第246話 塔

 この世界では、何らかの理由で魔力が阻害されていて、魔導が全く使えないと思っていたのだけど、どうやらそれは外部に対してだけで、身体強化の様に体内で完結するものなら何とか使える事が分かった。

 ブランガスも、最初は転移に全部のマナを消費してしまった為に力を使えないのだと思い込んでいたみたいだったけど、少し休憩をしたために魔力が戻って来た様で、手を触れて直接に魔力を流し込めるのなら使える事が分かり、元気を取り戻して来ている。



 「移動には、アーリャ達の使っていた『ラリ』が使えると思うの。皆、大丈夫ね?」


 「はい、習得しています。」


 「あんなの、一回見れば真似するのは容易いわ~。でも、私が竜形態に戻って、あなた達を乗せて飛んだ方が速くないかしら~?」


 「「えっ!? 乗せてくれるんですか?」」



 以外な提案に、クーマイルマとケイティーがハモった。

 というのも、ブランガスはソピア以外の人間には興味が無さそうな素振りをしていて、こんな気の利いた提案をしてくれるなんて思っても見なかったのだから。



 「いいからいいから、今は同じ目的を共有する仲間じゃな~い。」



 そう言うと、ブランガスは竜形態に戻った。

 全長が100ヤルト(100メートル)超の巨体である。尻尾が体の半分程有るとしても、胴体と頭で50ヤルト程もある。こんな巨体が本当に空を飛ぶのかと思わせる。

 最新型旅客機のボーイング787位のサイズ感なんだ。立ち上がれば、何とかの超大型巨人みたいに、壁の向こう側を覗ける位に大きい。

 でも、如何に背中の面積が広いと言っても、鱗はつるつるで掴まる所も無いとなると、流石に危ないんじゃないのかな? 浮遊術が使えない今となっては、墜落イコール死は免れそうもない。



 『!--乗るのは、背中じゃ無いわよ~。私が、手に持って運んであげるわ~。--!』



 成る程、合理的です。乗せると言われて、勝手に背中に乗って飛ぶイメージをしてしまった。

 ブランガスの差し出した手は、片手だけで何人も乗れそうな程大きい。



 「に、握り潰さないでね。」


 『!--信用しなさいよぅ~。--!』



 ブランガスは、右手に二人を乗せると、左手をそっと被せて風除けにしてくれている。一番問題を起こす割には四神竜の中では一番繊細な感覚を持っているのかも知れない。



 『!--さあ、飛ぶわよ~!--!』



 指の隙間から外を眺めていると、軽い上下動の加速度を感じた後、見る見る高度が上がって行く。



 『!--どうかしら~? 乗り心地は~?--!』


 「はい、快適です。流石はブランガス様です。」


 『!--でしょでしょ? 私は気遣いの出来る女なのよ~。--!』



 神竜には性別は無かったんじゃないのかな?

 竜形態になると思念通話テレパシーになってしまうのは、口腔の形が言語を発するのに適して無いからなのだろう。ケイティーもクーマイルマも、言語でのオカマ言葉を聞き慣れているお陰で、思念通話テレパシーでの会話も同様に翻訳されている様だ。


 流石に神竜の飛行速度は速い。

 時速にして、400キロ(毎刻速500リグル)は出ているのではないだろうか。その巨体故に、地上から見るとゆっくりとした速度に見えるかも知れないが、ケイティーは、流れる地面の景色を見て、飛行椅子で飛んでいた時の体感と大体同じ位だなと思った。


 音速飛行に慣れていれば、時速400キロという速度は遅く感じるかも知れないが、空なら一直線に目的地へ迎えるので、地上の徒歩移動で10日前後の旅程が、たったの1時間(半刻)である。

 塔までの距離は、大体100キロ前後かなと予測していたので、15分(八つ半刻)もあれば到着だ。


 ブランガスは、塔の基底部近くへ着陸すると、ケイティーとクーマイルマを降ろし、自分も人竜形態へ変わった。

 塔は、近くで見ると、その巨大さに圧倒される。

 さっきから塔と呼んではいるけれど、端的に言えばこれは柱だ。途中所々に、竹の様な節というか樽のタガというかの様な出っ張りがある柱なんだ。

 ただ、その大きさが尋常ではない。直径が数百メートルはあるのではなかろうか?

