第176話 アイノちゃん
私は、妹さんの病状を見て、息を呑んだ。
病弱なんてレベルではない、骨と皮だ。
「姉さん……、この方達は、どなた?」
「この人達はね、私が王都で仲良くしてもらっている、お友達なの。観光で来たので、数日家に泊まって貰うのよ。」
「そうですか……、姉がお世話になっております。……何もありませんが、どうぞごゆっくりしていってくださいね。」
妹さんはそれだけ言うと、気を失うように眠りに就いてしまった。
歳の割にしっかりした受け答えだ。きっと頭の良い子なのだろう。
私は眠っているこの子の手を取り、脈を確かめてみた。
とても弱々しい。まるで、生命力が枯渇し掛かっているかの様に。
「この症状は、何時位から?」
家族の説明によると、この子が生まれた当初は多少病弱かなという程度で、普通に外出したり皆と一緒に食事は出来ていたのだけど、ここ数ヶ月で急速に病状は悪化したのだという。
『!--ヴェラヴェラ、何か人体に悪さする様な悪い菌見える?--!』
『--見えないよー。これは、病気では無いよー。--』
そうか、なら、毒物中毒か、先天的な内臓疾患か、なんらかのアレルギー症状なのか、はたまた単純に栄養失調? とにかく、可能性は一個ずつ潰していこう。
まずは栄養失調の確認だ。考えられるのは、ビタミン欠乏症。昔の船乗りが、ビタミンCの欠乏から壊血病を発症したり、日本の江戸時代では、ビタミンB1欠乏症、つまり、脚気が流行って、死亡者も出ている。
ビタミンCの欠乏は、野菜不足が主な原因。痩せ細った感じが壊血病に症状が似ている様な気がするのだけど、歯茎からの出血等は見られない。
ビタミンB1が不足して起こる、脚気の方はどうだろう? 末梢神経障害をきたし、酷くなると心不全を起こしたりする、結構怖い病気なんだよね。
だけど、お姉さんに見せてもらった普段の食事からは、ちゃんと野菜は摂っているし、豆類、イモ類、穀類、豚肉に似たオーク肉、このあたりでは安く手に入るこれらの食材にはビタミンB1が豊富に含まれているので、脚気の原因となる要素も見当たらない。
寧ろ、日常的に贅沢な物ばかり食べている富裕層の方がかかりそうな病気なんだよね。
じゃあ、鉱毒?
この辺りは鉱山地帯で、近場に在るのは銅鉱山だ。という事は、鉛とかヒ素か?
その昔、銅の錆である緑青が毒であると思われていた時代があった。地球では、ほんの100年程度前までの話だ。
花緑青という顔料があって、ヒ素と銅の化合物で猛毒なんだけど、緑青という名前がついているせいで、銅の錆である緑青も毒だと思われていた。とんだ風評被害だね。
さらに、銅は鉛やヒ素と近い所から産出する場合があり、銅鉱山からは銅の毒が流出しているとか、銅の精錬所からの排水には毒が含まれているとかいう話もあって、噂を補強しちゃったりしてたんだ。怖いね。
という事はですよ? 村の中の人達も皆、生気の無い顔をしていた事から考えると、鉛毒とかヒ素毒なのかな?
でも、鉱毒だとして、この世界では検査する方法が無いな……。
「あの、この村では飲水は何処から?」
「鉱山とは反対側の山から流れて来る清流から、共同の給水場に水を引いています。そこの川で捕れたお魚が美味しいんですよ。夏なんて、子ども達が泳いだり、虫を採ったりしてよく遊んだなー。」
はい消えたー。虫まで居る清流じゃ、汚染とは無縁っぽいな。そもそも別の山からの川みたいだし、関係無いか。
あれれー、じゃあ、何なんだー?
