二通目

拝啓、親愛なる我が親友


 秋も深くなってきたね。コートを着ていても風が染みるようになった。

 この前の手紙にわざわざ返答してくれて感謝している。君が相手にせずに流すも君の自由だからね。だが、そういうところで律儀なのが君が君たる所以だ。

 何、無駄話を長々とするつもりもない。今回は早速本題に入ろう。

 もちろん、君の返答は隅々まで──それこそ紙の材質や封筒の裏側まで見させてもらった。こんな高価な紙をわざわざ私に使ってくるとは、君も浪費家になったものだ。

 これは予想できていたことだが、君は自分が犯人ではないと、そう主張したいわけだね。確かに、証拠もなく妻殺しの犯人だと言われたのでは否定する他ない。むしろ、これほどのことをしても逆上もせず、落ち着いた返答を送ってくるのが不思議なくらいだ。そして、私の推理に対する反論も、全て正統的で文句のつけようがない。流石は我が相棒と言ったところか。――かつてのことだがね。

 君の反論は文句のつけようがない。私はこう書いたが、しかしいくらか弁明はさせてほしい。私が一方的に悪役に回るのは本位ではないのでね。

 まず、君が同封したマンチェスタァ行きの乗車券について触れておこう。ライム・ストリートからマンチェスタァまでの行きと帰りの二枚の乗車券を同封してくれたわけだが、確かにこれは間違いなくリヴァプール・アンド・マンチェスタァ鉄道の乗車券だ。複製品などではない。おまけに特注だというリヴァプール・アンド・マンチェスタァ鉄道のハサミまでしっかりと入っている。この乗車券を使っって列車に乗った何よりの証拠だ。これをもって君はこの日マンチェスタァに捜査をしに行っていたというアリバイが成立すると、そう言いたいのだね。

 ただ、だからと言って黙っているのは私の性分ではないのでね。先も言ったように、少々弁明させてほしい。手が疲れたので休み休み書くがね。

 私は同封されたこの乗車券を見た時、とても驚いたのだよ。考えてもみたまえ。君は日頃から整理を大の苦手としている男だ。事件当日だって書斎の床は乱雑に本が置かれていて、中にはページが折れ曲がっているものまであった。それに、捜査資料の紛失騒ぎを起こしたのも一度や二度じゃないことは自覚しているはずだ。そんな記録や保存などといった類から無縁の男が、硬券とは言えこのただの小さな紙切れを大事に大事にとっておくだろうか。さらに言えば、ライム・ストリート駅で聞いたところには、基本的に乗車券は改札で回収しているときた。事件の報せもこない時分にわざわざ係員にものを言って乗車券を持ち帰る理由などないに等しい。それ故に、私は同封されていた乗車券を見て、アリバイ作りのために残しておいたのだと勘繰ったのだよ。

 但し、これらも全て状況証拠であって物的証拠にはなり得ない。本当にたまたま偶然、君がいつもと違う気を起こしてなんとなく係員に言いつけ乗車券を持ち帰り、さらなる気の迷いでそれを5年間も大切に大切に保管していた可能性も、ないとは言い切れないのだからね。

 しかし、私の弁明はこれだけではない。君はあの日、鉄道でリヴァプールからマンチェスタァに行くことは、事実上不可能であったことを知っているか。いや、知らなかっただろう。君という人間は周りの他人に興味などないからな。新聞だって毎日読んでるわけじゃなかろう。そしてその日の新聞はきっと読まなかったに違いない。僕があの日読んだ新聞には大方こうあった。『昨夜、エックルス駅にて退避線に侵入していた貨物列車の貨車に後ろから急行列車が衝突、転覆した。負傷者多数。復旧は未定である、とリヴァプール・アンド・マンチェスタァ鉄道社』私も新聞だけで判断するわけにはいかないのでね。実際にライム・ストリート駅へ行って話を聞いてみたんだが、やはりあの日はケニヨン・ジャンクション駅までしか列車は行っていなかったそうだよ。最初に言ったように、マンチェスタァへ鉄道で抜けることは不可能だったんだ。

