第101話 皆で特訓

 ラウンジの大きめのテーブルに移動して、皆の分のケーキと紅茶が揃った所で、ヴィヴィさんが話し出した。



 「仕事というのは、ちょっと先延ばし先延ばしになっていた、ウルスラの魔導研修の事なの。」



 そう、飛行術とか、魔導倉庫関係が、後で教えますね、後で教えますねと言って、何かと先延ばしに成っていたのだ。

 ヴィヴィさんも熟達者なんだから、私が居なくても教えられるとは思うんだけど、ウルスラさんは私から教わりたいらしい。

 とはいえ、魔導倉庫は私は教えられないんだよなー。出来ないんだから。

 まあ、クーマイルマやヴェラヴェラにも何時か教えようと思っていたから、丁度良いか。一緒にやっちゃおう。



 「じゃあ、ここに居る全員で、ちょっと特訓してみよう。倉庫関係は私は上手く出来ないので、ヴィヴィさんの担当でね。」


 「それでオッケーよ。じゃあ、ピクニックの準備して、お弁当も持って、お茶とお菓子とー……」



 ほらね、仕事なんだか遊びなんだか境界が曖昧でしょう?

 ま、楽しく仕事をするっていうのもありっちゃありか。


 皆でハンターズを出て、ぞろぞろと商区の方へ歩いて行く。

 途中の市場に寄って、果物を買ったり、パティスリーでケーキを買い込んだり。果物の果汁を絞った物とか、ハーブティーを買ったりした。食器や敷物なんかは、ヴィヴィさんの倉庫に沢山入っているらしいので、それは買い足さなくても大丈夫らしい。



 「そういえばね、私、お師匠の課題はクリアしたよ。後はヴィヴィさんだけだよ。」


 「課題って何だったかしら~?」


 「飛行術だよ。」


 「あ、あーー! あれか! 忘れてたわ。でも、音速出れば十分な気もするのよね。」


 「技術者がそういう事言っちゃいけないんだよー。」


 「冗談よ。あれからわたくしも色々考えたのですから。」



 ここでルート確認。王都を出たら、川沿いを精錬所迄飛び、そこから折れて、草原まで一直線に行く。



 「前にレースした時の逆ルートだから分かるよね?」


 「了解よー。ソピアちゃん、負けた時の言い訳を今から考えておきなさい。」


 「じゃあ、ハンデとして、ヴィヴィさんは、軽そうな二人……、そうねえ、クーマイルマとケイティー。私はヴェラヴェラとウルスラさんを運ぼうかな。」


 「いいわよ。」



 クーマイルマが何か言いたそうにしていたけど、そこはあえて無視。

 南門から出都手続きをして、空中からスタートにする。



 「じゃあ、ケイティーちゃんにスタートの合図を出してもらおうかしら?」


 「はーい、では、位置に付いてー。よーい! どぐえっ!」



 ロケットスタートでケイティーの合図が変になったけど気にしない。

 乗客の事を考えない加速でスタートする。

 とはいえ、私の方にはお年寄りが乗っているので、ある程度気を使っているせいで、スタートでは若干遅れてしまった。

 音速を超える頃には、ヴィヴィさんの姿は見えなくなっていた。


 遠ざかって行くヴィヴィさんの飛行術を見てみると、エンジンは双発、魔導リアクターを展開して何らかの仕組みに電力を供給しているフシが見て取れた。

 あっという間に遠ざかって行ってしまったので、それ以上の事は解らなかったんだけどね。結構工夫しているっぽい。


 私は、魔導倉庫から徐に一本の水筒を取り出し、その中身をぶちまけた。

 そう、魔導で水を作る事が出来ないのであれば、倉庫で持ち運べば良かっただけなのだ。倉庫の中には飲料水の入った水筒が1000本以上常備してある。1本が凡そ2クァルト(2.5リットル)なので、地球の単位で言えば2500リットル、2.5トンの飲料水が常に常備してある計算なのだ。


