第5詠唱 結衣(後編)

「魔導機動隊が来るこの時を、待っていました! 」


 廃教会の中に入っていく結衣に、二人は着いていく。


 教会の中は十数人ほどのゲートが住んでおり、屋根が半分崩れているせいか、屋根がないほうは一本の大木がありその周りに花や雑草が生えていた、あるほうはその逆で毎日掃除をしているのか、ベンチや聖書台や地面にひいてあるタイルまでピカピカに磨かれていた。


「綺麗だね一人で掃除してるの?」


 ドミニカが聞くと、結衣は大道芸のように5人で肩車してステンドガラスを雑巾で磨いているゲート達を指さす。それを見た二人は「「へ~」」と、意外な姿に開いた口が塞がらなくなった。


「危険な生き物だと思っていたけど意外......」

「えらい子だっている......ていうかほぼ偉い子」


 結衣は知らないうちにある部屋に入っていて、顔だけドアからひょっこりだすと「はやく」と手招きしていた。


「ここは?」

「綺麗な部屋」


 案内された部屋は、大人が4人体育座りでギリギリ入るほどのスペースがあり、右の壁には、革表紙の広辞苑並みに分厚い本がズラリと並べられた本棚が二つ、そして右には机、奥にはベッドがある良くも悪くも普通の部屋だ。


