第24詠唱 黒い雨と黒い迷宮

― 第五地区・ドロテア・ブレガの店


 リリィを待っている間、全員はやることもなく、リビングにあるラジオを聞きながら各々(おのおの)に言葉の代わりにあくびやため息を吐いていた。


「激しい雷雨だねぇ、なんか体がだるくなってくるなぁ」


 主事をまつ飼い犬の様に結衣は窓辺で頬杖をついて、窓から見える雷を纏った黒雲を眺めながらポツリと言う。


「たぶんこの雨はアンチクリスタルから作られたんだよ、窓の近くは危ないからこっちに来な」


 イザベルは両手で結衣をヒョイと持ち上げると、椅子に座り膝に乗せた。


「ふぅ......しかしドロテアさんの読みは外れたなぁ、ほんとに大丈夫か?」


 アイラの発言に全員同時に「はぁ~」とため息を着いた。真冬で部屋が冷え切っている為、ため息が白い魂(たましい)のように見え、皆が抜け殻のようだった。


「あんた達本当に魔導機動隊かい?そんな抜け殻のようになっちまって、コレ飲みな」


 杖を突きながら布扉からヨチヨチと来ると、魔法で浮かばせて運んでるスープカップを皆に配った。


「あの子は平気だよ、そんな事より魔法少女である自分達の心配をしな」

「これは?」

「半日の間魔力が下がらなくなる薬じゃ、この雨対策に作った」

「へ~ありがとうございます」


 渡されたカップからはオニオンスープのいい香りがし、皆は飲むと冷え切った体が芯からじんわり温まりホッとする。


「まぁ、この雨は数日はまだ続くだろうが......」

「そんな長く?」

「あの雨は人工的に作られたものだからな、恐らくの装置を作った奴らは魔法少女を殺すつもりじゃろ」


 「ずぶ濡れにならなくて良かったな」と気味悪く笑う


「ドロテアさんやベティさんは平気なんですか?」

「お?当り前じゃろワシらは上位クラスの魔女なんだから」


 黒灰の魔女は魔女より更に強く、魔女からは亜種と呼ばれ一緒にされるを嫌がるのだ。


 因みに覚者(まほうしょうじょ)は魔族の中でも魔力が少ないのだ。


「急げば周れ、ゆっくり待ってな」


 それだけ言い残すとまた部屋を出ていった。


「なるほど、アシュリーがあえて結衣を探しに行かせたのはこの雨で殺す為だったからか」

「お母さんにあったの?」

「あったというか、アイツが今じゃ第四地区を指示してるからトップなんだ、だから仕事をしていた」


 何も知らない結衣は予想外過ぎて目が点になり少し遅れて「へ?」と驚いた。ベティはだいたい予想がついていた為、説明し始めたアイラの話を聞き流す程度に耳を傾ける。


 何時間たっただろうか、説明も終わり話すことが無くなった皆はぼーとする。まるで時間がその部屋だけ止まっている様だ。


「綺麗な光~」


 テーブルの真上に浮かぶパチンコ玉の様な銀色の小さな球体に結衣はにっこりする。


「アイラさんあの球体、何か魔力を感じませんか?」

「ん~魔法じゃないのお~」


 アイラは完全に舟をこぐように体を前後に揺らしウトウトしていた。


「こ、これは転移魔法です、皆下がった方g......」


 ベティが言い終わる前に銀色の球体は一瞬でフラフープの様な輪に変わると、そこからドスン!とドミニカとリリィを抱えたルルーがテーブルの上に落ちてくる。


「アイタ!」

「アイタタ!」

「ぐえ!......ルルーどいて、私のお腹の上に乗るな、子供がうまれなくなる」

「ご、ゴメン!」


 ヒョイっとドミニカから離れる。


「ルルーとドミニカは無事みたいだな、リリィはどうした?」

「それが昨日の夜から気絶してて、治療してもダメみたいなんだよ」


 下の騒ぎに気づいたのかドロテアが来る。


「全員そろったか......ってその子は倒れたか、なるほど新通器官がひどく痛んでるな、てかボロボロじゃな」

「し、師匠、私が手当てします」

「よろしく頼む、道具はいつもの所にあるからな」


 ベティはコクリと小さく頷くと、ルルーからリリィを受け取りせっせと部屋から姿を消す。


 ドロテアはドアがパタリと静かに閉まるのを確認すると「さてと......」と口を開くと、全員は彼女の方に顔を向ける。


