第172話 水竜ヴァンストロム

 夜は人間が眠り、昼は竜達に休んでもらうサイクルで行く事に成った。

 そんなこんなで12日間。


 水はお師匠達が生成出来るから良いとして、ちょっと気軽に行ってくるつもりだったので、食料を殆ど持ってきていなかったのが災いした。

 まさか、こんな長旅に成ってしまうとは……



 「お魚、もう飽きたよー。」


 「仕方ないでしょ。他に食べる物無いんだから。」



 皆、結構疲労の色が濃い。

 ちょこっと思ったんだけど、ヒドラを私が持ち上げて飛んだら良かったんじゃないのかな? と思ったのは皆には秘密だ。


 皆がこっちを睨んでくるよ。しまった、私の思念は筒抜けなんだったっけ?

 でもさ、それを思い付かなかったのは、皆も同罪じゃん? 割と皆ポンコツだよね。

 まあ、12日間もこんな長旅しちゃった後じゃ、もう今更どうでも良い感じだよ。



 「ねえ、ヒドラー、まだ遠いの?」


 『--うーん……とね、この辺りの海底っぽいよ。--』


 「おお、やっと着いたか……」



 皆の安堵の表情がすごい。

 案の定海底だったけど、深さはどの位なんだろう?

 私は、海底へ向けてサーチを掛けてみた。



 「…………」



 反応が何も無い。

 範囲を500に広げて、探ってみるけど、それでも反応が無い。海底すら無い。



 「えーっと、ここって、どの位の深さなの?」


 『--うーんと、7リグル位かなー……--』



 ふーん、7リグルっていうと、計算すると、11.2キロかー。……11200メートルかよ!

 やばい、疲れでツッコミのキレが悪い。

 水深1万メートル越えって言ったら、マリアナ海溝やケルマディック海溝レベルか。すげえ……

 でも、そんな深さに潜る方法が無いぞ?

 確か、10メートル潜る毎に1気圧増えるんだったっけ? 計算すると、1120気圧か。

 1気圧で、1平方センチの面積に、約1キログラムの重さが掛かっているとして計算すると、その1120倍。およそ爪程度の面積に1トン超の圧力がかかっている事になる。


 ……あれ? 意外と行けるか?

 ああ、でも、水竜に上に上がって来て貰った方が手っ取り早いんじゃないかな。



 「ねえ、ヒドラ、水竜に上に上がって来てって言ってよ。」


 『!--うーんとね、駄目だって。おうちに遊びに来て、だって。--!』


 「行ってあげたいのは山々だけど、人間は水の中では呼吸が出来ないんだよ。」


 『!--大丈夫だって。空気ならあるよ、だって。--!』


 「ふーん、海底に空気の溜まった、空洞でも在るのかしら?」



 イブリスに絶対障壁を出してもらって、それを私が内側から支えたら、水圧にも耐えられるかも知れない。



 「じゃあ、早速、イブリスを……」


 「待て、お前は本当に今、頭が働いていない様じゃな。」



 お師匠に肩をむんずと掴まれた。

 海底に空洞が在ると言うのなら、馬鹿正直に水圧に耐えて潜っていかなくても、謎空間に入って行って、空洞で出れば良いだろうと言われた。

 ほんとだ。その通りだ。疲れはこれ程人の思考を奪うものなのか。

 確かに、仕事や勉強もなんだけど、徹夜で作業するよりも、ちょっとでも仮眠して、脳の疲れを取ってからやった方が能率が良いんだよね。……うん、お師匠に止められて良かったよ。


 では、という事で、謎空間への扉を開いて、皆で入り、海底へゴー!



