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お茶を入れ直しに行ったピンクの背中を見届け、僕は一人ソファーに項垂れた。今は何時だろうか?両親が殺されてからここまで、かなりの時間が経ったように思う。もう朝かもしれない。となれば大学はどうしようか?今日、大事な授業はあっただろうか?
ダメだ、休もう。大学の事なんて今は考えている場合じゃない。それなのにそんな呑気なことを考えてしまったのは、少しでも普通の日常に戻りたかったからなのかもしれない。
「お待たせーっと、スカルキャップを煎れてみたんだけど……飲めるかい?」
「えぇ、今はその苦味が欲しいくらいです。」
僕は湯呑みを受け取りながら、その入れ物とのギャップに力なく笑った。
「なんか沢山話しちゃったね。グリーン、頭の中はこんがらがって無いかい?」
「大丈夫です。ちょっと大学の事とか考えてて……」
「この状況で大学の事って!ははは、やっぱりグリーンは少し変わってるよ。」
「いえいえ、大学生が大学の事考えるのは普通ですよ。」
「考える状況が普通じゃないんだけどなぁ?」
やれやれと言いたげなピンクはソファーの背もたれに深く腰掛け、それじゃあラストスパート行こうか?と冷ややかに薄笑いした。
とにかくそれから脱線が多く、最近のスーパーのお菓子売り場市場から流行りのアイドルグループ、ブラックホールの不思議からツチノコを捕まえた話など、とにかく多かった。何度も何度も方向修正した話を僕が纏めるならこうだ。
「数え切れない程の殺し屋達が集まった集団が執行人だ、と。」
殺し屋だなんて非現実的だが、いないとは言い切れない。ピンク流に言うならUFOやUMAがいるのに、殺し屋が居ないなんて事の方がおかしいのだ。現に僕は目の前で犯行を見たのだから、ツチノコよりは信憑性がある。
「殺し屋…殺し屋…それよりは、殺すのに特化した人間の集まり、と表現した方が正しいかな?」
「意味は一緒でしょう?」
「のんのんのん!そこには明確な違いがあるんだよ、グリーン。」
この話が始まってからというもの、嫌に芝居口調なピンクに、僕は疑心の目を向けた。
「殺し屋は"業務"。だけど、執行人は"生き方"なんだよ。極端な話、殺し屋は殺しを辞めて花屋を営むことが出来る。でも執行人は"人を殺す"事しかできないんだ。仮に花屋を営むとしたらカルミアラティフォリアやシュロソウ、イヌサフラン、ミフクラギ、ミズゼリ、挙句の果てにはトリカブトなんかを栽培するだろうね!」
どこで何をしていても
"人を殺す事しか考えられない。"
それが特化していると表現したピンクの言いたいことだった。
「そんな存在を雇ってまで、グリーンの両親を殺したんだ……事の重大性は分かるだろ?」
「痛い程に。嫌ってくらい分かりました。」
「嫌気が指しても当然だよ、こんな話。飽き飽きするね!全く!俺だって出来ることならそんな奴等とは噛み合わず平等な均衡を保ちたいよっ!」
ペシペシとテーブルを叩きながらピンクは駄々っ子のように言う。
「常磐夫妻が殺され、お父さんを雇っていた三反園家は、血眼で犯人を探すだろう。もしかしたらもう気付いているかもしれない。レッドが四斗辺家で聴き込み、もとい暴れたら…こんな夜中にそんな騒動が起きて、ピリピリムードの三反園家が気付かないわけない。」
「それって……」
「そう、意図せぬ戦争が起きるだろうなぁ。バカ園vsクソ辺の。」
笑顔で話すピンクの声色に少し怒気が交じる。日本有数の一族を、バカとクソ呼ばわりしながら笑うその姿にピンクの闇を見た気がした。
「そーゆうのは平和じゃない。俺の愛する平等な均衡でもない。コソコソ薬を造っている内は良いんだよ。その計画を潰せば済む話だからさ。だけど、流石に
ピンクにはそれだけの力があるのだろう。目の前で目を細めて笑っている甚平姿の男に、
これ程までに世界の裏側に詳しく、災害のようなレッドと仕事をしている彼の事だ。その自信は決して伊達ではないのだろう。
「続きはレッドが暴れ終わってからかな?まだ起きてない事を心配しても仕方が無いし、手出しも出来ない領分だ。とりあえず大まかな説明は出来ただろうし、俺の役目は一旦終わり!と。」
ピンクはパンッと膝を叩き、先程までの口調をころりと変えて軽口に戻った。僕も大体の全容は理解出来たので、切り上げることに異論はない。しかし最後にひとつ、聞いておきたいことがあった。
「それで、僕の両親の葬儀はいつあげられますか?」
レッドの話によれば、
「そうだねー…今回の件に関してはレッドもいつも以上にやる気があるし…早くて二週間、いや、一週間もかからないんじゃないかな?」
暗躍している日本有数の一族が関わっていると聞いて、当面は無理だと思っていた両親の葬儀が、思ったよりも早くあげられそうな事に僕は驚いた。
「あんな話を聞いたあとだからね、驚いてる?でもよくよく考えてみなよ、レッドだよ?あのレッド。この話には彼女が噛み合ってるんだ。あっという間に解決するさ!それでこそ────」
「スーパーヒーロー。」
僕の口をついたのはそんな言葉だった。
なんでも請負うスーパーヒーローだと彼女は言った。それを僕は話半分で聞いていたのだけれど、どうやらこちらも伊達では無さそうだ。それにコンクリートを砕いたり、ちゃぶ台を叩き割ったあのパワー。もはや人間の芸当ではない。
「レッドは…彼女はそもそも何者なんですか?」
豪快に笑いながら、ヴェノムGTをぶっ飛ばす彼女を思い出しながら僕はピンクに質問した。
「さぁ?何者だろうね?」
しかし返ってきた答えは、またしても意図しないものだった。
「あ、また俺が誤魔化したりはぐらかしたりしてると思ってる?うわー心外だなぁ。」
「自覚あったんですね。」
「そりゃあ、たまには有るよ!たまにね!逸れてるなーどうしようかなーでも戻せないなーって事、あるでしょ?人生みたいにさ!」
「あります、かね?いや無いですね。」
「確かに、グリーンは無さそうだ。」
ははは!と笑い膝を打つピンクの姿に、少し呆れつつも僕は切り返す。誤魔化す気の無かったピンクが"分からない"と言うのなら、それは真実なのだろう。
「あんまり話しちゃうとレッドの魅力が無くなっちゃいそうだけど…って俺も自分が出会ってからのレッドしか知らないんだけどさ。本名も素性も歳も分からないんだ。どれだけ調べても、どれだけ潜っても、どれだけ探しても……何も無い。」
「いやでもそんな事って………」
「そう、有り得ない。絶対に有り得ない。ましてやこの俺が何も掴めないなんて!」
ピンクは少し悔しそうに口を突き出した。まるで拗ねた子供だ。
「そんななーんにも分からない話だけど…まだレッドが帰ってくるまで時間もありそうだし…グリーンもどうせこんな状況じゃ寝れないだろ?」
「えぇ、流石にスカルキャップも効かないみたいです。」
「俺もだよ、あははは!ぜんっぜん無理!」
そうして始まるレッドとピンクとの出会い話に、僕はまた耳を傾け嵌っていく。どうせ一度噛み合ってしまった歯車同士、錆びて回らなくなるまでとことん回り続けるのが運命というやつだろう。
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