第100話 金運の女神
翌朝、寝ぼけ眼で食堂へ顔を出すと、反応が二つに別れた。
一つは、心臓が飛び出しそうな程驚いているグループと、それを見てニヤニヤしているグループ。
びっくりしているグループは、私が本当に天に帰ったと思いこんでいた3人だ。
ウルスラさんとクーマイルマとヴェラヴェラがビックリしているグループ。
お師匠とヴィヴィさんは、その反応を見てニヤニヤしている。
ケイティーは、ヤレヤレって感じか。
アクセルは、他所の家の食卓に急に呼ばれちゃって、話題にも入れず居心地が悪そう。お祭りで夜遅くなっちゃったので、お師匠が家に泊めてあげたんだろうね。
ビックリ組の3人が、いきなり私の前に跪いて、祈り始めた。
ほらもうこうなるー!
「女神の私は、天に帰っちゃったので、ここに居るのはごく普通の見習い魔導師の女の子のソピアですよー。」
「いいえ、もうそんな誤魔化しには騙されません!」
「神様ー。帰ってきてくれて、あたいは嬉しいよー。」
「女神様、お戻りに成られて、クーマイルマは幸せです。」
3人共涙流してるよ。嫌すぎるんだけど。
「どうしてくれんのよーこれ。ヴィヴィさんのせいだからね!」
「今回の事に関して言えば、首謀者はエウリケートちゃんじゃないかしらー?」
イタズラっ子同士が集まって、とんでもない事をしでかしてくれましたよ、本当に。
「でも、エウリケートちゃんとソピアちゃんの演出は、そんなに違っていないんじゃないかなー。」
「あっちは本物の精霊でしょうが! 私は人間なんですよ、に・ん・げ・ん!」
あー、頭痛い。朝風呂に入って気分を切り替えよう。
「女神様、お背中をお流しします!」
「いえやめて、個室のお風呂に一人で入るから。」
お風呂に入って出てくると、クーマイルマが部屋のドアの前で跪いて待っていた。
「あー、クーマイルマには言ってなかったっけ? 私を女神扱いするのはこの家では禁止なんだ。」
私のその言葉に泣きそうな顔になっている。
食堂に戻ると、皆は食卓に付いていた。
あれ? まだ食事は済んでいなかったのかな?
「お前を待っておったのじゃ。」
「あ、そうなの? 悪い事しちゃったな。」
じゃあ、クーマイルマは呼びに来てくれただけだったのかも。
ちょっと可哀想な事を言っちゃったな。
「さっきは御免ね、クーマイルマ。でも、私は信者は要らない。友達なら大歓迎なんだよ。」
「そんな……、勿体無いです。あたいなんて……」
「そんな事無いんだよ。あなたもヴェラヴェラも、既に友達なんだから、あなた達も友達として接して欲しいんだ。」
「……」
「出来る?」
「……、はい。」
「あたいはわかったよー。」
「よし、では、ごはんごはん! あー、お腹空いたー!」
ヴェラヴェラは元々妖精的な存在なので、神とか人間とかの概念の境界が曖昧みたいで、あまり態度の変化は無かったのだけど、魔族のクーマイルマは、信仰心の強い文化があるみたいで、ちょっと慣れるまで時間がかかりそうかな。
これというのも、ヴィヴィさんとエウリケートのせいなんだけどね。……よく考えたら、私もそれに乗っかってやらかしたのだから同罪かー。
「所でさ、何であんな演出なんかをやったんだよ。」
「あれはね、あの場所に聖地を作ろうっていう計画なのよ。」
「聖地?」
「そう。人間と森の住民達って、今接点が殆ど無いのよね。魔族と人間もそうだし、トロルみたいな妖精種やドリュアデスの様な精霊種もそう。今、あなたのお蔭で私達とは比較的仲良くやっているけど、それは私達だけなの。私達が居なければ、再び接点が無くなってしまう。」
「ああ、それで、人間と森の住民達との交流の拠点を作ろうって事なのね。」
「そう、察しが良いわ。」
つまり、地球で言えば、大使館みたいなものか。人間と神で言えば、神殿とかそんな感じ。
「そう、あそこは聖地として、人間から森の住民へ、森の住民から人間へと、お互いの意思を伝達するための拠点になるのよ。」
「じゃあ、誰でもが利用できるわけではないんだ?」
「そうねー、あまりに素行の悪い人間には利用してもらいたくは無いわね。でも、あそこはあの村を通らなければ行く事は出来ないから、あの村の人達が丁度よいフィルターに成ってくれるわ。」
「役職を与えるの?」
「いいえ、自主的にやってくれるわ。何しろ、森の精霊と女神様の聖地ですからね。何か有ったらどんな神罰が下されるか。」
うっわー。この人想像以上に阿漕だぞー。悪知恵大王だ。
「失礼ね、半分はエウリケートのアイデアだって言ったでしょう。」
お? 殆どから半分に譲歩した。本当は、9:1でヴィヴィさんの悪知恵なんだろうなー。
私は、ウルスラ、クーマイルマ、ヴェラヴェラの方を向いて
「ほらね、今の話を聞いていたでしょう? 女神は、この人が演出した虚像なんだよ。」
「いいえ! ソピア様は、私の命を救ってくれた、私の女神様なんです!」
うーん、困った。
強引に否定するのも可哀想になってきたよ。やれやれだぜ。
食事も終わって、さて、今日はどうしようか。
そういえば、クーマイルマは今日は学校は?