 ヒドラに付いて潜って行くと、100ヤルトも潜った辺りで、海面からの光が届かなくなり、真っ暗な世界に成って行く。

 ヒドラを見失わない様に付いて行くのがやっとだ。


 暗い海の中をずんずんと潜って行くと、前方に光る点が見え始めた。ヒドラが、あれだよとジェスチャーで教えてくれた。

 しかし、ヒドラって、生身でこの水深を潜って来られるんだ。凄いな。

 目的地が見えたので、一足先にそこへ行ってみると、それは、空洞と言うか、巨大な気泡だった。

 何でこんなに巨大な気泡が潰れずにここに在るのかは、深く考えるのはよそう。きっと、水竜の力なんだろう。そういう事にしておこう。今、なんか色々考えるのダルいんだ。


 空洞の中へ入って、謎空間から出ると、そこはちゃんと1気圧の快適な空間だった。温度も暑くも無く、寒くも無い、適温に調節されている。

 地面は乾いた砂で、広い空間にはサンゴや金銀に、色とりどりの宝石等が散りばめられている。

 気泡の膜を通して、海の生物が泳いでいるのが見えて、とってもロマンチックなお洒落空間だ。ただ、外を泳いでいるのがグロテスクな深海魚だというのを除いては。


 キョロキョロあちこちを眺めていたら、遅れてヒドラが到着した。



 『--水竜様ー。ソピア達を連れて来たよー。--』


 『!--良く来たな、ソピア! それと、大賢者ロルフとプローク! それに、ケイティーだっけ。えーと、そっちのお姉さん2人は?--!』


 「はい、わたくしは、ダルキリアの宮廷魔導師筆頭を務めさせて頂いております、ヴィヴィ・ヴァイオレットと申します。」


 「私は、飛竜のフリーダと申します。ソピア様からお名前を賜りました。」


 『!--うん、ヴィヴィとフリーダだね。覚えたよ、宜しくね。--!』



 水竜って、もっと魚っぽい感じかと思っていたんだけど、普通にドラゴンだった。

 翼もちゃんとある。何で海底に棲んでいるのかが不思議な姿だ。



 なんか、ウズウズしているけど、これは早く土産を出せという事だな。



 「じゃあ、ヴァンストロム。これが君の分ね。」


 『!--やった! ワーイワーイ!!--!』



 どさっと目の前にプロークの財産の一部を出してあげたら、物凄く大喜びされた。

 なんだよもう、可愛いな。

 でも、皆には怖い感じに見えているんだろうなー。



 『!--じゃあ、ソピアには僕の取って置きの鱗をあげちゃうね。--!』



 喉の所に逆様に生えている一際大きな鱗を毟り取って、それを私にくれた。

 うわっ、血がブシューっと吹き出て、鱗には少し血と肉が付いている。うえぇー。

 受け取る時に、ちょっと角で引っ掻いて、指に擦り傷が出来て血が滲んだ。



 「あっつ……」



 それをペロッと舐めて、貰った鱗をを倉庫へ収納して、さあ帰ろうと皆の方を見たら、ポカーンとした顔をしている。



 「神竜との血の盟約の儀式なんて、初めて見ましたわ。なんて荘厳なんでしょう。」


 「はあ?」


 「私も、……思わず涙が流れそうになっちゃったわ。」



 もしもーし、皆、幻覚でも見てるのか? それとも、私の感じている世界と皆の見ている世界が違うのだろうか?

 なんか、現実なのか夢見ているのか、その境界がよく分からなくなりそうだから止めて欲しい。



 『!--ソピア、僕達はもう眷属の契を結んだから、後は空竜だけだよ。頑張ってね。--!』



 私、全然頑張って無いんだけど、どうなのよこれ。

 私達は、水竜ヴァンストロムとヒドラに別れを告げて、謎空間で海上へ戻った。



 「ふう、緊張したー。神竜の成竜があんなにおっかない感じだなんて、思っても見なかったわ。ソピアは、堂々としてて凄いわね。」


 「えっ?」


 「えっ?」


 「いや、ヴァンストロム、可愛い感じだったじゃん。物分りもいいし。」


 「こら、お前は神竜の前での礼儀というか言葉遣いをもっとだな。」



 説教された。礼儀っていってもなー……私、そういうの苦手なんだよねー。



 「あ、そうだ、プロークは、ブランガスに会って行く?」


 「ああ、ブランガス様にもお目にかかっておきたいな。」


 「ヴィヴィさんとキャラが被っているんだよ。面白いよ。」



 居場所はもう知っているので、移動は一瞬だ。


 あの煮えたぎる硫酸の湖の上空へやって来た。

 現実空間へ出て、皆には上空で待機してもらう。

 何故ならば、湖の在る盆地は、硫化水素が充満しているからだ。

 湖の真ん中辺でボコボコ言っている部分が、硫化水素の吹き出している箇所っぽい。

 ブランガスは、そんな中で温泉にでも浸かっているみたいに、気持ち良さそうに体を伸ばして、こっちへ手を振っている。


 皆で協力して、突風を背後から向こう側へ向けて吹かせて、毒ガスを向こうへ吹き飛ばしてから湖岸へ着陸した。

 風は、常に吹かせたままを維持するように皆に念を押す。



 「おーい、ブランガスー! 遊びに来たよー!!」


 『!--あーら、ソピアちゃん、いらっしゃい。--!』


 「ヴィヴィさん、これが火竜ブランガスだよ。」


 「これっ、ソピア! 神竜に向かってこれとは何じゃ! 礼儀を弁えろ!」


 『!--あーら、ロルフ、我が主に向かって言葉を弁えるのは、あなたの方じゃなくて?--!』


 「ブランガス、私のお師匠に対して、口の効き方を弁えなさい!」



 おっと、今気が付いたけど、これって三竦みってやつ?




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