第238話 ここはどこ?

 「えっ? 居ない?……」


 『--ソピア! ソピア! 返事して!--』


 「駄目です、テレパシーが通じません。」



 アーリャとクーマイルマは焦っていた。

 そこへ、空間が割れて、火竜ブランガスが竜形態で飛び込んで来た。



 『!--ちょっとぉ~、どういう事~!?--!』



 いや、ブランガスだけではなかった。いつの間にか、四神竜が集結していた。

 ブランガスがヴァンストロムに詰め寄っている。



 『!--あなたが付いていながら、貴重な中央神核メソ・デイティ・マハーラを失うなんてぇ~、有ってはならない事よ~!--!』


 『!--ごめん、ちょっと目を離した隙きに、消えてしまったんだよ。--!』








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 目を開けて、最初に視界に飛び込んで来たのは、青い空と半分の太陽。



 「半分の太陽!?」



 私は飛び起きた。気が付くと、いつの間にか草原のど真ん中に寝ていた。

 私は、米噛に人差し指を当てて、最後の記憶を探ってみた。

 海底の黒いピラミッドを見つけて、そこに凭れ掛かろうとした所まで…… だな。

 あれからどの位時間が経ったのか、同じ世界の何処かなのか、異世界なのかどうかさえ、情報が少な過ぎて分からない。



 「あの太陽は、日食中なのかな?」



 言葉に出して言ってみたけど、勿論誰も答えない。

 背後を見ると、天まで届く塔が建っている。まるで、カリン塔みたいだ。上の方は、青空の彼方へと消えている。どれだけ高いんだろう?

 これ一つだけじゃないみたいだ。遥か遠くにも、霞んで微かにしか見えないけれど、幾つもの塔があるみたい。

 取り敢えず、一番近そうな人工物である、あの塔へ行ってみよう。


 そう思い、地面を蹴って飛行術で飛ぼうとした所、前のめりに草原にダイブしてしまった。地面におでこをぶつけた。お腹を打って、ぐえっと変な声が出た。



 「いったーい! あれっ、魔導が使えない?」



 魔力で目の前の地面を持ち上げようとしてみても、出来ない。

 魔導鍵を取り出して、倉庫を開けようとしてみるのだが、全く反応しない。

 空間扉を出そうとしても、出来ない。



 『!--ケイティー、アーリャ、クーマイルマ、ヴァンストロム、聞こえる?--!』



 全く反応が無い。ただのしかばねのようだ。

 話し相手が居ないというのは、こんなに心細いものなのか。


 あれ? 私、一人きりに成れる、プライバシーが欲しかったんじゃなかったのかな?

 何で涙が流れてくるんだろう?

 まるで、私が魔導を使えて自在に空を飛び回って、学院に通ったり冒険したりしてたのって、長い夢を見ていただけなんじゃないのかとさえ思えてくる。

 私が魔導鍵だと思っているこの鍵だって、何処かで見つけた、ただの古めかしい鍵で、私が勝手にそう妄想していただけなのかも。

 全部私の空想だったの?


 そう自問自答してみても、ただ風になびく草擦れの音がするばかり。

 広い草原のど真ん中で、私一人だけが座り込んでいて、この世界には私一人きりしかいないみたいな錯覚をする。

 本当に、今迄長い夢を見ていた気分だ。


 じゃあ、私は何なんだ?

 ちょっと空想癖のある、普通の女の子なのか? 帰る家があったりするのか? 何も思い出せないんだけど?


 私は誰? ここは何処?



 『--お母様、お母様……--』


 「えっ?」


 『--お母様、僕は居ますよ。--』


 「頭の中に声が聞こえる……」


 『--お母様!--』


 「…………」


 「…………」


 「はっ! その声はイブリスね!」


 『--そうですよ、お母様。やっと気が付いてくれた。--』



 あー、今ちょっとヤバかった。

 アイデンティティーが崩壊する所だったよ。

 現実と空想の境界が、あやふやになりかけてた。イブリスが居なければ危なかったな。



 「イブリス。ここが何処か分かる?」


 『--解りません。お母様が黒いピラミッドに手を着いた瞬間に、此処に転送されたのです。--』


 「何で魔導が使えなくなっているのか分かる?」


 『--それは、僕にもちょっと……--』



 まあ、訳が分からないのはイブリスも一緒か。しょうがないよね。

 でも、この状況は、ちょっとヤバかった。下手に地球の知識がある分、色々な精神的症状を当てはめてしまって、勝手に納得してしまいそうに成ってた。イブリスが居なかったら、本当に危なかった。

