第247話 大事な弓矢
クーマイルマは焦っていた。
まさか、こっちの世界では魔導が使えないとは想像もしていなかったから。
大事な武器も食料も水も、全部魔導倉庫へ仕舞ってあったので、この世界に転送されてからは、武器無し食料も水も無しで行動しなければならなくなってしまった。二人が居なければ、どうなっていたのか分からない。
塔の壁に張り付いて、二人の戦いを見守るしか無い自分が歯痒かった。
最も、ケイティーの戦いは危なげ無いし、神竜であるブランガス様に勝てる生物も居るとは思えないのだが、自分もあの戦いに参加したい。皆の役に立ちたいという気持ちは膨らむばかりだ。
この先の旅で、二人のお荷物に成るしかない自分が情けなく思えて仕方が無かった。
と、その時異変が起こった。
最初、7匹かと思っていた大サソリだが、次々と集まって来てしまったのだ。
今ここに居るだけでも15匹以上に増えている。
ブランガス様は好きに暴れているだけだが、ケイティーはクーマイルマ守りながら戦っているので、疲労度が違うのだろう。
そして、二人の処理速度よりも、増えて行く速度の方が若干早い。
二人で3匹倒せば、4匹やってくるという具合だ。
じりじりと敵の数の方が増えて来る。
「これでは埒が明かないわ。ここは逃げましょう!」
「神竜であるこの私ぃ~が~! 逃げるですってぇ~!?」
「もう駄目です! すっかり囲まれてしまいました!」
クーマイルマが諦めかけたその時、有る事に気が付いた。
何とは無しに首から下げていた魔導鍵を握りしめると、サントラム学園の校章が空中に浮かび上がったのだ。
クーマイルマは、その事にびっくりしたのだが、瞬時に、頭で考えるよりも早く鍵を差し込んでいた。
ケイティーは、倒しても倒してもそれ以上の早さで集まって来る巨大サソリに危機感を感じていた。
確かに、1匹1匹は大した強さではないのだが、これだけの大群で来られると、手が回らないのだ。
しかも、1匹は武器を3つ持っている。全てに注意を向けながら回避し、攻撃を当てる事がどれ程困難な事か。しかも、オークやオグルよりも素早いと来ている。
ケイティーの魔導と融合させた剣術は、走る瞬間、ジャンプする瞬間、剣の刃が当たる瞬間という具合に、瞬間瞬間でオンオフを素早く繰り返して魔力の消費を極限まで省略したものなのだが、既に連続使用を余儀無くされ、少ない魔力も遂に尽きかけていた。
ジンを使った魔導も使えるには使えるのだが、それは自分の魔力では無いため、命令する必要があり、ワンテンポ遅れる為に剣術に組み込む事には未だ成功していない。
そして、遂に魔力は尽きかけ、7匹目を相手にしていた時、毒針の攻撃を避けようとした時に足を縺れさせてしまった。
地面に片手を着いて何とか体勢持ち直したのだが、その一瞬が毒針を避け切れない隙きを生んでしまった。
もう駄目だ、と思った瞬間、その毒針の尻尾は、弾丸の様な速度で飛んで来た矢に貫かれ、大サソリの頭に串刺しに縫い付けられてしまった。
振り返ると、そこには次の矢を番えているクーマイルマが立っていた。
「クーマイルマ! 助かった!」
「気を抜かないで! 左からも来ます!」
左側からケイティーに襲いかかろうとしていた大サソリも、両腕のハサミを頭の前で合わせた瞬間に、両ハサミごと一本の矢で頭に固定されてしまった。
クーマイルマの放った矢は、ソピアが最初に彼女に買い与えた最高級品だ。鏃は、スペードを縦に引き伸ばした様な形の、薄く平べったい形をしていて、両側に刃が付いている。突き刺さるというよりも、ナイフの様に切り裂いて食い込むという、威力の大きな物なのだ。
