第217話 スパルティアの第三王子

 「じゃあ、私は天から降りて来て連中を驚かせるから、私が空間扉どこでもドアを開いたら、そこに飛び込んで。」


 「オッケーよ。」


 「分かりました!」



 私は、空間扉経由で一旦、学食棟の真上の雲の上に移動し、ジニーヤにスーパーマジックライトを点灯してもらって、それを天使の梯子っぽく、放射状にチラチラ動かして演出してもらった。

 私は、小さな魔導リアクターを天使の輪に見える様に頭の上に出し、皆が天使の梯子に気が付いて上を見上げた頃合いを見計らって降下を開始。


 驚く学生達が輪の様に捌け、その中央に降り立つと、入り口の二人の男の元へ静かに歩いて行く。



 「そこを退きなさい。」



 男達は青い顔をしながら微動だにしない。

 私は、彼らを無視して、入り口に張られた障壁へそっと触れると、ガラスの様に砕け散った。

 ケイティーが私の祖力障壁を突破した時のやり方を真似てみたら、案外上手く行った。

 相手の障壁を構成する魔力の面に対して、楔の様に打ち込んで行くんだ。魔力にも、木の木目とか石の劈開みたいに、力の流れの方向みたいな物が有って、弱い方向に対して力を加えると、意外と脆かったりする。こういう、単純な一枚壁は特にね。ウルスラさんのとこのみたいに、ウロコ状に重ねるのは、その対策だったりもしているんだ。



 「信じられん、スパルティア王族警護魔導兵の我々が張った障壁を、いとも簡単に……」


 「ば、馬鹿! 身分を名乗る奴があるか!」



 私は、男達の顔を一瞥し、無言で建物の中へ入って行くと、その後を二人が追って来た。



 「お待ち下さい! お、お待ち下さい! どうか!」



 私はその言葉を無視し、中央のテーブルでふんぞり返っている一人の男の前まで進み、状況を確認した。

 第三王子だというその男は、年の頃は20代と言った所か、だらしなく太った体型をしている。よっぽど贅沢な生活をして来たのだろう。ポカーンを阿呆みたいに口を開け、こちらを見て目を見開き、左手に肉を突き刺したままのフォークを、右手には、これから口に運ぼうとしていたワイングラスを持ったまま硬直している。

 両脇には容姿の良い女性とを侍らせ、お酌をさせていた様だ。片方はアーリャ、もう一人は知らない顔だった。他の女生徒は、食事を運んだり、食べ終わった食器を片付けたりする仕事をさせられていた。

 アーリャの顔を見ると、暴力を振るわれたらしく、口の端から血が流れている。他の娘達も、暴力で無理矢理言う事を聞かされていた様だ。

 ラージャとナージャとのスワラで確認した所、気の強いアーリャは、いきなり押し入って来たこの男達に、最初はかなり抵抗した様だ。だけど、自分に対する暴力には屈しない彼女でも、他の女学生達にも危害が及ぶとなっては、服従するしか無かったみたいで、悔しさを通り越して、能面の様な顔をしていた。


 王族警護魔導兵だという、室内の4名は、部屋の四隅に陣取り、結界障壁を張って、侵入者を防いでいたのだろう。結界が一瞬で破られた事を知り、呆気あっけに取られている。



 「我々の最高防御結界障壁が破られるなんて……」



 え? これ、そんなに大層な物だったの? 全然紙装甲じゃんね。ウルスラさんの国の絶対障壁の方が何倍も凄かったぞ。国によって攻撃も防御の技術も、雲泥の差なんだな。もしかしたら、スパルティアというのは、攻撃特化なのかもしれない。



 「スパルティアの第三王子よ。我々は、何時でもお前達の事を見張っていると言ったはずだ。覚えておるな?」


 「…………」



 第三王子は、口を動かすも一言も声を発せられず、ブルブルと手の振るえが止まらない様で、フォークを取り落とし、ワイングラスからは赤ワインがダラダラと自分のズボンへ溢れているのも気が付かない様だ。

 この動揺っぷりを見るに、さてはあの飛竜の事件の時にあの場に居たのかな? 居なくても、もしかしたら当事者だったのかもしれない。


 警護兵の一人が、私の後ろから襲いかかろうと近づいて来たので、その脳天へ500万ボルト、1ミリアンペア程度の、電撃をお見舞いしてやったら、ぴょんと跳ねた様に直立不動の姿勢になったかと思ったら、木の棒みたいにそのまま後ろへ倒れた。

 ちょっと、頭に落としたのはマズかったかな? 後遺症残るかな? とは思ったけど、女性に暴力を振るうのは許せない。もし何か傷害が残りそうなら、後で激痛のブラ汁を与えておくか。



