第151話 ヒドラ
『--あいつ、凄く強いぞ? 僕でもまだ勝ててないからな!--』
「9本首で噛み付いても勝てないの?」
ヒドラの9本首の攻撃でも勝てないとなると、かなりの強敵なのかもしれない。
『--あいつの方が、1本多いんだ! ちくしょー!--』
おうふ。
ヒドラが悔しそうに泣いている。
本数の多い方が勝ちなのか? 確かにイカの足は10本だけどもさ、ここは絵本の世界なのかな?
「ヒドラってブレス攻撃は持ってないのかな?」
『--あるよ! ウォーターブレスを全部の首から吐けるよ。--』
「それで切り刻めないの?」
ウォーターカッターみたいにスパスパいかないのかな?
『--水中だと、全然威力が無いんだー! えーん!--』
えーんじゃない! 泣くな泣くな! 迫力ある容姿しているくせに。
水中でウォーターブレスが威力無いって? 当たり前じゃん。水中で使う武器じゃないよね。何で水中生物にそんな武器を装備させたかな。デザインした神様はアホでしょ。水上で使う武器だよそれは! 一体何と戦う事を想定しているんだよ!
なんだよもう! この可愛い世界は! もう! もう!!
「お母様、落ち着いて。」
イブリスに宥められてしまった。
これで、クラーケンも可愛い奴だったらどうしよう。
私達は、ヒドラに案内されて、クラーケンの棲み着いているというあたりまでやって来た。
魔力サーチで探ってみると、ああ、居るね。海底の岩にへばり付いている。でかいな。脚広げて100ヤルト(100メートル)位あるんじゃないかな。
私は、ヒドラとイオネにこの場で待機していてくれる様にお願いし、クラーケンの居る真上の位置まで移動し、もう一度、少し強めにサーチをかけてみた。
多分、こいつも魔力サーチを探知するかもしれないと思ってやってみたのだが、目論見通りこちらに気が付いて浮上し始めた様だ。
伸び縮みするゴムの様な体で海水を吸い込み、体を細くして、漏斗から海水を勢い良く噴射して、ミサイルの様に水面に向かって物凄い速度で浮上して来る。
海上に浮上してくる程度と思っていた私は驚いた。
だって、
100ヤルト(100メートル)クラスの巨体が飛んでくるのは、かなりの迫力があって、危うく衝突しそうになってしまった。
私は、クラーケンに向けて言葉とテレパシーを飛ばしてみた。
「クラーケンよ、この海域から出て行ってくれないか? ここは、ネレイデスの領域なんだ。」
『--怒怒怒怒怒怒憎憎憎殺殺殺泣殺怒怒怒憎憎憎愛憎憎憎殺殺殺殺哀殺殺殺殺欲殺殺殺殺殺殺殺……--』
うわっ、何だこれ? 物凄い負の感情が流れ込んで来る。
『--嫌嫌嫌嫌鬱鬱鬱厭厭厭厭厭忌忌忌忌忌苦忌疎疎疎疎辛辛辛辛酷酷酷酷苦酷酷酷害害害痛害害害害--』
「うげえええええぇぇぇぇ……」
吐いた、盛大に履いた。気持ち悪い。身に覚えの無い憎悪をこんなにぶつけられる事が、こんなに気持ち悪いなんて。
目眩がする。平衡感覚が可笑しい。ヤバイ。
天地の感覚を失って、墜落しそうに成るのをイブリスが支えてくれた。
「危ない! お母様、大丈夫ですか!?」
『!--ソピアよ、魔物の意識を読んでは成らぬ。飲み込まれるぞ。--!』
地竜ユーシュコルパスに忠告された。
その昔、ユーシュコルパスも同様の愚を犯し、意識を飲まれたのだという。優しかった前世の地竜は、魔物の意識に触れ、浄化出来るかもしれないとの想いからその行為を繰り返し、やがて自らの魂の中に負のエネルギー、つまり俗に言う呪いを溜め込んだ挙げ句、
優しく可愛い世界から、一気に殺伐とした世界に放り込まれてしまった。
「殺すしか、無いのかな……」
『!--肉体を滅ぼすのが、その魂を浄化する唯一の方法なのだ。魔物自体も、その肉体に閉じ込められている間は苦しみ続けている。開放してやれ。--!』
「う、うん。」
私は、倉庫からプロークと戦った時に使った鉄球を一個取り出すと、半径100ヤルトで回転をさせた。
このクラーケンは、体長が100ヤルト程もあり、2本の触腕の長さもその体の半分近くある。つまり、50ヤルト離れててもその触腕は届いてしまうのだ。いや、体も触腕もゴムみたいに伸び縮みするから、もっと届く可能性もある。
こいつの吸盤は、一つが人の頭以上の大きさが有る。さっきも言った様に、イカの吸盤は、中に円状に並んだ硬い歯の様な構造があり、タコの物とは違って吸い付くと言うよりも爪を立てて握るというのに近い。吸盤一つ一つで噛み付いて来るのだ。
