第25詠唱 王女の帰還

「バックは結衣と任せろ!」


 アイラと結衣は魔石で変身して黒い炎をアイラが槍を風車の様に回して防ぎ、結衣が大剣で竜の脳天を叩く。


「グアァァァァァア!」


 当たり所が良かったのか竜は一瞬怯(ひる)み動きが止まる。


「箒を使って逃げましょう!」


 ベティの提案に全員は携帯式の魔法の箒をポケットから出すと、魔力を注ぎ乗れる大きさに伸ばす。


「あともう少しで着くんですか?」


 リリィは一緒に乗っているベティに聞く。


「あともう少しですよ、ただ問題が」

「問題?どうしたの?」

「転移するのにかなり時間がかかるので、あの召喚獣を足止めしなければなりません」


 リリィはチラッと後ろから蛇のように追いかけてくる竜を見る。


「額の魔法陣を壊すのは?」

「あれは召喚した者にしか壊せないんです、あの召喚獣を消す方法は召喚した人を殺さなければいけないんですよ」

「そうなんだ」


 すると何処からともなく詠唱をする二人の女性の声が何処からともなく聞こえてくると、竜の目の前に鋼の壁を現れた。


「何?」


 最後列で攻撃を防いでいた結衣が驚いてキョロキョロと周りを見渡す。


「そこの黒髪の女の子はリコリス・オストラン様ですか?」


 先導するベティの前に突然、フードで顔を隠した灰色の肌をした黒ローブ姿の魔女が二人姿を現す。


 二人の魔女に全員は一旦止まりそれぞれ魔武を出すと構えて警戒した。


「そうですが何か?」

 

 緊張のせいか額から汗をタラタラと垂らして、竜の声や周りの音がサーと聞こえなくなった。


 ベティはふと彼女達の首からぶら下げているネックレスをみて「そのネックレスは城のメイドですか」と言うと二人の魔女は顔を見合わせる。


「もしかしてベティ・ロージャスさんですか?」


 一人が聞くともう一人は「え?あの人はアシェリーさんと一緒に死んだはずじゃないの?」とコソコソと耳打ちをした。


「そうですが、貴方たちは?」

「やっぱり!姉さんだったんですね!」

「うそ!ベティ姉さんなの?」

 

 二人は目元まで深く被っているフードを上げて顔を見せると、犬の様にパタパタと満面な笑みでベティに駆け寄る。


「あなた達はマリサとロサではありませんか、何故ここに?」

「こっちのセリフです!姉さんこそなんでこんな場所に」

「リリィ......いやリコリス様と城へ」

「なるほど、だったらあそこから城には入らないよ!」

「ロサと一緒に新しい転生場所を作ったのでそこから行きましょう!」

 

 「ついて来て下さい!」と高校生ぐらいであろう二人の若い女性は手招きをしてから歩き始める。


「あの子達は敵ではないので案内してもらいましょう」


 リリィ一行は二人について行くと、家庭で使ってそうな煤(すす)だらけの大きな暖炉がど真ん中に置いてある場所に着いた。


「この暖炉から転移するんです!」

「2年前に反黒灰の魔女から逃げるため城内にあった暖炉を使用して急いで作った場所だから、ちょっと変なところに転生される時があるけどまぁ大丈夫!安心していいよ!」

「その言葉に安心できる人間はいないと思うんだが......」


 アイラは本当に大丈夫なのか疑いの目で所々亀裂の入っている暖炉をジーと見る。


「ま、まぁ背に腹はなんとやら、ここから行くしかないですよ、私が先に行ってみてまたココに戻ってきます」


 リリィは心配そうな顔で「気を付けてくださいね」とベティの手を握った。


「任せてください」


 安心させるようにニコリと微笑むと体を丸めて狭い暖炉の中に入る。


「転移の合言葉はなんですか?」

「隣の芝生は焼野原です」

「隣の芝生は焼野原!」


 ボワンと勢いよく紫色の炎がベティを包んで消した。


「あ、そう言えばマリサ、メイド長に転移先の窯を使わないように言ったけ?言ってなかったよね」


 ロサの言葉にマリサは「あ」と言うと顔を真っ青にして石像の様に固まる。


「どうしたの?」

「いや、それが......」


 説明する前に炭(すみ)の様に真っ黒こげになったベティが戻って来た。


「あの、転移場所が焼野原というか本当に燃えてたのですが......」

「そこで合ってるんですよ、すみません直ぐに戻ると言ってなかったのでメイドたちが料理で転移先の窯を使ってるんだと思います」

「それ、早くいってください」

 