 「ひ、ひいぃぃ! か、神の雷。」



 電撃は、この学院でその内習うんで、神の雷というハッタリが効くのは今の間だけだと思うんだけど、国交の無いスパルティアの人間に対しては効果てきめんだ。



 『!--ケイティー、竜達、出番だよ。--!』



 私は、右手の人差指を上を向け、天井に空間扉を開くと、そこから真っ白な衣装に身を包み、純白の翼を持った5人の天使が舞い降りた。

 もちろん、光の演出は忘れない。天井に開いた眩しい円の中から、光の粒を撒き散らしながら現れた5人の天使の姿は、自分で演出したとは言え、なかなかの出来栄えだと思った。



 「あなた達は、未だに悔い改め……」

  「あっ、こいつです! 私達に酷い事をしたの!」

  「こいつだ!」

  「この顔だ!」



 ケイティーが打ち合わせ通りのセリフを重々しく言おうと演技していたのに、小飛竜達(元)がそのセリフに被せて遮ってしまった。ケイティーは、見せ場を潰されて、何だかもにょった顔をしている。



 「し、知らん! 天使様に酷い事なんて、我々に出来る訳が無いっ! 濡れ衣だっ! 止めてくれっ!」


 「濡れ衣? これでも白を切るつもりか? 天使達よ、当時の姿を見せてやりなさい。」



 4人の天使達は、当時の飛竜の姿へ変身した。

 学食内へ急に現れた4頭の飛竜に全員が悲鳴を上げた。捕らわれていた女生徒達も悲鳴を上げた。

 全員がパニック状態に成った所で、ラージャとナージャが打ち合わせ通り、人質を誘導して外へ連れ出して行く。

 男達は、飛竜に気を取られて、女生徒達が居なく成っている事には全く気が付いていない。


 飛竜の姿は、翼竜の体にティラノサウルスの頭が付いたみたいな容姿なんだよね。見た目は超怖い。

 その4頭が雄叫びを上げ、肉食竜のナイフみたいな鋭い歯をガチガチ鳴らして、一斉に第三王子の方を睨んだ。



 「う、うわあああああ!! 竜だ! 竜が仕返しにやって来た!」



 第三王子のズボンの股間に濡れたシミが広がり、椅子を伝って床に水溜りを作った。

 あーあ、失禁しちゃったよ。

 某動画サイトで、刃物で脅された人が失禁しちゃってる動画を見たこと有るけど、自分の意志では止められないみたいだね。

 お掃除のおじさん、ご免なさい。



 「この者達は、あなた達に捉えられ、とても酷い扱いを受けました。しかし、今は天界でその心と体を癒やし、正竜へと進化し、天使としての仕事に着いています。どうやらあなたの顔は良く覚えていたみたいですね。」



 飛竜達は、口をくわっと開け、ぬーっと顔を第三王子の鼻先まで近づけて来た。



 「やめろ! やめてくれー! 竜に食わせないでくれー!!」


 「私は、いつでもあなた達の行いを見ていると言ったはずです。あなたはどういうつもりでこの様な事をしでかしたのですか?」



 一応事情は聞いてやる。

 淡々と、感情のこもらない声で聞いてみた。どうせくだらない理由なんだろうけどな。



 「俺は……、留学する為に試験を受けたんだけど、受からなかったんだよー! 学生だけが、こんな美味い料理とスイーツを食べやがって! うちの国の王族でさえ、こんな物食えやしないというのに。ちくしょー! そう思ったら、腹が立って腹が立って……」



 本当にくだらない理由だった。びっくり仰天だよ。

 学生達のキラキラした生活が羨ましくて、美味しい料理とスイーツが羨ましくて、この綺麗な学校のキャンパスが羨ましくて、学生だけが習える特別な魔導も魔導倉庫も何もかも羨ましくて、嫉妬に狂ってこんな事をしでかしてしまったのだという。



 「王族警護兵のあなた達は、主人の間違いに諫言する事もせず、加担していたのはどういう事ですか?」


 「わ、我々は、王族直属であり、絶対服従なのです。意見を申し上げる事など出来ません。」



 絶対服従か。主人が黒と言えば、白くても黒と思わなければならない立場なのだろう。罰を与えるにはちょっと気の毒だけど、それも織り込み済みで、この仕事をしている覚悟はあるのだろう。なら、やらかした事については、きちんと償って貰わなければならない。

 丁度、八人だから、竜達に二人ずつ運んで貰えばいいか。



 「では、あなた達の身柄は竜達に任せましょう。」



 私は、竜達にスパルティアまで運ばせようというつもりで言ったのだが、男達は竜達に処分を任せようという風に解釈したらしく、全員が滝の様に失禁しはじめた。あーあ、食堂内でやめてよー、もう。掃除とか殺菌処理とか、面倒なんだからさ。これは、ヴェラヴェラにも迷惑掛けちゃうのか?



 「た、助けてくれー! うわああ!」



 食わせないってば、一々煩いなぁ。運んで貰うだけだよ。竜達だって、お前らなんか食べたくないだろうよ。お腹壊すよ。

 飛竜達は、それぞれが片足に一人ずつを掴み、私はそれを確認して、空間扉を開き、その中へ飛び込んだ。




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