第14詠唱 小さいシンデレラのはかない夢

「アロイジアさんとデリアさんが何故?」


 二人はリリィに警戒しているのか険悪な表情だった。


「死んだと思った?」

「でもリリィちゃんがアシュリーの仲間だったとわね」

「アシェリー?あの人は健二だよ」

「どうやら騙されてる様だね」

「パパは騙したりしない!」

「アイツはパパではない、目を覚ましなさい!さもなければアシュリーに殺されるぞ」

「デリちゃん!」

 

 アロイジアが止める時には遅かった。リリィは眉をピクリと動かすと体中から殺気を溢れ出した。


「疑いたくなかったけど、何かの間違えかと思いたかったけど」


 花の柄が彫られた大きなバックルに長方形の魔石を差し込む。


「そうかお前らがママを殺したのか!」

「何を言ってるんだ、アシェリーは死んでない!」


 デリアの言葉は届かず、リリィは「リリィ!マジカル・トランスミュタション、モード・ファントム!」と叫び縦に差し込んだ魔石を横に倒すと、眩い黒い光の粒子で全身を包み込み黒の鎧ドレス姿に変わる。


「凄い魔力......デリちゃんココは引いたほうが!」

「ダメ、あのお店を包む鋼の壁はあの子を倒さなきゃ解けないのだから」

「何を話してるんだよ殺人鬼が!」


 気が付くと剣と盾を構えたリリィが目の前に居た。


「いつの間に!?」


 振り落とされた剣を急いで持っていたマスケット銃でガードする。


「デリちゃんサポートするよ!」


 リリィから離れて地面に移動すると魔武の大杖を出して「エアホールング」と唱えて、城の屋根の上にいるデリアの体が今まで蓄積(ちくせき)していた疲労と傷を回復させた。


「チッ!」


回復して体は羽の様に軽くなるが目と体がリリィの動きに追い付かず、直ぐに追い込まれる。


「どうした!私をバカにしてるのか!お母さんがそんなんで倒される訳がない!全力で戦えよ!」


デリアの武器はマスケット銃の為距離が無ければ太刀打ちができないのだった、何度も何度も剣を振るリリィに、銃でガードしては折られて、また銃を出してガードしては折られてを繰り返す事しかできなかった。


(何この疲れた感じ......体から魔法力が無くなっていく)

 初めて感じる感覚にデリアは違和感を感じた。


「デリちゃん危ない!」

「分かってる!」


 迫ってくる剣にもう銃を出現させる事が出来なくなったデリアは両腕を顔前でクロスさせる。


「リーゼ!」

「そんな弱い魔力で強化なんかできるか!」


 強化魔法は虚しく破れ、黒い剣は一瞬でデリアの腕を切り落とす。力はあまり入れず小枝を折るように容易だった。


 だが飛び散る血がリリィの顔に掛かると、結衣と戦った時と同じようにリリィは固まる。


(何故体が動かない)


まるでリリィに何か警告するように雑音混じりの女性の声の幻聴が聞こえて来る。


「リープロジュース・リープロデュース・リプロジュース!癒しの女神よデリア・アーベルの腕を再生させよ!」


長い詠唱を唱えるとアロイジアは魔力が尽きて倒れ、金色の大きな女神が現れる。


女神は虹色の息をデリアに吹きかけ手を再生させた。

 

「ありがとうアーちゃん!」


 急いで三角屋根から後ろに遠くへ飛び、空中で最後の力を振り絞り一丁のマスケット銃を出すと握り構えた。


「うるさいうるさいうるさい!」


 リリィは耳に聞こえる雑音に我慢し、石化したように動かない体を無理やり動かそうとする。


「これで終わりだ化け物!」


地面に着地した瞬間デリアは銃口を三角屋根にいるリリィに向けてトリガーを引く、銃から発砲された一発の銃弾はリリィの風穴の開いた太ももに、ズドン、ともう一つ穴を開けた。


「アァァァァァア!」


 痛みに耐えきれず獣の様な叫び声を上げる、しかしその尋常(じんじょう)じゃない痛みのおかげで耳の雑音が消えて硬直した体も動くようになった。


「まだ動けるのか」

「私はお前みたいな弱い殺人鬼なんかに殺されない!」

「殺人鬼?」


 デリアが分からないのか眉をひそめて聞き返すとリリィは奥歯をグッと噛みしめる。


「お前が殺したんだろ!」


 見開いたその目には光はなく完全に我を忘れている様だった。


「バカを言うな!アイツは生きてる!」

「嘘だ嘘だ嘘だ!」


 剣を逆手に握り剣先を下に向けると、デリアに向かって三角屋根から飛び降りる。


「傷が癒えてるだと」


 空から降りてくるリリィの左ももの二つの穴は綺麗に消えていた。


「死ねえぇぇぇぇぇえ!」


 デリアは頬の横スレスレで避けると剣は地面を突き刺す。


「一つ言っておく、お前の言っているパパh......」


 一瞬の出来事だった、リリィの投げた盾の尖がった先が弾丸の様に飛び、首をストンと真っ二つに切り裂き顔をボールの様に天高く飛ばし、デリアは一瞬で言葉が途絶えて糸の切れた操り人形の様に倒れた。


