第133話 地竜ユーシュコルパス

 「居た!」



 私は、その彼方に点の様に見えた物体へ、スッと近寄った。

 それはまだ生まれて間もない様に見える、竜の子供だった。

 驚いた事に、それは、こちらに気が付いた様だった。

 天に向かって一声吠えると、左前足の上げ、その爪で空間を切り裂いた。

 私達は、有無を言わさず、極寒の白い世界に引きずり出されてしまった。

ヤバイ。予め防寒着を着ていて正解だった。


 皆のしている宝珠の指輪が虹色に輝き、光が目まぐるしく回転している。



 「この幼い竜が、地竜ユーシュコルパスで間違いは無い様ね。」


 「ユーシュコルパスよ、わしじゃ、ロルフじゃ。覚えておるか?」


 『!--ロ、ル……フ。覚えて……居る、ぞ。--!』



 地竜ユーシュコルパスは、幼竜とはいえ、馬位の大きさがある。

 それが、短刀の様な牙の生えた、大きな口をくわっと広げ、私達が反応するよりも速く、素早い動きでお師匠の頭を咥えようとして来た。

 噛まれる! と思ったのだが、お師匠は避ける動きは一切せず、その場に突っ立ったまま不動を貫いた。

 牙がお師匠の頭に突き刺さる! と思ったその時、ユーシュコルパスは顎の力を抜き、口を閉じる事無く、頭を引いた。



 『!--久しぶりだな、ロルフ。随分と老けおったな。--!』


 「お主は、随分と可愛い姿に成ってしまったな。」


 『!--言うな。くぁっはっはっは。--!』


 「ユーシュコルパス様、お久しぶりで御座います。」


 『!--お前は……プロークか? 世界の観察者にして記録者。そのお前が何故人の姿をしておる?--!』



 プロークが世界の観察者にして記録者? えー、そんな偉い感じだったの? 地の血族の端くれとか言ってたくせに。



 「はい、新しく主を得ました故。」


 『!--ふむ……--!』



 ユーシュコルパスは私の顔をじっと見つめた。



 『!--お前達、とんでもないモノを連れて来たな……お前達は気付いているのか?--!』


 「何の事じゃ? ユーシュコルパスよ。プローク、お主は何を知っておるのか?」


 『!--今は未だ、明かす時では無いだろう。ロルフよ、この者を正しく導けよ。--!』



 ユーシュコルパスが勿体付けている。何なの?

 私に何が有るっていうの? 実は私って凄いの? 神竜が認める位だから、凄いのね? 神竜品質!



 「これ、調子に乗るでない。」



 お師匠にコツンとやられた。てへっ。



 『!--お前の力を見せてみろ。我が地の一族の岩竜を従える程のその力をな。--!』


 「えー、また私が戦わなくちゃならないの? やだなー。」



 マジでか。私から仕掛けた事なんて、一度も無いのに。何時も貰い事故みたいなものなのにー。

 ていうか、コイツに私の力を見せる必要なんてあるの? 私に何の得があるっていうのさ。



 「こ、こら、ユーシュコルパス様にコイツなどと……」


 『!--はっはっは、元気があって良い。自信が無いのなら、無理にとは言わんぞ?--!』



 くっ、煽ってきたよ。子竜のくせに! その手には……乗ってやるよ!



 「待て、ソピアよ、転生したばかりで見た目は子竜だが、創世記より生きておる、最古の始祖竜なるぞ!」


 『!--どうした小娘。怖気付いて泣いて帰っても、誰もそなたを咎めぬぞ?--!』



 くーー、やっすい挑発ががが。分かっててもイラッと来るー!!



 「やってやる! やってやるよ!! お望みならね!!」


 「こ、これ、ソピア! 自重せんか!」


 『!--構わぬぞ、出来るものならやってみろ。小娘如きに何か出来るのならな。--!』


 「皆、危ないから離れてて! 熱電撃で黒焦げにしてくれる! 魔導リアクター!!」



 地面を覆っている大量の氷を消費し、巨大な魔導リアクターを生成した。

 空中に浮かび、地竜に向けて電撃を放つ。



 ピシャアッ!! ドドーーン!!!



 ユーシュコルパスは、私との間に、地面から氷柱を生成した。生成したというか、大地の氷を円筒形にくり抜いて持ち上げただけなのだか……

 電撃はそこへ吸い寄せられるように落ち、ユーシュコルパスへ届かない。電圧が数億ボルトにも達すれば、導体とか絶縁体だとかの区別は、最早関係無い。間に地面から突き出た突起を作られてしまえば、例えそれがゴム製だろうと稲妻は近い所へ向かって落ちてしまうのだ。

 位置を変える様に移動してみても、幾つもの避雷針を立てられ、全く電撃は、効果を成さなかった。


 くっ、流石に神竜ともなれば電流を知っているのか。

 じゃあ、EML攻撃だ!

