第134話 白玉

 黒玉を生成し、それに見入る少女の顔は、微かに微笑んでいる様に見える。

 少女が黒玉と呼ぶ、底なしの穴に吸い込まれて行く様々な物質が、断末魔の様に光を発し、崩壊して行く様に魅入られている。



 『!--それは……世界を滅ぼす力……--!』


 「……」


 『!--少女よ。もう良い。お前の力は良く分かった。今直ぐそれを止めなさい。--!』


 「…………」



 こちらの声が届いていない。

 空気が吸い込まれる暴風音や大地が崩壊して行く破壊音でこちらの声がかき消されているのか。

 いや、ユーシュコルパスの声はテレパシーだ。直接脳へ声が届いているはず。

 だとすれば、意識を失っているのか、黒玉生成に集中しすぎるあまり、他の情報はシャットアウトされているのか。又は、音声もテレパシーも、この世の全ての情報は黒玉へ吸い込まれて行ってしまうのか。

 まるで、あの黒い穴は魂さえも飲み込んで行くかの様だ。

 このままでは、このテーブルマウンテンだけではなく、この白い大陸、そして、この星自体も全てが重力の井戸の底へ沈められ、虚無と化してしまう。



 『!!!!!--少女よ! 止めろ!--!!!!!』



 ユーシュコルパスは、ありったけの魔力をテレパシーに乗せて、ソピアの脳を打った。



 「はっ!!」



 意識が戻って来た。

 ユーシュコルパスは、再度ソピアに呼びかけた。



 『!!!--今直ぐにその魔法を止めるのだ!--!!!』


 『!!!--……う! あ、止まらない。さっきから止めようとしているの。だけど、勝手に成長して行く。--!!!』



 足の下を見ると、巨大なテーブルマウンテンが球状に抉られている。

 物質を吸い込み、質量を増す毎に黒玉は成長をして行く。


 ブラックホールの蒸発現象というものがある。

 マイクロブラックホールでは、事象の地平面近傍で、粒子と反粒子の対生成・対消滅が頻繁に発生している。

 対生成とは、対消滅の逆で、エネルギーの集中が物質を生み出す現象だ。その時、物質と反物質が対になって生成される。

 反物質が事象の地平面を越えて内部に落ち込む時、物質はブラックホールの外へ弾き飛ばされる。

 内部へ落ち込んで行く反物質により、中心にある質量は食われ、やがてブラックホールをは崩壊する。


 巨大ブラックホールではあまり影響の無いこの現象は、マイクロブラックホールではその影響は大きく、重力を維持しきれなくなったブラックホールからは、粒子が逃げ出して行ってしまう。この粒子の放出を、ホーキング輻射と呼ぶ。

 ホーキング輻射が始まれば、中心質量は更に減少を続け、雪崩の如く、その質量エネルギーを失い、最後にはガンマ線バーストという、爆発的エネルギーの放出により終演を迎える。


 今この星の運命は、ブラックホールに食い尽くされて滅ぶか、ブラックホールの蒸発によりガンマ線バーストに晒されて滅ぶかの2択となった。



 『!!!--いやだ! どうしよう! ユーシュコルパス! 助けて!--!!!』


 『!!!--ソピアよ、我の力だけではこの事態を抑え込む事は出来無い。そなたの力と我の力を合わせるのだ。--!!!』


 『!!!--どうするの!?--!!!』


 『!!!--その黒玉へ落ち込むエナジーの回廊を探している。入り口があるのなら、出口も必ず有るのだ。その黒玉の出口側を見つける。力を貸せ!--!!!』


 『!!!--ホワイトホールね!--!!!』



 私は地竜ユーシュコルパスと意識を同調させ、黒玉の内部空間へ向け、その出口を必死に探していた。

 私は自分の魔力でユーシュコルパスの魔力を掴んで、何時でも引き戻せる様に構える。ユーシュコルパスは、私に全てを預け、黒玉の中へダイブする。

 私が安全索で、ユーシュコルパスが作業員の関係だ。全力の魔力を注ぎ込み、お互いに役割を分担する。どちらかが欠けても不可能な作業。


 ホワイトホールは、ブラックホール解の時間反転式によって、一般相対性理論上でその存在を予言されている。

 全てを吸い込む重力の穴がブラックホールならば、ホワイトホールは全ての物質を放出する穴なのだ。

 ブラックホールとホワイトホールは、ワームホールというチューブによって繋がっていると言われている。

 ブラックホールが吸い込み、そのエネルギーはワームホールを通ってホワイトホールから吹き出す。

 必ず対と成る入り口と出口が有るはずなのだ。

 二人は今、ありったけの魔力を使い、その対と成る出口を必死に探していた。


 地竜ユーシュコルパスは、ソピアの作った黒玉の内部からワームホールを辿り、ソピアが黒玉と呼ぶこのマイクロブラックホールと対になる出口である、ホワイトホールを見つけようとしていた。



