第239話 水を作る

 「こんな調子で歩いていたら、お腹空いて死んじゃうよ? 私。」



 喉だって渇いて来た。魔導倉庫の中には、水も食料も沢山入っているのに、取り出せないなんて悔しい!

 本当に取り出せないのか? もう一回やってみよう。

 私は、魔導鍵を取り出して、魔力を込めてみた。

 すると、魔導鍵は魔力に反応し、空中にサントラム学園の校章が浮かび上がった。



 「やった! やったよ! イブリス!!」


 『--はい、やりましたね、お母様!--』



 早速、おやつとジュースを取り出そうとしたのだけど、校章の真ん中に鍵穴が見当たらない。

 鍵穴が有る筈の位置に、鍵を突っ込んでみても、ホログラムに手を突っ込んだみたいに、スッと突き抜けてしまう。



 「チッ! 使えねぇ。」


 『--お母様、お言葉がお下品ですよ。--』



 こんな時に、上品になんてやってられるかー!

 もう! なんなんだよ! ぬか喜びさせやがって! うわーん!!



 『--でも、お母様、朗報ですよ。魔力が戻って来ています。--』


 「あっ、そう言えば、魔導鍵は起動出来たよね! 魔力を使い切っていただけなのかな?」



 一晩寝て、マナが回復したのかな? 今迄、魔力切れなんて起こした事無かったから、すっかり忘れていたよ。

 私、魔力が切れたのなんて、谷に落ちた時と、エピスティーニの水晶部屋に入った時だけじゃないかな?

 じゃあ、魔力が戻ったのなら、ジニーヤを出せるかな?



 「ジニーヤどん! お水出して!」


 「キャピキャピルンルン、ジニーヤど……しゅわー……」


 「おわっ、消えちゃった!」



 一応、出せるには出せたのだけど、セリフを言い終わらない内に光の粒になって消えちゃったよ。どゆこと?

 マナの働きが阻害されている? ここでは、魔力のフィールドを展開出来ないのかな?



 『--ジニーヤは、マナの塊みたいなものですからね。姿を維持出来なかったのでしょう。--』



 うーん、ジニーヤにも頼めないとなると、水問題は深刻だなー。人間、食べ物が無くても3週間は生きていられるそうだけど、水が無いと3日しか生きられないらしい。

 よく、災害現場で、命のタイムリミットは72時間と言うけれど、これは、飲まず食わずで、特に飲まずに生きていられるタイムリミットでもあるんだよね。

 ここの気温は、暑くもなく寒くもなく、快適な気温だとは言え、生存可能時間は、ほぼ誤差程度の違いしか無いだろう。


 そうだ、ジニーヤが消えるまでに多少のタイムラグが有ったから、消えるまでの僅かな時間で、水を生成してもらえないかな?



 「ジニーヤ! 水作って!」


 「キャピキャピルンルンジニーヤどー……しゅわわわー……」


 「キャピキャピルンルン要らないから、もう一度、ジニーヤ、水!」


 「はいはいさー! ご主人様。お水生成! えいっ……しゅわわわぁー……」


 「遅い! 余計なセリフカット! ジニーヤ! 水!」


 「お、お、お水出ろっ! えーい! ……しゅわぁぁぁぁ……」


 「動揺するな! 水!」


 「イエス、マム! 水よ! 出ろっ! やった! ……しゅわわわあぁ……」



 ピチョーン。


 何とか、片手で掬った程度の水が生成出来た。

 全然足りないけど、無いよりマシだ。喉を湿らす程度の事は出来た。

 イエス、マムも要らないから、次呼んだ時は、出て直ぐに水を出せる態勢を取ってて。


 よーし、もう一度いくよ!



 「ジニヤ、水!」


 「りょっ! ワラ!」



 ドパーン!



 出た!大量の水だ。

 私は、水球の下で口を開け、頭の先から水を被りながら飲んだ。

 そして、ジニーヤは、満足そうな笑顔を残し、サムズアップして、しゅわわわわー……と消えて行った。

 やったよ! 私達、やり遂げたよ! 抱き合って喜びを分かち合う相手が居なくて寂しい。


 ところでさ、水ってどうやって生成されてるのかな? 何処かから召喚してるの?



 『--お母様、今更そんな基本的な所からですか? 初歩の初歩ですよ?--』


 「悪かったね! 自慢じゃないけど、私はちゃんと魔導の勉強はして来なかったんだ。」


 『--それ、本当に自慢じゃないですよ。まあ、良いです。空気中からかき集めるんですよ。空気の中には、見えないけど水が含まれていて……--』



 ああ、それなら説明されなくても知っているよ。空気中には水蒸気が含まれているからね。でも、凄く少ないよ? こんなに大きな水球を作れる程の水が取り出せるとは思えないんだけど?



 空気は、温度に因ってそこに含む事の出来る水蒸気量が変わる。その飽和限界温度を露点と言う。

 今の気温は、大体14度~15度位だと思うんだけど、この気温だと、仮に飽和状態まで水蒸気が入っていると仮定しても、1立方メートルあたり、12グラム位なんだ。量にして、12cc。大さじにちょっと満たない位の感じなんだよね。

 そんだけしか無いのに、あんなに大きな水球を作るのって、どうやってるの?



 『--お母様ともあろうお方が、ちょっと視野狭窄してますよ。空気は流れているんです。--』



 あっそうか、そうだった。空間の容積が何立方で、そこに含まれる水蒸気量が……とか計算してた。空気は流れて入れ替わるから、冬でも窓に水滴があんなに沢山着いたりするんだ。

 水球を生成する時には、常に新しい空気を呼び寄せて搾り取る感じで、連続的に生成出来るんだ。


 で、肝心の空気から水を搾り取る方法なんだけど、温度による飽和水蒸気量(露点)の変化を利用すれば出来そうだね。つまり、温度を下げてやれば良いんだ。これは、雲が出来るメカニズムと同じだ。

 雲は、空気の上昇による気圧の変化で、断熱膨張が起こり、温度が低下する為に発生するのだけど、私は、分子運動の制御で、直接冷やす事が出来る。そして、水の微粒子が出来たなら、それをすかさず集めて水球にしたらいいのだ。



 「なんか、今の私なら出来そうな気がするな。」


 『--出来るはずですよ? だって、これはかなり初歩のまど……--』

  「わーかったって。そんな初歩初歩言うなー。」



 よーし、頭の上の方のの空気を集めて、温度を急激に下げる。

 私は今では、青玉も、それの変形の魔導リアクターも、一瞬で作れるんだから出来るはずなんだ。

 周囲の空気に意識を集中してやってみた。



 ヒョオオォォォォオオーー、ビョオオオオオオ!!



 竜巻みたいな突風が体の周囲に吹き荒れ、どんどん新しい空気を処理して行く。

 案の定、魔力が遠くまでは届いていないのだが、体の回りの空気を移動させれば、その部分の気圧が下がって、勝手に周囲から外側の空気が流れ込んで来る。自動的に水蒸気をたっぷり含んだ新しい空気が集まって来るんだ。

 頭の上で、魔力で冷やされた領域が、白い雲で満たされる。まるで巨大な綿菓子みたい。

 水蒸気を搾り取られたカラカラの空気は上へ捨てられ、下からは未処理の新しい空気が流れ込む。

 雲は凝集され、水球は徐々に成長して行った。


 直径半ヤルト位(50センチ位)の水球にまで成長させるのに掛かった時間は、八つ半刻(15分)位か……



 「八つ半刻!? 遅くない!?」



 皆、もっと簡単に水出してるよね? こんな竜巻みたいな風なんて起こしてなくない?

 どうなってるんだろう?



 『--ま、まあ、取り敢えず水は作れた様ですし、難しい事は後で考えませんか?--』


 「くそう、皆には簡単に出来て、私には難しい事が、こんなに悔しいなんて!」



 しかも、出来た水を良く見ると、竜巻みたいな風に巻き上げられた砂埃とか、何だか分からない物が混じってしまっていて、綺麗な水じゃないよ。こんなの飲めないよ。


 私が理屈で考えたやり方は、皆のやっている方法とは根本的な何かが違っているんだ。うーん……




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る