第6詠唱 臆病な魔女(前編)

「じゃあアイラさん、行ってきますね!」


「ゲートには気を付けてね、この軍で強いのは君らとあと一人ぐらいなんだから」


 「はーい」とイザベルは小さく手を振ると「行ってらっしゃい」とニコリと笑いひらひら手を振る。部屋を出ていく二人と3匹の背中を見送りドアがバタンと閉まると、後ろを向き大きな窓を見る。特に綺麗でもない寧ろガスが立ち込めて汚い第五地区を囲んでいる大きなコンクリートの壁を眺めた。


「人を恐れ、その目を見たものは恐怖の幻覚を見る......ユニコーンか」


 やはり心配なのか、まるで悪い未来を見通す様に目を細めると、不安そうにため息をつく。


* * * *


「そういえば昨日言ってたユニコーンの目撃情報の場所ってどこなの?」


 駐屯地の門を抜けた特に、ふと気になったのかドミニカは振り返って聞いた。


 「そうそう」と背負っていたリュックを下ろして雑誌を出すと、質問を予想していたのか、すぐに開けるように付箋ふせんが貼ってあった場所を開く。


「たぶん臆病者の樹海だと思うんだけど」


 ページの頭にはでかでかと『ユニコーンは生きていた‼』と太字で書いてあり、2つの写真がある、一枚目は馬の足の様なユニコーンの足跡がある土の地面の写真、二枚目は深い霧に包まれた先の見えない樹海の背景で、目を凝らすと遠くにいるのか、豆粒程の馬の様な影が見える。


「臆病者の森ルル」


 イザベルの肩に乗っていたルル―は眠たそうに、酸素を全て吸い込む勢いで、大きな口を開けあくびをしていた。


「じゃあ、とりあえず臆病者の森に向かうか」


 ドミニカとイザベルは、腰に着けている革製のペンが一本入りそうな長細いホルスターから、先端に球体の宝石が付いた鉄製の杖を取り出す。杖はラジオのアンテナみたいに伸ばせるなっており、初めは10㎝程度だったのが30センチに伸びた。


「「トランサース、臆病者の森へ!」」


 この転移魔法は、ある特別な魔石で作った柱が置いてある場所限定で、自由に行き来できるのだ。


 全員を蛍のように淡く光る白い粒子が包み込み、徐々に光が強くなってくると勢いよくはじけ飛び、消える。


「相変わらず不気味な所だなあ」


 ドミニカは腕を組み猫背にする。


 臆病者の森という名前は、人が森に足を踏み入れると、たちまち霧が発生し中に入れさせないようにするのが由来らしい。


「誰かいるのかなあ、もう霧が出てるなんて」


 周りは白いベールが掛かっているように白い霧で覆われていて、大きな木々がイザベル達を囃はやし立てる様にざわざわと大きな音が鳴っていた。そのせいか、普段綺麗に聞こえる小鳥たちの声さえも、不気味に感じた。


「とりあえずピンクに光るキノコにそって進むルル~」


 のんきにそう言うとシャボン玉のようにフワフワと飛んで進んで行った。


 光るキノコはココにだけ生えていて、東側・西側・南側・北側で光る色が違い、良くこの樹海に訪れる人々はキノコを見て進むのだ。


 しばらくルル―についていくと、急に湿った土の臭いから鉄の強い臭いに変化し、思わず二人はハンカチで鼻を覆い、ミポルプとニャーラーニィも両手で鼻を抑えた。


「この臭い、もしかしてユニコーンの死体でもあるの?」


 ユニコーンの血は銀色で生きている時は無臭だが、死んだ時に鉄の様な強烈な臭いを発する。その臭いは死臭よりも強く数キロメートルまで臭う


 しばらく霧と悪臭に包まれながら歩くとルル―と先頭を歩くドミニカはベチャっという音に足元を見る。地面には粘ついた銀色の液体が真っすぐ垂れていて、先を視線でたどると、ユニコーンの死体があった。悪臭もこの死体が原因だろう


「こりゃ酷いなぁ」

「誰がこんなことを」


 ユニコーンの体は大きく、腹が刃物で開かれ臓器がこぼれ出ていた。肝心の角を見てみると、まるで大根を引っこ抜かれた後みたいに根本からとられていて、額辺りに正円状の穴がぽっかりと開いていた。


