第135話 地竜の庭

 ふうぅぅぅぅ、何この脱力感。

 こんな呆気無く終わっていいの?



 『!--我は気を抜くなと言ったぞ。--!』


 「あ、うん、ごめんちゃい。」



 だったらさ、最初から黒玉を謎空間へ放り込んじゃえば済んだんじゃないの?

 あそこに隔離しちゃえば良かっただけじゃん? 簡単だったじゃん?



 『!--うむ、その場合どうなっていたかは、お前ならば想像が付くのではないかな?--!』



 そうだ、ブラックホールが向こうで成長していれば、扉を開いた瞬間に吸い込まれて一巻の終わりだった。

 逆に蒸発していれば、ガンマ線バーストで丸焼きかのどっちかだっただろうな。


 ん? でも、ビッグバンはどうなるの? これ以上の爆発エネルギーって無いでしょう。

 扉を開いた瞬間に恒星が飛び出してきたりしない?

 温度は100兆×100兆度、僅か1ミリ程度のサイズが、1000億光年のサイズまで拡大する程のエネルギーなんだから、うっかり扉を開いてそのエネルギーの一部でも、ほんのちょっと漏れただけでもこの星は崩壊するよね?


 とはちょっと思ったんだけどね。

 でも、ビッグバンが起こってから宇宙が出来るまでの時間って、1兆分の1の、その1兆分の1の、さらに10億分の1秒とか、そんな時間なんだよね。狙ってその瞬間を見るなんて、よっぽどの事が無ければまず不可能でしょう。



 「ちょっと開けてみる?」


 『!--まだ始まっていなかったら?--!』



 うーん、やめておこう。

 皆がハラハラしながらこっち見てるし。

 中では既にビッグバン終わっているかなー? まだかなー? 怖いな怖いなー。

 怖いもの見たさで、ちょっと開けてみちゃおうかな?



 「「「『やめろ!』」」」



 皆に怒られた。

 でも、どうやって帰る? 飛んで帰るしか無くなるよ?

 まあ、飛んで帰ればいいか。てゆーか、魔力使い果たしちゃったんだけど。



 「ああ、わしもじゃ。あの重力から逃れるために、全魔力を振り絞ってしまったわい。」


 「我もだ。生まれてこの方数千年、こんなに焦った事は無いぞ。」



 うーん、皆魔力はスッカラカンみたいだね。

 半日位休まないと、魔力は回復してこないから、何処かにテントでも張って、中で休もうか。



 『!--それなら、我の棲家へ来ると良い。--!』


 「えっ!? 神竜の棲家に招待して貰えるの!?」



 神竜の棲家が分かれば、次からは簡単に遊びに来れるぞ!



 『!--お前、簡単に遊びに来るつもりなのか?--!』


 「うん! だって、もうマブダチでしょ?」


 『!--何だそれは、知らぬぞ?--!』


 「えっ? 知らない? 反目し合ったライバルが、全力で殴り合った結果、お互いを認め合って友情が芽生えるってやつ。王道だよね?」


 『!--聞いた事は無いな。人間は面白いな。--!』



 神竜ユーシュコルパスに案内されて向かったのは、崩れかけの洞窟だった。

 消失領域は此処までは及んでいなかった様だけど、黒玉の強力な潮汐力によって、頑丈な岩盤にも亀裂が入ってしまっていて、今にも崩れ落ちそうだ。

 ユーシュコルパスは、大きな亀裂を一通り観察した後、魔力でずれた岩をピッタリ合わせ、熱を発生させて溶かしてくっつけてしまった。岩って溶接出来るんだ? 知らなかった。

 竜って、洞窟に棲むものなのか。プロークみたいに光り物集めてたりするのかな?



