第175話 メソジルエリクサー
朝食を食べた後、ケイティーとヴェラヴェラとの3人でハンターズへ行ってみた。
入り口を入って掲示板の方へ行こうとしたら、カウンターの中のお姉さんに大きな声で飛び止められた。
「ちょっと、ソピアちゃん、ケイティーちゃん、こっちこっち!」
何だろうと手招きする方へ行ってみると、掴みかからんばかりに身を乗り出して、顔を近づけて小声で喋りだした。
「あの、今噂になっている、メソジルっていうエリクサーの事なんだけど、何処で手に入るのかしら?」
私は固まった。何でハンターズの職員が知っているんだよ。これは、王宮内だけに留まらず、結構広範囲に知れ渡っちゃってるのかも。マズイな。
しかも、メソジルで定着しちゃってるぽいし。ミノキシジルみたいな薬品名に聞こえなくも無いけど。
で、このお姉さんも美容目的で欲しいのかな?
「あなた達、大賢者様のお屋敷の子よね。そこのメイドさん達に支給されているという、メソジルという名のエリクサーを少し分けてもらいたいの。」
「えーとね、あれは非売品で、一般には配布されないんです。まして、美容目的となると……」
「そうよねー、きっと、物凄く高価な物でしょうし。でも、私にはそれがどうしても必要なの。お金だったら、多少は……」
そう言って金貨の袋を取り出そうとするのを手で制して、取り敢えず事情を聞く事にした。
「何か事情が有るんですね?」
「ええ、実は……」
受付のお姉さんの話によると、実家の幼い妹の容態が良くないらしい。
割とありふれた話なんだけど、この世界だと、低所得者層は毎日の糧を得るのがやっとという人も多いんだ。
だから、栄養失調気味の子供は割と多いし、赤ん坊の死亡率も高い。
お姉さんの出身は、鉱工業都市ヴァルターの外郭村で、鉱山労働者の多い村なのだそうだ。お姉さんの家は、村では一般的な家庭で、専業主婦の母と土工、つまり、穴掘り労働者の父、そして、お姉さんと幼い妹の4人家族だと言う。幼いと言っても、11歳だそうだから、私と同じ位らしいんだけどね。
だからか、私がハンター登録に来た時に、あれこれ他の仕事を紹介してくれようとしてたんだ。自分の妹と重なって、危険な仕事をさせたく無かったんだろうね。
妹さんは、生まれつき体が弱く、お姉さんはその薬代を稼ぐ為に王都へ出稼ぎに来ているのだという。毎月お給料の三分の二を実家へ送金しているんだって。
「ボエーン、ブエェェーン! ブニャワェーン!」
ヴェラヴェラが急に泣き出した。ヤバイ、真面目なシーンなのに、この泣き声笑える。
今でこそ、私もケイティーも裕福な生活を送っているけれど、元々私は貧乏な村出身だし、ヴェラヴェラだって、村を追い出されて森の中で一人で生活していたのだから、貧乏生活の辛さはよく分かるのだろう。ケイティーに至っては、母親の薬代を稼ぐのに貧しい生活をしていた。似た様な境遇として、事情は痛いほど分かるだろう。
『--ソピア、駄目なのは分かっているんだけど、ここは私の持っている分をこの人に……--』
『!--駄目。--!』
『--そんな……--』
『!--そんな事しなくても、私が直接行って、マナを注入します。私はリーンお祖母ちゃんの孫だよ?--!』
『--えっ、殴るの?--』
『!--殴りません!--!』
私のマナを移した水なんて遠回りしなくても、私が直接この手でマナを与えれば、何倍も効果的でしょう。幸い、さっき降りてきたアカシックレコードの知識の中に、医者が居たんだよね。なんというタイミングの良さでしょう。
「じゃあね、お姉さん、その子の所へ行って症状を見たいから、一緒に行ってくれる?」
「えっ? これから?」
「仕事抜けられない?」
「そうね……、分かったわ。今日の午後半休と5日の休暇を貰って行く事にします。お昼までちょっと待っててもらっても良いかしら。」
「了解。じゃあ、6つ刻(正午)にそこのラウンジで待ち合わせね。」
私達は、一般区の方にある、スイーツ屋に寄って時間を潰す事にした。
三人でスイーツをつつきながら、1刻(2時間)程ダベる。
「ねえ、ソピア、あの人の妹さん、治せる見込みはあるの?」
「私は、治療術は使えないので、怪我だと逆に困っちゃうんだけど、病気の類ならなんとか成ると思うの。都合よくさっき、医者の知識が降って来たからね。」