「でも不思議だニィ......」


「何がミポ?」とミポルプは死体が苦手なのか両手で目を隠しているニャーラーニィに聞く。


「だってこんだけ体がデカかったらもっと血が出てるはずだニィ、でもさっきの一筋しか血が出てないニィ」


 確かにニャーラーニィの言う通りで、バキュームで吸われたように血がほとんどなく体はカラカラに乾ききっていて干物のようにペラペラになり骨が浮き出ている。


「見てこれ!太い針で刺されたような穴が」


 するとドミニカは「まさか」と開いた腹に肩まで腕を突っ込み、隅から隅まで手探りで確認する。


「やっぱり賢者の石がない、もしかして魔女の仕業?」


 魔女とは魔法少女や魔物を含めた生き物の中で最も魔力が高く、ユニコーンの肉と賢者の石を好物とする、自分の認めた者としか関わらない閉鎖的な種族なのだ。


「まぁ、だとしたら私たちはラッキーだね、この死体を見る限りじゃ日がかなり経ってるし」


イザベルは干からびたユニコーンの肌を撫でると「ここには少なくとも、この子を襲った魔女はここには居ないはず」


「ちょっと、あれを見るルル!」


 ルル―の指さす先を全員は見る。霧でぼやけていたが、長いローヴを着た人間立っていた。フードを深く被っていた為性別は分からない。


「やばいこっち向く!」


 ドミニカは杖を出し姿を消す魔法を唱えようとしたが間に合わず、相手に見つかった。しかし、襲ってこずまじかに見る、目はフードで隠されていたが鼻から下は見えた為、女性だという事が分かった。女性はユニコーンの血がベッタリ着いた口角を上げ静かにに笑うと徐々に霧が濃くなり姿を消す、その不気味さに全員凍り付きその場に立ち尽くした。


「お、追う?」


 顔が真っ青になったイザベルは少し震えていた。


「ももももも勿論......」


 固唾をのみ魔武を出すとへっぴり腰になりつつも女の居る場所に進む、しかしそこには足跡しかなく沈黙が辺りをでいた。


「なんだろう、このお香の様なほのかな香り」


 女の残りなのか、ほのかに香るいい匂いにイザベルは辺りを見渡す。


「ま、まあ......もういないし先に進むか、まぁ直ぐにユニコーンが見つかったということは運がいいね!」


 胸を撫で下ろしドミニカは「良かったぁ......」と呟く、実はホラー映画を見たら二か月は寝れなくなるほどの幽霊嫌いなのだ


 二人と三匹は更に奥へ進むことにした。しかし進むにつれさっきまで聞こえていた野鳥の声もやがて聞こえなくなり、奇妙な静けさが二人と三匹を包み込む。


「居ないなぁ」


 全員退屈になり、私語がぽつりぽつりと増えてきた時である。


 突然どこからともなく女性の甲高い悲鳴がこだまして聞こえてきた。


「キャ―――――!」


 ドミニカは思わず飛び跳ねイザベルに抱きつく


「も~大丈夫だよ」

「11時の方向ミポ!」


 獣道を掻き分けると何やら3人の人影が見える。一つは子供の様な影、二つ目は大男の様な影、そして最後は頭がないキリンのように長い首を持った影だ。全員は草陰に隠れて、イザベルがホルダーから杖を取り出すと三つの人影がある方の霧を消すため、「フルッシュ」と魔法を唱える。すると徐々に霧が晴れて現れた。


「ナンダ?」


 緑色の肌の大男は辺りをキョロキョロと見渡す。


「そんなことよりこのロリっ子をどう料理するのが先デース!ペペロンチーニ?それともカルパッチョ?フッフッフ......迷いマスネェ」


 自分の合っていない大きな縦長のコック帽をかぶり、悪魔の尻尾とドラキュラの様な鋭く長い牙とエルフの様な耳が特徴的な男が、一人の少女を舐め回ように見る。


「ねえ、あの子魔女の子供じゃない?」


 イザベルの指す指先には、腰が抜けたのか、まるで腰に重りを身に着けたように腰を重いのか倒れたまま動こうとしない、黒いローブを着た少女がいた。リンゴを積んでいたらしく、辺りには藁わらでできた籠かごとリンゴが程散らばっていた。


「た、確かにあの不自然に長いワシ鼻に赤い瞳はそうだね」


 無いことに気づいたドミニカは、赤面で抱き着いていたイザベルから離れて何もなかった様に振る舞う。


「助けるミポ?」

「当たり前、でも怪人が......」


 怪人とは環境の突然変異また奇跡的に生まれた人工ではない人の事を言う。しかし差別用語だから普段は“ハーフ”と言われたりしている。怪人は能力が分からない為、警戒しなければならないのだ。


