3
僕は歩いていた。
赤色に手を引かれ、両親が死んだ路地裏を後にして。頭の中には疑問符しか無く、ただただ引かれるままに歩いていた。
なぜ?両親を置いてきたのか。
なぜ?妖しい赤色の手を取ったのか。
なぜ?赤色は僕に手を差し伸べたのか。
なぜ?歩いているのか。
なぜ?どこに向かっているのか。
「おい、グリーン!さっきの二人は親ってやつで間違い無いか?」
僕の疑念をよそに、赤い彼女はぶっきらぼうにそう言い放った。手を握る力が強いのはデフォルトなのか、僕が逃げない様になのかは分からない。
「あ、えっと…はい。」
「じゃあ
「なん、で…僕の名前…?」
「いや!名前とか知らねぇけど、だって今日からお前はグリーンだし。」
カツカツとヒールで歩く彼女は、またしても僕を"グリーン"と呼んだ。
「さっきからなんですか?グリーン、グリーンって……さしずめ貴方はレッドとか?」
その赤い見た目から、少し皮肉めいて言った僕の言葉に彼女は急に立ち止まると勢いよく振り向いた。
「なんだお前、察しがいいなぁ?」
「え?本当に?」
「あぁそうさ!あたしはレッド!嘱託人で探偵!救済人でありホワイトナイトのレッドだ!」
「しょくたく…にん?」
派遣と似たような意味合いを持つその言葉に僕は眉をしかめた。それに探偵に救済人、ホワイトナイトにって…付けたい言葉を好きなだけ詰め合わせて付けているような妙な自己紹介に対しても怪訝な顔をする。
「そう、何でも請け負い解決するってな!まぁヒーローだな、スーパーヒーロー!」
手を大きく広げ、レッドは自分の事をスーパーヒーローだと胸を張る。僕の怪訝な表情と打って変わって、太陽の様に赤く眩しく満面に笑う彼女を不気味だとも美しいとも思った。先程、目の前で両親が死んだとは思えない人間の感情だ。これは、普通では無い。
「それで、とりあえずあたしの話はどーでもいいんだよ。」
くるりと前に向き直しまた歩き出したレッドに、僕は着いていくと言う選択肢しか無かった。
背の高い彼女の一歩は大きい。ヒールを履いているからなおの事だが、僕は世間一般で小さい方では無いのだけれど、それでもレッドの方が少し大きいように感じる。ヒールを脱げば同じ背丈位だろうか?
膝まである赤い髪はサラサラと揺れ、荒っぽい話し方からは想像つかないが髪は手入れされている様に思える。
長身と長い足に誂えたようなワインレッドのスリムスーツはよく似合っていて、その上からでも女性らしい体つきが伺えるほどプロポーションは良い。
それに…さっき振り返った時に見えたのだが、顔の半分に火傷の跡。しかし、それを補い感じさせないまでの清々しい話し方と顔立ちの整った隙のない風采。
「なぁグリーン、親の事…どう思った?」
彼女の風貌をまじまじと観察しながら歩いていた僕に、静かに籠るような声でレッドは言った。
そうだ、両親が死んだと言うのに僕は何を考えているんだ一体!目の前の彼女を観察している場合では無いだろう!
「死んだ…んですよね。」
これまで少しの間、現実逃避していた僕は、事実を受け入れるように"死んだのだ"と言葉にした。
言葉にしてしまえば一瞬で現実となるその残酷な出来事に、僕は再び目を背けたくなる。
両親の遺体を放ったらかして、こんな怪しく自分をスーパーヒーローだ嘱託人だ探偵だと名乗る女に着いてきて…普通じゃない。普通じゃないんだ。
両親の元に戻らなければ、と方向転換した僕の耳にレッドの衝撃的な言葉が刺さった。
「いや、死んだんじゃねー。殺されたんだよ。」
僕は足を止める。
止めているのに足元がグラグラと揺れるような感覚に襲われているのは、"殺された"と言う新事実に心が掻き乱されたからだろう。
彼女が何を勘違いしているのか分からない。
僕達は食事を終え、近くのBARで少し飲んだ後、駅までの近道だと三人で裏路地に入ったのだ。
「また近い内に来るわね!」と言いながらお酒で染まった頬を上げ笑う母と、小さく頷く父。
明るく話しいた母と父が、急に二人して立ち止まったので不思議に思った僕は振り向いた。
裏路地に微かに射し込む月の光に照らされた二人は、なぜかとても悲しそうな顔をしていた様に思う。母涙を流し、父は目を伏せていた。いや、二人共静かに微笑んでいたかもしれない。
そして、僕がどうしたのか聞こうとしたその刹那──
二人は同時に倒れた。
驚いて駆け寄った僕は確信した。
死んだのだと───────
「何か勘違いしてるみたいですけど、僕の両親は死んだんですよ。ほら、あれです、急性心筋梗塞とか、致死性不整脈とか、心筋症とか、弁膜症とか…後は…後………」
