第105話 レールガン再び

 翌朝、愚図るクーマイルマを連れてマヴァーラへ飛び、学校の正門前へ降ろしてから、私とお師匠は岩竜プロークの指定した山へ向けて飛び立った。


 岩竜の棲む山は、ダラウガリ山という。

 南の山脈の向こう側に在る、トランス山脈の中の霊峰だ。



 トランス山脈というのは、表の山脈の裏側にもう一本平行に走っている山脈の事だ。

 地球規模の造山運動で見ると、プレートに左右から力が加わって、盛り上がってしまった皺が普通の山脈。だけど、その皺が一本だけとは限らず、複数出来てしまう場合があり、そのもう一本の皺がトランス山脈だ。同一の山脈の一部と見る事も出来るし、離れていれば別の山脈だと見られる場合もある。

 自分の手の甲の皮膚を指でぐいっと押して皺を寄らせてみれば、その構造はよく分かると思う。



 ダウラガリのある位置は南なので、暑い地方みたいなのだが、標高が高いため、周囲の山は頂上付近に雪を被っている。

 ただ、ダラウガリは活火山であるので、山体が温かいらしく、冠雪はしていない。周囲の白い山の中に黒い山がぽつんと有り、とても目立つ。富士山の様になだらかな斜面を持つ、とても美しいシルエットの山だ。



 「じゃあ、飛ばすよ!」



 そう言うと、私は魔導倉庫から水筒を取り出す。お師匠は魔導で水球を生成した。

 水を分解し、酸素と水素へ分離する。それを燃料とする事で、爆発的加速を得るのだ。


 ダラウガリまでの距離は、王都から直線で凡そ600リグル。地球の距離単位では1000キロ弱程度は有るんじゃないかな。

 音速飛行で半刻(1時間)、マッハ2なら四半刻(30分)てところか。

 私達が音速を超え、マッハ2の巡航に入る。

 と、後ろから追いついて来た影が私達の横に並んだ。



 『!--ヴィヴィさん、皆はどうしたの? 放っぽって来ちゃったの?--!』


 『--納得させて留守番してもらっているわ。あなたの事は王命で監視しなければならないのですから、わたくしには一緒に付いて行く義務があるのですわ。--』


 『--やれやれじゃな。--』



 ダラウガリが近付いて来た。

 減速して、指定された頂上へ降り立つ。

 山頂は直ぐに火口だろうと思われるかも知れないが、意外と火口の穴の外側には幅はあり、平らな部分が広くあった。ダラウガリの場合は、幅190ヤルト、長さ570ヤルト程の円弧状の平地があった。

 そこには既に岩竜プロークが居た。



 「ケイティーはどこ?」


 「あそこに居るぞ。」



 プロークが指し示す方向を見ると、ケイティーが手を振ってこちらに駆けてくるのが見えた。

 私は直ぐに彼女の傍に駆け寄り、怪我は無いかを確認する。



 「本当に大丈夫? 変な事されてない?」


 「テレパシーで言った通り、大丈夫よ。とっても優しかったわ。」


 「なら良かった。お師匠達と一緒に、ちょっと離れてて。最悪の場合は、黒玉使うかも知れないから。」


 「うっ! そうならないように祈るわ。」



 ケイティーはお師匠とヴィヴィさんの方へ駆けて行き、3人は空中で待機して貰うことにした。



 「さて、手合わせ願いましょうか。本当に殺し合いするつもりじゃないんでしょう?」


 『--そのつもりでかかって来て良いぞ。我は手加減してやろうか?--』



 完全に舐められているな。

 さて、どうしてくれよう。

 私は、魔導倉庫から何時もの鉄球を3つ取り出した。1つの重さは約6リブラル(約2.7キログラム)、直径は2フィグル(約8センチ)より少し大きい位、中学生女子用の砲丸位の大きさの鉄球だ。

 体の周囲の半径2ヤルト(2メートル)を秒27回転で音速となる。

 更に半径を倍の4ヤルトに広げる。鉄球の速度はマッハ2に達する。


 私はそのままプロークの方へ走って行く。

 プロークが張った障壁に鉄球が当たり、これを貫通して前足の甲鱗を砕いて弾き飛ばした。



 『--ほう?--』



 プロークは、自分の障壁が人間如きに貫通されるとは思っていなかったのか、意外だという顔をした。

 直ぐ様後ろへ飛び退り、口から赤い火炎のブレスを吐く。


 ロックドラゴンのブレスは、地球のミイデラゴミムシのものと似た原理で、2種類の物質を口腔内にある通称火炎袋という場所で混合させて高温のガスを吐くというものだったが、プロークのブレスは、魔導のファイアーボール、通称赤玉(お腹の薬じゃないよ)に似ている。

 断熱圧縮された、火炎程もの高温になった空気なのだ。ファイアーボールとの違いは、ボール状ではなく、連続した細長い火炎放射の様に吐き出す事が出来るという点だ。


 ファイアーボールと同じならば、私は魔力の祖力で押し返す事が出来る。

 プロークの口から出る火炎を、そのまま口の中へ押し返してやった。



 『--ぐあっ--』



 口の中に火炎を押し戻されてビックリしたのだろう、熱いスープを口に入れてしまった時の様に、激しく咽ていた。


 私は、回転半径を6ヤルトに広げる。鉄球の速度はマッハ3だ。しかし、遠心力が強くなりすぎて、支えるのが不安定になり、軌道が乱れる。半径を8に広げ、回転数を半分にする。