大型のイカに絡みつかれると、それだけで血だらけにされてしまう。現実に、地球の南米で捕れる、1メートル近くもある大型のイカを捕る漁師は、腕に絡みつかれて怪我をする事が多々あるそうだ。まして、このクラーケン程の大きさと成ると、大型肉食獣に齧られるのと同じだろう。それが、8本の触手と2本の触腕に無数に付いているのだ。とても近寄って戦う気になれない。用心に越したことはないのだ。余談だが、タコの足は8本、イカは10本というのは、この2本の触腕の有無による。イカは、2本だけ他よりも長い腕を持っていて、獲物を捕食をする時に使う。それを触腕と呼ぶ。
だから、その長い触腕の届かないであろうおおよその安全を取って、100ヤルト先から攻撃をしてみようと考えた。
半径100ヤルトにもなると、毎秒1回転させるだけで、鉄球の速度はマッハ1.8にもなる。
鉄球の前方は、断熱圧縮された空気により、数千度もの高温になり、真っ赤に輝いている。
その灼熱の弾丸を、クラーケンの胴に直撃させてみた。
ドプーン……
鉄球が命中した部分を中心に、同心円状の波紋が広がる。
鉄球は突き抜けなかった。
まるで、溶けたコールタールに石でも投げ込んだみたいに、衝撃は波紋となって拡散され、大したダメージを与えていない様に見える。
こいつには打撃によるダメージは通らないのかも知れない。
クラーケンは、海中に落ち、真っ黒な墨を吐き出した。
美しいマリンブルーの海は、どす黒い色に汚染されて行く。
イカとタコの墨には違いが有る。イカの墨は、やや粘性があり、吐き出された場所に留まって、それを自分の分身としてピンチの時に身代わりにして逃げるのだ。一方、タコの墨は、粘性が弱く、サラサラとしていて、煙幕として使われる。微量に麻痺毒も含まれている様だ。
クラーケンの吐き出した墨はというと、広範囲に拡散して行く。でかいだけに量が多いからなのか、または、クラーケンはイカとは違う生物だからなのかは分からないのだが、私達の足元の海は真っ黒に染まって行ってしまった。
これではクラーケンの位置が分からない。
だけど、私には魔力サーチが有る。見えなくても位置の把握は出来るのだ。
海中に居るであろうクラーケンを探すために、私は黒い海の中を魔力で探ってみた。
「あれ? 幾つも反応がある?」
巨大な反応は幾つも感じられるのだけど、どれも波でユラユラ揺らめいているだけなのだ。イカの墨は、囮としての役割があるというが、その囮の数が多い。まるで分身の術だ。自身も波で揺らめく様に偽装して、どれが本物なのか判り難くしている。
「お母様! あぶない!!」
真っ黒な海中にサーチを掛けるのに集中していて、他の情報がお留守に成っていた様だ。
海中から飛び出した2本の触腕の攻撃から、イブリスに庇われてしまった。
イブリスの展開した絶対障壁(ウルスラさんのやつね)に、吸盤がベタンと貼り付き、内側の角質のリングが、生き物みたいに動いてガリガリと障壁を齧るのが見えて気持ちが悪い。
それにしても、イブリスは器用に絶対障壁を使い熟すなー。戦ったら私より強いかも知れない。
「ありがとう、イブリス。ちょっと油断した。」
しかし、どうしよう。打撃は効かないし、何かあの感じだと斬撃も効果有るのかどうか怪しいんだよねー。火炎攻撃も海中だと効かなそうだよなー……。
黒玉がちょっと頭を
「電気流してみようか?」
でかいからどれ程の電流を流せば良いのかわからないけど、とりあえず落雷程度の、1億ボルト、10万アンペアレベルでいってみよー!
「魔導リアクター!」
「僕も、魔導リアクター!」
私とイブリスは、足元に大量にある海水を使ったプラズマで魔導リアクターを展開し、海中に電気を流してみた。
「「あばばばばばば!!」」
あ、あっちの方でイオネとヒドラが感電している。
「中止中止! イブリス中止して!」
「「酷いよー!」」
イオネとヒドラに抗議を受けてしまった。
駄目だ、電撃は広範囲に被害を齎してしまう。海水が電気を通し安過ぎるんだ。
電流の大部分は、クラーケンの体を通るよりも、外側の海水中を流れて行ってしまって、大したダメージは与えられない様だ。
今ので動かない所を見ると、ちょっとビリビリした程度だったのかも知れない。
さーて、困ったぞ、どうしよう。
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