「コイツカワイイ、オレ、カイタイ、ペットニシヨウ」


 ポケットからアニメキャラクターであろう美少女ストラップを取り出すと、小動物の様にガタガタ震えている女の子と見比べた。


「ハッハッハー!キミはすっかりミーの勧めたアニメが気に入ったようデスネ~、でも現実の女の子とアニメの女の子を比べては、イケマセーン‼」


 コック服の男も胸ポケットから同じストラップを取り出す。


「ヤッパリヨウジョハサイコウダz......」


 言いかけた時だった。


「ちょっとまった!そこのアニメのストラップを持ってるロリコンども!」

「ちょっと!なんで飛び出すの!」


 突然草陰から飛び出したドミニカの後を慌てて着いていく。


「ロリコン?ミーの名はロリイタリアン、デース!」

「うるさいロリコン!行くよイザベル」


 早口に言うと、首からぶら下げているペンダントを構えた。「え?いきなり?」とイザベルも構える。


「「呼び覚ませ!奇跡の力!」」


 二人は変身し、イザベルは少女を助けてドミニカは双剣を握り敵の方に向かう、緑肌の大男は動きが鈍くすぐに倒せたが、ロリイタリアンはコウモリとダークエルフのハーフみたいで空を飛ぶため、近接攻撃を得意とするドミニカは苦戦をした。


「ハッハー!ただすばしっこいだけデスカ~?」


 まるで踊るように攻撃をよけ茶化した。


「しかし貴方の太ももはいい筋肉をしている、カルパッチョ美味そうデース!」

「キモイんだよ!ロリコン!」


 足を止めて右腕を横に振る無数の小刀が出現し飛ばす、しかしロリイタリアンは口から炎を吹きあっけなく消した。


「ロリコンじゃないデース!子供の肉は柔らかくて美味いから好きなだけ……しかし、貴方は胸がない、もしかしてこどモンゴル!」


 ドミニカの大岩をも砕く強烈なパンチが腹に決まり、ロリイタリアンの細身の体はふわりと浮くと、地面にコック帽子と共に叩きつけられて、青虫のようにお腹を押さえジタバタと転げまわった。


「もう一回言ってみろ」

「これだからババアは嫌いなんだ」


舌打ちをすると米神こめかみに青筋を浮き上がらせ、右手に剣を出すと起き上がろうとする男の背中に一回刺し、仰向けになった時に上に乗っかりお腹を何回も刺した。


「壮大に地雷を踏んだな~」


 ロリイタリアンのお腹が掻きまわされ、肉や臓器が赤いヨーグルトのようにグチャグチャになった。


 その地獄絵図に思わず少女の目を隠す。相手が死んでいるのに気づくのは、イザベルが入ってからだった。



「あの……助けてくれてありがとう」


 返り血まみれのドミニカに少し怯え、イザベルの背中に隠れ少しだけ顔出す。


「どういたしまして」

「ハンカチ貸すから体に着いた血を拭きなさい」


 「怖いよね~」とぬいぐるみの様にルル―を抱いている少女の頭を撫でなでる。


「あ、あの......なんでこんな森に来ているんですか?」

「ユニコーンを探しにね」


 イザベルは「言葉分かるようになったんだ~」と驚いた顔でドミニカを見る。と、いうのも魔女の言葉は人間の言語とは全く違い、どんな言語よりも複雑で難しいと言われていた。


「ユニコーンのいる場所知ってるかな?」


 少女は首を横に振と「そうかぁ」とドミニカは少し残念そうな顔をする。


「でも私の村でユニコーンを飼ってる」

「「えっ⁈」」


「ユニコーンの角を譲ってもらえたりできない?」とイザベルが聞くと「お姉さん達は助けてくれた、だから聞いてみる」と背を向けてから「ついて来て」と少女は歩き始めた。


「いい加減放してほしいルル~」


* * * *


「へえ......怪人を倒したか」

「もしこの人たちが来るんだったら、一度あれをでみたらどうです?村長」


 大きなワシ鼻が特徴的な、梅干の様に皺の多いい村長は、とんがり帽子を人差し指でクイッと上げ、イザベルたちの様子を映し出している透明な水晶見ると「ん~」と唸る


「あれは私たちには撃退できません」

「ワシの孫を助けてくれるのは嬉しいが......」

「私たちの種族は年々減っています、これ以上減ってしまったら......」


 若い女性は片手で長い黒髪を後ろにやる。


「あのゾンビの様な魔物が出てきてから、多くの種族が減少しています。だからこそ我々は他種族と共存して生き延びるべきでは?」

「ふふふ~私はアーダの言うと売りだと思うわ~」


 子供の様に小さく、自分の体より2周りぐらい大きなローブを着た赤髪の女性は、棒付きのキャンディー舐めながら頷く。


「エルマとアーダがそこまで言うんならババアは若者に沿うかのお、向こうの望むものと交換であれの依頼を頼むか」

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