第212話 剣と魔法のスイーツ戦争

 ナージャとヴェラヴェラは、かなり仲が良くなった様で、食後も何時までも二人で話をしていた。

 ヴェラヴェラも、お師匠様と慕ってくれるナージャが可愛いみたいで、かなり打ち解けているみたい。三人が帰り際には、何だか寂しそうな顔をしていた。三人は、次の休日にも遊びに来るみたいだよ。



 次の日、学院で会ったアーリャは、何事も無かった様な態度で接して来てくれた。

 流石賢者なだけあって、物事を俯瞰で考える事が出来る様だ。ドギマギおたおたなんて、普通の女の子みたいな反応はしない。



 「きゃっ! 見て見て! スイーツの種類が増えてるー! どれにしようかなー? もーう、選べなーい。」



 うーん……、普通の女の子……


 学院のラウンジも、スイーツは充実しているんだよね。だから、女子がいっぱい居る。

 そして、ここの人気の秘密は、もう一つ有るんだ。

 なんと、私監修の冷凍庫が設置してあって、アイスクリームが提供されているんだ。

 数に限りが有って、先着順なもんだから、毎日お昼時は長蛇の列だ。

 でも、私達魔導科の使っている講義室はここから結構離れているので、私達が来る頃には、何時も既に無くなっているんだよね。今日も食べられなかったよ。


 テーブル席を見回してみると、ケイティーとラージャ、ナージャの三人が、アイスクリームを食べているのが目に付いた。

 私達二人は、美味しそうに食べている三人を羨ましそうに見るだけだ。くそう、くそう!

 ケイティーは、私達に気が付いたのに、ニコッと微笑んだだけで、無心に食べては、頭キーンとなってる。


 見ると、羨ましそうにそれを眺めている魔導科学生は他にも一杯居た。

 剣術科学生は、それを私達に見せ付ける様にニヤニヤしながら食べている。ムカつく!



 「アイスクリームは、賞味期限が無いんだから、大量に作って何時でも食べられる様にストックして置いて欲しいよね。魔導科の院生が全然食べられないんだけど!」



 カウンターの中へ向かって文句を言ってしまった。そもそも、アイスクリームは自分が食べたくて作った物なのに、肝心の私が食べられないとは、どういう事? もう、怒りが有頂天です!

 直ぐにお菓子作りの担当者が飛び出て来て、謝ってくれた。



 「誠に申し訳ありません!」



 この学院は、貴族家の子供とか、外国からの大事な留学生とかが沢山在籍しているので、料理人やお菓子職人達は、比較的腰の低い人が多いのだ。

 サントラム学園から来た子は、一般の、それも低所得者層とか孤児とかが多いのだけど、この学院へ入学出来たという事は、能力はハイスペックな人が多いので、将来王宮勤めとなる可能性もある。何年かしたら、偉くなって自分の上司に成る可能性が無いとは言えないって事だよね。つまり、どの学生であろうと、機嫌を損ねる訳にはいかないと考えている人は多いのかもね。

 あまりに低姿勢過ぎて、この世界の職人さんは、もっとプライド高く持っても良いと思う事もあったりする位だ。



 「あ、勢いに任せて大きな声を出してしまいました。まっことスマンでした。ご免なさい。」


 「いえいえ、滅相もございません。次からは善処しますのでどうか……あ、ソピア様?」


 「え? あ! お屋敷に居たパティシエさんか!」



 あの時、一緒にアイスクリームを作った、有能お菓子職人さんだ。

 王宮と料理人やメイドさんを交換する時に、王宮の方へ行っちゃったんだよね。

 ああそうか、学院の学食を充実させる為に、こちらへ派遣されてたのか。


 それにしても、アイスクリームはもっと大量に造って、ストックしておく事は出来ないものか……



 「冷凍倉庫の容積が足りないの?」


 「いえいえ、そんな事は御座いません。正に倉庫と呼べる程の容積が御座いますから。」


 「じゃあ、材料が足りない? 作るのが間に合わないの?」


 「いえ……、そのう……、全学生に行き渡る位の量は、常にご用意してあるはずなのですが……」


 「はあ? じゃあ何で、魔導科の学生は全然食べられないんだよー。」


 「そのう、言い難いのですが、剣術科の方の御学生様方が、沢山お召し上がりになられると申しますか……、その、何分珍しさもあって、皆様のお召し上がりに成る量が、私共の予想を遥かに超えておりまして……」



 キッとケイティー達を睨むと、視線を逸しやがった。

 そうか、ケイティーが私達の分まで沢山食うから、魔導科まで回って来ないんだな?



 「ちょっと、まるで私が意地汚いみたいに言わないでよ!」


 「もう、頭に来た! こうなったら、私が自分で作る! ちょっと厨房貸しなさい!」



 私は、魔導科の学生達に、ちょっと待っててくれる様に言って、厨房へ入れて貰い、材料を確認する。

 卵良し、ミルク良し、砂糖良し、生クリーム良し、バニラビーンズ良し!