「食べられない食べ物とかは?」
「んー、特には……。確かに食は細いけど、何でも好き嫌いせずに食べてくれるわね。」
食物アレルギーの線も無さそうか。とすると、先天的内臓疾患とかなのかなー。
地球の医者の知識はわりと役に立たなかったな。
もう、あの水をさっさと分け与えて、様子を見てみるしか無さそう。
『!--ケイティー、あなたの分の水をこの子に分けてあげて貰えない? 直に魔力を注入しようと思ったのだけど、原因がよく分からなくて、ちょっと様子を見たいの。--!』
『--もちろんよ。じゃあ、これ。--』
ケイティーは、一瞬も躊躇する事無く、自分の分を差し出してくれた。本当良い娘。
その瓶は、小さなガラス瓶で、中に例の(風呂の)水が半分程入っている。ケミカルライトの中の液体みたいに、液体自体が発光している。淡い光だけど、薄暗い部屋の中では結構光って見える。チェレンコフ光みたいでなんかヤバげ。風呂の水って時点でもうヤバいんだけどね。
「「おおお、それがメソジルエリクサーですか。……」」
ご両親、大興奮。
ケイティーは、ベッドで寝ている女の子の口へ、瓶から一滴だけ垂らして飲ませた。
……やっぱり飲ませるのかー。あれって、ケイティーの汁も入っているのに、平気なのかな?
『--ちょっと、汁言わないでよ!--』
『!--あー? これは理不尽な発言が出ました。--!』
『--どこが理不尽なのよ!?--』
『!--私は着衣で腰までだけど、ケイティーはマッパで首まで浸かっていたんだから、寧ろケイティー汁と呼ぶべきだと思うの。--!』
『--嫌! その呼び名は絶対に、嫌!!--』
ケイティーが、瓶を持った手を激しく振ったせいで、中の液体が飛び散り、ご両親の顔に掛かってしまった。
すると、なんという事でしょう! 二人の肌にはツヤが戻り、目の下の隈が消え、ほうれい線も消えてしまった。
「まあ!」
「なんという事だ。腰の痛みも肩こりも消えてしまったぞ。」
掛けてこの効果だもんなー……。飲んだらさぞ凄いんでしょうねー。
肝心のアイノちゃんの方はどうなのかな?
「父さん、母さん、その姿はどうしたの? まるで、お姉ちゃんの
アイノちゃんが、目を覚まして、両親を見て目を丸くしている。
というか、あなた、自分の姿の方には気が付いていないのかな?
私は、直ぐに彼女の手を取り、脈を確認すると、力強さが戻っているように感じた。
痩せ細ってカサカサだった肌は赤みが差し、目に生気も戻っている。
我ながら、すごい効果だわ。
手を取ってベッドの縁に腰掛けさせ、膝の腱反射を見てみる。
うん、ちゃんとあるね、脚気の線は消えたか。
私が肩を貸して、ゆっくりと立たせてみた。多少ふらつくが、何とか立ち上がる事が出来た。
「流石、ケイティー汁の効果は凄いね。」
「メソ汁! メソ汁! メソ汁!!」
ケイティー汁はどうしても嫌なんだそうだ。
メソ汁呼ばわりする事については何とも思わないのだろうか。本当に大親友なのかな?
「おおおおお、有難うございます! 有難うございます!」
お父さんは、涙をポロポロ流しながらお礼を繰り返した。
瓶に残った分は、全部あげる事にした。
体力が全部戻るまで、毎日寝る前に1滴飲む様に言って、お
私達は、お姉さんの両親に懇願され、今日は泊めてもらう事になった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
「大変! アイノが!」
久しぶりに家族揃って朝食を食べようと、妹を呼びに行ったおねえさんが、慌てて戻って来た。
既に食卓に着いていた私達は、慌てて立ち上がり、アイノちゃんの部屋へ行ってみて驚いた。
アイノちゃんは、昨日私達が来る前の状態に戻ってしまっている様に見える。
「これは一体、どういう事なのかしら……」
お父さんとお母さんの顔を見てみると、若々しさは保っている。
アイノちゃんだけが、まるで穴の空いた風船みたいに生命力が抜けてしまっている様なのだ。
ベッドの横のテーブルに置いていた小瓶に残った水を見てみると、光が消えている。
「どうして……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます