第102話 皆で飛行術
えっ? そんなに驚かれる事?
ああ、皆、これが出来ないと飛行術も出来ないと思っていたのか。
……うん、出来ないんだよ、私。
「はーい、でも、この魔導書架は、皆が同じ空間にアクセスしてしまうので、セキュリティ面が非常に弱いです。使わない方が良いです。というか、寧ろ使わないで下さい。物が無くなったり、誰かに取られちゃったりしても、責任は持てませんので、出来たとしても使わない方が安全です。このあたりは、同盟国と法律面で仕様を詰めていこうと思っています。」
そうなんだよね、だから魔導鍵を作ったんだから。
ヴィヴィさんは、魔導倉庫から鍵を4本取り出すと、皆に1本ずつ渡した。
ケイティーは古い鍵と交換した。
「セキュリティー面を強化して、魔力消費量を抑えたた新型魔導鍵3です。」
「新型魔導鍵3?」
「そう、
「新機能?」
ヴィヴィさんの説明に寄ると、魔導鍵とテレパシー通話機を一つに纏めたのだそうだ。
通信機と言っても、回線を用意しただけみたいな物らしいんだけどね。
通話機というと、信号を受信して音声に変えてくれる機械を想像してしまうけど、そこまで高度な機能は無くて、ただ、回線を用意しただけというものなんだそうだ。
というのは、受信機本体は自分自身なのだから、魔導鍵に備えたのは、倉庫と同じ空間を利用した、テレパシーを通す為の回線だけなのだ。
鍵自体に信号を受信して、それを音声に変換してくれる機能を付けられれば、携帯電話と言えるのかもしれないけど、それは技術的に難しかったらしい。何故ならば、テレパシー信号を受信して意味のある言葉に変換しているのは、その人の脳の機能なので、魔導ではないのだから。耳とか口を誰でも持っていて、空気の振動を発したりそれを聞いて言葉と認識しているのは、人間自身の脳の機能であって、それは魔導ではないという事と同じ理屈なのだ。
なので、魔導鍵に備えているのは、ただの回線……ていうか、もっとアナログな伝声管みたいな物。
ヴィヴィさんが工夫したのは、コアの髪の毛の太さ程のガラス管の内部に、常にミクロサイズの倉庫空間への穴を開いていて、何時通信が来ても分かるようにしてあるだけの物だという。肌身離さず持っているだけで、どんなに離れていても、普通に通信出来るらしいよ。魔力消費量は極限まで省力化され、体の魔力の自然回復量よりも少ないので、負担になる事は無いだろうとの事。
「鍵の持ち手の所に有る紋章に、両手の親指をそれぞれ当てて、指紋を登録して頂戴。どちらの手でも操作出来る様にしたわ。ケイティーちゃんは、前の倉庫の中身を移しておいてね。」
「両手の指紋を登録出来る様になったんだ? いいなー。ねえねえ、ヴィヴィさん、私の分は?」
「ソピアちゃんのは特別製だから、交換は無しよ。」
「特別製? どこが?」
「それはね、ひ・み・つ!」
気持ち悪いわ!
うーん、気になるなー。なんかヤバイ機能でも付いているのか? 自爆装置とか?
でも、通信機能と両手で扱えるのは羨ましいな。
「ソピアちゃんは出力が大きすぎて、鍵使わなくても隣の国まで届いちゃうんだから要らないわよ。両手はー……今は我慢して頂戴。そのうち改良します。」
何時に成るのか分からないから、期待しないで待っておこう。
その後、皆で通信の練習をした。
ヴェラヴェラはお調子者に見えて、この中では一番上手かも。まあ、妖精なんだから人間よりは魔力は強いのかもね。
『--ソピア様、ソピア様、聞こえますか?--』
『!--その声は、クーマイルマね。まだ様って付いてるよ、気を付けて。--!』
『--す、すみません。--』
『--ソピア様、お聞こえになりますか?--』
『!--ウルスラさんかー。聞こえるよ。出来れば様付けは止めて下さい。--!』
『--は、はい、申し訳ありません……--』
『--神様ー聞こえるかいー?--』
『!--ヴェラヴェラもな! 神様と呼ぶんじゃありません!--!』
『--うふふ、前途多難ね。--』
『!--これってさー、個人と秘密の会話は出来ないの? 常に全体通話になっちゃう?--!』
『--いえ、特定の誰かを念じれば、その人とだけ個人通話になるはずよ。ぼーっと喋ってると、全員に聞こえちゃうわね。そのあたりは感覚で習得して。--』
『!--うむー、他人に聞かれているかどうかがイマイチ不明なのか。セキュリティザルじゃね? てゆーかぁ、これで重要機密とか話せないよね?--!』
『--練習あるのみよ! おほほ。--』
暫らく各々で通話しあって、近すぎて生声なのかどうか解らなくなったりしながら楽しく練習した。
いいなこれ。こういうピクニックしながら楽しく学べるなら、学校も楽しいのにね。
「はいっ! 通信は帰ってから各自練習の事。お次は、お待ちかねの飛行術よー。」