 よし、あれを造ってやろう。ソフトクリームだ。ゼラチンって有るのかな?


 聞いてみたら、なにそれ? と言われてしまった。そっかー、この世界にはゼラチン無いのか……、いやまて、膠あるじゃん? 絵の具有るし、馬具なんかの革製品を作る時の接着に使ったりしてるでしょう? 精製度合いが違うだけで、同じ物だよ? と、パティシエさんに聞いてみたら、膠は接着剤でしょう? それに生臭いし、とても口に入れる物に使うなんて、考えられないとか言ってる。

 そっか、食品レベルにまで精製出来る技術が、まだこの世界には無いんだ。お菓子のレシピの幅が広がるのにな。


 まあ、無い物をねだっても仕方が無い。じゃあ、代わりに何か、粘性を持たせられる物は無いかな?……


 ソフトクリームは、ただアイスクリームの緩い物と思われている人もいるかも知れないが、解けかけのアイスクリームでは、あの様に纏まらない。水分量を多くして、柔らかくすると、溶けるのも早いし、コーンに盛り上げて盛り付ける事が出来ないのだ。

 じゃあ、どうやって柔らかさと形状保持を両立させて居るのかと言うと、ゼラチンの様な増粘剤を混ぜているんだ。

 トルコアイスなんかの粘性は、サーレップという植物性の増粘剤を入れてたりする。


 だったら、他の代用出来そうな増粘剤は他に無いかな? 寒天は……この国には無さそうだなー。海洋国家のビオスになら有るかも知れないけど。尤も、寒天じゃ増粘剤に成らないか……

 あ、ジャムあるじゃん? ペクチンなら有るんじゃない? 水飴も有るかな?

 お、有るって、よし、これで勝つる!


 卵を貰って、表面を丁寧に清浄し、強いお酒で拭いて殺菌する。

 魔力でパパパパーンと割って見せたら、厨房の中と外からオオーと歓声が起こった。工程は全て空中で行う。


 卵を黄身と白身に分離し、白身は他に使うので、取って置く。

 多めのミルクに砂糖とバニラビーンズを加え、一旦沸騰させてから冷まし、そこへペクチンと水飴、卵黄、生クリームを投入して、空中で魔力で空気を含める様に撹拌しながら、分子運動を制御して、冷却して行く。


 別に取って置いた卵白を泡立て、撹拌してメレンゲを作り、小麦粉に溶かしバター、砂糖、卵黄、ベーキングパウダー……は、無いよなー。重曹は? ある? よし、重曹を入れて、メレンゲと合わせ、平たく焼く。そう、スフレパンケーキだ。


 パンケーキを皿に2枚ずつ、さっき作ったソフトクリームを絞り袋へ入れ、生クリームの要領でスフレパンケーキの上へ盛り、カットフルーツを添えてっと……


 振り返ったら、パティシエさん達が、私の高速調理を必死にメモっていた。



 「さあ、今までアイスクリームを食べられなかった魔導科学生限定スイーツ、スフレパンケーキのソフトクリーム添えの完成だよー!」


 「「「「「「「「「「わあああー!!!」」」」」」」」」」



 魔導科学生達から、歓声が沸き起こった。

 外で待っていてくれた魔導科学生達に配ってから、一皿をアーリャに、手渡し、ケイティー達の隣の席へ座る。

 さあ、出来はどうかなー? スフレパンケーキを切り、ソフトクリームを乗せて口へ運ぶと、うーん、最高の出来栄えだ。



 「おいしい! 今までこんな美味しい物を剣術科に独占されてたなんて!」



 幸せそうな顔の魔導科生と対称に、それを羨ましそうに見ている剣術科生達。

 さっきとは、逆転の光景だ。



 「ああのう、ソピア? 私にもそれを一口……」


 「駄目でーす。さっき分けてくれなかったし、これは今までずっとアイスクリームを食べられなかった魔導科生達限定スイーツなんだからね!」



 あちこちから、『そうだ! そうだ!』という声が上がる。


 だけどまあ、剣術科と魔導科の対立構造を煽りたい訳では無いので、心を入れ替えて、明日から魔導科生の分もちゃんと残しておいてくれるなら、剣術科生にも提供してくれるように頼んであげる。



 「ご免なさい、ソピア。今度からは後の人の事も考える様にするわ。」


 「「「ご免なさい。」」」


 「「「「「ご免なさい。」」」」」



 剣術科の人達も、口々に謝ってくれたので、この一件は不問にしましょう。



 「実は、いっぱい作ったので、皆の分もありますよ。どうぞ。」


 「「「「「「「「「「わあい! やったー!」」」」」」」」」」



 ところで、剣術科の人達は、今日何個目のアイスクリームなんだ? お腹壊すぞ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る