第213話 スイーツは科学

 午後の講義も終わってお屋敷へ帰ったら、ヴィヴィさんとウルスラさんが何処かで見たおやつを食べていた。

 伝達速いなと思ったら、パティシエさん、こっちへ来ていたんだ。



 「はい、お昼が終わって直ぐにこちらへ帰らせてもらいました。ペクチンの瓶が、こちらにしか置いてなかったもので、忘れない内に直ぐに試作してみたくて。」


 「本当はね、ゼラチンを使いたかったんだよね。ペクチンは代用品だったんだ。どうせだから、ゼラチンの作成を試してみようかな。」



 でも、精製過程で酸とかアルカリ使うんだけど、何酸とか何アルカリ使うんだろう? ハードル高いな。

 私の意識の深層部分に沈めてある知識のデータベースを検索すると、酸は塩酸か硫酸、アルカリは水酸化ナトリウムか石灰、らしい。この中で手に入りそうなのは、硫酸と石灰か。硫酸はブランガスの棲み処に幾らでも有る。石灰は、石灰岩を砕いて焼いて作るんだったかな。錬金術工房あたりにありそう。コーヒーゼリーみたいな弾力が欲しい物を作る時は、アルカリ処理の物が良いんだけど、色とか匂いとかが少ないのは酸処理のものらしいね。


 良し、硫酸でいくか。

 じゃあ、後はコラーゲンを抽出するための、豚か牛の皮だな。骨でも良いのだけど、原料が複数種類に跨ると、処理が面倒臭そうなので、単品の皮だけでいこう。肉屋で買えるだろうか?


 肉屋へ飛んで行って、牛皮か豚皮下さいと言ったら、牛の皮は、馬具や鎧や盾なんかの防具を作るのに売れるというので、豚の皮なら良いよというので、安く譲ってもらう事になった。オークじゃないよね? と、念を押して、確実に豚の皮を手に入れる事が出来た。


 これを、表面を炙って毛を焼き切り、刃物でこそいで完全に除去する。

 全体を綺麗に洗浄して、小さく刻み、希硫酸に漬け込む。

 酸とかアルカリで下処理する事により、組織を破壊してコラーゲンの抽出をし安くするのだろうね。

 アルカリの方が、細胞組織をグズグズに破壊するから、コラーゲンがより濃く取り出せて、弾力が有る物が出来る、のかな? ただし、その分、不純物も多く溶出するから、不透明な物に成りがちなのかも。

 謎空間へ放り込み、1日後の時間で取り出し、良く洗浄して酸を洗い流す。これで、下処理は完了。


 大きな鍋に、このふやけた豚皮を入れ、大量の水で、じっくりと沸騰しない温度で煮出す。沸騰させると濁るからね。

 上澄みの綺麗な部分を取り出し、他の鍋へ移し、豚皮の方へは再び水を足して、じっくりと煮出す。これを2~3回繰り返し、コラーゲンを余す所無く抽出する。

 この煮出した液を別鍋で煮詰め、水分を飛ばして濃縮してゆく。……のだけど、私は魔力で水を分離できるので、手っ取り早く、魔力を使っちゃう。

 鍋の水は、見る見る嵩を減らして行き、魔力で温度も下げて常温に戻した所で、底の方にぷるんとした透明な物質が残った。

 良く見ると、上から下へ向けて、グラデーションの様に透明度が低く、濁って来て居るので、ナイフで切って、より透明な上部分をお菓子に使おうと思う。下の方も、煮こごりとかゼリー寄せみたいな料理に使えそう。


