第150話 ネレイスのイオネ

 「そして、お前は本当はヒドラでも大海蛇でも無いんだろう?」


 「…………」



 無言で睨み合う事、暫し。

 ヒドラが徐に口を開いた。というか、テレパシーを発した。



 『--良く判ったな、流石だ。--』


 「うん、だって、海中にそんな巨体の反応は無かったしね。私達の前に姿を現す瞬間に変身したんでしょう?」


 「その通りだ。私はネレイスのイオネ。ここに人が近づかない様に見張っている。」



 イオネは、ヒドラの姿から、美しい女性の姿へ変わり、その口で話し出した。

 ネレイデスも精霊種で、海を守る、ドリュアデスみたいな立場の存在っぽい。ちなみに、変身能力持ちだ。



 「何故人を追い払うの? ここは元々人間が漁をするための漁場だよ。争いたくは無いので、他へ移動して貰えると助かる。」


 「…………」



 イオネは、少し躊躇った様だが、ポツリポツリと事情を話し始めてくれた。



 「今、ここには大勢のネレイデスが身を寄せているの。」



 イオネの話によると、棲家を追われたネレイデスが大勢、この岩礁地帯に隠れているのだという。

 では、何に追われたのかと言うと、ヒドラが急に現れて、捕食し始めたらしい。



 「だから、ここに人間が侵入しない様にしてたんだね。」


 「ええ、私達だけなら他へ移動すれば済む事なのだけれど、人間がこの先へ行ったら危険なので、ここで止めていたのです。」



 えー、自分達だけじゃなくて、人間の漁師達の身の安全も気遣ってくれていたの?

 なにこの優しい世界。



 「べ、べつに、人間の為だけにやってた訳じゃないんだからね!」



 何このテンプレートみたいなツンデレ。略してテンデレか。



 「はーい、後ろの岩礁の陰で聞いてたんでしょう? ギルド長。」


 「あ、ああ……」



 背後の岩礁の後ろから、3艇のボートが出て来た。逃げたのに私のボートだけが着いて来ないので、心配になって戻ってみたら、何やら海の精霊と話し込んでいたので、岩陰からこっそり聞いていたのだそうだ。

 堂々と戻って来いよ。



 「まあ、聞いていたのなら話は早いや。私はちょっとヒドラの所へ行って、退治してくるよ。」


 「まさか、巫山戯るなよ! そんな事をさせられる訳無いだろうが!」


 「大丈夫大丈夫、私は強いからね。」


 「駄目ですよ。子供が強がってどうにか成る相手じゃありませんよ、ヒドラは。ランク5以上のハンターが10人以上、それも水中戦闘が出来る人に限るのよ! しかも、未だ嘗てヒドラと戦って勝ったという記録は無いの。」



 そうなんだ? でも、すぐ戦闘をするつもりは無いんだ。まずは話し合いだよね、話し合い。

 私は、この人達の了解を得る必要は無いんだし、これはクエストでも無い案件だ。もしも戦闘になった場合、足手纏なので、この人達は置いて、勝手に飛んで行ってしまおう。



 「大丈夫だって、私達は飛んで行くので、ボートは帰しておいて下さい。」


 「「「えっ? 飛んで行く?」」」



 私とイブリスは、ボートの上からふわりと飛び上がると、魔力でイオネを引き寄せて、3人でその件の場所の方向へと飛んだ。



 「あ、あなた達、凄いのね、空を飛べるなんて。」


 「まあね、それより、場所を教えてくれない?」



 イオネの言う海域は、島から北東方向へ100リグル程(約160キロ)程沖合の辺りだと言う。

 見渡す限り360度が海で、目印が何も無いので、上空からだと全く位置が分からない。

 イオネを海に降ろして、海底地形を確認してもらう。



 「間違いありません。この付近です。」



 海上の景色は何処までも真っ平らな海が広がっているだけだけど、海底は海溝あり、海底山脈あり、火山ありの結構起伏に富んでいて、海の中の住人なら位置の特定は容易だそうだ。


 私は、魔力サーチを0.5リグル(800メートル)の限界一杯まで広げて、海の中で動く大きな生き物が居ないかを探って見た。

 凄く分かりにくい反応だけど、巨大な影が幾つか居るのが分かる。

 うーん、集団で幾つもが移動しているのは、クジラ……かな? 大きな影に見えても、イワシみたいな魚の群れは、一匹の大きな生物みたいに見えちゃうんだよね。魔力サーチの精度はそんなに精密じゃないんだ。


 あれ? こっちに向かって物凄いスピードで近付いてくるのが居る。

 私は、直ぐにイオネを海中から拾い上げ、その影が近くに来るのを待つ。

 海中を高速で移動して来たその影は、私達の足元で止まり、海上に頭を突き出した。

 全部で9つの頭を持つドラゴンのヒドラである。


 そもそも、ヒドラは竜族であって魔物じゃないのだから、戦う理由が無い。戦っちゃ駄目な相手だ。

 イオネ達ネレイデスと敵対する相手でも無いはずなんだけどな、何か事情が有るんじゃないのかな?