 口から巨大な煙の塊を一つ出すとバタリと倒れる。


「わ、私が今すぐ止めるように言ってきます!」


 全身にバリアーを纏うと暖炉の中に入り転移する。


「ベティさん大丈夫?」


 リリィは倒れてるベティの頬をツンツンと突っつく。


「大丈夫ですよ、しかし向こうは本当に激戦地帯なのか窯の中からでも爆発音とか聞こえました、お城は平気なんですか?」


 クマの様にのっそりと起き上がる。


「今は城外にバリアーを張ってるから大丈夫だけど、正直あともって1年なんだよ」

「ねえロサさん、戦争が始まったのはいつからなんですか?」

「一年前からだよ」

「一年前って魔女達が他種族と交流をし始めた時期じゃない?反黒灰の魔女が他種族と共存をしようとするのもその影響?」

「良くわかったね!そう、それで昔の大魔法帝国時代を取り戻そうとする黒灰の魔女と戦争になってるってわけ」

「そうだったんだ」

「反対派の人達の方が多いいから私たちが負ける事は決まってると思うけどね」


 「でもリコリス様が戻って来ましたから戦況は変わります!」とリリィの方を見る。


「リコリス?誰?」

「え?」


 ロサはリリィの一言にショックのあまりベティの方を見て「ドウイウコト?」と聞く。


「あぁ、リコリス様は昔の記憶をほとんどなくしているんですよ、記憶を取り戻す意味でも今回城に戻るんです」

「そうだったんだ......」


 ロサがシュンと少し落ち込むと、暖炉からマリサが飛び出してくる。


「準備ができました、向こうでも皆が待ってますよ!」

「じゃあリリィちゃんから先にいきな」

「分かりました」


 と言ったもののやはり怖いのか入る寸前でチラリとベティの方を見る。


「流石に一緒には入れないので一人で行ってください、私たちもすぐに行きますから」


 リリィは「むぅ~」と小さく頷くと怯えながらも暖炉の中に入った。


「隣の芝生は焼野原」


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「アッヅ!」


 さっきまで料理で使っていたせいかレンガにまだ熱があり、熱すぎて外へ飛び出した。


「アッヅ!アッヅ!あ......」


 床に転げまわっていると自分を見てる数人のメイドに気づき顔をリンゴの様に真っ赤にする。


「黒い髪に赤い瞳、もしかしてリコリス・オストラン様ですか?」


 恐らく20後半であろう整った顔をした若いメイドが聞くと周りの若いメイドたちは頷く。


「私は......」


 答えに困っているとベティが「アッヅ!」とゴロゴロと窯から転がり出てくる。


「おぉ、ベティさんまで!という事は本当に?」

「その子はリコリス様です」


 その瞬間メイドたちはこの時を待っていたと言わんばかりに泣いて喜び、一人は走って城の中にいる魔女達に知らせに行く。


「やっぱり!水晶の導き通りだ!これで長きにわたる戦争が終わる、リコリス様、長旅でお疲れでしょうが今すぐ会わせたい人物がいるんです!宜しいでしょうか?」

「その人のいる場所って東の塔?」

「その通りでございます!」

 

 太陽の様に顔を明るくして嬉しそうに大きく頷く


「私も会いに行こうとしてました」

「ではこちらです、ついて来て下さい」


 「導きが正しければ、魔法少女のお客さんが来るから手厚くおもてなすんですよ!」と調理場にいるメイド達に言ってから、リリィを連れて東の塔へ向かった。


「お城はまだ壊されていないんですね」

「勿論です、リコリス様が再び帰って来るまで守るようにエルシリア様から命令されていましたから」

「エルシリア?」


 聞き覚えのある名前の響きに少し気になり聞く


「貴方の母ですよ、まぁ忘れるのも無理はありませんか、もう何百年前の話ですもんね」


 壁がない柱だらけの長い廊下を歩きつつ、大粒の雨がマシンガンの様に降りしきる灰色の景色を眺めながらしみじみと言う。


「実は私、記憶が無くなっていて自分の母の事が思い出せないんですがどんな人だったですか?」

「エルシリア様は争いを嫌がりとにかく静かで優しい方でした、当時の魔女はとにかく血の気が多いい者ばかりでしたけどあの方だけは違いました」

「そうでしたか」

「でもリコリス様は喧嘩っ早い活発な子だったんですよ」


 フフフと静かに笑う


「私が、か」


 しばらくすると大きな扉の前に着く


「ココが東の塔です、最下階にリコリス様を待っている方がいます」

「貴方は来ないんですか?」

「すみません、私は一緒に来ないように言われてますので行けないんです」


 申し訳なさそうに深々と頭を下げる


「いえ、良いんですよ!案内してくださりありがとうございます!」


 慌ててそう言うと急いで塔の中にはいる。


「ココはホコリっぽなぁ」


 掃除されていないのか電球や壁などに蜘蛛の巣があり、階段には絨毯(じゅうたん)のようにホコリが溜まっていた。


 螺旋階段(らせんかいだん)を下るにつれて冷たい冷気と共に壁に苔(こけ)が現れ、一番下に降りた頃には壁紙の様に壁一面に苔がビッシリと張り付いて、頭上を見上げると無数の氷柱が垂れていた。


