第161話 アイスクリーム

 イブリスのジンというのは、自動でマナを回復する太陽石と魔導式を合わせたようなもので、イブリスの体から分離した、妖精みたいな物らしい。

 逆に言うと、昔の賢者が、ジンを見てそれに近い物を再現しようとしたのが、エネルギー源の太陽石と魔導を発動する魔導式を組み込んだ、魔道具だと言える。

 とにかく、イブリスのジンは、命令をした通りの魔法を自動で発動する、自動でマナの回復する魔導式みたいなものなので、便利この上ない。マジで羨ましい。



 「僕は、ずっとお母様と一緒なので、お母様の能力と言っても構わないと思います。何でもお言い付け下さい。」


 「でも、イブリスにばっかり負担を掛けるのは、心苦しいな。」


 「そんな事全然無いですよ。寧ろ、用事を言い付けてくれた方が、僕は嬉しいです。」


 「そうなんだ、じゃあ、困った時は是非助けてね。」


 「はい!」



 でも、良いのかなー……私、支配者にはとことん向いて無いんだな。社長脳を持っていないんだと思う。


 社長脳というのは、自分の夢を実現するに当たって、自分に出来無い事、自分の持っていない能力が必要な場合は、それが出来る他人に任せられる思考の事。

 職人さんや技術者、賢者なんかは、何でも自分でやってしまおうとするでしょう? それは駄目なんだ。自分一人でやっている分には良いけれど、会社を作ろうと思った時に、それでは駄目。

 人が出来る事は人に任せる。それが出来る人を見極め、それを直ぐに命令できる人じゃないと、社長になれない。組織のトップに立つ人は、自分で何でもやってしまっては駄目なのだ。じゃないと、人材は育たないし、会社も大きく成れない。

 そしてそれは、何も会社に限らない。組織の運営、国の王様だってそう。組織の上に立って、人を使おうと思うならば、思考を社長脳に切り替えられないと駄目なんだ。


 私の場合、イブリスがやってくれると言うのに、ちょっと申し訳無いという考えが先に立ってしまう。

 やってくれるなら、それ相応の見返りを与えれば良いのだ。それは、愛情であったり、友情であったり、金銭的な報酬であったり、又はその全部かもしれないけれど、相手がその対価を受け取って、更に自主的にその能力を差し出してくれる様な、十分なお返しは、常に考えていないとね。


 イブリスは、私を手伝ってくれて、見返りに何を欲しているのかな……



 『!--それは、あなたの愛情でしょう?--!』



 ブランガスに先に言われてしまった。

 イブリスをギュッと抱きしめて、頭をナデナデしたら、満足そうな顔をして、すーっと鍵の中へ戻って行った。



 「私のイブリスに対する愛情って、本物なのかな? フェイクの愛情で都合の良い様に操っているんじゃないかなって、いつも心配になるの。」


 「大丈夫よ、あなたはちゃんと出来ていますよ。」



 後ろから、エバちゃまにぎゅっと抱きしめられた。

 これだな。偽物か本物かなんて、本人には直ぐに分かるものなんだ。私は皆に愛情を与えられている。だから、私も皆に返していかないとならない義務があるんだ。



 「ところで、この冷凍庫というのは、王宮にも欲しいわー。」


 「そうですねー……王宮と、ビール工場にも欲しいわね。頼めるかしら?」


 「うん、大丈夫だと思います。後でイブリスに頼んで置きますね。」



 私達は、ぞろぞろと地下の食材保管庫から出て、お師匠は執事さんに大工の手配を頼んでいた。

 私は、ちょっと料理長さんに耳打ちをしておいた。料理長さんは、OKサインを出して、厨房へ戻って行った。



 「おやつに、面白いものを出すので、楽しみにしておいてね。」


 「えっ? えっ? まあどうしましょう。私、王宮へ帰れないじゃないの!」



 公務が忙しくなければ、7つ刻半(午後3時)頃まで遊んで行っても良いし、一旦帰ってからまた来ても良いんじゃないかな。



 「じゃあ、じゃあ、また来ますから、私の分も取って置いてね! 絶対よ!」



 エバちゃま、早足で帰って行った。

 私は、料理長さんとパティシエさんとの3人で厨房に籠もって、おやつの制作開始。


 何を作るのかと言うと、せっかく冷凍庫が出来たのだから、勿論アレです。アイスクリーム!

