第二詠唱 黒灰の魔女
第15詠唱 ホームカミング
リリィは目をこすり重い体を起こす。赤と黒のチェックのタイル床に知らない家族の写真が引き詰められた壁、リリィは今どこにいるのか一瞬で分かり、やれやれとため息をつく。
「知らないうちに気を失ったのか」
耳の奥を突くテレビのザーザーと言う砂嵐の音を耳にし「少し怖いけどとりあえずあの子と話そう」と床にばらまかれた様に置いてあるCDを踏まないように気を付けながら少女に近づく。
「みつかった?」
リリィが来たことに少女はテレビを見ながら聞く、機嫌がいいのか小さい声はいつもより明るかった。
「いや、まだ見つかってない」
「もうそろそろみつけないとあぶないよ」
「ただ私なりに少し考えたことがあって、一部の記憶は後付けされた物じゃないんじゃないかって事」
すると少女はクスクスと口に手を当てて笑う。
「おもしろいこというね、たしかにきおくはひとのてでかんたんにかえることができる、そのかんがえはただしいのかも」
前会った時は気が付かなかったが、少女のうなじに何か数字が書いてある事に気が付く
(なんだろう)
数字に恐る恐る手を伸ばした時だった。
「わたしはあるけんきゅうじょのひけんしゃだったの」
リリィはさっと手を引いて何事もなかったかの様に天井を見上げる。
「そ、そうなんだ」
「わたしはにげたんだけどね、ほかのひとたちはあるひとのためににげずにがんばった」
「ある人?」
きっと聞いてはいけない事と思っていたが反射的に聞いてしまい「あ、聞いちゃだめだよね、こういう事」と直ぐに謝る。
「いやいいよ、あるひとっていうのはわたしたちがまもってきた、たいせつなひとのことなの」
「でも皆逃げたらどうなるの?」
「じんたいじっけんのせいこうするかくりつがひくいままプロジェクトがすすんで、あるひとがかいぞうされる、じっけんにしっぱいすればしぬ」
「人体実験?」
一瞬、ゲートを作るD計画が頭をよぎったがココが幻想(ゆめ)の世界いう事を思い出す。
「貴方も人体実験を受けたことがあるんだね」
(ココは夢の世界、現実とは違う、あまりにリアルすぎるから時に分からなくなるな)
「あなたも、か」
「やはり、わたくしのことはおぼえておりませんか......おうじょさま」と悲し気に小さく呟く
「おぼえて、ない?どういうこと?」
その時、壁に掛けられていた絵は黒いタイルに変わり、ガシャーン!と端から次々と落ちて砕けて行く
「もう時間か」
「ねぇ!覚えていないってどういう事なの!」
一部、また一部と人形の部品となって取れていく彼女に聞くリリィにニコリと笑い口を開いた。
「ゆめはひげんじつであるが、こくはいのまじょにとってはもうひとつのげんじつである」
「黒灰の魔女?現実?どういう事なの?」
少女は口に人差し指を当て「わたしからちょくせつものごとをいうことは、あるかたからかたくきんじられているからおしえられないな」と最後にウインクした
自分の周り床から無数の人形の腕がゆっくり伸びて絡みつく
「待って!じゃあまた貴方に会える?またココで会う事ができるの?」
床がおどろどろしい赤い泥に変わり、肩まで浸かるリリィに両腕のない少女は近づき言う
「またおなじゆめをみたいのなら、よろこんでまたあなたをここへいざないます」
リリィの額に軽くキスをすると彼女の体は一瞬で人形に変わりバラバラに壊れ、リリィは夢から覚める。
(キッチン、小さいテーブル、衣装タンス、テレビ、それに今寝ているベット、風呂とトイレ以外を一部屋に入れたこの見覚えのある部屋は......)