「昨日は一日学校行事扱いで、夜までの超過授業だったので、今日は特別休校なんです。」
「そうなんだ、じゃあ、今日は4人でまた遊びに行こうか。」
「「「やったー!」」」
その前に、クーマイルマの使う、廉価版の矢を買わないと。使い棄て出来る、銅貨2枚程度で買える位の安いやつをね。じゃないと、矢を回収する、鏃を回収する、鏃が無くなった矢が折れたと大騒ぎなんだから。
この間の弓屋へ行って、安い矢をしこたま買い込む。
鏃の取れないタイプと、毒矢用に鏃が外れるタイプの2種類を、店にあるだけ全部買う。店の親父はホクホク顔だ。クーマイルマもニヘラニヘラしている。
「また下賜品とか言われると困るので、その矢の代金はあなたが支払うのよ。」
「えっ、ええっ! そんな、あたい、お金なんて持っていません!」
「それがねー、持っているのよ。あなたはあの時居なかったから知らないと思うんだけど、私が拾った大きな太陽石をね、ヴィヴィさんに引き取ってもらって、それの代金分の利息が毎月入る事になっているの。それをここに居る4人で分けたから、あなた、卒業後の生活も心配無いからね。」
「えええー、いつの間にそんな事に!」
「私もね、今更ながら驚いているんだけど、ソピアと一緒に居ると、居るだけで何時の間にかお金持ちになってるのよね。金運の女神様じゃないかしら。」
「ケイティーまでそんな事言い出すー!」
私はぷくーっと膨れてみせた。
ケイティーは、冗談冗談と言いながら、私をぎゅーっと抱きしめた。
これで金蔓を見る様な目で私の事を見てこないのがこの人達の良い所なんだよね。
「でもね、実際にお金が必要十分なだけ何時でも使えるというのは、心の平穏なんだなって思ったの。」
「でもそれって、何かを成すのにハングリー精神を失う。牙を抜かれるって意味でも有るんだよ? だから、私達はその平穏は、もうちょっと先に置いておこう。若いんだから、今は冒険を楽しもう。」
「そうね、今はあれはただの数字だと思う事にしておくわ。」
「あとね、お金を持っている雰囲気出すと、悪い奴が寄ってくるから気を付けて。それでなくてもケイティーは魔導鍵で酷い目に遭ってるんだから。」
「はい、肝に銘じます……」
安い矢をクーマイルマの矢筒に20本入れて、残りを私とケイティーが半分ずつ倉庫に入れる事にした。
戦闘中に矢が切れた時に、近くに居る方が素早く補充できる様にするためだ。
ハンターズの建物に入ると、そこにはヴィヴィさんが待っていた。
「あっ、来た来た! 待ってたのよ!」
「あれ? 何か用事あった?」
「ごめんね~。これから遊びに行くって時に。ちょっと仕事を手伝って欲しいのよ。」
遊び言うな!
突き詰めちゃうと、私の意識の中で、これは仕事なのか遊びなのかの境界が曖昧って所はあるんだけどね。
あれ? 私、人に偉そうに講釈たれといて、一番意識が甘いの自分じゃね? って思っちゃったんだけど。大丈夫か私。
「ちょっとラウンジの方へ行きましょう。ケーキと紅茶でいいわね?」
ラウンジへ行くと、ウルスラさんが待っていた。
私は、何と無く用件を察した。
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