第152話 クラーケン
「お母様、この黒い海を沸騰させちゃったらどうでしょう?」
「うーん、出来る? 結構海水の量が多いよ?」
「あいつが隠れている黒い部分だけだから、ちょっとやってみますね。」
イフリートのイブリスは、火炎を扱うのは得意なんだ。
海水の量が量なので、私も手伝ってみる。
しばらくすると、海面から湯気が登り始め、段々とボコボコ泡が上がり始めた。
見ていると、中で急に動きがあった。ユラユラと波の動きに合わせて揺れていた囮の内の一つが、猛然と暴れだし、黒い海域の外へ逃げ出したのが見えた。
まあ、そうだよねー。大人しく茹でられる訳は無いよねー。
黒い海域の外へ逃げたクラーケンは、上空から見ると丸見えだ。怒り狂って触腕を無闇矢鱈と振り回している。
しかし、私達にはその攻撃は届かない。だって、触腕の射程距離には入らないのだから。
でも、向こうの攻撃は届かないけれど、こっちも攻撃の決め手が無いぞ。
海中に居る敵がこれほどやり難い相手だとは思わなかったよ。
クラーケンは、海上で振り回していた触腕が全く届かないのを悟ると、海中へ潜って行った。海中をウォータージェット推進で、物凄い速度で移動している。
私とイブリスは、クラーケンが逃げ出したと思って後を追いかけた。
魔力サーチで位置を探りながら飛行していると、クラーケンは私達からある程度距離を取った所で8の字を書く様に動いて、体の向きを反転し、一旦潜ったと思ったら今度は海面へ向けて猛然と上昇をして来た。
ミサイルの様に海面から飛び出し、およそ100ヤルトも上に居る私達に向けて飛んで来る。そして、クラーケンは空中で体を反転させて、10本の触手を広げて、私達目掛けてカラストンビと言われる鳥の嘴に似た尖った口を開いた。
私は、祖力障壁で押し戻して落としてやろうと思ったのだが、それより早くイブリスが絶対障壁を展開して受け止めてしまった。
尖ったカラストンビの嘴が、ガリガリと10層の物理障壁版を噛み砕いて行く。
私達二人を包み込む様に球形に展開された絶対障壁に、人の頭よりも大きな吸盤を無数に持つ触腕が巻き付き、更にその上から8本の触手が絡み付いて締め付ける。
「ヤバイねこれ、障壁を解いた瞬間にぺしゃんこだ。」
「お母様、長く持ちそうもありません……」
「もう少し我慢してて、振り解いてみる。」
私は、クラーケンをぶら下げたまま、音速でジグザグに飛行し、振り落とそうと試みたのだが、吸盤がガッチリ張り付いていて離れない。
「イブリス、障壁を回転させられる? クラーケンを振り回してやれ!」
「はい、お母様!」
クラーケンの全長は凡そ100ヤルト、足を除いた同部分の長さが半分位として、約50ヤルト。毎秒1回転で回すと、先端速度は大体マッハ0.9の速度となる計算だ。これなら振り解けるだろう。
しかし意外や意外、それでもしがみついていて落ちない。結構根性あるのか? こいつ。
「お母様、限界です。障壁が割れます!」
イブリスの張った絶対障壁がクラーケンの締め付ける圧力に負けて、パリーンと音を立てて割れた。
「じゃあ、ここからは選手交代だよ。」
今度は私の祖力障壁で支える。
イブリスの張った絶対障壁がガラスの玉だとすると、私の祖力障壁は、さしずめゴムボールだろうか。バネを押し込むみたいに、最初は大した力が掛からないのだけど、近付くに連れ、反発力が強くなって来るのだ。
何時もは体から1パルム程度で祖力が最大になる位に設定しているのだけど、今回は力を入れているので、私達の周囲2ヤルトで祖力がミリオリブラル(約450トン)程の反発力が出ているはず。
クラーケンは、硬い障壁から急に掴み所の無い感触に変わったので、落下しない様にしきりに触手を動かしている。
「イブリス、あいつの足を炎で焼いてやれ!」
「はい、お母様!」
イブリスが障壁に絡みつこうと蠢く触手を炎で包むと、クラーケンは、触手を焼かれるのを嫌がり、海へ逃れようと放した。
「逃さないよ!」
私は、落下してゆくクラーケンを空中でキャッチする。
「イブリス! トドメ!