 だがそうすると、どこでハサミを入れられたのかという説明がつかない。先述の通りこの形状のハサミはリヴァプール・アンド・マンチェスタァ鉄道が特注で作らせている、市場には出回っていない代物だ。偽物を作らせようにも、鋳物屋がわざわざ顧客の信頼を失墜させるような真似をするとは思えない。それについても、私自身でしっかり調査したさ。百聞は一見にしかず、実際に乗ってみて真相はすぐに分かった。あすこの路線の車掌は、サボり癖があるらしく、ライム・ストリート駅から三駅ほどの間にしか乗車券を拝見しに来ないのだね。そのせいでキセル乗車が横行したものだから、彼はその後すぐにクビになったそうだ。そう、つまりその区間にだけ乗っていれば、自然とハサミを入れてもらえるというわけだ。従って、君がマンチェスタァへと行ってないにも関わらず、行ったと嘘をつき、さらにはその嘘を本当に見せかけるために乗車券を提示した、ということが証明されてしまったのだよ。奇しくも、君がアリバイのために提示したこの二枚の硬券がね。

 しかし、これではまだ君の罪を明示するに至っていない。ただ君が嘘をついていることを証明したに過ぎない。無論、君のアリバイが崩れた今、君以外に容疑者はいないのだが、まだ君の反論がいくつもあるからね。それらを全て解決していかなければならない。逆に言えば、それらが全て解決したならば、状況からして君が真犯人であると立証するに足りる、ということだ。

 前回の手紙で、私はこう記したね。「刺してすぐの犯人が廊下を歩けば血痕が残るはずだ」と。それは君自身にも当てはまると、そう言いたいのだね。しかし、そう言うだろうと思って、既に調べは済ませてある。資料によれば、遺体の側には乱雑に置かれた本の他に君の衣服も何着か放ってあり、いくつかには血が大量に付着していた、と記されている。つまり、君はイザベラを刺して返り血を浴びた後、顔や髪の毛の血を最低限拭き取った後に血の付いていない衣服に着替え、血の付いた衣服は遺体の側に置いたのだ。木を隠すなら森の中、血の付いた衣服を隠すなら血だまりの中というわけだ。家主であれば洗いたての洋服も溢れんばかりに置いてある。わざわざ用意していく必要もない。気付いてみれば造作のない、簡単な話だったのだ。

 最後の君の反論は、まあ長々と書かれていたからまとめると「仮に僕がやったとしても屋敷への出入りができない。屋敷の中にいたならば警察に見つかっているはずだ」といった感じか。だからこそ、私は最初からどこかに隠し部屋があるのではないかと睨んでいた。だが屋敷は事件の後すぐに取り壊されてしまったからね、検証のしようはない。ただ、それで証拠隠滅を図ることができたと思っているならば脇が甘いと言わざるを得ない。――そう、建築士の元に行けば設計図は手に入る。そしたらば案の定、提出された見取り図には存在しない地下倉庫なるものがあるではないか。それは凡そ、書斎の向かいの部屋から例の手袋の見つかった使用人の部屋にかけての床下に存在することになっている。書斎の床はくまなく調べたが、向かいの部屋などはプライバシィの問題もあって勝手に捜査することは叶わなかったからね。使用人の部屋だって、手袋ばかりに気を取られ、その部屋の床などを見ようとは思いづらくなる。完全に捜査の方向性を誘導されていたわけだ。参ったよ。

 さあ、これでどうだい。まだ何か反論はあるだろうか。アリバイ不成立を証明する物的証拠──この乗車券とこれだけの状況証拠さえ揃えば、もう言い逃れはできないのではあるまいか。言い逃れが許されるかは神のみぞ知る――ならぬ裁判官のみぞ知るところだ。


 一つ君に謝らねばならないことがある。というのも、実は今回のこの二通の手紙に書いたことのほとんどは、五年前、既に調査済みだったのだよ。唯一、建築士を見つけるのに時間がかかってしまった。まさか夢中に動いている間に五年も経っているとはね。私の娘も大きくなるわけだ。だから、前回の穴だらけの推理は、あえてそうしたのだ。こう書けば君にはもう分かるだろう。今回の件は君のアリバイを崩す物的証拠なしには証明し得なかった。君自身からその証拠を貰うために、わざわざそんなことをしたのだ。無礼な真似をしたことを、深く謝らせてほしい。

 だがね、私は別段君を逮捕しようなどとは考えていないし、公表するつもりもない。そんなことをすれば冤罪で関係のない人間を一人死に追いやったことが表沙汰になり、更には真犯人が刑事であったともなれば警察の権威が失墜することはまず免れないからね。ただ、君に嘘をつかれていたことだけが何よりも私の心をつつくのだよ。君が本当のことを話しさえしてくれれば、それ以上望むことは何もなかった。気が向いたらでいい、この事件の顛末を詳しく話して聞かせてもらいたい。刑事としてではなく、一人の人間として。

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二通の手紙 前花しずく @shizuku_maehana

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