第245話 大サソリ

 ケイティーは、未だ起き上がれないブランガスの世話をクーマイルマに任せ、周囲を調べるために一人で岩山の日陰から出た。

 少し離れると、今まで岩壁を背にしていて、その向こう側が見えていなかったのが、良く見える様になった。

 今まで自分が居た岩山の背後には、巨大な塔がそびえ立っている事に、今気が付いた。



 『--クーマイルマ、聞こえる?--』


 「…………」


 「やはり、テレパシーも使えないか。」



 もしやとは思って試してみたのだけど、倉庫が使えないのだから、案の定テレパシーの方も駄目だった。

 だけど、駄目なのだろうとは思っても、一つ一つ実際に試して確認して置く事は大事なのだ。


 見渡す限り、岩と砂と少々の枯れた様な植物しか無いので、適当な所で引き返す事にした。

 取り敢えず、目的地はあの唯一の人工物に見える、天まで届く塔だ。


 引き返す途中、平らな所を歩いていると、ボコッと何かを踏んだ感じがした。

 砂の中に埋まっていた、板を踏んだ様な、なんかそんな感じ。

 何だ? と思った瞬間、それは動き、反射的に飛び退くと自分が今立っていた場所に巨大な針が突き立った。

 砂の中から巨大な多節の腕の様な物が飛び出し、その先端にあるトゲの様な突起で攻撃して来たのだ。

 毒だろうか、先程の針が突き立った地面が濡れている。

 ケイティーが更に飛び退くと、そいつは砂の中から全身を現した。

 そいつは、オグルの様な巨体に、8本の脚、前側に2本のハサミ、そして尻尾の先端には毒針が付いている。

 ソピアがこの場に居れば、でっかいサソリだと言ったと思うが、生憎ケイティーは、この様な形の生物を見た事も、学校で習った事も無かった。


 アラクネーの時もそうだったのだが、ケイティーは、基本的に脚の沢山有る生物が苦手だった。

 本能的嫌悪感を催し、足が竦む。しかし、こいつは自分を逃してはくれないだろう。捕食する気が満々なのは、見れば分かる。

 戦って倒さなければ、無事に戻る事は出来ないだろう。



 「やれやれだわ。」



 ケイティーは、軽く溜息をついた。そして、愛用の剣を抜くと構えた。

 見た所、こいつの武器は、尻尾の先の毒針と、2本のハサミだろう。外骨格は硬そうだけど、関節の隙間になら刃が通るかもしれない。

 アラクネーは、外骨格が固く、刃は全く通らなかったのだが、あの時使っていたのは学園卒業記念に貰った普通の剣だったんだ。

 技術も、実戦経験も全く無い、所謂道場剣術でしか無かった。

 でも、今のケイティーは、あの頃とは比べ物に成らない位に技術もマインドも成長しているんだ。

 そして、王国の最高技術の結晶である、パウダースチールの刃。


 ケイティーは、巨大サソリに向かって走り出した。

 意外だったのは、いつも無意識の内に使っていた、身体強化魔導が使えた事。

 瞬間速度は、なんと地球の速度で表すと、時速80キロにも達する。


 ケイティーは、サソリの頭の前まで走り寄ると、その移動速度を上乗せした剣戟で、頭部を縦に切り裂いた。

 しかし、虫系の怪物は、その程度では即死はしない事は分かっていた。

 切り裂くと同時に右へ移動し、腹の下を潜って、サソリの左側の脚の前二本の間を駆け抜ける。

 抜け様に、両側の脚に刃を当ててみたのだが、弾かれる事も無く、すっと軽い感触で剣は通過した。まるで、竹を切った様な感触だった。

 サソリの左側から出て、少し距離を取って振り返ると、サソリは目の前にハサミを振り下ろした所だった。

 遅い。まるで相手がスローモーションで動いている様だ。

 そのまま直ぐに走り寄り、尻尾を根本から切断し、右側を回って4本の脚と右ハサミの根本を、そのままの勢いで左側のハサミと順番に落として行き、ぐるりとサソリの回りを一周して元の場所に戻る。

 全ての武器を失ったサソリは、脚を激しく動かして逃げようとするのだが、左側の脚しか残っていないので、その場でクルクル回るだけだった。



 「凄い、これを一人でやっつけたんですか?」



 帰りが遅いのを心配して様子を見に来たクーマイルマが、物音を聞きつけてやって来た。



 「こんな怪物が居るなら、慎重に移動しなければなりませんね。」


 「あら~、やるじゃな~い。」



 その後ろから、足取りも覚束無いブランガスが顔を出して言った。



 「ね~え、これって食えないかしら~?」


 「うーん、食べられそうな気がしますね。」


 「ひっ。」



 ブランガスとクーマイルマは、食う気満々の様だ。

 ケイティーは、怖気に襲われた。これは食い物じゃない、食ってはいけないと、本能が訴えて来る。



 「火を通せば大丈夫大丈夫!」


 「うそだー!」



 嘘です。百歩譲って動物の生成する蛋白質毒は、熱で分解されるだろう。だけど、フグの様に他所から取り入れた毒を保有していたりする場合は、無機毒の場合も有り、全く安全とは言えない。また、植物やきのこの毒も、熱や酸でも分解されない物が多く、火を通せば安全等とは全く言えない。