 結構、この世界だと砂糖が高級品なんだけど、有る所には有るんだよね。その有る所というのが、何を隠そうこの王都なのだ。王宮が有るし、貴族御用達のパティスリーも有る。砂糖は結構入って来ているんだ。貴族のお屋敷の厨房でも、食後のデザートを作るのにある程度常備されている。当然、このお屋敷の厨房にも有るという訳。

 なので、それを使わせてもらう。


 この世界って、氷雪魔法があるくせに、何故か冷たいお菓子が無いんだよね。

 何でかと言うと、魔導師に冷やして貰ってお菓子を作る事は、可能といえば可能なんだけど、それを保存しておく手段が無いので、作ったら直ぐに出さないと溶けちゃうの。冷たいお菓子を食べたい季節って、暑い時期だからね。

 魔導師の絶対数が希少なので、料理用に魔導師を雇うなんて事も現実的じゃないし、魔導師が料理人やパティシエになるというケースもすごく稀なんだ。

 何故なら、魔導のスキルを持っていれば、それだけで高収入を約束されているのに、あえて肉体労働をやりたいって人は、まず居ないからだ。パティシエって、商売としてやるには、想像以上に重労働なんだよ。

 だから、一部の魔導師が趣味で自分用に作る事があるかも知れないと言う程度で、それを商売にしている人は、まず居ない。なので、当然レシピも無い。

 結果的に、存在しないわけではないけれど、非常にレアな嗜好品という事に成ってしまっているんだ。

 つまり、何を長々と言っているのかと言うと、この世界ではアイスクリームは、食べられ無いという事なんだ。


 だけど、今ここに冷凍庫が出来ました。

 魔力が無い人でも、冷たいお菓子が作れてしまうんだ。革命です!


 なので、ウッキウキで私と料理長は冷たいお菓子の制作に取り掛かった。

 アイスクリームのレシピは、色々有ると思うけど、私が好きなのはミルクと卵黄で作るやつ。

 バニラビーンズが無いのがちょっと悔やまれるけど、それは仕方がないかな……



 「ああ、バニラビーンズなら有りますよ。」


 「あるんかい!」



 思わず叫んじゃったよ。

 パティシエさんが、後ろの棚から瓶に入ったバニラビーンズを出して来てくれた。アイスクリーム以外にも、お菓子作りに使うから取り寄せてあったんだって。流石大貴族の専属職人。


 さて、問題は、生の卵なんだよね。地球の日本以外では、生の卵は殆ど食べない。法律で生食を禁止している国もあるくらいだ。理由は、サルモネラ菌中毒。

 だけど、日本では普通に生食しているよね。よく聞くのが、日本は衛生管理がしっかりしているから大丈夫というもの。でも、日本人が卵の生食をし始めたのって、衛生管理云々が言われ始めるよりもずっと昔で、田舎の人なんて、鶏卵農家から直で買ってきて食べてたりしてたよね。昔は、食中毒を起こしても、風邪引いた位の感覚だったのかも知れないけどさ。

 え? マヨネーズ作りの時に生卵を使っているって? あれは、酢の殺菌作用でなんとか成ってるんじゃないのかな?