 『!!!--ホワイトホールを見つけたらどうするの?--!!!』


 『!!!--…………--!!!』



 ユーシュコルパスは答えない。未だ見つからない様だ。



 『!!!--見つけた!--!!!』



 地竜ユーシュコルパスは口を開け、その前方に白く輝く白い玉を出現させた。

 マイクロホワイトホールだ。これをどうするというのか。



 『!!!--入り口と出口を繋ぎ、一つの円環状の閉鎖系を構築して封じる。--!!!』



 ユーシュコルパスの吐き出した白玉は、ソピアの黒玉へと近付いて行き、2連星の様に回転を始める。

 ホワイトホールの吐き出す物質をブラックホールが吸い込み、重力は安定し、今まで荒れ狂っていた嵐は止み、歪んでいた空間は、ふっと元に戻った。



 『!--はあああー。ヤバかった。もう駄目かと思ったー。--!』


 『!--まだだ。未だ終わりでは無い。--!』



 眼の前で激しく回転する、黒と白の2つの玉。

 その回転速度が徐々に早くなって来ている。


 ここで遥か遠くへ避難していたお師匠達が戻ってきた。



 「ふう、やれやれ、とんでも無い目にあったわい。」


 「世界がひっくり返るのかと思ったぞ。」


 「ソピア! もうあの魔法使っちゃ駄目! 封印!」


 「う、うん、みんなゴメンね。まさかこんな事になるなんて……」



 お師匠とプロークは、私とユーシュコルパスとの間で激しく回転する2つの玉を興味深げに観察している。



 『!--少女よ、気を抜くで無い。まだ終わりでは無いぞ。--!』



 2つの二連星となった球体は、その公転速度を徐々に速めて行っている。公転半径も徐々に小さくなって来ている様だ。

 お互いがお互いの方向へ墜落して行っているのだろう。



 「これが最終的にゼロ距離になって、合体してしまったらどうなるの?」


 『!--うむ、宇宙開闢の瞬間に立ち会えるだろうな。--!』



 何を他人事みたいに言っているの!

 要するに、ビッグバンが始まるって事を言っているんでしょう!?

 いやいや、助かってないじゃん! どうすんのこれ!?


 宇宙の終焉って、こんな感じなの?

 何の心構えも無く、いきなり、唐突に、誰かのミスに寄って急に終わってしまうの?



 「ふう、やれやれ。とんでも無い瞬間に立ち会ってしまう事になったもんじゃ。」


 「うむ、宇宙の終わりと始まりが同時に、この場で起こるのか。実に興味深いのだが、我の意識はそれを見届ける事が出来るのであろうか。」


 「ちょっと! 何で皆悟った様な事言っちゃってるのよ! 何でそんなに落ち着いているの!? 私は嫌だよ! まだやりたい事いっぱいあったのに! こんな所で死にたくないよー! うわーん!!」



 ケイティー1人が取り乱しているけど、人の力ではどうし様も無い事を前に、あたふたしたって始まらない。ただ受け入れるのみだ。



 「ソピアのバカー! バカー! 責任取ってよ!!」


 「うん、私に出来る事ならどんな責任でも取るよ。」



 ケイティーが泣き叫んでいる。

 私に出来る事なら、どんな慰めでもしてあげるけど、それは全部意味の無い事になってしまうんだけどね。だって、全部無に帰っちゃうのだから。空気も大地も海も、宇宙の星も自分の体も全ての物質も、長い王国の歴史も皆の思い出も魂さえも全ての情報は、全て純粋なエネルギーへと変わり、次の宇宙はエネルギーは対生成によって、新たに生み出された物質に変換され、新たな宇宙は真っ更な新しい物質で作られるのだ。

 つまり、全リセット。データのセーブも無し。前作のデータも引き継げません。ニューキャラクターで新しい冒険を楽しもう。


 大洪水に全部飲み込まれるとか、恐怖の魔王が降って来るとか、太陽が爆発するとか、人間の力ではどうしようも無い事に直面した時って、何か泣き叫んだり慌てたりする気も失せてしまう。だって、全てが無駄なんだから。

 ケイティーは泣ける分だけ、まだ希望を持っているのかな。



 『!--出来る事はあるぞ。--!』


 「「「「えっ!?」」」」



 ユーシュコルパスの言葉に私達は虚を疲れた。



 『!--お前等、何を勝手に悟った様な事を言っているのだ? 早くしないと時間が無くなるぞ?--!』


 「どういう事よ! 助かる方法が有るの!? 教えなさい! 教えなさいよ!!」



 ケイティーがユーシュコルパスの髭に掴みかかって揺さぶっている。

 それ……、神竜だよ? 取り乱すにも程が有るよ?



 『!--ゼロの領域ヌルブライヒの扉を開いて、そこへ放り込め。--!』


 「え? なにそれ? 魔導倉庫の事?」


 『!--違う。お前達が此処へ来る時に入ってきただろう? 早くしないと、終わるぞ。--!』


 「うわあああ!!!」



 私は、大急ぎで謎空間の壁を破り、2つの玉をその穴の中へ放り込んで穴を閉じた。


 「……」


 「…………」


 「………………」



 爆発音も何も聞こえない……。



 「えっ? 終わり? 終わったの!? わーい!、やったー!! ソピア! やったー!!」



 ケイティーが抱き着いて来た。

 終わったの……かな?

 こんな呆気無くていいの?

 さっきの私達の覚悟はなんだったの?




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