私がそれだけ言うと、イブリスは直ぐに私の言おうとする事を察し、
クラーケンは、その剣を突き刺された場所から凍結を始め、中枢神経を素早く凍らされた為に暴れる事も無く、絶命した。
全身が完全に凍るまで、ほんの数十秒程度しかかからなかった。
私は、凍ったクラーケンを海面に降ろし、その上に着地した。
「ふう、
「そうですね、お母様、海も凍り始めています。」
私は、魔導倉庫へは入り切らなそうだったので、謎空間へクラーケンを収納した。
『!--おーい! 終わったよー!--!』
私は、遠くで観ていた、ネレイスのイオネとヒドラを呼んだ。
「これで、ネレイデスもここに戻れるし、ヒドラも元の海に帰れるよね?」
「はい、有難う御座います! 残りのネレイデスも皆こちらへ向かっている様です。」
『--君達って強いんだね、僕、ビックリしたよ。--』
「ところでさあ、クラーケンは何でこの海域にやって来たのか理由は分かる?」
『--うーんとね、クラーケンの棲んでいる所は元々ここからずっと北の辺りの温かい海域なんだけど、そこの海域が凍っちゃって寒くなったので、こっちまで逃げて来たみたいだよ。--』
「ふ、ふうん、異常気象かなー? 困ったもんだね。」
『--このずっと先の、サンゴ礁の島が在る海域なんだけどね。--』
「お、お母様、それって……」
「しっ!」
『--どうしたの?--』
「いえ、何でも無いっす!」
おうふ、おーうふ!
あの時か? イブリスが落とした、
冷や汗が止まらないんですけど。
「ま、クラーケンはやっつけたんだから、大団円だよね!」
むむむ、あの剣、直ぐに溶けて無くなるのかと思ってたのに、未だ残っているのかな?
明日こっそり見に行ってみよう。
私達は、そこでイオネとヒドラにお別れを告げ、町へ引き返す事にした。
町へ着くとギルド長達が待っていた。
「おい! あれから音沙汰が無くて、心配をしていたんだぞ!」
「あー、ご心配お掛けしました。無事にクラーケンを斃したのでご報告まで。」
「は? ヒドラじゃないのか?」
「ヒドラは良い奴でした。クラーケンからネレイデスを守っていたの。」
「ちょっと待て、登場キャラクターがクルクル変わって理解が追いつかん。最初から話してくれ。」
ギルド長の頭があまり良くないので、私は事の真相を(サンゴ礁あたりで
「つまり、岩礁海域に出た大海蛇は、ネレイデスが変身して、人間がその奥へ行かない様にしていた。ネレイデスが岩礁地帯に避難していたのは、ヒドラが暴れていたせいなのだけど、ヒドラは実はクラーケンからネレイデスを守っていた、という事なのね?」
「困ったな、クラーケンなんて、この町のハンターだけで倒せる代物じゃないぞ?」
「あ、その大本の元凶のクラーケンは、すでに私達が退治して来ました。」
「はあ? バカを言うな、クラーケンが子供二人だけで倒せる訳が無いだろうが。」
私は、冷凍クラーケンを謎空間から取り出して砂浜に横たえた。
想像だにしない程の巨体に、ハンター達も集まってきた住民達も、皆驚いている。
うーむ、比べるものの無い海上だと、その大きさがよく分からなかったけど、砂浜に置くと船とか人とかの対比で物凄く大きく見えるね。こんなのを倒しちゃった私達って凄くね?
「これがクラーケンなのか? 何で凍っているんだ?」
「この子の魔導でね。まあそれは良いんだけど、これどうする? 食えたりするのかな?」
「クラーケンを……、食うのか? ……ごくり。」
イカは浮袋を持っていないので、特に深海性のイカは、浮力の調整をする為に皮下や肉の内部に水より軽いアンモニアを貯め込む性質が在る。ダイオウイカとか、大きくて食べ出がありそうに見えるけど、実際はアンモニア臭くて、煮ても焼いても食えた物じゃ無いそうだ。
このクラーケンはどうなんだろう? 私は、倉庫から剣を取り出して足の一本を切って、皮を剥いてから、ステーキサイズにカットして、イブリスに炎で焼いてもらった。
恐る恐る一切れを口に入れてみると、意外や意外、アンモニア臭が無い。
「あ、食えなくは無いよ、これ。」
「どれどれ、俺にも食わせてくれ。」
弾力が凄くて顎が疲れるけど、細かく包丁を入れたり叩いたり工夫すれば食えそう。
遠巻きに恐る恐る見ている人、イカを焼いた良い匂いに抗えない人、それぞれだけど、何人かが食べて美味いと言うと、興味が勝っちゃう人が多いみたいで、その場でイカ焼き大会になってしまった。
調味料が塩だけっていうのがちょっと残念なんだけどね。
そう思っていたら、誰かが魚醤を持って来た。そうか、漁村ならその手の調味料が有るか。
魚醤をかけて焼いたクラーケンは、たいそう美味でした。
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