 『!--何だ? 我のコレクションに興味が有るのか? やらぬぞ。--!』


 「うん、要らない。」


 『!--な、なんだと! 我のコレクションを見て驚くなよ!--!』



 洞窟の中を進むと、急に開けた場所に出た。

 当たり一面、草花が生え、木が生い茂り、気温も温かい。柔らかな木漏れ日の中を小鳥や蝶も飛んでいる。森には野兎も見える。まるで人間を警戒している様子が無い。外の環境とはまるで違っていて、異世界かと思う程の変化にびっくりした。



 「こりゃあ、驚いたわい。」


 「あっつ。防寒着脱ごう。」



 私達は、毛皮の防寒着を脱いだ。

 ふう、体が軽い。動き安い。

 しかし、一体ここはどうなっているのだろう? 外が極寒なんだから、入ってくる空気だって氷点下の筈だよね。なのにこの気温は一体……

 ファンタジー映画とかで、こういうのは見た事が有るけれど、実際に体験すると驚くよ。



 「まるで異空間じゃな。この温度は火山の地熱か何かなのじゃろうか? この陽の光は一体?」



 上を見上げると、所々岩の天井が見えるので、洞窟の中の空洞である事は分かる。

 斑にだけど、ほぼ天井全体が光っていて、その光が射しているのだけど、これは何だろう?

 最初、岩に穴が開いていて、外の光が射しているのかと思った。外は極寒の世界とはいえ、ピーカンだったからね。その太陽の光なのかなと思ったんだ。だけど、岩に穴が開いていて外の光が入っているとすると、中がこんなに穏やかな気候の訳が無い。

 もしそうなら、温かい空気は、天井から抜けて、洞窟の入口から冷気が吹き込んで来ている筈だからだ。だけど、ここは無風状態で、外から冷気が流れ込んで来ている様子は全く無い。腰のポーチから遠眼鏡を取り出して、良く見てみると、岩が光っているのが分かった。私はこの光り方をする岩を知っている。



 「天井一面が太陽石なんだ。」


 「なんと、じゃが、魔力が奪われる感覚はまるで無いが……」


 「うん、全部フルチャージ状態だね。この光が証拠。ユーシュコルパスの魔力を吸って光っているんだ。」



 しかし、洞窟の中がこの様な環境に成っているというのは驚きだ。

 樹木や草に鳥や動物達は、一体何処から来たのだろう? ユーシュコルパスが連れて来たのか? いや、外のあの温度では、連れて来る間に凍死してしまうだろう。わざわざそんな事をする理由も無いし。



 『!--ここに居る生き物達は、元々この大陸に棲んで居た者達なのだ。ほんの一部だがな。--!』



 ユーシュコルパスは少し寂しそうに言った。



 お師匠とプロークの話によると、元々この大陸は緑豊かな地だったそうだ。

 事実、ユーシュコルパスは、豊穣と清浄の守り神であったのだから。

 では、何故今この様な極寒の世界に成ってしまったのかと言うと、ユーシュコルパスのフォールダウンが関係している。

 豊穣と清浄のエネルギーは反転し、荒廃と腐敗となり、大地と大気を腐らせた。

 直ぐ様、多国籍・他民族・多種族の混成軍が編成された。それまで啀み合っていた多くの国や種族が、共通の敵に団結したのだ。

 平時なら、反対する者が必ず現れて、敵対勢力と力を合わせるなど、何年掛かっても纏まらないグダグダの状態になる所を、喫緊の脅威に直面して反対の意見など何処からも出様が無かったのだ。それ程、邪竜の出現は全世界の脅威であったのだ。

 隣で憎い隣国の兵士が戦っていたとして、ドサクサに紛れてちょっと足を掬ってやろうなんて考えを出せば、それは即自分の命に関わる。それくらい切羽詰った状況になっていたという。邪竜を討伐した直後は、長年憎しみ合った人間と魔族でさえ、抱き合って喜びあったと聞く。


 地竜のフォールダウンの影響で、この大陸は腐り、荒廃し、草木一本生えない死の大陸となってしまった。

 大陸が、全部だよ? たった1頭の竜のせいで。すごない?

