第4詠唱 結衣(前編)

「今何匹目? 」

「275匹ミポ! 」 

「まだまだみたいね......」


 イザベルとドミニカは、魔導機動隊の隊員が遂に12人まで減ってしまった為、アイラから今までは100匹だったが、300匹のゲート駆除を頼まれて任務へ出ていた。街には石を投げればゲートに当たる確率でうじゃうじゃと徘徊しており、まるでゾンビ映画の中に居るようだ。住民はゲートが襲わないと言っても念の為、各地方から集まった部隊が作った『第5地区』よりも広い所に避難させた。


 ほとんどのゲートは、黒い幕を出して相手を消す技以外は、噛むや引っ掻くなどゾンビのような攻撃をする。稀に魔物になる前の記憶があるのか体術など人間らしい攻撃をする。毒などの害はないのだが、イザベルはまだしもドミニカの魔武は双剣のため、囲まれるとやっかいなのだ。


「スタミナを回復するよ! 」

 

  家の屋根の上に居るイザベルは詠唱し、緑に光る玉が20㎝ある魔法の杖の先から出ると、ドミニカに向かって振る。


  球は狙った通りに当たると、動きが鈍くなり肩で呼吸していたドミニカは、段々と体力が回復してゆき、忍者のような俊敏な動きに戻っていった。


「後25体! 」


 残りの魔力全てを、両手に握る双剣に込めると剣の刃が黄色く光り雷をまとう。その瞬間一番多く群がっている場所に一瞬で移動し、地面に着地をすると共に握る剣を二つとも地面に刺した。


「灰となって散れ! 」


 空から5つの大きなイナズマが、ドミニカの周りに勢いよく落ちると、地面をえぐりゲートを一瞬で灰にした。当たらなくてもイナズマで砕け飛び散るレンガの、刃物の様な尖った破片が無数に飛び刺し殺す。


「任務完了ミポ! 」

「オーケー」


 ジャンプしてイザベルの所に戻り、双剣を地面に落とし光の粒子となり消えると、崩れ落ちるように腰を下ろした。


「終わった......」

「お疲れさま、ゴメンね一人だけで戦わせちゃって」


  「イザベルだって十分戦ってるじゃん」と笑い、ドミニカは腰についている水筒を手に取り口を付ける。


「ありがと、あなたとグループでよかった」

「あと一人いるでしょ」

「......あれから長いこと立つわね、大丈夫かなぁ」


 雲が分厚い鉛色の空を見ながら「リリィちゃん......」と、自分の妹のように心配そうに呟く。「あの子は賢い子だから、いつか知らぬ間に帰ってくるさ」と勢いよくイザベルの背中をたたき、片手から箒(ほうき)を出現させると飛び立った。「もう適当なことばっかり!」と少し安心したのか、笑顔でイザベルも箒にまたがり飛んで追いかけた。


  二人は第五地区に戻ると任務の報告をする為、テイラーの部屋に向かう。街は特に変わりはなく、自分の家にいるように安心したのか任務の時の緊張が無くなり、他愛のない話をしながら行く。


「テイラーさん戻りました!」


 イザベルがノックするといつもは、50歳とは思えない程元気が良く、若々しい声で返事をしてくれるのだが、疲れたような低い声がドア越しから微かに聞こえてきた。


 二人は心配そうな表情で部屋に入ると、普段は厚い化粧とハツラツとした雰囲気で目立たなかった皺(しわ)も、今じゃブルドックよろしく、目や額などにできた深く掘られた皺が目立ち、頭に見える数本の白髪のせいか歳をより一層協調させた。


「ライラさん今日は体調が悪いんですか?」


「いやそうではないんだが......


 少し間頭を人差し指でポリポリ掻きながら「ん~」と唸ると、「君らに頼みたいことがあるんだ」と言った。相当悩んでの頼み事だからイザベルとドミニカ、またそのパートナーの妖精は断ることができず聞くことにした。


「ちょっと待ったルル!」


 声の主は、ファンシーで可愛いいぬいぐるみの様な見た目をした。二頭身でピンク色の妖精、ルル―ロールだ。


「昨日の深夜から3つも任務をさせて、まだ働かすルル?そんなのあまりにも危険ルル!」


 飼い主のリリィの件からか強めな口調で止めようとするが、ドミニカに「私たちはまだ若いんだから任務の三つや四つなんてへっちゃらだよ!」と言われ、「でも!」と言いかけるとイザベルから「私たちは大丈夫だから、心配しなくて大丈夫ありがと」と優しく言われるとテイラーを睨んで舌打ちをし、風船のようにふわふわと飛んで部屋を出て行った。


「すまないな、実は今から頼むことはゲートに関わる事なんだ」


 イザベルとドミニカの方を見て頷くのを確認すると、引き出しから地図を取り出し机の上に広げる。


「ここって確か数十キロ先にあるもう人が住んでいない村ですよね」

「正解だイザベル、君たちはこの村のここに行ってほしい」


  テイラーは教会の印が付いている場所を指で指した。


「ここは私が魔導機動隊の兵士だった時、パートナーだったアシュリー・バレッタという女性が住んでいた場所なんだ。実は彼女と関係あるんじゃないかと思ってね」 


  二人は「なるほどう......」


 テイラー曰く、アシュリー・バレッタという女性は生物学を、魔導機動隊と平行しながら大学で勉強していて。教会の中でケガをした魔物や親のいない魔物達の世話をしていたとか。