 「でも、どうやって火をおこしましょう? 板と棒切れでもあれば、私が火を起こせるのですが……」


 「あっ、私気が付いたんだけど、体の外へ放出する魔導は使えなくても、体内の、例えば身体強化みたいな物は使えるのよ。」


 「えっ、そうなの? ……ふうむ、単に転移で魔力を使い切ってしまっただけだと思い込んでいたけど~、何か魔力の放出を阻害する様なフィールドでも形成されているのかしら~?」



 そうと分かればと、ブランガスは暴れ回るサソリの胴体の上へ飛び上がると、ロデオの様に乗りこなし、両の手をサソリの背甲にピタリと付けると、一気に火の魔力を注入した。

 サソリは、体内の水分が瞬時に沸騰し、バーンと音を立てて破裂してしまった。



 「あらあら、木っ端微塵だわ~。」


 「やりすぎです!」



 ケイティーは、これを食べなければならないのかと、憂鬱になっていたのだが、無くなってしまったのならしょうが無い。途端に元気を取り戻した。……のも束の間、クーマイルマが尻尾と脚を回収して戻って来た。

 ケイティーは、心の中でチッっと舌打ちした。



 「今度は慎重にお願いします。貴重な食料なので。」


 「わ、分かったわよ~。」



 クーマイルマが冷ややかに言った。相手は神竜なのに。

 ソピア以外の神様には、あまりリスペクトが無い娘なのかもしれない。

 ブランガスも、自分のミスは自覚している様で、無礼者と怒り出す事も無く、しおらしく従っている。

 早速魔力を注入しようとするブランガスを手で制し、いつもソピアのマネをして腰に付けている、ウエストポーチから解体用のナイフを取り出すと、甲殻に蒸気抜き用の穴を開けた。



 「これで大丈夫だと思います。お願いします。」


 「う、うん……」



 ブランガスが、ソピア以外の下等生物(と常日頃言っている)に大人しく従っている。面白い。

 尻尾は、節毎に切り離し、脚も関節部分から切り離した。

 それにブランガスが火の魔力を慎重に注入すると、静かにグツグツと沸騰し始めた。

 クーマイルマが開けた穴からは、激しく蒸気が吹き出している。

 あれっ? 意外と美味しそうな匂いが…… ケイティーはそう思った。


 焼き上がったサソリの肉に、ブランガスとクーマイルマが齧り付いている。

 白い身で、繊維が細く縦に裂ける様な感じだ。二人がハフハフと美味しそうに食べている様を見ていたら、ケイティーのお腹もぐうと鳴った。ちょっと自分も食べてみようかな、という気持ちに成って来て、一つ手に取ってみると、湯気と一緒に美味しそうな香りが立ち上っている。



 「う~ん、昔ヴァンストロムの所で食べた、蟹の味に似てるわね~。」


 「へー、カニって、こんな味なんですねー。」



 ブランガスの言葉にクーマイルマが頷いている。

 ケイティーも、遂に我慢しきれずに、ええい、ままよ! とばかりに、目を瞑ってかぶり付くと、塩気が足りない物の、素材の甘みが直に感じられ、ふっくらとした身の軽い食感に、一口二口と食べるのを止められなく成ってしまった。緊張と警戒心で、自分では気が付いていなかったのだが、かなりお腹は空いていたのだろう。

 ブランガスもクーマイルマも、そんなケイティーを見てニヤニヤしている。


 尻尾と脚だけとはいえ、かなりの巨体だったので、脚の一本も食べたら直ぐにお腹が一杯になってしまった。

 ブランガスは、実際は100ヤルト越えの巨体なのだが、神竜にとって食事は、嗜好品みたいな物で、実際は全く食べなくても平気らしい。星から直接エナジーを得ているので、食事は必要無いのだ。ただ、美味しいという感覚を味わう為に、必要の無い行為をしているのだそうだ。人間にとっての酒や煙草みたいなものだろうか。食事が必要無い体というのは、羨ましい限りだ。何故なら、飢えとは無縁なのだから。



 さて、腹ごしらえも出来た事だし、ソピアを探しに出発しようか。




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