 1頭の竜が血迷ったせいで、南米大陸が全滅、みたいな感じなんだよ、きっと。


 邪竜を斃した後は、その腐った大地を魔導師達が何十年も掛けて浄化して行ったというのは、ずっと前のバシリスコス騒動の時に話した通り。

 バシリスコス程度の規模なら、表土を剥ぎ取っても徐々に回復して行くのだろうけど、大陸全部となると、砂漠化必至なんだよね。

 そう言えば、南極大陸は、分類上砂漠らしいよね。年間降水量が何ミリ以下とかで、気温は関係無いらしい。

 この大陸は、砂漠と成り果て、ちょうど地球の南極と似た様な状況に成ってしまっている様だ。

 腐った大気は、気候を激変させ、極寒の地へと変貌させてしまった。

 砂漠化と極寒のダブルパンチだ。それまでは緑豊かな動植物の楽園であっただろうに、なんという変わり果てた姿に成ってしまったのだろう。


 転生したユーシュコルパスは、再びこの地へ戻り、大陸中を彷徨っては生き残った命の種を見つけ、この洞窟へ運んで育んでいるのだ。

 現在この洞窟内は、一つのビオトープの様に、生態系の循環が出来ている。一つの食物連鎖のサイクルが完成している。

 大陸が何時の日か再生した時には、ここの動植物達も外へ出る日が来るのかもしれない。



 広い洞窟内を進んで行き、ユーシュコルパスは、一つの横穴の中を覗いてみろという。

 言われた通りに覗いてみると、そこには金銀財宝が積まれていた。



 『!--我のコレクションだ。どうだ、驚いたか?--!』



 私は、プロークと顔を見合わせ、軽く頷いた。



 「うん、凄いね。かっこいー。」


 「あー、おほん、ユーシュコルパス様。素敵ですよ。」


 『!--何じゃ何じゃ、その反応は! もっと感動したらどうなんだ! それとも、あまりの凄さに呆けておるのか?--!』


 「う、うん、そうそう! そうなんだよ。ねっ、プローク。」


 「あ、ああ……」



 ヤバイわー。プロークの10分の1にも満たないなんて、口が裂けても言えないわー。



 「ちょっ! ソピア!」


 『!--なんじゃと! プローク! お前のコレクションを見せてみろ!!--!』



 ヤバイ。また口に出しちゃってた!?



 「畏れながら我が神ユーシュコルパスよ。我の財産は、そこのソピアと眷属の契を交わした折、全て譲渡してしまいました。」


 『!--なんと!--!』


 「あっ!!」


 『!--どうしたのだ?--!』



 そうだった。プロークの財産は、謎空間に仕舞ったままだったんだ! ビッグバンの素を放り込んじゃったけど、無事なのかな?

 ゼロの領域ヌルブライヒだっけ?空間自体が壊れてないかな?



 『!--うむ、ゼロの領域ヌルブライヒは、ビッグバンによって、新しい並行宇宙ネオ・ヴェルトラウムとなった。心配なら覗いてみたらどうだ?--!』


 「ちょっと! 危ない事させないで! 未だビッグバンが始まってなかったらどうするの!?」


 『!--心配は要らない。好きな時間にアクセス出来るから、ビッグバン後の時間を開けば良い。--!』



 ケイティーが慌てて止めようとしたけど、成る程! 今言われて初めて気が付いたよ。

 あの空間は、入れた直後の時間にアクセス出来るから、中の時間が止まっている様に見えるんだ。生鮮食材を入れても、腐る前の時間にアクセスして取り出せるし、氷を入れても溶ける前に取り出せばいい。入れた直後の時間で取り出せば、実質外で何年経とうが中では時間経過が無い状態で取り出せるんだ。

 逆に、扉を開く時間を自由自在に好きな時間にアクセス出来るなら、入れて数時間後でも、数年後でも、数億年後でも、中で時間を経過させて取り出す事も可能なんだ。


 なにこれすごい!




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