衣装タンスの近くに置いてある綺麗に畳まれた服に目が止まった。
「私の部屋か、でも誰かいたのか?」
どういうことか第五地区にある魔導機動隊駐屯地、しかも自分の部屋にいた。リリィはあんな大人数で襲いに来ながら、監視カメラもなにも無しのごく普通の部屋に寝させられていた事に何か裏があると感じ、部屋から出ようと掛布団を引っぺがすと目の前の光景に驚き思わず声を失った。
「くるぶしにボルトが......」
右の硬いくるぶしを、極太のボルトが貫通し丁寧にナットで絞められていたのだ。ボルトの刺さっている周りの皮膚が黒ずんでいた。痛みを感じない、という事はどうやら腐っているらしい、足首を動かそうとするが動かなかった。
するとガチャリとドアが開く
「あ、お姉ちゃん起きたんだ」
転がって地面から降りるとベットをひっくり返して着けて壁のようにすると背中を当てて魔武の剣と盾を出して構える。
「お姉ちゃん結衣だよ?忘れちゃった?」
結衣は不思議そうに首をかしげて言う。
「何が目的だ結衣!言っておくがお母さんのことは何も覚えてない」
「何にもしないよ、ただ結衣は」
「じゃあ何故」と結衣の話をきる
「じゃあ何故私のくるぶしにこんなものが刺さってるんだ!」
「あぁそれ?それはお姉ちゃんの体を元気にさせる薬だよ、そのボルトに回復魔法の魔法陣が書かれているんだってアイラさんが言ってたの」
警戒するリリィの事を気にせず明るい声で坦々と話しながら、ビニール袋から食材を取りだすと踏み台をキッチンの前に置いて料理を始めた。
いい匂いにリリィはベットの影から覗いて様子を見る。
「何してるの?」
「何って料理だよ、お腹減ったしね」
「私は食べないぞ」
「ダメだよ、お姉ちゃん三日間も寝てたんだから」
しばらくして料理ができたのか、キッチンに置いてある棚から皿を2枚とフライパンを両手に持ち「よいしょ」と踏み台から降りて近くにある小さな丸テーブルに並べ上に料理を盛りつけた。
湯気はいい匂いを乗せてリリィの方へ漂っていく、その匂いに思わずお腹を鳴らす彼女に結衣は「何もしないから来なよ」と手招きする。
「私はお前とは食べたくない」
突き放す様に冷たく言うと、結衣は少しショックを受けたのかシュンとして「まぁいきなりは無理だよね」と言い一人で食べ始めた。
「チッ」
一人でご飯を食べる寂しさを知っているからか、リリィは舌打ちをするとボルトの刺さっている右足をかばいながら立ち上がり、結衣と向かい合うように肉と野菜が炒められた料理が盛られた皿の前にドスっと座る。
「ゴメンね、お姉ちゃん、無理させちゃったみたいで」
「まったくだ、言っておくけど私は結衣の事は信じてないからな」
目をそらしながら言い箸を持つと、野菜のひとかけら摘まんで匂いを嗅いでから端っこを少しだけかじった。
「毒なんて入ってないよ」
食べてくれたことが嬉しかったのか、ニコリと笑う結衣をジーと見るとガツガツと口に掻き込んで一瞬で食べた。
健二の作った料理とはまた別の美味しさがあり、少しだけだが警戒していた心が和らぐ。
「お姉ちゃんは昔から食べるの早いよね」
懐かしむ様に言う結衣を無視して「そう言えば何故アイラは私を牢屋に入れないんだ?」と聞く。
「これを機会にゆっくり自分の事思い出してほしいんだって」
そう言えばネックレスもベルトも無くなっていた。もう一度部屋を見渡すと、入隊した時に渡された仕事の資料やパソコンが無くなっていて、代わりに古びた書類や動物の皮のカバーに覆われた本が置いてあった。
「何故?」
「何故って、そりゃ仲間だからでしょ?まぁアロイジア・バルテンって人はお姉ちゃんの事悪く言ってたけど」
「アロイジアって向こうの世界に居た?」
「そうそう、そのせいで私まで呼び出されちゃってね」
ハァ—と大げさにため息をつく
「何聞かれたの?」
「なんでもお姉ちゃんは向こうの世界でアシュリーと暮らしていて、ゲートに飛ばされて来た魔法少女達を殺してたとか」
「でたらめだな」
「結衣も会った時のお姉ちゃんの感じを思い出して嘘だって思ったんだよね、だいたい人の心を持った状態のお姉ちゃんが魔法で人を殺せるわけがないしね~」
(確かに理性がある時に剣を振るうと体が動かなくなる、結衣は何か知っているのか?)
「前も同じこと言ってたけどなんで私は理性がある時殺す事ができないんだ?」
「え?結衣もそこまでは知らないよ、ただ昔っからそうだったから」
「昔?」
「そう、ワルキューレとして改造された時から」
「ふ~ん、結衣は記憶が戻ったんだ」
「まぁほとんど記憶が消されてるけどね」
「人の記憶をなくす方法なんてあるの?」と聞き立ち上がると、びっこを引きながら廊下に出るドアを少し開けて様子を見る。
(もしかしたら思ったけど、別に私の部屋に似せたセットではないのか......本当に何もする気ないのか)
「あるらしいよ、記憶を戻してくれた人が言ってた」
結衣がそう言い、話しながら食べていた為料理を機関に入ったのか咳を2回すると、今まで結衣と目を合そうとしなかったリリィがバッと結衣の方を見る。
「自分で記憶を取り戻したわけじゃないの?」
「え?うんそうだよ」
すると考え事を始めたのか動きが止まる
「どうしたの?」
結衣が聞くとやっと顔をあげる
「その人のいる場所を教えて」
「良いけど私が道案内した方が良いんじゃない?」
「ダメだ、ついてきたら殺す」
「はいはい」
その後結衣はメモ用紙から一枚とり住所とその人の名前を書いて渡し、リリィは部屋の中にあった五地区の真上にある地上の街が詳しく載っている地図を広げた。
食器を洗いながら、そんなリリィを横目でみてクスリと笑う
「そこはいつでもやってるみたいだから明日にでも行ってみれば?お金は結衣が渡すから」
いつ行くか言ったら隠れてついてくると思ったリリィはあえて何も言わず無視をする。
「記憶が戻ると良いねお姉ちゃん」
♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦
時間は少し戻しリリィが起き上がった頃......
ココは第五地区の魔導機動隊駐屯地の中にある情報科の部屋
赤や黄色のランプが光る様々な機械がずらりと並び、床にはコードが蛇のようにうねうねとうねる様に敷かれている、皆そこにあしを引っ掻けるのか所々テープが張ってあり固定されていた、部屋は薄暗くパソコンが部屋を照らす唯一の光だった。
6人の白衣を着た女性達がパソコンを操作している後ろで腕を組むアイラと秘書であろう書類を挟んだ赤いクリップボードとペンを持った女性が立っていた。
タイピング音と機械のファンが回る音しか響かない中、突然ピッピッピッと心臓の心拍音の様なテンポで音がなりだす。
「あ!リリィが起きました」
パソコンに映しだされた波打つ脈拍心電図を見た女性は後ろに居るアイラに言う
「良かった、やっと首の皮が繋がったってもんだ」
ホッと胸を撫で下ろす彼女に秘書は「まだ油断は出来ませんよ、成果を出さなければ目を覚ましても意味がありません」と言う
「わ、分かってるよそれくらい......」
だが隠しカメラでリリィの部屋を上から映した映像を見て再び不安になり固唾を飲む。
「まぁ予想の通りでしたね」
「あんな捕まり方をされたらそうなるか」
「魔武を出しましたよ、ボタンを押しますか?」
一つの大きなボタンがある小型リモコンをアイラにわたす
「いやいい、ココは妹の力を見ようじゃないか」
パソコンの画面に近づいてニコリと笑う。
しばらくしてリリィ落ち着きご飯を食べる所を見た時に再び全員ホッと安堵の息をつく。
「流石、血のつながってる妹と言うべきか」
またしばらく観ていると結衣の二回の咳を聞いて「キタ!あの計画だ音量上げて、あなたはメモを」
秘書はメモの取る体制になる。
会話を聞き終わり全員「どうします」と言わんばかりにアイラの方に体ごと向かせた。
「ん~あの感じだと明日行きそうだな......よし、透明化の魔法を覚えてる覚者を6人集めて、5人に結衣の書いた住所を伝えて先に向かわせて1人は隠れながらリリィを尾行させろ」
パソコンの前に座っている情報課の皆は一斉に名簿を開き電話を始め、アイラと秘書は部屋を出た。
「後3日だ、上手く事が進むと良いんだがな」
横に歩く秘書にフッと笑って見せる。
「そうですね、我々の為にもリリィちゃんの為にも」
「アイツらにはこの事は内緒だぞ?奴らはセッカチだからな」
口角を上げて「頼むぞ」と秘書の背中を軽く叩いた。
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