 頭上の魔導リアクターにプラズマを送り込み、巨大化させた。

 ユーシュコルパスは、冷たいブリザードのブレスを吐き、私を凍り付かせようとしてくる。温度は氷点下100度以下にもなろうという冷気だ。

 実際、温度というのは、分子の振動量だ。お師匠や私は分子の運動量を魔力で加速して、オークを焼いたり青玉を生成したり、魔導リアクターに使うプラズマを生成したりしている。

 だけど、魔力で分子運動を加速できるのなら、抑えることだって出来るのだ。ユーシュコルパスの冷凍ブレスは正しくその分子運動を抑える、魔力による攻撃なのだ。


 私は、その冷気攻撃に晒されたが、魔力の祖力障壁により、ブレスは私までは届かない。

 しかし、異変は起こった。魔導リアクターの輝きは、急速に失われて行き、電流の生成は止まってしまったのだ。

 そして、遂には魔導リアクターも消滅してしまった。



 「!!! ……これは、どういう事!?」


 「ううむ、この極寒の世界では、剥き出しのプラズマはその相状態を保てないのじゃろう。」



 ケイティーの疑問に、お師匠が答えた。

 そうなのだ、プラズマが剥き出しの状態で回転している魔導リアクターは、そのプラズマを維持するための熱量を外部に奪われ易い。普通の生活圏内での温度変化位であれば、全く問題なく稼働出来るのだが、この極寒の世界で、しかも神竜の吐き出す冷気のブレスを浴びては、長時間の維持は難しかった。

 ユーシュコルパスは、魔導リアクターの構造をひと目で見破り、冷気を操って消滅させたのだ。

 頭に血が登っていたとは言え、あまりにも向こうに有利なフィールドでの戦闘である事に、今更ながら気が付いた。


 電撃を使え無いとなると、私に残された攻撃手段は、もうあれしか無い。



 「皆、出来るだけ遠くまで逃げて! 黒玉を使う!」



 私は、黒玉生成を宣言した。

 ケイティーが悲鳴を上げた。

 興味が先行し、近くへ寄って見ようとするお師匠の髭を引っ張り、全速力で遠ざかる様に泣きながら訴えている。

 その鬼気迫る迫力に、危険性を感じ取ったお師匠は、ケイティーとプロークを連れたまま、音速で遠ざかって行く。

 魔力探知で、十分離れたのを確認した後、私は黒玉の生成に入った。


 重力が一点に集中し、重力レンズが発生。

 一点を中心に魚眼レンズを通して見た様に景色が歪む。

 空気が突風の様に中心へ吸い込まれて行く。地面の氷もめくれ上がる。

 やがて、中心に黒い点が現れ始めた。








 音速で飛行するロルフの服に、ケイティーは必死にしがみついていた。

 背後で黒玉が発生した気配を感じたその時、急に進行方向の地面がせり上がった様に感じた。

 上下感覚がおかしい。

 今まで水平に飛んで居たと思ったのが、急に垂直に上昇している様な錯覚に見舞われた。








 ロルフは、ケイティーの言う通りに音速でソピアから遠ざかった。

 黒玉という魔導は一度も見た事が無い。正直、危険だという忠告よりも、興味の方が勝る。もっと近くで観察してみたいという誘惑に駆られる。しかし、過去3回も見たケイティーが、必死に逃げる様に懇願するのだ。もっと速く、もっと遠くへと。

 観察者であるプロークも興味を持った様だが、何か、第六感の様な物が、大音量でアラートを鳴らせている。

 自分の飛行術で浮かんでいたプロークを強引に引張り、音速でその場を離脱する決断を、一瞬で選択した。

 ロルフは、その歳相応の長い戦闘経験から、危険を察知する自分の直感を信じ、それに従ったのだ。


 ちらと後ろを覗き見ると、背後の空間が歪んだ様に感じた。

 と、次の瞬間、地面がせり上がった。

 垂直の壁と成った様に見えた。

 足の下方向に強力な重力が発生した為、三半規管が足の下方向を『下』だと誤認した結果の錯覚なのだが、まるで垂直に切り立った氷の崖を上方向に全速力で登っていっている様に感じる。

 推力が足りなくて、落下して行く様な錯覚さえ覚える。



 「プローク! 済まぬ。推進力が足りぬ。力を貸してくれ!」


 「心得た!」



 プロークとロルフの二人掛かりで、その強力な重力から逃れようと力を会わせる。

 徐々に強さを増してくる重力に捉えられ、前に進んでいるのか後ろへ下がっているのかが全くわからない。

 地面の雪煙が物凄い勢いで下方へ流れて行くのを見ると、一見前進している様に見えるのだが、確実には後方へ引っ張られているのは間違い無い様に思える。何故なら、先程から左側に見えている岩山が徐々に前方に移動して来ているのだから。

 岩山が動いているので無ければ、自分が下がっているのだ。


 プロークと二人掛かりで全力で前進しているのだが、如何に大賢者や竜とて、無限に魔力が続く訳ではない。

 やがて二人の魔力は切れ、して行った。



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