 水筒から出した水は、私の目の前で球形に纏まって行く。

 そして、その水球は水素と酸素に分解され、どんどんと小さくなってゆくと同時に、別々に足元の青玉へ送られ、文字通り爆発的反応でその燃焼ガスを後方へ噴射する。

 マッハ2近くまで上がっていた速度が、更に加速を開始する。



 「きゃっ。」



 ヴェラヴェラがなんか女の子らしい可愛らしい悲鳴を上げた。ウルスラさんの声が聞こえないのがちょっと心配。涙滴型の祖力障壁で作った殻の中に入っているし、魔力で内蔵や血液が下がってしまうのを出来るだけ抑えてあげているのだけど、やっぱり訓練していない人には体の負担が大きいか。

 精錬所を越えた辺りから更に加速を掛ける。


 私の考案した魔導ジェットエンジンは、前方から吸入した空気を圧縮し、後方の温度が数億度にもなる青玉(青色プラズマ球)で加熱、爆発的に熱膨張した空気を後方へ噴射して推進力を得る仕組みだ。

 燃料は使っていない。熱を生み出すのが自由自在な、魔力というチート能力を使う事が出来るこの世界ならではのエコでクリーンなジェットエンジンなのだ。


 だけど、燃料を使ってはいけないという理由は無いよね。

 最も身近な水が燃料に成り、燃焼後も水に戻るだけという、水素燃料は、考え得る限り最も環境に優しいクリーンなエネルギーだ。

 ただ、地球では水を酸素と水素に分解するのに、莫大な電力が必要になるばかりか、水素の安全な保管方法もいまいち確立していないので、なかなか民間には降りてこない。ロケットエンジンの燃料に成るくらいだよね。クリーンエネルギーでは有るのだけど、その生成や保管にコストが掛かりすぎて、安定供給出来ないってところもあると思う。

 だけど、こっちの世界では事情が変わってくるのだ。

 魔力で強引に原子を引き剥がして、水を分解してしまう事が出来る。ただ、電気分解みたいに足りない電子を補ってやる事が出来ないため、魔力で水を強引に分解すると、電子の数が足りなくなってしまい、安定した水素ガス酸素ガスとはならず、水素陽イオンプロトン、または酸素陽イオンになってしまうのだ。これは、反応性が高く、火を点けて反応させてやらなくても、混ぜただけで爆発的に反応してしまう。取扱要注意だ。まあ、魔力の殻で覆って分離してるし、生成した直ぐ側から使っちゃうので問題無いんだけどね。魔力ばんじゃい!


 この酸素と水素を魔導ジェット内に送り込んでやれば、その反応熱により生まれた高温水蒸気ガスが後方に噴射され、爆発的加速が可能となる。

 最も、水素と酸素の反応を推進剤とするなら、ジェットエンジンではなくともロケットエンジンで良いのではという気がしないでもないのだが、衛星打ち上げロケットのマッハ20とか、別にそこまでは目指していないし、必要も無いのであえてやらないんだけどね。そんなスピードが必要に成る時って来るのかな?


 前方に点の様に見えたヴィヴィさん達に、あっという間に追い付き、そしてそのままの勢いで追い越して行く。



 「あーん、ソピアちゃーん、待ってー!」



 ヴィヴィさんの叫びを置き去りにして、ロックドラゴンの居る荒れ地上空を通り過ぎ、山の向こう側の草原に到着する。

 ウルスラさんへの負担を考えて徐々に減速している途中に、ヴィヴィさんに追いつかれてしまった。

 草原へ降り立ったのは、ほぼ同時。勝負はドローだ。



 「でもこれは、わたくしの負けね。悔しいわー。」


 「でも、二人共音速の二倍は出ていたし、これ以上の速度を必要とする場面って、多分無いんじゃないかなー。」


 「そうね、学問的に追求するのは個人でやるとして、実用的には十分ね。さて、答え合わせと行きましょうか。」



 私は自分の方式を説明した。ヴィヴィさんの方式は、私の仮設を述べてみる。



 「多分だけど、水を使っている所までは私と同じだけど、ヴィヴィさんのは、魔導リアクターの電力で、連続的に水蒸気爆発を起こしてそれを噴射に利用していたんじゃないかな。」



