6
沈黙。しばしの沈黙がリビングを包む。普通に自己紹介された事に驚いたのか、何を返すべきか分からなかったのか、はたまた他に理由があったのかもしれない。
「え、滑った?うわっ!滑った!?やっぱり"ご存知の通り、ヒーローだよ。"の方が良かった!?それとも"亜一、探偵さ。"の方!?いや、男の子に対してだと"ようこそ、裏の
「普通で大丈夫ですっ!」
沈黙に耐えかね、先に口を開いたのは彼だった。僕は暴走し始めた彼を止め、落ち着いてくださいとさいなめた。
「それで、
そうして落ち着いた彼へ向き直る。
「……ピンク。そう呼ばないとレッドにブチ切れられるよ?」
「…………コホン。それで、ピンク。」
咳払いをしもう一度、向き直る。
「本当に、ほんっとうに色んな疑問があるんですけど、とりあえずこれだけはまず聞かせて下さい。僕の両親を殺した犯人…ピンクも心当たりがあるんですか?」
僕はピンクの瞳を見つめながら、なるべく感情的にならないようそう言った。ピンクはずっと笑顔を絶やさないので、ハッキリと目が見える訳では無いのだけれど、それでも向こう側からは見えているはずだ。
「単刀直入、冷静沈着、いいね!グリーン!流石、あのレッドが自分の愛車に乗せた子だけはあるなぁ。いやぁレッドってさ、ほら?あの通りスポーツカー馬鹿だから…自分の愛車には絶対に人を乗せないんだよね!なんてったって付き合いの長いこの俺でさえ───」
「話ずれてますって!」
「あ、あぁごめんごめん。昔からどうしても話が脱線しちゃう癖があってねぇ。」
絶対わざとだと思ったけれど、なぜかピンクの脱線話には嫌な気がしない。とは言え、両親の話を聞くのが先だ。その為にレッドも「後の話はピンクに聞け。」と、僕をここへ連れてきたのだろう。
「えっと、それで…グリーンの両親。常磐夫妻の事だよね。」
「はい。」
「まずは、遅くなってしまったけれど……ご愁傷さま。本当に残念で悲しく思ってるよ。守れなくて、申し訳ない。」
ソファーに腰掛けながらも、深々と頭を下げるピンク。その姿に少し目頭が熱くなる。両親が殺されてから、初めてかけられた優しい言葉だった。
「本当はグリーンと一緒に常磐夫妻もここへ避難してもらう予定だったんだよ。常磐家が狙われているのは知っていたんだ、だから俺がレッドに頼んだ。」
「狙われていた?僕達みたいな一般市民を、誰が?」
「ははは、一般市民だって?まさか。グリーン、少しの誤差や不満があったとして…それでも世の中がどうして平和なのか考えた事ってあるかい?」
ピンクは顔を上げ、相変わらずの乾いた笑顔で続けた
「どこかの宇宙飛行士が巨大隕石と共に爆発していたり、どこかの酔っ払いがエイリアンと戦っていたり、どこかの発明家がタイムマシンに乗って過去を変えに行っていたり、どこかの博士が地球のコアの回転を促したり、どこかの生物学者が地下でゾンビを焼き払っていたり、どこかの屈強な男がマフィアのボスを殺していたり────どこかの遺伝子学者が戦争に使われる遺伝子薬の研究を意図的に遅らせていたり…………」
「そう、どこかの誰かが何かを担っているから平和なんだよ。幸福も不幸も満足も不満も平等も不平等も孤独も喜びも快感も喪失感も、全てそんな彼や彼女達がいてこそ、そうだとは思わないかい?」
またもや話がそれてきたような気がしたけれど、ピンクの言った"どこかの遺伝子学者"が妙に引っかかったので、僕は続きを黙って聞くことにした。
「そして、そんなどこかの誰かがまさにグリーンのお父さんだったんだよ!お察しの通りね。」
「父は確か、研究所の所長で…もしかして、どこかの遺伝子学者って……?」
「ビンゴッー!って、まぁ流れ的にそうだよね。」
ピンクは左手で義手を叩きながら拍手をしたものの、こんな推理は推理と言わないとばかりにバッサリと切り捨てた。僕がそれを不快だとも不満だとも思わなかったのは、続きが気になっていたからだ。
「俺はさ、中生、公正、フェア、記号では=が好きなんだよね。グリーンが普通に"普通"を好むみたいにさ!」
僕は"好む"と言うよりは本当に普通の存在で、そう在るものだから仕方の無いことなので、ピンクの"好む"と言う平等とはまた意味合いが違うような気がする。それともピンクも、自分が平等な存在で在る事が当たり前なのだろうか。
「グリーンのお父さんが死んでしまうとね、それが崩れるんだよ。俺の好きな均等に均一なバランスが揺らぐんだ。これはもう俺のエゴかもしれないし、そうじゃないかも知れない。新しいバランスが生まれることを恐れてるのかもしれないし、そうじゃないかも知れない。」
全く要点を得ないピンクの話に、僕は眉をひそめた。
「つまり、父の研究していたその遺伝子薬で戦争を起こそうとした誰かが、意図的に開発を遅らせていた事実を知り……父を殺した、と?」
「んんー…これがまた複雑怪奇な話でさぁ、グリーンのお父さんを殺したのはその誰かじゃあ無いんだよね。開発を恐れた他の誰かなんだ。」
「なんだか本当に悪の秘密結社がいそうな話ですね。」
「いるんだよ、本当に。秘密結社みたいな団体なんてその辺にゴロゴロ存在してるよ。ただ、悪じゃない。誰しもが、悪でも善でも無い。」
ピンクはそう言いながら一口紅茶を啜る。確かに善悪とは片方からは測れないものだ。両親を殺された僕からしてみれば、殺した奴はもちろん悪人だ。しかし殺して欲しかった方からしてみれば、残念ながら殺した奴は善人なのだ。その殺し屋にありがとうと言うだろう。戦争での人殺しが、英雄や正義だと言われるように。
「お父さんが意図的に開発を遅らせているという事実をその誰かが知っていれば、殺されずに済んだのかと聞かれれば……それは有り得なかっただろうね。遅かれ早かれ完成する。そして遅かれ早かれ殺されていた。だから俺は君達家族をここに避難させようと思ってね…」
「守ろうとしていてくれたんですか?」
「平等な均衡をね。」
成程、ブレない人だ。
「まぁ叶わなかった手前、偉そうなことは言えないんだけど、ははは。まさかあのレッドが失敗するなんてね、初めての事だから驚いてるよ。」
困ったように眉を下げながら、ピンクは小さく溜息を吐いた。
「それであんなに怒っていたんですか?」
「だろうね、彼女にとって失敗は有り得ない。したことが無い。だからそうなった時にどう感情を表していいのかが分からないんだよ。一番身近な"怒り"として表す方法しか知らないんだ、昔っから。」
«───おかえりなさい、レッド»
ピンクが器用に哀愁漂わせながらも笑顔を作り、そんな話をし出した時だった。近未来的な
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