違う光景が目の前に広がっていた。


 ――これは何?


 そして、校舎に重なるように現れた、平屋の古い造りの建物は今まさに巨大な炎に包まれていた。


 轟々と音を立てながら炎はどんどん大きくなる。



「燃えてる……」


「っおい! 本当に大丈夫か」


 アキラの体が大きく傾く瞬間にトーマが両肩を支え、自分に寄りかからせる形で座らせた。



「しっかりしろ、おい! 『――熱い、誰か水を――熱い』



 トーマの声が聞こえるが、果たしてこれは本当にトーマの声なのだろうか。




『た す け て ――!!』




 炎に包まれる建物の中から、空間に反響しノイズのようになった叫び声が聞こえた時、アキラの意識は唐突に途絶えた。




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