外科的に怪我を治す治療術は、あまりにも細かい操作が必要なので、私は今の所出来ない。だけど、病気ならヴェラヴェラに悪い細菌を追い出して貰う事が出来るかも知れない。私がマナを注入すれば、体力が回復して、自然治癒力で回復が見込めるかも知れない。
もしも、怪我でも体力を回復させてあげれば、治りが早いはず。その場合、後で治療術をウルスラさんに頼んでみよう。
スイーツ屋でダラダラ過ごしていたら、あっという間に時間が過ぎ、ハンターズへ戻ってラウンジを覗いてみると、受付のお姉さんが待っていた。
「あ、待ちました?」
「大丈夫よ、時間はまだ早かったし。」
「じゃあ、行きましょうか。」
私達は、ちゃんと西門から外へ出て、飛んで行く事にする。
お姉さんは私が運ぶ。
ケイティーが、何かソワソワしている。椅子無しで飛ぶのが不安なのかな?
「ケイティーは、自力で長距離飛行するの初めてだっけ。十分気をつけてね。」
「りょうかーい。早く行きましょう!」
早く飛びたくてウズウズしてたのか。
お姉さんに、飛びますよと声を掛けてから、三人で飛び立った。
民家の無い森の上で、試しに音速を出してみたのだが、ケイティーは難無く付いて来られているね。ジンを完璧に使い熟しているみたいだ。流石、魔力の無い魔導師。
音速で飛べば、国内であれば何処であろうと、ほんの数分しかかからない。
お姉さんは、上京するのに馬車を乗り継いて数日掛かったのにと驚いていた。道案内をして貰うために、お姉さんの体は私が運んでいるのだけど、お姉さんの頭の中に有る地図と、上空から見る地形が一致しないらしくて、一旦ヴァルターへ降りて、乗合馬車の停留所に立って、方向を確認している。来る時に泊まった宿屋があれで、町の出入り門があれで、と、ブツブツ言っている。ああ、この人、地図の読めない女なんだー。
もう、なんか危なっかしいんで、お姉さんに村の名前を聞いて、乗合馬車の御者さんに直接村の方向を教えて貰った。
「何だい、乗ってかないのかい?」
「ええ、私達、のんびり徒歩の旅を楽しんでいるんです。」
「それにしちゃあ軽装だな。徒歩だと2日位掛かるからな、道中魔物には十分気を付けるんだよ。」
「うん、おじさん、どうもありがとー。」
おじさん、ヴェラヴェラが首から下げているハンター証の色を見て、引き止めては来なかった。
私とケイティーは、服の下に仕舞ってあったのだけど、ヴェラヴェラは普通にペンダントみたいに下げていたので、雇われ護衛だと思われたみたいだ。彼女、私達の中じゃ一番背が高いし、今やランク4なんだよね。
町から王都までの間は、交通量が比較的多いので、街道も整備されているし、それ程危険な魔物もあまり出ない。だけど、町から外側の村へは、森の中を通ったり、獣道に毛が生えた程度の見通しの悪い道だったりして、結構危険なんだ。だから、高いお金で護衛を雇うか、殆どの人間は、武器も積んであり、皆で戦う事の出来る、乗合馬車で安価に移動する。
いかに非力な一般人といえど、10人近くが集まれば、草々魔物の餌食にはなり難いからね。
草食動物が集団で移動するのと同じ理由だ。弱ければ、大勢で移動する。これがこの世界の常識。御者さんは、引退したハンターが転職した場合が多いので、そこそこの戦力にはなるので、彼の指示で動けば大体大丈夫な場合が多いんだ。
女性ばかりの4人旅は、心配じゃないと言えば嘘になるんだけど、この世界の女性は、特に田舎育ちの女は強いよ。お姫様じゃないんだから、キャーキャー言って逃げ回るだけだと思ったら大間違い。向かって来たら、躊躇なく目に向かって杖を突き出す位、平気でして来ます。決して侮るなかれ。
場所を教えて貰ったので、そっちの方向の門から街を出て、街道に沿って飛んで見る。
上から見ると、木に覆われて道が見えない部分も合ったのだけど、森を一つ飛び越えた辺りで、小さな村が一つ見えて来た。
お姉さんに確認すると、あれで間違いないと言うので、村の手前で降りて、門番の村人に声を掛ける。
門番は、お姉さんの顔を知っているみたいで、すんなり村の中へ入る事が出来た。
なんだか、活気の無い村だなというのが第一印象だった。
外を歩く人達が、何となく元気が無いように見える。何故だろう?