 とはいえ、誰かの声が頭の中に聞こえるっていう症状もあった気もするので、そのへんを突き詰めて考えて行くと、ドツボに嵌りそうで怖い。



 「イブリスは、私の想像が作り出したものじゃなくて、本当に居るんだよね?」


 『--勿論ですよ、お母様。疑わないで下さい。--』


 「ごめんごめん、現実なのか空想なのかを、自分で確認する手段が無いので、ちょっと不安になっただけなんだ。」



 しかし、魔導が使えないのは不便だな。移動は徒歩のみか。あの塔までの距離は、一体どの位あるのやら。下手すると、100キロとか、離れていたりするのかもしれない。

 そんな離れている物が見えるのかな? 高尾山から東京スカイツリーが、ギリギリ見えるんだったかな? 距離は50キロ位だ。でも、東京から富士山までが100キロ位だっけ? 余裕で見えてるな。人工物なら、富士山みたいにでかくはないだろうから、せめて100キロ以内の範囲に在ってくれると有り難いよ。


 私は、一番近い塔を目指して草原を歩き始めた。

 今、魔物に遭遇したらヤバイなと思いつつ、ビクビクしていたのだけど、幸い魔物には遭遇していない。何か武器が欲しいな。


 半日位歩いた所で夜になってしまった。

 夜というか、日食で完全に太陽が隠れてしまったって言った方が正確なのかな。来た時には、半月状態だった太陽が、徐々に三日月状に細くなって行き、完全に隠れたのだ。空には、金環日食の時みたいに、リング状の光が見えている。

 思ったんだけど、これって本当に日食なのかな? 日食にしては時間が掛かり過ぎてない? 半日で半分隠れるって、かなりゆっくりとした日食だよね。


 真っ暗な中を歩いても危ないし、塔の方向も見えないので、ここで野宿する事にした。

 幸い、気候が良くて、暑くも寒くも無い。草の上に寝転んで寝ていても、風邪は引かないで済みそうだ。

 仰向けに寝て、ゆっくり金環日食を見ていたら、いつの間にか眠ってしまった。


 次に目を覚ました時には、太陽は高く登っ…… ちょっとまて!!



 「太陽の位置、ずっと動いて無くない!?」


 『--その様ですね。ずっと中天のあの位置から動いていません。--』



 よく観察してみると、今の太陽は、昨日とは反対側が欠けている様に見える。おそらくだけど、あれは日食なんかじゃなくて……



 『--太陽の満ち欠けで昼と夜を作り出している様です。--』



 何なん? この世界。


 それにしても、魔導が使えない事がこんなにも不安になるなんて、考えても見なかったな。魔力の無い人の気持ちがやっと分かった気がするよ。

 今、魔物とかに襲われたら、簡単に死ねると思うよ。



 ………………


 …………


 ……



 かなり歩いたと思うんだけど、草原はまだまだ続いている。

 塔は、下の方が霞がかかったみたいに薄くなっていて、良く見えない。空気遠近法ってやつか。



 空気遠近法っていうのは、絵を書く時の技術で、遠くの物程青っぽく濃淡が少なく描いていく技法だ。

 山とかに行くと、遠くの山程そう見えるでしょう? それ。

 凄く遠くの山なんて、空の色に溶け込んじゃう感じになってるよね。

 これは、大気が完全には無色透明じゃないからなんだ。

 それプラス、空の上の方を見上げると、青く見える。これは、太陽光の中の波長の短い青色の光が、空気の分子や細かい塵にぶつかって散乱して(レイリー散乱)、目に飛び込んでくるから。空気が完全に無色透明で、青い光も散乱させないとしたら、空は宇宙空間の様に真っ黒のはずです。


 横方向の景色を見た時にも、同じ現象が起こる。特に、地表近くの空気層は濃い。地表から上方向に、たった10キロ程度の厚みしか無い対流圏に、大気の80%が詰まっていると言われているので、地表に近い程大気の密度は濃い為、この現象が起こりやすい。

 僅か10キロの距離で青く見えているというのに、横方向の景色なんて、数10キロ先の山まで見えているのだから、単純に考えても数十倍の空気層の厚みの違いがあるのだから、横方向だって青く見えない訳が無いよね。

 遠い程、薄不透明で薄青いレイヤーを何十枚何百枚も重ねる様に空気層が厚く成って行くからそう見えるという現象なんだ。



 閑話休題。話が脱線しまくったよ。

 何の話をしていたんだっけ?

 そうだ、そう見える程、あの塔までの距離は、遠いんじゃないのかって話だった。




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