僕は突然死になり得る原因を捲し立てるように並べた。しかし、医学の知識なんて一般常識程度にしか無い僕にはこれ以上の病名が出てこない。
「いや、違うね。殺されたんだって、何回言わせりゃ気が済むんだよ。」
「おかしいですよ、そんなの…僕は見たんです。父と母が倒れる所、を…」
「てかよー、逆におかしくねーか?グリーン。二年振りに会った親が、同じタイミングで、同じ場所で、測ったように、二人共"突然死"なんてよぉ?普通に考えてそっちのがおかしーだろ?」
普通に考えて
確かにそうだ。そんな事が起こりうるのは天文学的確率だろう。宝くじか隕石にでも当たるようなものだ。いつも普通を行く僕が、その不可解な事実に気が付かないわけが無い。
ただ、理解が出来なくて排除したかったのだ。分からないことから目をそらしたかった。
「それにグリーン、お前はなーんも見えてねー。」
続けざまにそう言いながら、両親の元に戻ろうと振り返り背中を向けている僕の肩にレッドは肘をかけた。
「僕は確かに死ぬのを見ましたよ。」
「だーかーら!殺されたのが見えてねーっつってんだよ!お前も中々執拗いなぁ!」
急に耳元で大きな声を出され、僕は一瞬ビクリと身体を震わせた。
そもそもなぜ殺されたとレッドに分かるのか、それに僕が二年振りに両親に会うなんてレッドは知らないはずだ。それはそうだろう。僕だって彼女に会ったのはついさっきなのだから。
なぜレッドがそれを知っているのか、なぜレッドはあの場に居合わせたのか。
両親の死を確信し、嘆こうとした瞬間、レッドは現れたのだ。カツカツと響くヒールの音に驚き目の前を見据えれば
───そこにいた。
眉間にシワを寄せ、憤怒に満ち満ち、今にも癇癪を起こし暴れだしそうな顔で彼女は立っていた。
怒りを色で表すのならば彼女、レッドだ。
今思い出せばあの時のレッドの表情の意味も分からない。なぜあんなにも荒々しい表情だったのか。僕の両親に対しての恨み?仇?復讐?私怨?
それならばなぜ僕と目が合った時、笑って手を差し伸べたのか。怒り狂っていた彼女が、一瞬にして笑顔になり、僕の手を引いたのはなぜなのだろうか。
「………レッド?」
僕は恐る恐る彼女の方を振り向いた。
するとレッドはしかめっ面のまま僕の頭を強く叩き
「お前、もしかしなくてもこのあたしを疑ってんのか!?お門違いだ!この、バカグリーン!」
と軽く罵った。
「あたしはスーパーヒーローだぞ!?あたしが殺すのは悪党だけだっつーの!」
言葉のあやだろうけれど、サラリと"悪党は殺す"宣言をしたレッドは、僕の頭を叩いた手の行き先を探すように自分の頭をガシガシと掻いた。
「じゃあなんで…なんであの場にいたんですか?まさか偶然じゃあ無いですよね?」
当たり前だ。僕の両親が突然死では無く、偶然でも無く、明確な殺意と意図を持って殺されたのだとしたら、レッドがあの場にいた事だって偶然では無いはずだ。
それに僕を"
「あぁ、勿論。偶然じゃねぇよ。あたしが出向くとこ、全ての事があたしによって必然に変わる!」
「僕の両親が殺された、のも…」
「いや、それは必然じゃねぇ…。」
そう言いながらギリリ、と激しく歯軋りをしたレッドは、凄まじい怒りを露わにしていた。全身の毛が逆立つ様な激しく怒気のこもった表情。
僕の両親の死に対して、なぜここまで彼女が怒り狂っているのか正直分からない。
勿論、両親を殺された当事者である僕の方が怒って当然なのだろうけど、何が理由で殺されたのか、突然死の様に静かに倒れたのはなぜか、犯人は誰なのか、両親とレッドはどんな関係だったのか…感情型より思考型の僕は、彼女の様に素直に怒りを表に出せずにいた。
「クソっ!」
するとレッドは怒りを路地裏の壁にぶつけるように殴った。ドゴン!と言う大きな音に、僕が慌てて振り向くと、レッドは続け様にまた壁を殴っていた。
止めようと駆け寄った僕はその壁を見て唖然とした。コンクリートで出来ているはずの壁には穴が空き、粉塵が舞っている。
「えっ?」
いくら荒々しい性格だは言え、コンクリートの壁に素手で穴を空ける女性など見た事がない。いや、屈強な男であろうと何だろうと人間として有り得ない。
「…チッ、わりーな、グリーン。荒ぶった!」
壁を殴った方の手をパタパタとひらつかせ、打って変わって笑顔でそう言うレッド。
「荒ぶった…レベルじゃないですよ、コレ!こんな事出来るなんて、何者なんですか?」
「スーパーヒーロー!」
「……………。」
父と同じレベルの端的な回答に、僕は一瞬言葉を失ってしまった。
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