 「でも! 私達は、ヒドラに噛まれて傷を負いました。食べられる所だったんですよ!」


 『--た、食べないよ!--』



 うーん、この。キャラが何だかおかしいぞ。



 「おーい、ヒドラよー。お前は何でネレイデスを襲ったんだい?」


 『--襲って無いよ! 逃してあげたんだよ!--』


 「でも、噛まれて何人もが怪我をしましたよ!」


 『--危ない方へ泳いで行こうとするから、優しく咥えて退かしてあげたんだよ!--』


 「ヒドラさん、お口をあーんしてみて?」


 『--あーん。--』



 何このヒドラ。見た目がすっごく恐ろしいのに、めっちゃ素直な良い子。



 「うーん、その肉食竜特有のナイフみたいな鋭い歯で咥えたら、どんなにそっとでも、鱗の無い、肌の柔らかいネレイデスは傷だらけに成ると思うよ。」


 『--えっ、そうなのか? それは済まない事をしちゃったな。大丈夫か?--』


 「まあ、回復魔法掛けましたから、傷も残らず綺麗に治りましたけど? 喰われると思って凄く怖かったんですからね!」



 これで両者の誤解は解けたかな?

 やっぱりね、ちゃんと話し合わないと駄目だよね。

 ところで、危ないって言っていたけれど、この海域に何があるのかな? 見た所、平和な海に見えるけどな。



 『--あのね、クラーケンが出たの。--』


 「「「クラーケン!?」」」



 おうふ。ヒドラの次はクラーケンかー。

 タコとかイカの怪物だっけ?



 『--巨大なイカの怪物じゃな--』



 お? お師匠か。そっか、イカなんだ。



 イカとタコは、実は貝の仲間が進化したもので、貝殻の退化した、ゼロ枚貝というものなんだそうだ。オウムガイという貝が居るが、タコやイカの様に、多数の触手を持っている。それの貝殻の無くなったものと考えると良いと思う。タコの方は、完全に貝殻の痕跡は無く成っているのだが、イカは体内に貝殻の名残である、骨の様な物が残っている。

 また、タコとイカの触手に有る吸盤は、似て非なる構造をしていて、タコは一般的な吸い付く為の文字通り吸盤であるのだが、イカは吸盤内部に爪というか歯の様な構造を持っていて、吸い付くというよりは爪で引っ掛けて握る様にしてくるので、大型のイカに絡みつかれると、傷だらけ血だらけになってしまう場合があるので注意が必要だ。



 この世界のクラーケンは、巨大なイカの化け物だそうです。

 じゃあ、そのクラーケンとも話し合ってみましょうかね。



 『--あら、クラーケンは魔物よ? 話し合える様な知能は持っていないわよ。--』


 「えっ? そうなの?」


 『--そうだよ、クラーケンは何でも喰うことしか考えていないよ。だから、ネレイデスを逃してあげたんだよ。--』



 このヒドラ、めっちゃ良いやつ。

 優しい世界だ。


 お師匠やヴィヴィさんに聞いた所によると、クラーケンは、動くものを見境なく襲って食いつくらしい。船なんかも獲物だと思って食っちゃうんだって。クラーケンに襲われて沈められた船はいっぱいあるそうだよ。



 「じゃあさ、そのクラーケンを私達が退治してあげるよ。そうすれば、ネレイデスはここに帰れるし、人間も漁が出来る様に成るよね。」


 『--えっ!? お前がか? あいつ、めちゃくちゃ強いぞ?--』


 「大丈夫、大丈夫、私は強いからね。」


 「駄目よ! あなたは子供にしては魔力の有る方だと思うけど、海の魔物を舐めては駄目!」



 イオネが凄い止めて来る。

 でも、イカの化物なんて、岩竜プロークよりは弱いでしょ。なんとかなるって。




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