「主らは皆リリィと一緒にヴァッサ・ギャバンへ行くのか?」

「私たちはリリィを守る為にココに居ます、なのでそのつもりです」


 アイラの言葉に皆頷く。


「なるほど、これから先に現れる敵はリリィや結衣と実力が近い強者(つわもの)ばかりだ、本当にあの子を守る覚悟はあるか?」


 全員は強く頷く。


「実はあの子はワシら黒灰の魔女の王女なんだ、あの方を死なせないためにも生半可な気持ちで守るとか言って欲しくない」


 目を細めて汗をだらだら垂らしている一人の機動隊員を見ながら言う。


「命に代えてでもリリィを守り記憶を取り戻せます」

「その言葉、忘れるなよ」


 表情を変えずに自信ありげに答えるアイラにドロテアはプレッシャーを与える様にアイラの瞳をジッと見る。


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「う......うぅ~」

「おきた?」


相変わらず体育座りをして少女はかじりつくようにテレビを見ていた。


「そう言えば黒灰の魔女の城に行くよ」


 リリィが伝えると少女は「そう」と興味なさそうに言うが口元が少しだけ上がる。


「いつおしろにつくの?」

「さぁ分からない、ただ早めに到着したいと思ってる」

「はやくつくといいね」


 リリィの顔を見てニコリ笑う、その笑顔は何かを隠しているようにも見えてリリィは少し顔をしかめる。


「っと、きょうはもうおわりなのか」


 タイルが地面に落ちて砕ける耳を突く音に呟く。


「やけに早いね」

「まぁおねえちゃんがおきようとしてるんでしょ」


 リリィの手を握ると目を合わせる真面目な顔をする。


「ひがしのとうのてっぺんにいって、こんかいがあえるのさいごだから、ぜったいだよ」

「分かった、そこに行けばなにか分かるんだね」

(そう言えばあの人も手が冷たかったな)


 頷く少女の手は氷の様に冷たく、同じくらい冷たかった健二を思い出した。


 リリィは夢から覚めると「具合の方はどうですか?」とベティは心配そうに顔を覗き込む。


「もう大丈夫、ありがとうございます」


 体が軽くなったような感じがして立ち上がると軽くジャンプをした。


「元気になって良かったです、下に皆さまが待っているので行きましょう」

「はい!」


 ベティはアシュリーから受け取ったトランクを片手にリリィと一緒にイザべル達のいる場所へ戻った。


「リリィちゃんもう大丈夫なの?」


 イザベルは心配そうに聞く


「ありがとう、もう大丈夫です」

「よし、出発する前に渡したいものがあるから少し待っとけ」


 布扉をくぐり革袋を数個もってまた来る。


「この袋の中には魔鉱石といってな魔力を秘めた鉱石が入っとる、敵が近づいてきたら地面に叩き付ければ相手の動きを封じることができる」


 「大切に使えよ」とアイラとイザベルとドミニカとベティに渡した。


「じゃあワシについてこい」


 と言ったが1分足らずで着く


「ここトイレじゃん」


 リリィは少し香ってくる悪臭に鼻を摘まむ


「そうか主は知らないか、ヴァッサ・ギャバンへ安全に行く近道なんじゃよ、ただ中は迷路みたいになってるから気をつけろよ」


 リリィは「分かりました」とゆっくり頷いた。


「じゃあ向こうの転移方法はベティが見本を見せる、頼んだぞ」

「は、はい!」


 彼女は大きなトランクを両腕に抱え靴を脱ぐと、一人分のしかない化粧室に入ると皆の方を向いて便座の上に慎重に立つ。


「ゴブリンの耳は地獄耳!」


 するとベティは一瞬で洋式便器から出てきた黄色の炎に包まれて消えた、全員は目を丸くして唖然とする。


「ほれ、さっさとせんか?」


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦


「なんとか皆転移がうまくいった様だな」


 アイラは全員いるか確認する。


 転移された場所は、床は大理石のようなツルツルの黒い石で作られていて壁は床と同じく黒い石のレンガで作らており、壁にかけられている松明の青い炎が辺りを照らす。

 

