井戸の中の河津さん
「ねぇ、私たち、別れよっか」
その言葉の衝撃は、とてつもなく、なんというか、凄まじかった。
春のうららかなある日の夜。久しぶりのデートの帰り、ウキウキしながら恋人の隣を歩いていたら、唐突にその関係を形容できなくなった。もうちょっとで、彼女の家の前、というところだった。
呆然と間抜け面を晒す僕に、それまで恋人だった人は一歩先から振り返って言った。
「まぁ、理由は色々あるんだけど……ごめんね、なんか」
ありがとう、じゃあね、と彼女は僕を置いていく。
理由、理由……理由ね。
心当たりありまくりで、しばらくそこを動けなかった。
僕はどこまで間抜けなんだ。
めくるめく馬鹿野郎というのは、まさしく僕のことだろう。
* *
「わあああああああああああああああああああああーーーーーーーッ!」
全てを理解した時、僕は気が触れたように叫びながら夜中の河川敷を突っ走っていた。たぶんこういうとこがダメだったんじゃねーかなと後になって思った。
まったく非情な現実に打ちのめされた感じだった。僕個人にとっては、だけれど。
兆候がなかったと言ったら嘘になる。付き合って一年、ここ二ヶ月くらい連絡が激減しデートも滅多にしなくなり話すこともなくなって、けれど僕はそれについてなんとも思わなかった。実に間抜けだ。間抜けだが、僕はこいつをなんどか繰り返している。ようやくわかった。僕は恋愛に向いていない。
もうなんかよく分からないので走る。途中から酸欠になり頭が真っ白になってくる。脇腹が痛む。気持ち悪い。でも走る。ふざけやがって、と思う。
僕が悪いのだ。僕がこんな体たらくだから。
けれど、仕方ないじゃないか。
夢があるんだ、僕には。
これまでも何度か人を好きになって、少し付き合って今回みたいに別れてきた。どうしてだろう、と思い、その度に自分の中にその理由が思い当たる。そしてそれは、僕が恋よりも何よりも大切にしてきたもので、そのせいで多くを腐らせてきたものでもあった。
仕方ないじゃないか。
仕方ない……。
そんな自分に、腹が立ってしようがなかった。
「あああああああああああああああーーーー」
馬鹿め。
悪態を吐く。
石に躓いてコケるまで、走り続けた。
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