5
「はいはいはい、おかえりレッド。」
彼は「声が大きいよ。」と付け足しながらも、にこやかに僕達を迎え入れてくれた。紺色の甚平姿である彼は、ピンクと言うよりブルーなのでは無いかと思う。
まぁ服の色で判断するなら僕はブラックになってしまうのだけれど。ドカリとうぐいす色の座布団に座ったレッドの隣に、僕はちょこんと座った。
お邪魔しますと挨拶をしながら彼をよく見てみれば、どうやら右腕が義手のようだ。肩までの黒髪は後ろで一つに括られていたのだけれど、どうやって括ったのかと謎が浮かんだ。まさかレッドが括ってあげているなんて…いや、想像つかない。
「あれ?彼一人?……って事はレッド────」
バキッーーー!!!!
彼が座っているレッドに対して何か言い終える前に、僕の目の前にあった丸い木のちゃぶ台が真っ二つに割れた。何かのアニメで、よくちゃぶ台を引っくり返すお父さんは見た事はあったが、ちゃぶ台を叩き割る人を見たのは初めてだった。
叩き割った本人であるレッドを見ると、またもや…いや、ちゃぶ台を割るくらいなのだから察しはつく。怒っていた。最早、顔を見なくても分かる。
「チッ!……胸クソわりぃ!出てくる!」
勢いよく立ち上がったレッドは、そう怒鳴りながら出ていってしまった。ヴェノムGTのエンジン音が聞こえ、その音の大きさが彼女の怒りを体言しているようだった。
僕は目を丸くして、甚平姿の彼を見る。彼は相変わらず目を細め笑っていた。
「あはは、怒らせちゃった!」
そして、無邪気に頭をかく。僕は苦笑いしかできず、この気まずい空気から逃げ出したくなっていた。けれど、ここから逃げ出したところで僕には行く所なんて無いのだ。家に帰っても一人。
それに、ここがどこだかも分からないのに飛び出すなんて無謀だろう。車でかなりの距離を走っただろうから、歩いて帰るのなんて到底無理だろうし。
「ちょっとちょっと、そんなに難しい顔しないで。レッドもその内熱が冷めたら帰ってくるさ。」
真っ二つにされたちゃぶ台を片手で器用に端に寄せながら、ピンクと呼ばれた彼は軽くそう言った。
「とりあえず…ここじゃなんだから、奥で話そうか?ほら、お茶を置くテーブルも無くなっちゃった事だし?」
片付けたちゃぶ台を指差しながらおどけたように話す彼に、僕は頷き立ち上がる。この畳部屋の奥に、住居的な部屋が有るのだろうか?佇まい的には、住居兼って感じだけれど。
僕は襖を開け、奥へ入っていく彼の後ろを着いていく。その先には数メートルの廊下があり、右にはトイレらしきドア、左には二階へ続く階段、そして廊下の先には一枚の扉があった。
ごく普通の、一般家庭にある様な茶色いドアだ。彼は左の階段を通り過ぎ、そのドアの取手を握った。
«──ICチップ、クリア»
«──指紋認証、クリア»
«──静脈認証、クリア»
«──虹彩認証、クリア»
«──PFID、確認しました»
途端に聞こえてきた機械音声に僕は辺りをキョロキョロと見回した。いや、これは目の前のドアから聞こえてきているのだ。彼の、ピンクの握るその茶色いドアから。
「え、何事ですかこれ?」
「いやぁ…レッドってさ、形からはいるタイプだからさぁ?」
あまり答えにもならない返答を貰った僕が次に目にしたのは、普通だと思っていた一般的なそのドアが真ん中から左右に開いていく様だった。このドアでその開き方は反則だ。予想外だ。
「でも男の子ってこうゆーの好きでしょ?まぁ俺も心踊らないって言えば嘘になるようなならないような、ね。」
ニコニコとしながら開いたドアの中に入る彼に、もはやこれ以上驚く事は無いだろうと僕も続く。そこには人が五人程入れそうな空間が広がっていた。四方の壁はシルバーで、入口の駄菓子屋からは想像もつかない空間だった。
«───おかえりなさい、ピンク»
再び機械音声が聞こえドアが閉まると、それはゆっくりと下に降りていった。僕はやっとこれがエレベーターだと理解したのだ。
「ここってどう言う場所なんですか?表の通り、駄菓子屋さん…って訳じゃ無いですよね?」
僕は降りていくエレベーターの中で静かに彼を見た。
「んーー、
「
怪しくなってきた雲行きに、ガラスの壺に入っているような不安な気持ちになりながらも彼の言葉を繰り返す。
「あれはレッドがドイツのモーゼル渓谷から帰ってきた時だったかな?どうしてだかその発音が気に入ったとかでね、前までは"なんでも屋"って呼んでいたんだけれど"今日からは
笑いながら目を細める彼は、僕の疑問点とは少しズレた話をする。と言うより、わざとズラされて、はぐらかされているかのように思う。
そんな、僕が聞きたいこととは斜め四十五度の回答をいくつかしながら、エレベーターが目的地へと到着した。話半分でそれを聞いていた僕だけれど、どうにもこうにも彼の話は面白おかしくて、こんな状況だと言うのに僕は少し笑ってしまっていた。
「さてと、ここにはテーブルもある事だしお茶でも入れてくるよ。そこに座って待っててくれるかい?」
エレベーターの扉が開き、現れたのはリビング。近未来的なエレベーターとは対照的に、そこには欧米風のリビングが広がっていた。なんだか破茶滅茶で統一感のない、滅茶苦茶な空間だ。まるでレッドの様。
僕は余りキョロキョロせず、そこと言われたソファーに腰を落ち着かせた。
「お待たせー。」
そう言って彼が持ってきたのは、湯呑に入った紅茶だった。ここまで来ると、ある意味統一感がある。そう思いながら湯呑の中身を見つめる僕に
「あれ?紅茶ダメだった?資料には好きだって書かれてたんだけれど。」
と、また斜め四十五度の心配をしながら"資料"と言う引っかかる単語を口にするピンク。
「いえ…ありがとうございます。好きですよ、紅茶。なんだか一気に色んな事を体験したせいか…頭の中がまとまらなくてボーっとしちゃうんです。」
殺された両親、真っ赤なレッド、穴の空いたコンクリート、最高級のスポーツカー、ヒーロー、駄菓子屋の
こうして起こった事実を並べてみても、信じられるのは僕の好きな紅茶くらいだ。一番現実味があって味がある。
「分かる、分かるよ、緑君。レッドと初対峙した人間は、大体そんな感じになるからね。それでも緑君はかなり冷静な方だと思うよ?おかしな位、異様に異常に冷静だ。」
紅茶を飲みながら芝居がかった笑を浮かべ、捲し立てる彼が、僕の名前を知っていたとしても今更疑問にも思わない。少し耐性が付いてきたのかもしれない。
「だけどまぁ、それでも普通だと緑君が言い張るなら……今更だけれど普通に普通らしく、自己紹介から始めようか?」
「僕のこと、なんでも知っていそうですけど?」
僕は普通の提案に対して、少し悪足掻きのような抵抗を見せた。ここまで来ておいて、そんな事はどうせ無駄なんだろうけれど。
「なんでも、ね。そうだなぁー…
そこまで言って区切ると、彼は口角を少し上げた。
「…俺は
貼り付けりたような笑顔、機械的に見せるスマイル、習慣の一つ、笑顔を形作っているだけの微笑み、その微笑みの濃度の薄さに僕は思った……やっぱりこの人はピンクでもブルーでもなくブラックだと。
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