「だから彼女が住んでいた教会へ行き、手がかりを見つけてきてほしい」


テイラーに頼まれた二人と二匹は「了解!」と言い部屋を出た。




「ここは......」


  少女は夢を見ていた。 


 血がベッタリ付いた鉄製の実験台の上に、手と足が拘束され全裸の状態で寝ていた。


 地下にいるのか土がむき出しになった天井が見える、数個の裸電球が生臭い部屋を照らした。部屋は薄暗く、左半分に、人型のモンスターという言葉が似合う生き物が、一体ずつ緑色の水が入った大きな円柱型のガラスケースに入っていた。右半分には、ランプが点滅する血が付いた大きな機械が置いてあり、自分の真横にはメスや注射器など医療道具が入っている銀の容器が置いてあった。


「あれ?もしかしてお姉ちゃん?」


  右を見ると腹が切開されているリリィが麻酔で眠らされていた。左には人型の魔物が所々解剖されて横たわっている。


 すると、部屋のドアが開き白衣姿のアシュリーが現れ、リリィと少女の間に立ちメスとピンセットを取りしす。


「ちょっとお姉ちゃんに何やってるの!」


  アシュリーの背中で見えなかったが、リリィの苦しそうな顔が見えた。逃げようと思いもがくが、足首と手首が拘束されており動けず、すぐにアシュリーは少女の方を向くと、頭の方にリリィから取り出した肉の破片がついた血が滴る赤く透き通る石を置く。


「やめて!やめてよ!」


  アシュリーは暴れる小さな体を大きな手で力強く押さえつけ、そのままメスを入た。

その瞬間痛みは感じないが不思議な感覚に目を覚ます。


 シルバーで綺麗な髪が腰辺り七色の目を持つ、恐らく8歳ぐらいであろう幼い少女は目を覚まし、全身を覆っていた掛け布団代わりのカーテンを勢いよく剥がし起き上がる。


「夢か......」


  木製の大きな聖書台から降りると、何も着ていない全裸の少女はシャワーを浴びに眠たい目を擦りながらぺたぺたと歩いて行く。


 ここは災害でもあったのか家が全て崩れていて、人がいない代わりに害のないゲートが住む村、別名『死の村』、その端っこにある屋根が半分崩れ落ちた廃教会、地面には屋根にあった十字架が突き刺さっていた。


 廃墟だが水道がまだ生きていて、少女が鼻歌交じりでシャワーを浴びていた。


「気持ち~!シャワーが浴びれるだけでも幸せだな~」



「ここが目的地の村?」

「想像以上に不気味な場所だな」

「ゲートがいるから変身するニィ!」


ニャーラーニィの呼びかけにイザベルとドミニカは頷く


「「呼び覚ませ!奇跡の力!」」


  二人でペンダントにキスをすると着ていた服が変わり、一瞬でフリルが付いたミニスカートのドレスに代わり髪型も変わった。


「あれ?襲ってこない?」


 イザベルは少し固まる


「先手必勝!道を切り開くからボサボサしてないでついて来て!」


  両手に双剣を出現させると足に雷を纏い(まと)一掃して行き、後ろから防御と攻撃力の強化魔法をドミニカに投げながらついて行った。


  教会の長いベンチに寝っ転がっていた少女は、外から聞こえる騒ぎに「何事?」と急いで綺麗なワンピースを着てコートを羽織ると外へ出た。


「あなた達何してるの!」


  少女の声にドミニカは足を止める。


「あなた達も、もう大丈夫だから!落ち着いて!」


  少女の説得によりゲート全員の動きが止まった。


「静かになった」

「この子たちは静かでいい子なんです!あなた達がそれも知らずに荒らしたせいで、皆が自分を守ろうとしたんですよ!」

「そうだったの、ゴメンなさい」


  イザベルとドミニカはお互い杖と双剣を消すと頭を下げる


「分かったんならここから出て行って!」

「本当にすまなかった。でもここに来た理由があるんだ」


 ムスッと殺気交じりの魔力を放出する少女にドミニカはここに来た理由を説明すると「武器は何があっても出さない事!と家の物は一つも触らない事!良い?」と言う、イザベルとドミニカが頷くと「ついて来て」と言い歩き始めた。


「あなたの名前は?なんでこんな村に一人で住んでるの?」

「ここにいる理由は静かで水が通っているから、名前は教えない」


「入る前にこっちからも質問させて」と教会の入り口で二人に向かって言う


「ここでお母さんが残してった痕跡を見つけたらどうするの?」

「それは見つけた痕跡にもよるな」

「じゃあもしゲートの飛ばす所へ行ける方法を知ったら?」

「え?」


  少女は小指を出し「もしゲートの飛ばす場所に行けることが分かったらリリィお姉ちゃんを私も連れて助けに行ってくれる?」と聞く


 ドミニカとイザベルは見合すと、「「もちろん!」」と二笑顔で短く細い小指に、自分の小指を巻きつけて言った。すると少女は背中を向けて言う


「名前はWK-78-2Ⅱ、通称ワルキューレ2号またの名を結衣(ゆい)」


「私は改造人間なの」と言いうと、円型のステンドガラスが付いた教会の両開き扉を両手で開けると、再び振り向く。


「魔導機動隊が来るこの時を待っていました! 」

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