 興味深そうに私のやる事を見ていた、パティシエさんに見てもらう。



 「どう?色も透明だし、変な味も臭みも無いでしょう?」



 かけらを口に含むと、体温ですーっと解けて行く。味は、無い。



 「ふうむ、面白いですね。どういったお菓子が考えられるのでしょうか?」


 「例えばね、ゼリーやグミなんかが作れるよ。フルーツのゼリー寄せとかも、面白い食感で美味しいよ。」



 私は、お菓子用に作った、透明部分のコラーゲン、即ちゼラチンを適量だけ、温めた果汁へ煮溶かし、冷蔵庫へ入れて冷やしてみた。



 「冷凍庫ではないのですね?」


 「うん、冷やして固めるだけなので、凍らせる必要は無いの。常温以下では固体、だけど、体温に触れると溶けるという所がミソね。」



 その他、ゼラチンを使ったソフトクリームの試作等を色々試したりしていたら、ゼリーが固まった様なので、二人だけで試食してみる。



 「これは美味しい! 面白い食感です! 色々応用出来そうだ!」


 「むふふ! 満足。」



 私達二人が、また新しいスイーツの世界の扉を開いて満足していたら、思念テレパシーが飛び込んで来た。



 『--早くー、もう、待ちくたびれたのよー!--』


 『!--えっ? 何?--!』



 厨房から顔を出して、食堂を覗いたら、全員が居た。エイダム様とエバちゃまの他、エウリケートさんまで居た。



 「えっ? どうしたの皆? 何かあった?」


 「ソピアちゃんが厨房へ籠もって何かやってたら、何か美味しい物を作っているに決まってるから、皆を呼んだのよ。早く食べさせて頂戴!」



 私は、パティシエさんと顔を見合わせて考え込んだ。



 「数、足りる?」


 「いえ、全然。試作のつもりでしたから……」



 ヤバいじゃん、何人居るの? 私を除いて、15人かー。

 じゃあ、こうしよう。器は、カクテルグラスにしよう。量を誤魔化せる。

 ブドウ果汁に赤ワインを足して、それをゼリーにしてカクテルグラスに入れて固める。生クリームの代わりに、ソフトクリームを使って、一絞りずつ乗せ、小さな焼き菓子を添えれば、それっぽく見えるかも。



 「はい! それで行きましょう!」



 私達は、大急ぎで残りの材料を使い、ワイン入りゼリーとソフトクリームの用意をする。パティシエさんも、大急ぎでスティック状のクッキーを焼いた。

 魔力の使用有りで、全行程をあっという間に完了した。やばい、想像以上の重労働だった。

 なんなの? 神様働かせて自分等は食べるだけですか?

 それにしても、こんな無理な要求でも問題無くこなせてしまう、自分とパティシエさんのスーパースペックぶりが怖いよ。


 メイドさんにより、皆の前に臙脂色のランチョンマットが敷かれ、カクテルグラスに入ったワインゼリーとソフトクリームのスイーツが置かれていった。クーマイルマの分だけ、アルコール抜きのゼリーを私が持っていって置いてあげた。特別扱いしてもらったと勘違いしたのか、私を見つめる目が心なしかうるうるしている。


 お酒が入っているから、量が少な目なんですよ、という言い訳なんだけど、皆割と誤魔化されている様で、文句は誰からも出なかった。ホッとした。


 私とパティシエさんは、ハイタッチして、一仕事やり遂げたみたいな感じになったよ。

 でもこれ、王宮の晩餐会で出すのには良いかもしれないけど、お酒入りは学院の学生には出せないよね。

 だったら、学生向けスイーツとして、ババロアとかプディングも作ろうか。


 ババロアは泡立てた卵黄と砂糖に溶かしゼラチンを混ぜて更に泡立てた物に、卵白のメレンゲとホイップクリームを合わせて冷やし固めたもの。。とにかく、全ての材料を泡立てまくって作るだけ。卵も全卵使えるので、無駄が出ないし、美味しい。


 プディングは、日本ではプリンって呼ばれているアレだ。実際は、プディングとは、柔らかい生菓子全般を指すので、日本人が考える所謂あのプリンは、カスタードプディング、またはカスタードプリンと呼んだ方が間違いは無いと思う。私が作りたいのは、そのプリンなんだ。

 プリンは、ゼラチンを使う物と使わない物とがある。ゼラチン等の凝固剤、ゲル化剤を使って固めたものは、ケミカルプリンとか言うらしいよ。うえ~、食物にケミカルとか付けて欲しくないよね。なので、プッ○ンプリンとか、ハ○スのプリンとかは、正確にはプリンでは無く、ゼリーに分類されるみたい。プリンは、冷やして固める物では無く、熱を加えて固める物なのだそうなので、加熱で凝固させていない、凝固剤で固めた物は、ゼリー菓子という事に成るそうだ。


 ところで、プリンと茶碗蒸しは、ほぼ同じ原理で固められている。卵のタンパク質の熱凝固反応を利用している。

 自然界に有る物で、通常状態で液状のタンパク質といったら、卵位しか無いので、卵がよく使われている。美味しいしね。

 この、液状のタンパク質をミルクや出汁なんかで伸ばして、熱を適度に加えて固めると、ぷるんとした柔らかい触感に固まるのを発見した昔の料理人は、天才だと思う。そして、料理は科学だと言われるのもよく分かる。

 砂糖とミルクの入った甘いお菓子がプリンで、出汁と野菜や鶏肉、魚介を使った、甘くない料理が茶碗蒸しだ。どちらも卵に熱を加えて固めているのは、同じ。だから、茶碗蒸しも外人に言わせれば、プディングなのかもね。甘くは無いし、お菓子でも無いけど。



 洋の東西で、卵の似た様な利用法を発見した料理人は、偉い!




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