「「「「「おー!」」」」」
「さて、ここからはヴィヴィ講師に変わりまして、私ソピアが講師を努めます。よろしくお願い致します。」
ヴィヴィさんから伊達眼鏡を受け取り、それを掛ける。
皆が拍手してくれる。わりとノリが良くて結構。
「えーと、まず基本的には、さっきの魔導倉庫の空間を鍵無しで知覚出来ている事が前提になります。触れる人はウルスラさんだけでしたが、飛行術は触れなくても認識出来ている人なら出来る可能性があります。何故なら、私も触れないから。」
前にも言ったけど、触れるかどうかは問題ではない。魔力を使った時の反作用が拡散していってしまう空間から、魔力の何かを操作して、自分自身の体に反作用が帰って来る様に付け替えるっていうのかな、スイッチを切り替えるだけ。
「反作用ですかー。確かに、魔力で何かを押しても、体を踏ん張る必要は無いし、魔力障壁に何かが当たっても、蹌踉めく事は無いですね……」
「反作用というのは、必ず有る筈のものなんだけど、それが無い、感じられないという事は、何処かに逃げている訳なんです。それは、多分、ゴムみたいに伸び縮みするあの空間に在る自分自身の体の部分が受け止めて、吸収しているのではと私は考えました。」
なので、そっちの空間で受け止めている力をこっちの実態? って言って良いのかな、こっちの肉体で受け止める様にイメージで操作するのだ。
うーん、基礎学問の無い、クーマイルマやヴェラヴェラには難しい概念なのかな。……、と思ったら、意外や意外、それが出来たのは、その二人だった。なんで? 野生の勘?
「クーマイルマ、魔力で私を押してみて。」
「えっ? あ、はい! ……ぐぎぎぎ。あ、なんか分かります!」
実際に体感してもらった方がわかりやすいね。
ヴェラヴェラの方は、魔力で身体操作を元々していたのだった。腕を伸ばしたり、体の大きさを変えたり、変身したりっていうのは、自分の魔力で自分自身を操作していたからに他ならない。私が小難しい理屈で説明する以前から自然にやっていたんだ。
ケイティーも、意外と出来ているみたいだった。
私が何時もやっている魔力サーチってやつなんだけど、魔力に触覚があるってやつね。ケイティーも少し使えるのだけど、あれも、反作用のフィードバックを弱いながらも体に戻している結果なんだよね。考えてみれば。だから、ケイティーも出来てる。
問題なのは、ウルスラさんだった。
うーん、ちょっと頭が固くなっちゃってるのかな。それとも、本能的に怖がっちゃってるのかも。なかなか出来ないでいる。多分、切っ掛けが有れば出来るように成ると思うんだよね。自主練あるのみだ。
「じゃあ、ヴィヴィさんはウルスラさんに付いていてあげて下さい。私は3人とあっちで特訓してくるから。」
ウルスラさん、ちょっと悲しそうな顔をした。
ヴィヴィさん、優しく頼みますね。
「さて、意外や意外、この3人が出来てしまったので、飛行術の実践訓練をしたいと思います。」
「意外って言うな。私も意外だと思ってるのよ。」
「あたい、頑張ります!」
「あたいも頑張るよー。」
私の感覚だと、魔力で地面を押して逆立ちの要領って思ったのだけど、ヴィヴィさんのやりかただと、自分と地面の間に頂点の平らな三角錐が有って、そこに乗っているイメージが一番安定するというので、両方を伝えてみた。
私のイメージの方だと、玉乗りをしているみたいにフラフラするのだけど、ヴィヴィさんのイメージの方だと皆安定して浮き上がる事ができた。
ケイティーだけは、すーっと1ヤルト位浮かび上がった所で力尽きて、ストンと落ちちゃったんだけどね。とりあえず、浮かぶ事は出来た。
「わーい、出来た出来たー!」
「うん、上手上手。練習すれば、もっと長時間浮かんでられるかも。将来に期待しよう。」
ヴェラヴェラとクーマイルマは、6ヤルト位上空まで浮かんで、結構安定している。
私もその高さまで飛び、第二段階、自在に移動できるかどうかをやってみる。
「この様にね、自由自在にスーイスーイと移動できれば合格。落ちても私が受け止めるから、思いっきりやってみて。」
二人共、ぎこちないながらも結構上手く水平移動もこなしている。
やっぱり若いから脳が柔軟で、イメージ力があるのかな。それとも野生の勘なのか?
「一旦、二人共地面に降りて。」
私が降りると、二人も降りてきた。もっと飛んでいたそう。
これから幾らでもやらせてあげるさ。
「皆、魔力の残量はどう? 逸る気持ちは分かるけど、気付かずに上で魔力が切れて落ちない様に、ちょっと休みましょう。」
私達は、キャンプセットの所へ戻り、買ってきたおやつと飲み物で、小休止することにした。
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