「ここはアシュリーが使っていた部屋」


 机から日記帳とファイルを取り出し、ドミニカの服をくいくい引っ張ると背伸びして渡した。


「なにこれ」


「それはアシュリーが向こうの世界に行くまでの日記が記されている、ファイルは向こうの世界に行く方法が書いてある」


 ドミニカは日記を開くと随分と経っているのか、年季が入っておりヨレヨレの黄ばんだ紙が顔を見せた。


「ずいぶん年期が入ってるね」

「ん~」


 しばらく読むが特に変わった事が書いてなく、世話をしている魔物の事が一言で綴つづられていた。


「魔物って基本的に大人しいんだな~」

「でも特にゲートとう事と書いてないねえ......」


 しかし2・3ページ過ぎた所でさっきまで綺麗だった字が一転し他人が見ても分かる。怒りで震えたようなガタガタと震えている。


-1985年08月14日

 魔導機動隊の部隊長から、今夜中に世話をしている魔物の退治を命令された。でも私の大切な家族を殺しなんかしない、罪もない命を無くすなんてどうかしている-


「1985年ってゲートが現れる5年前だっけ?」


 ドミニカの問にイザベルは頷く。


 またしばらく同じような内容が続き


-1985年8月20日

私に子供が生まれた、知らない間に出来ていたらしい、この子の名前はリリィと名付けよう-


 それからリリィとの穏やかな生活が綴られていたが、次に紙をめくると血の着いたページが出てくる。


-1987年10月3日

 突然、第02チームが襲撃してきてリリィは全身火傷し髪の毛が無くなり、他の子達は殺されてしまった。うちの子達出す奴は誰であろうと許さない-


「まさか、これがきっかけでゲートが生まれたの? 」


 ドミニカは日記から目を外し結衣を見る。


「そう、その後からDウォーカーを作る為の人体実験が始まった」

「Dウォーカー?」


イザベルが聞くと「あなたたちの言うゲートの事、因みにDはDifferent dimension(異次元)だからね」と結衣は答えた。


 確かに結衣の言う通りで、読み進めているとちらほら専門用語や数式が出てきて、人体実験の事が綴られている。実験のプロジェクト名は、Dプロジェクトとなっていた。


-Dプロジェクトの第一プロジェクト成功した。しかしこれは始まりに過ぎない、この世界には魔法の無い世界が存在しているらしい、今度はそこへの行き方を研究する」


 読んでいる中『第一プロジェクト』という言葉が気になりイザベルは「プロジェクトって複数あるの?」と結衣に聞く


「プロジェクトは3つあるの、第一プロジェクトはDウォーカーの試作機開発で第二が転移魔法の開発、そして最後のプロジェクトが今いるDウォーカーの完璧な開発」

「なるほどなぁ......」


 ペラペラペラと流し読みしていくと、涙なのか水滴のシミが付いた斜めに破けるているページが現れ、「ん?」とドミニカは読み始める。


-1990年02月05日 愛する娘へ

Dウォーカーも何もかも準備は整った、ワルキューレ、いやリリィごめんなさいこんなダメな母で、私は人から別の化け物へ変わってしまったのかもしれません。何も感じない、痛みも悲しみも、まるで感情が無くなったピエロの様、あなたは私の事を覚えていないかもしれませんが、私は一生忘れませ......-


 破けていてここまでしか分からずドミニカが本を閉じようとすると、手のひらに収まるほどの小さな写真がひらひらと床に落っこちる。イザベルが拾って写真をみると、恐らくアシェリーであろう、白い髪の背が高い笑顔の女性と、女性に左腕で抱きかかえられた黒髪の少女が笑顔で笑い、そして右腕には、白髪の赤ん坊を抱きかかえた姿が写し出されていた。一見幸せそうな家族写真にみえるが、女性の笑顔は悲しみを隠しているような作られたにも見える。


「この小さい女の子ってもしかしてリリィちゃん?」

「それで、赤ちゃんはあなた?」


 二人の問いに「そう、たぶんお姉ちゃんがこの世界に来る前の日に撮られた写真だと思う」と結衣は言う


「でもあなたはなんでこの世界に来たの?」


 イザベルの問いに「確かに!」とドミニカは頷いた。


「私は記憶をなくしたお姉ちゃんを排除する為に、二代目のワルキューレとして変えられて、ここに送られた。」

「排除?何故?」

「お母さんが、私は変わってしまったからせめて、記憶がない内に楽に殺して、仕事を引き継いでって言われて」

「そうだったの......」

「......まあ、とりあえず資料とかも貸して貰ったしアイラさんの所に戻るか」


 聞いてはいけない事を聞いてしまったと、少し落ち込むイザベルの肩を叩いて言う。


「ねえ!私も、もちろん着いて行って良いよね」


 イザベルとドミニカは「「もちろん!」」と、結衣を連れてアイラの元へ戻る事にした。


「そう言えばリリィちゃんが前、ゲートの声が分かるようなこと言ってたよね」


 ゴウンゴウンとモーターの音が鳴り響く、第五地区へ向かうエレベーターの中で、ふとドミニカはイザベルに言うと、「確かお母さん助けてだったニィ」とイザベルの頭の上にしがみついていたニャーラーニィが代わりに答える。


「ゲートは皆、無理やりあの姿にさせられたから、人間に戻りたいと思ってるの。だからだと思う、言葉が分かるのは、お姉ちゃんや私は魔物と大人の人間の脳みそが半分ずつ入ってるから」

「もしかして子供なのにちゃんと話せるのもそのおかげ?」

「そう、私の年齢は5歳なの......まぁ魔物は人の2倍、年取るのが遅いから正確か分からないけどね」


 「信じられないでしょ?」と苦笑をする。やはり姉妹だからか、リリィとどことなく顔が似ていた。顔を度に二人はリリィ事が心配になるのであった。




「ユニコーンの角かぁ......」


 アイラは向こうの世界へ行く方法が載っている、資料を見て頭を抱えていた。どうもこの世界と向こうの世界を繋げるためのゲートを出現させるには、5つの素材が必要らしい。


「竜の血に魔女の眼球にバジリスクの牙にサイクロプスの心臓にユニコーンの角......」


 アイラの隣に立っている、眼鏡を掛けた狐目の秘書は、顎に手を乗せながら読む。


「血と眼球と牙と心臓は在庫がありますが角は無いわねぇ」


 アイラと秘書はお互いに「どうしよう」と見つめ合うと、大きなため息をついた。


 何故ユニコーンの角が無いのかというと、街などが増え自然が少なくなると共に、まるで神隠し合ったかのように徐々に姿を消したとか。


 すると手の平を合して「あ!思い出した!」とイザベルは目を大きくする


「雑誌で載ってたんですけどユニコーンの足跡を見つけたらしいんですよ」


 「なるほどう......」と呟いてからニヤリと笑うと、立ち上がり「ドミニカとイザベルそしてニャーラーニィ、ミポルプ、ルル―ロール!お前たちは明日その足跡のあった場所へ」