クーマイルマは、この矢と鏃をソピアからの下賜品として、とても大事にしていた。狩りで消費するなんて勿体無い、絶対に使えないと思っていた。だけど、仲間のピンチとあっては、そんな事は言っていられない。躊躇無く、一瞬で一番威力の有る矢と鏃を選び、使用した。
クーマイルマの参戦により、殲滅速度の方が上回った。
それにより、余裕の出来たケイティーは、少し休む事が出来、魔力も回復する事が出来る様になった。
敵の弱点もなんとなく分かって来た。胴体の下から頭と胴の間の神経節を切断すれば良いのだ。まあ、弱点というか、全ての生物がそこを切られたら死ぬんですけどね。
他にも、目と目の間とか、何と無く分かって来たので、1匹あたりの処理速度も上がって来ている。
相変わらず、ブランガスは好きに暴れているだけに見えるのだが……。
全体で、数十匹を倒した頃、ブランガスは突如竜形態に成り、残りの大サソリを一気に踏み潰してしまった。
「「最初からそうしろよ!!」」
神をも恐れぬ暴言を、二人同時に発してしまった。
これは、つっこまずには居られなかった。
「え~? だってぇ~、食料はもう十分でしょう~?」
竜形態で踏み潰すと、せっかくの食材が駄目になるので、丁寧に一匹ずつ仕留めていたらしい。
好きに暴れている様にしか見えなかったよ!
ケイティーとクーマイルマは、思わず地面に両手を着き、がっくりのポーズをしてしまった。
何だったんだ、さっきまでのピンチは。
緊張感で無駄に擦り減らした精神と時間を返せ!
「あの程度で音を上げている様じゃ~、ソピアちゃんの側にいる資格なんて無いわよ~。」
ぐぬぬとしか言い様が無い。
どんどん人間離れして行くソピアに付いて行くには、一体どうしたら良いのだろう?
それはそうと。
「クーマイルマ、魔導鍵使えたの!?」
「この通り…… あれっ?」
魔導鍵は、再び作動しなくなってしまった。
軽く振ってみても、変わらない。どういう事だろう?
「作動した時の精神状態とか、周囲の状況を思い出してみて。」
首を捻るクーマイルマに、ケイティーはアドバイスしてみた。
「あの時の状況……」
クーマイルマは、鍵を持ったままウロウロしながらブツブツ言っている。
「確か、殲滅速度よりも集まって来る方が早くて、焦って鍵を握りしめて、こんな状況なのに何も出来ない自分が情けなくて…… そうだ、あの塔の側で……」
塔の近くへ寄り、左手を着いた瞬間、ボワッとサントラム学園の校章が浮かび上がった。
「あっ!」
両手で鍵を握り締めると、校章は消えてしまう。
もう一度塔へ手を着くと、校章が浮かび上がる。
「これだ! 分かりました! この塔の壁に触れていると、使えます!」
「本当だわ! クーマイルマ、
ケイティーは、早速魔導倉庫から水を取り出し、がぶ飲みした。気がつけば、砂漠の乾燥した気候と太陽の熱に加え、激しい戦闘で喉がカラカラだった事に気が付いたからだ。
クーマイルマも、水を飲んだ後、矢筒の矢を安い量産品と入れ替えていた。
ブランガスは、クーマイルマの大発見など興味が無いとばかりに、仕留めた獲物を焼いて、ガツガツ食っている。
ケイティーとクーマイルマは、お互いに顔を見合わせて笑った。
ケイティーは、この先の旅で、何時食料が不足するか分からないので、大サソリの身に火を通してから塩で味付けをし、太陽光で乾燥させて、保存食作りに取り掛かった。
クーマイルマは、矢と鏃の回収に走り回り、矢が折れてるとか、鏃の数が合わないとか嘆いている。
ブランガスは、自分の仕留めた獲物を食べるのに夢中だった。
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