「こんな冷凍庫みたいな場所に本当にいるの?」


 寒さのあまり亀のように首を縮めて身を震わせながら、凍った鉄の扉を指先で押して開く。


「誰もいない......てかプールなの?」


 部屋の中はドアから3割程度は陸になっていて、後は全て冷気を纏う青い水が張っていた。


 良く見るとプールの中心に円型の陸があり、まるでリリィももてなす様に二つある椅子のうち一つがギギギと後ろに下がる。


「こわ、あそこに行けって事?でもどうやって......」


 リリィがオロオロしていると、円の陸から一本の氷の道がサーと伸びて現れる。


「す、滑らないかなぁ」


 姿勢を低くして恐る恐る歩きながら椅子の方にたどり着く


「あぁ!やっと来たんですねリコリス様!あぁあぁ、なんて痛そうな爛れたはっ、はっ......」


 水が集まり声の主が姿を現すと「ヘックチ!」と大きくクシャミをした。寒いのか鼻水を垂らしてガタガタと震えている。


「あの、大丈夫ですか?」

「だ、だだだだ大丈夫です......ヘッブシュ!わ、私は黒灰のまっじょック!......すみません上へあがりましょう最上階に私の部屋があるので、ハックション!」


 クシャミをする度に天井の氷柱が落ちてプールの水面が揺れ、リリィの足を濡らした。


「は、はい」

(何でこんなところにいたんだろう)


 スタスタと勝手に部屋をでる水色の髪の彼女に急いでついて行った。


「すみません、なんであんな場所にいたんですか?」

「あそこが貴方の夢と繋がれる場所なんですよ」


 ズルズルと鼻をすする


「しかしあそこはあの通り寒いので、実は途中で夢が途切れるのは部屋が寒すぎて私が耐えられないんだけなんですよね、アハハ......」


 頬をポリポリと人差し指で掻きながら笑う


「じゃあ貴方が夢に出てきた少女なんですか?」

「そうですよ、夢の時は若く居たいのであの姿は私の子供のころの姿なんですけどね~かわいいでしょ?」

「そ、そうだったんですか」

(今も十分若いじゃん、ドミニカさんが聞いたら怒りそうだ......)


 彼女はさっき会ったロサとマリサ同じぐらいの年齢で人間年齢で言うとだいたい17歳くらいだろう


 しばらく歩くと壁にぽつりぽつりと色あせた写真が増えてくる。写真に写っている人物は全て同一人物だった。


「このお姫様みたいな格好をしているのは......私?」

「そうですよ、可愛いでしょ?良く私に懐いていたんですよ~」

「そうだったんですか」


 リリィは写真に写っている自分の笑顔を見て(どこで間違ってしまったんだろう)と思い表情に影を落とす。


 美術館にいる気分で写真を見ながら階段を上っているとやっと着いたのか彼女は立ち止まった。


「着きましたよ」


 ローブの内ポケットから鍵を取り出し、鍵の先で木のドアを軽く二回たたくと「カチャリ」とドアの鍵が開く。


「さ、どうぞ中へ」


 ドアを開いて指をパチンと鳴らすとシャンデリアが灯り暖炉に火が着きたちまち冷え切った真冬の部屋を暖めた。


「向こうのソファーに座って待っていてください」

「分かりました」


 階段とは違い部屋はよく掃除されていてホコリが一切なく寝っ転がってもいいくらいだった。


しかしやはり戦争のせいか壁には所々ヒビが入っていて、一つ一つの家具が西洋風のゴージャスなのだが生活するには少し足りなっかった。


 リリィはチョコンとソファーに座り待っていると「お待たせしました~」と赤の小瓶とと黄色の大きな瓶の二種類の綺麗なガラス瓶と白湯(さゆ)の入ったティーカップをお盆に乗せて持って来た。


「じゃあまずこのお薬を飲みましょう」


 手のひらサイズの赤色の小瓶を手渡す。中には透明な液体が入っていて蓋を開けなくても微かに苦い匂いが香ってくる。


「飲む前に瓶の中に自分の髪の毛を少し入れてから飲んでくださいね、因みにそのお薬は、入れた髪の毛の持ち主の生まれてから現在までに起こった色濃い出来事だけを追体験させてくれるお薬です」

「凄いお薬ですね」

 

 リリィは小瓶の蓋を開けてから一本髪の毛をプチンと抜いて入れる。するとグツグツと泡が出始めて中の薬が髪の毛を溶かし、透明から黄緑色に変色した。


 匂いもさっきよりきつくなり思わず瓶に蓋をする。


「これ本当に飲めるの?」

「えぇ、いい薬はたいてい匂いがきつくて見た目も悪いものです、ほらグイっと」


 リリィは鼻を摘まみ息を止めると一気に飲み干す、あまりの苦さに咳き込みティーカップの中に入っている白湯を全て飲み干した。


「良く飲めましたねでは横にください、昔みたいに膝枕してあげますから」


 不思議と直ぐに目蓋が重たくなりリリィは、言われた通りフランチェスカの柔らかい太ももに頭をのせて横になる、後頭部を優しく撫でられるとまるで背中を押されて谷底に落ちる様にスッと深い眠りに着いた。


「では良い記憶旅行を」

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