 まあ、そっちは置いといて、私は、アイスクリームに卵黄を使いたいんだ。だって、美味しいから。頑固? うーん……そうかも。

 卵の食中毒の原因は、主にサルモネラ菌。混入するルートは、卵殻の表面に付着した、糞とかの汚物。卵は、内部に菌は侵入しない仕組みを元々持っている。殻の内側の薄皮とか、白身に含まれる酵素なんかで、雑菌が内部に侵入するのを防いでいるそうだ。

 だけど、鮮度が落ちてくると、そういう防御機能も落ちてくるので、安全を考えるなら、鮮度と殻の表面の衛生の2点は厳守。


 その事を料理長とパティシエさんに説明した所、卵は王都内の農園で朝取れの物を運んで来て貰った物、汚れは、入荷して直ぐに一個一個丁寧に洗ってあるそうだ。茹でてエッグスタンドに載せて出す時に、ちょっとでも汚れがあるとマズイので、そこはしっかりやっているのだという。

 ふむ、罅も無いし、殻の厚みも大きさも十分ある、健康な鶏卵みたいだね。

 念の為にもう一度洗浄してから、ボウルに割って観察してみると、卵黄もドーム状に張りがあって、白身も2段になっている。言う通り、本当に鮮度は高そうだ。


 牛のミルクにバニラビーンズを入れて、一回沸騰させたものを冷ましておいて、そこに砂糖と卵黄を加え、撹拌する。

 これを、冷凍庫で凍らせながら、時々ヘラで掻き混ぜて、空気を含ませて滑らかに仕上げるのだ。


 まだ、生卵に不信感を拭いきれないお二方の為に、ちょっと厨房を出て、ヴェラヴェラを呼んで来た。



 「ヴェラヴェラ、あなた菌が見えているでしょう? この中にお腹壊しそうな奴居る?」


 「うーん、ゼロでは無いけど、普通の食事に付いているのよりは少ないよ。気になるなら、出ていって貰おうかー?」


 「お、そんな事出来るんだ? お願い、やってやって!」



 ヴェラヴェラがアイスの入ったボウルに向かって念じている。……が、特に変わった様には見えない。



 「出てって貰ったよー。もう何にも居ないよ。」



 うーん、目に見えた動きの無い魔法、ヤバイ程地味だ。



 「酷いよー! やれって言っておいてー!」


 「ゴメンゴメン。でも、この魔法凄いよ。発酵だけじゃなく、衛生管理も病気の治療も出来ちゃうよ。本当にすごい魔法だよ。」


 「いやー、そこまで言われると、照れちゃうよー。」


 「でも、魔法の見た目が地味過ぎるよねー。」


 「ひどいよー。あははー。」


 「あははは。」



 これで、我が家の衛生管理はバッチリだよね。ヴェラヴェラ凄いや。ただやすみたいだ。



 『--あああ、またわたくしの居ない所で、とんでも無い事をやってるー。--』



 王宮方面から、なんだか恨みがましい思念が飛んでくるけど、無視だ。

 だって、特に凄い事をやろうとしてる訳じゃなくて、普通の事をしているだけで、ヴィヴィさん達が興味津々なだけなんだもん。

 下手すると、呼吸するのも瞬きするのも逐一報告しなければならなく成りそうで困る。


 …………


 ………


 ……



 さて、もう凍ったぞ。この冷凍庫の性能凄いな。

 出来上がったアイスクリームを……私達4人だけで味見だ!



 「おお!」


 「これは!!」


 「美味いよー。もっと食べたいよー。」


 「ダメダメ! 皆の分が無くなっちゃうから。でも、この出来は満足だ!」



 卵はどうしても不信感が拭えないなら使わなくても良いし、ヴェラヴェラが居るなら頼んでも良い。

 パティシエさんが色々作ってみて、研究してみて。トリュフ使ってみたり、フルーツを入れてみたりしても面白いかも。



 「成る程成る程、色々工夫の余地があって、スイーツの幅が広がりそうです。有難う御座います。」



 さて、後は約束の時間に出してもらうだけだね。と、そんな会話をしながらヴェラヴェラと厨房を出たら、エバちゃまとエイダム様の他、お師匠も既に揃って席に付いていた。



 「ソピアちゃんが言っていた、おやつが楽しみ過ぎて、早めに来ちゃったわー。」


 「あ、そうっすか……」




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