「綺麗、作られたばかりなの?」


 結衣は鏡のように自分がうつるピカピカの壁を撫でる。


「この通路は選ばれた黒灰の魔女しか通れないので汚れないんですよ」


 そう言うとスタスタとベティは先頭を歩き始める。


 周りは静かで天井から落ちる水滴の音が長い廊下に響き渡りやけに大きく聞こえる。


「なんかココいると不思議な感覚になるな」

「ココの真上にはちょうどマジカルコアとアンチクリスタルがありますのでそのせいかもしれませんね」


 しばらく歩くが周りは黒いレンガしかない為、まるで樹海で彷徨ってる時みたく今どっちに向かっているか分からなくなり不安になった結衣はベティの袖をチョイチョイと引っ張る。


「なんですか結衣さん?」

「また分かれ道だけどあってるの?」

「あってますよ、この中は迷路みたいになっているので複雑なんです」

「そうなんだ、迷路なら地図とかはないの?」

「ゴールに反黒灰の魔女やその他の種族をたどり着けなくする為に地図はないんですよ、ただ選ばれた魔女は初めて入った時に精霊がゴールまでの道のりを教えてくれるんです」

「本当に秘密の通路なんだな」


 アイラは笑いながら言うと遠くに何か光る物を発見する。


「ねえ、あれなんだろう」


 全員が光る物の方に行くと、それは刃(やいば)も通さないぶ厚く立派なドラゴンのウロコだった。


「虹色に光るドラゴンのウロコなんて珍しいですね」

「皆見て!向こうにもあるよ」

 

 イザベルが指を差す歩行にはドラゴンが実際に住んでいたのかウロコが所々に落ちている。


「この道、蛇でも通ったのかな」


 リリィは、綺麗な床に蛇のような這(はい)いずったうねうねと波打つ痕跡を見つけてベティに聞く。


「しかしここの天井は爆発魔法でも壊れないので、巨大な蛇が壊して入り込むのは不可能だと思います。」


 するとどこからともなく風が吹いてくるのを感じ、リリィはそちらを見ると大松の炎がゆらゆらと揺らめくのを見て不安になる。


「ま、まぁ大丈夫でしょう、ココは迷路なのですから出会う確立は低いですよ」


 全員は少し気になるが早くゴールに着きたいため再び足を動かした。しかし少し歩いたときだった。


「ねぇ獣の息を吐く声が聞こえない?」


 落ちているウロコもさっきより気のせいか多く、全員は息をのむ。


「ベティさんあれ!」


 ドミニカが遠くで横切ってく人間よりも大きな蛇の体を見つける。


「何故あんな生き物が?」

「走った方がよさそうだな」

「いやもう遅いみたい......」


 リリィは目の前にトロトロと上から垂れる生暖かい唾液に顔が青ざめて、おそるおそる後ろを振り向く。


「キャ—————!」


 そこには立派な角を生やした竜が息を荒げながら睨んでいた。リリィの悲鳴に振り返った全員も初めてみる巨大な生き物に、一瞬で全身の血の気が引いき蛇に睨まれた蛙(かわず)の如く固まる。


「ど、ドラゴンとか竜って絶滅したんじゃないの?」


 ベティは竜の額にある魔法陣に気づく。


「いや、あれは何者かに召喚されて消されず放置された生き物でしょう」


 すると竜は「グオォォォォォオ!」と吠え全員はハッと我に帰る


「取り合えず......」


 アイラたちはゆっくり相手に背を向けると「逃げろー!」と一目散にゴールに向かって駆け出した。

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