 空を見上げると、長い飛行機雲を引いていた。



 「正解よー。ソピアちゃんにはすぐにバレてしまうわ。」


 「でも、それだと燃費悪いでしょう。水も大量に生成しないとならないし、魔導リアクターの維持にも魔力を割かれる。結構魔力消費が激しそう。」


 「そうね、競争でもなければ、もうやりたく無いわ。少し休ませて。……ところで、ロルフ様の方式は、ソピアちゃんのと同じだったの?」


 「うん、同じだった。ヴィヴィさんの方式も、ちょっと試した事あったみたいだよ。」


 「そうなのね、伊達に大賢者の称号は持っていないわねー。ふう。」



 私達は、フェルトの大きな絨毯を敷いて、ピクニックセットを取り出して、並べた。

 ふと横を見ると、ウルスラさんの意識が無い。



 「はっ! 死んでる!?」


 「大丈夫よ、血液が下がって気絶しちゃっただけみたいだから。」



 いやそれ、結構危ないから。

 ウルスラさんを足の方を高くして寝かせていたら、直ぐに目を覚ました。



 「はっ! こ、ここは? ……」


 「訓練場だよ。まだ着いたばかりで疲れたから、お茶して休んでいた所。」


 「ああ、我ながら不甲斐無いですわ。特別な魔法を間近で見る絶好の機会でしたのに。」


 「どの辺りまで覚えてるの?」


 「ソピア様が水筒を取り出されて、中の水を出したところまでは……」


 「うん、大丈夫、後で座学やるからね。」



 お菓子を食べながら、ヴィヴィさんと打ち合わせた結果、飛行術を習得するためには、まずお師匠の魔導書架の概念から理解してもらわないとならないと言う訳で、そこから始める事に成った。



 「ケイティーもやるんだからね。」


 「えっ!? 私も?」


 「そうだよ、ちょっとは魔力持ってるんだから、もしかしたら、少し体を浮かせる位は出来るように成るかも知れないから。」



 そうなんだよね、彼女は僅かだけど、一応魔力持ちなんだ。しかも、少しずつ魔力量は増えてきている感じがする。今は魔導倉庫の開閉は20回位は出来るんじゃないかな。最初は7回だった事から考えると、3倍弱程には伸びてるよね。特訓してみる価値は有りそう。

 私は、倉庫から黒板とチョークと伊達眼鏡を取り出して、眼鏡をヴィヴィさんに渡す。

 うーん、ヴィヴィさんならもっと左右が尖った、ザーマス眼鏡の方が似合ったかも。

 ヴィヴィさんは、眼鏡をくいっと上げる動作をして、黒板に図を書いた。



 「この様に、この世界の空間は、【上下】、【左右】、【前後】、という3つの軸で全ての座標を表す事が出来ます。」


 「「「「ふむふむ。」」」」


 「だけど、実は、もう3つの軸があるんですね。この3つの軸空間を知覚出来ているかどうかが、この魔法が使えるかどうかに関わってきます。」


 「私はそこをイマジネーション空間と呼んでた。魔法が発生する空間だから。」



 私の補足説明にピンと来た人が居た。



 「魔法の出てくる所!」


 「ああ、それなら!」


 「あそこね!」


 「んあー。」



 4人。つまり全員。優秀だな。

 でも、そこに手を突っ込めるかどうかは別の話なんだよねー……私は出来なかったもん。

 ヴィヴィさんが、頭の上のあたりにある見えない箱に手を入れる様な動作をすると、手首から先が消えたように見え、何かを掴んで取り出す様なジェスチャーで、1杯のティーカップに注がれた紅茶を取り出した。



 「これが、魔導倉庫の原型になった、大賢者ロルフ様が考案された魔導書架なの。」



 皆、一所懸命にその空間に触ろうと、色々やってみるのだけど、何とか出来たのはウルスラさんだけだった。流石、隣国の宮廷魔術師長官



 「ちなみに、私もそれ出来ないんだよねー。」


 「「「「えっ? そうなの?」」」」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る