お姉さんに案内されて、家へ行ってみると、ごく普通の一般家庭で、村の中の平均で見ても、最下層という訳でも無いらしい。とはいえ、町や王都の生活から比べると、貧しい部類なのかも知れないけど、貧しいか裕福かで幸不幸を判断する事は出来ないんだよね。
皆が裕福な中で自分だけが貧しければ、不幸に感じるだろうけど、昭和の高度成長期みたいに、周りの人達全員が貧しければ、自分は不幸だとは感じないだろう。寧ろ、皆で頑張ろうという機運が盛り上がって、夢を見る事も出来て、寧ろ幸せと言えるかもしれない。
まあ、何が言いたいのかと言うと、幸せか不幸かなんて、周りの環境と自分を比べた場合の相対的な物でしか無いという事だ。
この家の人達が、どう感じているのかは知らないけどね。取り敢えず、会ってみよう。
家の中に招き入れられて入ってみるが、私がリーンお祖母ちゃんと一緒に住んでいた家よりも、幾分か立派に見える。
なにより、両親が揃っているのが良いよね。会ってみた感じ、優しそうな人達に見える。このお姉さんを育てた人達なんだから、優しい人達で間違いは無いのだろう。
少なくとも、この家の不幸材料を私が取り除けるなら、力を貸そうと思える。
軽く挨拶をして、お姉さんが私達を両親に紹介してくれる。
治療出来るかどうかは、診てみないと何とも言えないので、私達の事は、王都での友達だとだけ紹介して貰う様に予め打ち合わせをしてある。
まずは、妹さんを紹介してもらおう。
ご両親は、病人をあまり他所の人の目に触れさせたくないのか、困った顔をしたのだが、お姉さんが私と同じ歳で友達になれるからと強引に寝室へ案内してくれた。
「王都で流通している、メソジルというエリクサーがあれば、アイノの病気も良くなると思うの。この二人は、大賢者ロルフ様の所のお弟子さんで、メソジルを分けてくれるというので、連れて来ました。」
「おお、ロルフ様のエリクサーですか! それさえあれば、あの子の病気も良くなるに違いない! ……しかし、その様なお薬は、さぞお高いのでしょうね。私達にお支払い出来るのかどうか……、いえ、もし分けて頂けるなら、どんな努力も惜しみません、必ず代金を用意してみせます!」
お姉さんとご両親が、あまりにも必死なので、言い出しにくい。あれが風呂の残り水だなんて。ああぁぁ……。
「本来、門外不出なのですが、お姉さんには王都でとてもお世話になっておりますので、お金の心配はしないでください。だけど、この事は、どうか決して口外しない様にお願いします。秘密を守れますか?」
「はい! あ有難うございます! 有難うございます! 秘密は必ず守ります!」
あああ、お姉さんとご両親が涙を流して感謝している。罪悪感が半端無い。風呂の水なのに……
「と、とりあえす、症状を診させてください。アレが効くかどうかは分かりませんので、喜ぶのはその後で。」
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