 このまま鉄球を当ててやろうと走るのだが、回転運動は軌道が見え見えなので、半径内に入らない様に逃げ回られてしまう。図体がでかいくせに、意外と動きは素早い。



 「これは駄目だな。追いかけっ子は分が悪いや。」



 このまま続けても体力を消耗するだけなので、私は鉄球は諦めて、今度は倉庫から剣を取り出す。

 伸縮剣(仮)で、鱗の継ぎ目を狙って突いてみる。



 「うーん、剣は刃が立たなそうな体しているから、継ぎ目を狙ってみたけど、案の定通らないね。」



 岩竜の甲鱗は、鱗と言っても、何枚かがくっついて体を覆う装甲板みたいに成っている。見た目アルマジロの体みたいな感じだ。

 体を動かすために隙間はあるのだが、鱗の重なりで上手い具合にその隙間をカバーしている。どういう状態かと言うと、昔の武士の鎧みたいに、鉄板が少しずつ重なっていて、隙間が上側に重なった板で覆われて見えない様になっていると言えば分かるだろうか。瓦みたいに分厚い装甲板なのだが、うまい具合に重なっているおかげで、硬さと衝撃を吸収する柔軟さを両立している。これを抜くのは結構大変そうだ。斬撃は全く通りそうには思えない。



 『--どうした? もう手持ちのカードは無く成ったか?--』


 「無くはないんだけど、色々試しているんだよ。」



 プロークは、素早く横移動しながらブレスを吐いてくる。押し戻されても口腔内に入らないように考えたのだろう。

 私は、傍らに在った100トンはあろうかという岩を魔力で持ち上げ、プロークにぶつけてみた。これも思った通り粉々に砕けてしまった。タイラントバイターの甲羅よりも硬いかも。魔力で体表面を強化しているのかな?



 『--攻撃が雑になってきているぞ。--』



 知ってる。岩はぶつけるのが本来の目的じゃないから。砕くのが目的だったんだ。ちょっと、あわよくばダメージを与えられるかなと思っただけなんだ。

 砕けた岩を加熱する。

 どろどろに溶け、直径5ヤルトは有りそうな黄色く輝く球体に変わってゆく。



 『--その溶岩の球体を我にぶつけようというのか? 効かぬぞ。我は火山に棲む岩竜であるからな。--』



 知ってる。

 更に加熱をすると、色は黄色から白へ、そして、液体から気体へと変化して行く。



 『--そ、その高温のガスで焼き殺そうというのか?--』



 あれ? ちょっと動揺している? どうせ熱耐性というか、魔力で熱無効なんでしょう? 違うの? ちょっとは効いたりするの? そういえば、さっき口の中にファイアーボールを押し込んだ時、咽てたよね。呼吸器系が弱い感じ?

 ちょっと、この高温のガスの中に閉じ込めたりしたら効果あるのかなとは思ったんだけど、まあいいや、予定通り行う。

 プロークも、今攻撃すれば良いのに、私が何をやろうとしているのかが気になって観察に回っちゃってるよ。


 100トンもの岩のガスなんて、恐ろしい程の膨大な量だった。

 水は液体から気体になると、凡そ1700倍の体積になるそうだけど、岩の場合はどの位なんだろう?

 ガスを直径凡そ100ヤルトの円環状に流し、更に圧力を掛けながら加熱してゆく。



 「巨大な魔導リアクターを作ろうとしておるのか。」


 「森で見た、ドリュアデスの物より遥かに巨大ですわ。」


 「あれ以上の電力を作り出そうとしておるのじゃろうな。」



 ガスはやがてプラズマとなり、電磁流体MHD発電により、莫大な電力を生み出す。



 「砲身の長さはあの時の5分の1、電力はあの時の100倍だからね。」



 100倍というのは適当。何倍かなんて正確には分からないし、ハッタリね。

 全長20ヤルトの砲身に電力が供給される。

 さっき地面に落とした鉄球を拾い上げ、セットする。



 「当てない様に気をつけるけど、掠ったらご免なさい!」


 『--な、何をするつもりだ!--』


 「照準目標の右1ヤルト。発射ファイア!」



 キュドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!



 プロークの直ぐ横を通り抜けた砲弾は、火口の対岸の壁に当たり、火口壁の約半分を消滅させた。

 その遥か向こう側に山が見えているが、向こうの山には別のドラゴンが棲んでいない事が願う。



 『--ぐあああ!!!--』



 魔法障壁を展開していたプロークが、衝撃波の直撃を食らって激しく左側に吹き飛ばされ、岩に打ち付けられて崩れ落ちた。



 「……!!」



 当てなかったはずだが、空気摩擦と莫大なジュール熱によって弾体の大部分がプラズマと化し、その一部が掠ったのだ。

 プロークの展開した魔法障壁も、魔法で強化された甲殻も、まるで何の障害物とは成らず、砲弾は何も無い空間を直進するかの如く通過して行き、その運動エネルギーは、岩竜の左腕と左翼の一部を持って行ってしまった。



 「すごい……」


 「なんという威力じゃ……」


 「あっ! 大賢者様、ヴィヴィさん! お願い、彼を治してあげて!」



 ケイティーが叫んだ。



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