「なんでルルもミポ?」


 いやそうに言うミポルプの背後に「なんか不満ルル?」と本人がジト目で現れた。


「ルル―はユニコーンと暮らしていた経験から知識は人一倍知識があるはずだ」

「と、言うことルル!」

「秘書は一応倉庫からユニコーンの角を」

「了解!」

「おチビちゃんはここでお留守番、っね!」


 その言葉に「なんで?」と腰に手を当てて口をへの字にして結衣は言うと、「魔法の練習だ」と一言で片づけられ、アイラは手をぱんぱんと叩き、「はい!かいさーんかいさーん」と言い結衣以外の皆は部屋を出た。




「やっぱり思い出せない!」


 昼下がり、数本の松の木や盆栽に鯉の池が見える、まさに日本庭園という言葉が似合う庭が見える家の縁側で、リリィは思い出の宝玉を眺めていた。湧き水の様に脳裏に浮かぶものは、まるで夢のように白くぼやけているモノばかりだ。鮮明に思い出せるのは一つもなく、大の字で仰向けになる。


「あの人たちは元気かなあ」


 リリィを照らす太陽に手を伸ばして呟くと、一筋の血なまぐさい強烈な死臭が頭の方から漂って来た。


「何この臭い......」


 しかしその悪臭にどこか懐かしさを覚え、臭いに導かれるように自然と足が健二の仕事部屋へ動いた。


 ドアの隙間から臭いがしてきて開いてみると、部屋の奥に木のドアがあるのを見つける。

路上生活を送っている時、見ていた夢に出てきたドアによく似ていた。


「このドア......」


 ドアの取っ手を握ると、一瞬頭痛と共に、アシュリーが自分をワルキューレへ人体改造をした時のことが、フラッシュバックする。


「今のは......」


 ドアを開けると地下へ続く先の見えない階段がある。


「あそこへ行けば記憶が蘇るはず......」


 ひび割れるように痛む頭を抑えつつ、土がむき出しんになった壁に片手をついて進む、すると、夢で見たことのある地下廊下に出る。辺りは松明の火で薄暗く照らされていた。


「ここは......」


 母に会えるかもしれないという嬉しい気持ちを抑えて長い廊下を走ると、左右二つに別れた道につく、しかしリリィがいた頃部屋は一つしかなく少し戸惑うが、「こっち!」と右を選び奥へ行くと実験室に着いた。


 ドアを開けようとするが、鎖がぐるぐる巻きに固く固定されていてビクともしない。


「これは斧?」


 前、脱走した男が使った斧が、ドアと向かい合って壁に立てかけてある。リリィは手に取ると力強く振り下げ鎖は直ぐに壊れた。「キイィ......」と血塗られた錆びだらけのドアがゆっくりと開く。


「え......」


 しかし母の姿は無く部屋の内装自体が変わっていた。リリィは中に入ると、檻の中に居たゲート達が柵にしがみつき、「ワルキューレ様!母を、母を止めてくれ」「俺を殺してくれ!殺してくれよ!」と騒ぐ、その姿に怖くなり後ずさりすると、何かにぶつかる。直ぐに振り向くとそこには、ワルキューレの人体改造の時見た机が置いてあった。急いで引き出しを開けると、″あの写真″が目に入ってくる。その瞬間霧の様な白くぼやけていた記憶が、一瞬で霧が晴れて鮮明なものになった。


「これは......」


 震える手で小さな写真をつまむと、裏側に日記帳にあった破れていたページの破片がテープで張り付いていた。




-もし違う形で会えたら、今度こそ普通の家族のように楽しく生活しましょう。 

母より-

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