第277話 アストラル体

 「空間斬。」



 お師匠が何かの魔導を発動すると、ヴァラハイスの右腕が肘の辺りから、鋭利な刃物でカットしてみたいに切れて落ちた。

 何だあれ? あんなの初めて見た。



 「これなら本体が何処にあろうと関係無いじゃろう。」


 「わたくしは、さっき覚えたばかりの術を、いとも簡単に応用するロルフ様に驚いていますわ。」



 え、どゆこと? ヴィヴィさん、分かるの?

 それにしても、凄い切れ味だ。硬い鱗や骨ごと、肉も潰れる事無くスッパリ行っている。

 腕が地面に落ちて初めて切断された事に気が付いたかの様に、遅れて血が吹き出す。

 ヴァラハイスも、遅れて痛みがやって来たらしく、絶叫を上げている。

 何ですか、あの切れ味。トマトは切られた事にまだ気が付いていません、みたいな?



 「簡単に言うと、空間壁に開けた穴に手を突っ込んだまま閉じた訳ね。」



 へー、そうだったんだー(棒



 「ソピアちゃんは特に気にした事は無かったみたいだけど、私達は空間扉を通り抜ける時に何時もビクビクしてるのよ?」



 成る程ね、謎空間へ入る時は、超次元に存在する体も全部入るんだ。じゃないと、超次元域で体が切断されてしまうからね。

 それを意図的に行っている訳か。

 体の一部だけ、ミクロンレベルの薄さで転送しているんだ。


 2体に分かれて暴れていたヴァラハイスは、今度は10体に分裂して、四方八方にブレスを吐きまくる。

 視力は奪ったが、動く物には正確に狙いを付けてくる。

 私の知識を取られたのはマズかったな、魔力サーチやスワラも使用して、視力と同等以上の位置情報を得ているっぽい。


 空間斬を放ったお師匠の体を輪切りにする様な位置に、空間孔が開こうとしていた。



 パキーン!



 しかし、その穴が閉じようとしたのだが、お師匠の体は真っ二つにはなっていない。

 空間斬が、空間扉を応用した技だというのなら、空間扉を開ける者になら誰にだって、ましてや原初の神竜ヴァラハイスに真似出来ない訳が無い。

 だけど、それは成功しなかった。



 「術者はおのれの秘術をあみだした時、その術を破る方法も考えるものじゃろう。」



 お師匠素敵!

 予め、自分の体の前後に空間孔を出して置き、空間孔同士で相殺させたのだ。


 ウルスラさんの絶対障壁を応用した拘束術と、ヴィヴィさんの元祖延長剣、四神竜のドツキ合い。

 ……何で神竜は殴り合いなんだ? え? 神竜は、どんな魔導使っても大体レジストしてしまうので、最終的に殴り合い位しか残ってない? ああ、そうなんだ。

 ブランガスの超巨大火山吐息スーパーボルケーノブレスが、ヴァラハイスの輝くブレスと相殺するし、何気に彼女? 凄いんだよね。


 戦いは、私達の優勢で徐々にヴァラハイスにダメージが蓄積していっている様に見えた。

 ヴァラハイスは、10体に分裂していた分身を1つに纏め、立ったまま両手をぶらりと下げ、沈黙してしまった。



 「両手ぶらり戦法か?」



 その時、ケイティーが、ゾワッと何かを察知したらしい。



 「あ、あ、ある……」


 「有るって、何が?」


 「黒玉、黒玉ー! あいつの中に在るー!!」



 黒玉があいつの中に? まさか、でも、黒玉に関してはケイティーの勘は当てに成るんだ。



 「こいつ、体内に黒玉を生成しているぞ!」



 私は叫んだ。そんな事をしたら、自分の命だって危ないというのに。

 私は、直ぐに空間扉を出して、ヴァラハイスを閉じ込めようとした。

 だけど、ヴァラハイスは静かな口調で言った。



 「無駄だよ。体内の魔導は、魔導無効空間でも解除は出来ない。それに、我をあの空間へ閉じ込めるのは不可能だ。」



 こいつ、死ぬのが怖く無いのか?



 「それから、我の生成しているのは、黒玉だけでは無いよ。」


 「まさか、白玉もか!」



 そう、最初に奴が体を2つに分けた理由、それは、1体ずつに白玉と黒玉を分けて生成させる為だったんだ。

 そして、その体を1つに纏めた。



 「正気かっ!!」


 「言って無かったか? 我は既に壊れていると……」



 ヴァラハイスの体の胸の辺りが白く輝き始め、正視出来ない程の光を放ち始めた。

 こんな所でビッグバンを起こされては堪らない。



 「時間停止!!!」



 周囲の時間が停止した。

 この中で動いていられるのは、私とケイティー、クーマイルマ、そして、ヴァラハイスだけか。

 お師匠達や神竜達は、スローモーションの様にゆっくりと動いている。

 それぞれ個々で加速能力に差異があるみたいだ。


 ビッグバンの爆発開始前の、10の-34乗秒(100兆分の1の100兆分の1の100万分の1秒)の間にインフレーションを起こし、この時100メートル程度だった球体は、10の-36乗秒後には、10の30乗(1兆×1兆×100万)倍のサイズにまで膨張したのだ。

 この速度は、勿論光速を超えている。未だ、物理法則なんて確定していない時代なのだから。


 ヴァラハイスを中心とした、光の玉は、ソピアの目から見ても急速に拡大している。

 ソピアの時間停止は完全では無いからだ。

 物質タージオンで出来たソピアの体は、どんなに加速をしても、99.99999999……%と限り無く光速へ近づきはするが、絶対に光速へ到達する事は出来ない。

 光速度を超えて膨張しようとしているビッグバンのエネルギーを停止させる事は出来ないのだ。

 小数点以下に9を34個、35個と、いくら連ねても、決して光速度には届かない。


 その頃には、亜光速戦闘をしていた、ケイティーもクーマイルマも、神竜達も、殆ど停止していた。

 だけど、光球は、目に見える速度で膨張を続けている。

 ヴァラハイスの一番近くで戦っていたケイティーが、今にも光球に飲み込まれようとしている。

 私は咄嗟にケイティーの体を転送した。

 慌てていたので、何処へ転送してしまったのか分からない。

 光球は、それでも物凄い速度で膨張をしているのが見える。

 とても皆を救い出せる気がしない。

 いや、この星ごと、いや、宇宙ごと消滅するというのに、何処へ転送すれば良いというのだろう?



 どうしよう、どうすればいい。

 皆が死んじゃう!



 『!--体を捨てなさい。--!』


 「誰? 私に話し掛けて来るのは。」


 『!--精神体に成れば、光速を超えられるよ。--!』



 話し掛けて来る声が誰かは分からない。だけど、今は躊躇っている暇は無い。


 私は、次の瞬間にはおのれの体を滅し、精神体アストラルボディとなって居た。




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