スイート・イリュージョン


 見えていたものが見えなくなった。

 見えなかったものが、見えるようになった。

 結果、良いことと悪いことがあって、傷ついた人とそうじゃない人がいた。

 当たり前がなくなって、当然が消え失せて、日常が崩れ去って、残ったのは奇妙という残り滓。

 いつしか私たちはそいつを受け入れて、いつも通りの中にゆっくりと溶かしていった。

 得たものは特になく、失くしたものばかりが嫌に目に付いた。

 だから、致し方なく、誠に不本意ながら、私は過去から目を逸らす。

 もうここにはないものを追い求めるのをやめる。

 かつて見えていたものを見ようとするのをやめる。

 すり替わった普通に順応して、私を溶かしてドロドロにして。

 そうして付いたあだ名は“不感症女”。

 違うよ、私は佐藤だよ。

 そんなお話。


 *    *


 私が“佐藤”じゃないことは誰の目にも明らかで、けれどもみんなは“佐藤”と呼ぶし、私も特に否定する気もないので、いつしか私は“佐藤”ということになっていた。

 前髪が長いのはズボラだからじゃなくて、私がその髪型を個人的に気に入っているから。だのに、彼らは私を根暗だの何だのと好き勝手言う。何事にも理由があるということを、連中は忘れているに違いなかった。

 どいつもこいつもイカレポンチのクルクルパーで、脳みそが腐っているんじゃないかと思うくらい狂っている。もちろん、これは私の主観であって、彼らからすれば頭のおかしいのは私の方なのだろう。価値観の相違というやつ。どうしようもない類のサムシングなのである。

 “不感症女”と呼ぶか“佐藤”と呼ぶかの違いは、私のことを嫌っているかそうでないかで、私を“佐藤”扱いする奴らは、その多くが大層なもの好きだった。

 もの好きの筆頭は、鈴木という女子生徒だ。私が最初に“見えるようになった”人で、最も付き合いが長い。彼女のそばにいれば大抵の事は良いように思えたし、彼女自身私を受け入れるのに躊躇いはないようだった。もはや恋人と言っても差し支えなく、私がレズビアンであることが露呈するのも時間の問題だと思う。何せ、彼女はすんごい美人だからね。

 第二位!

 高橋!

 こいつも女の子。競泳水着と日焼けの似合う健康的な美人。長身。一緒に夏休みを過ごせば甘酸っぱい思いができること間違いなし。彼女自身の高いコミュ力も相まって、男からの人気は高い。だがしかし彼女は私は私と同様の同性愛者なのでまぁ無駄なんですけどねうわははは。私とは同好の士的な関係で、要するに友人である。彼女とは一番よく遊ぶ。楽しい。

 続いて田中。これは男。以前愛の告白を受けて、スパッとお断りしたらなんか友達になった。普通にいいやつで、たぶんこいつも本当は“田中”じゃないんだと思う。その辺で妙なシンパシーを感じてしまうので、まぁ仲良くやってる。

 渡辺。時代錯誤的スケバン女子。鋭い目つき! 茶髪! 長いスカート! 他が全員ブレザーの中ただ一人セーラー服を着ている我が道をひた走るイケメン。ただやたらと面倒見が良く、私もよくしてもらっている。イケメン。以上。

 伊藤? ああ、うん。狂ってんね。妄想全開の自称未来人。よくわからんことばっか言ってるから多くの人に煙たがられてる。見た目はいいよ。だから私は伊藤のことが結構好き。目の保養になる。

 山本さんは近所のおねーさん。豊かなお胸の美女で、おおらかでゆったりとした雰囲気を纏っている。のだが、どんな仕事をして生きながらえているのか誰も知らない。その得体の知れなさもチャーミングポイントなのサ、とは本人の弁。本当かよ。

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