 近寄って良く見てみると、石造りの様に思っていたのだが、その材質が金属なのか粘土なのか、それすらこの世界の科学力では分からないだろう。



 「何なのかしら、これ?」


 「う~ん、どう見ても、自然物では無いわよね~。」


 「何処かに入り口が有るのでしょうか?」



 この塔は、今の所、唯一の人工物っぽい物なので、ソピアもこの世界へ転送されているのなら、彼女も多分ここを目指すだろうと予測を立てたのだけど……



 「ソピアが転送された先がこの塔の近くとは限らないのよねー……」



 何故ならば、見渡した限りでも複数本の塔が、遥か遠くに薄っすらと見えているのだから。



 「この塔の回りを一周してみましょうか。」


 「そうですね。」


 「え~、歩くのだ~る~い~。」


 「ブランガス様は、竜になって飛んで高い位置を調べて貰えませんか?」


 「はいはい、分かったわよ~。神使いの荒い娘達ねぇ~。」


 「クーマイルマ、ラリで走るわよ! じゃあ、ブランガス様は、上の方をお願いします。」



 ケイティーとクーマイルマは、走り出した。その姿を見送って、ブランガスは再び竜形態になり、羽ばたいた。

 塔の直径は、見た感じ500メートル(500ヤルト)余り、とすると、外周は1570メートル(約1リグル)程にもなる。時速60キロ程度で走れるラリを使えば、たったの1分半程度の時間しかかからない。

 暴走車の様な速度で走る二人を見ながら、ブランガスは螺旋状に塔を回りながら上昇して行く。

 しかし、どこにも入り口らしき物も、窓らしき穴も見当たらない。本当に天を支える柱みたいだ。


 塔をぐるっと回って元の場所へ集合した三人は、顔を見合わせた。



 「入り口も、それを塞いだ様な跡も、何も見つからなかったわ。」


 「上の方にも何も無かったわよ~。」


 「どうしよう。」


 「ぶっ壊す~?」



 そう言うや否や、二人の同意も待たずにブランガスは、拳を塔の壁面へ叩き込んだ。



 「ブランガス、破局噴火拳スーパーエラプションナコー!!」



 ドカーーーーーーン!!!!!



 地面が揺れた。

 地割れも発生した。

 だけど、塔の壁には罅一つ入らなかった。



 「いったぁ~い! なんて硬さなの~?」


 「ブ、ブランガス様! 無茶しないで!」



 ケイティーとクーマイルマは、尻餅を突いていた。

 人竜形態とはいえ、神竜の打撃を受けて傷一つ付かない材質なんて、この世界に有るのだろうか? いや、ここはこの世界では無いのかもしれないと、ケイティーは思い直した。

 塔の基底部下の地面に入った、深い亀裂を覗いてみると、塔は地面の上に建っているだけではなく、地面の下の方にもかなり深くまで入っている様に見えた。



 「きゃあっ! ブランガス様! ケイティー!」



 その時、クーマイルマが焦った様な声を上げた。

 振り返ると、ケイティーがさっき倒した巨大サソリが複数匹こちらへ向かって来ていた。



 「あらぁ~? 今ので呼んじゃったのかしら~?」


 「クーマイルマは武器が無いのだから、後ろへ! 私とブランガス様で退治します!」


 「う、うんっ!」



 クーマイルマは、塔の壁まで下がり、ケイティーとブランガスが前へ出る。



 「食料がいっぱ~い!」


 「まだ食べる気ですか?」


 「当たり前よぅ~。あれだけで足りる訳無いじゃな~い。」


 「お腹壊しても知りませんからね。」



 巨大サソリは、全部で7匹。

 乱戦に成らない様に、二人は左右へ走った。



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