「何横になってるんだ、早く立てよ」


 剣先を地面に擦りながらブツブツと無残に転がるデリアの顔に近づくと何度も何度も突き刺す。


「私のママを殺して、更にパパを殺そうとしたやつが何生意気に寝てるんだよ、ほら!まだ終わってないぞ!」


 怒りと憎しみを込めドスッ、ドスッ、と何回も何回も頭蓋骨を貫通させて刺していると、綺麗な顔立ちをしていた顔は、少し、また少しと崩れて行き、誰なのか判別できないくらい蜂の巣の様にズタズタになる


「あれ?この人だれ?」


 穴だらけになった顔を足でコンと軽くけると、耳が片方ちぎれ落ち、眼球が一つ取れて坂の地面をコロコロと転がって行った。無残な姿を見て「おかしな顔」とニタリと笑うとすっきりしたのか魔武を消して健二が隠れている店を囲む大きな鋼が反り立つ壁を消した。


「パパ!今からそっちに行くからね!」


 健二は店内に置いてある椅子に腰を掛けて居た。隣にはメルが腕を組んで立っている。


「明るい音楽にあの光景、か、まるで悪夢ね」


 窓から見える転がる首が無い死体とドロドロにミンチにされた顔を見てフフフと静かに笑う


「どうやら遥陽は勝ったみたいだな、魔導機動隊が来るって警戒してたけど」


 「たいした事ないな」とフッと笑いメルを横目で見る。その様子はどこかホッとしている様だった。


「あれが私の言ってたヤツだと勘違いしてるようなら言っとくけど違うわよ」


 健二は一瞬で真顔に戻り、急いで外に出ようとドアを引くが鍵が閉まっているのか開かない


「どういうつもりだ?」

「今から行っても遅いわよ、後数秒で大群来るわ」


 健二は窓の方へ行きガラス越しに外を見ると、黒い空から突然沢山の雷の球が雨の様にリリィを襲った。


「キャアァァァァァァア!」


 リリィの叫び声が部屋に飛び込んで来る。外へ出ようと拳を握りガラスを何度も叩くがビクともしなければ叩く音もしなかった。


 健二は怖い顔で睨むがメルは涼し気な顔で冷たく言い放つ。


「あの子の事どうも思ってないんじゃないんだっけ?」


 メルに健二は「クッ......」と額から汗を一筋垂らす。


「あの子は貴方の子じゃない、自分でも分かってるでしょ?赤の他人よ」

「だけど、あの子は本当のお父さんだと思い込んでるんだ!寝てる時は布団に潜り込んで来て、朝起きた時は抱き着いてくる......」


 「あともう少しだけ、もう少しだけ良いんじゃないか?」と健二はすがるように言うが「ダメよ」とまた冷たく言い放った。


「やっぱり情が湧いてるじゃない」


 やがて窓から魔法で作られた白い光が差し込んでくる、お出ましらしい、大勢の魔導機動隊が杖から降り、ドタドタと走る足音が近づくと「目標確保!」などの女性の声が大きくなって来る。


「行っちゃだめよ、あんたが今まで積み上げてきた計画を自分の手で壊すつもり?」


 外からは「パパ!たすけてパパ!やだ!はなれたくない!たすけてー!」と連れていかれるリリィはこちらを見ている健二を見つけると子供の様に叫び、手を必死に伸ばして助けを求めた。


「ゴメンな......許してくれ、許してくれ......」


 健二は耳に聞こえてくる悲鳴に涙を流し、歯をきつく食いしばりながらリリィも伸ばす手に手を重ねる様に氷みたいに冷たいガラスにヒタリと手の平をつける。


リリィは魔導機動隊の覚者達に連れていかれ白い光と共にゆっくりと暗黒の闇夜に消えていった。


「私たちも行くわよ、主人もはやく元の姿に戻りなさい」


 健二は涙を腕で拭うと、人差し指と中指でパチンと鳴らす。すると短髪だった髪の毛は徐々に長くなり毛先から根本まで黒から白へ変わり、男らしい顔から、所々に縫い後がある人形の様に整ったアシュリーの顔に変わる。


「許しておくれ遥陽、私もすぐに後を追うわ」


 リリィが消えていった暗い夜空に手を伸ばした、しばらくしてから舌打ちをして「行くわよ」とメルと共に姿を黒い霧に変えて消えた。


* * * *


「お帰り母さん」

 

 車椅子に乗った膝から先がない少女がせっせと左右のタイヤを押して近づいてきた。


 恐らく高校生ぐらいだろう、あどけなさが残る整った大人の顔つきをした白髪の眼鏡を掛けた少女は笑顔で言う。


 リリィに似たその笑顔に「ふふふ、私もまだ人のを心が残ってたとわね」と優しく頭を撫でて車いすの押してに手を掛けるとゆっくり押した。


「母さん、私は絶対に楽にしてあげるからね、今は苦しいかもしれないけど後も少しだけ」


 アシェリーの目が赤く脹れていた為泣いていたのに気が付いた少女は気を使ってなのか、こちらを振り向かず優しく言う、アシュリーは白いコンクリートでできた廊下の天井を見ながら口角をあげる。


「ありがとう、ふふふ、こんな化け物に優しくしてくれるなんて貴方は天使の様ね」

「天使じゃないよ、私は」


 彼女は後ろを振り向き車いすを押すアシュリーの顔を見ると眼鏡をクイッと人差し指で上げて笑顔で言う


―足を無くしたワルキューレだよ

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