第95話 森の再生計画

 「木の苗はねー、他の森から持ってくるよりも、同じ森で探したほうがいいよー。」


 「そうなんだ? どんぐりなら何でも良いのかと思った。」



 やっぱり、人とかもそうなんだけど、いきなり違う環境に放り込むよりも、その土地で生まれたものを育てた方が良いよね。同じ種類の木だとしても、その土地で最適化されているっていうのかな。まあ、そんな感じ。

 じゃあ、やっぱりあの穴の周辺で探すしか無いか。


 翌朝、早速早起きして3人であの森へ入った。

 クーマイルマは、既に学校へ走って行った後だった。

 私達は、あの森の穴の所へ飛んで行ったのだが、なんか、下が騒がしい。

 穴のある場所へ降りてみると、村人が何十人も集まっていた。

 チッ、こっそり直そうと思っていたのに、もうバレたか。



 「こりゃあ一体全体、どうしたことだ……」


 「あ、村長さん。おはようございまーす。」


 「おお、昨日のハンターさん達か。昨日、あんた達が帰った後に村人が森へ入ってこれを見つけたんだが、心当たりはあるか?」



 ありすぎるんだが。てゆーか、犯人です。

 事の経緯を斯々然々かくかくしかじか丸々牛々まるまるうしうしと、村長さんに説明した。



 「はっはっは、馬鹿言っちゃいかんよ。人間にこんな大それた真似が出来る訳無いだろうが。」



 ですよねー。そういう事にしておこう。



 「でね、これをこのままにしておくと、ドリュアスに怒られるので、植樹しようと思って来たの。」


 「植樹ねぇ……しかし、このままじゃ駄目だろう。土を入れて埋め戻さないと。水が貯まるぞ? ほら、見てみ。」



 この世界の人達には、植樹して森を守ろうっていう概念自体が無いんだよね。寧ろ、森には無限に木が生えているのだから、どんどん切り出して畑を広げたいとすら思っているのだから。

 ところで、今ちょっと村長が気になる事を言った。水が溜まってるって?

 底の方を見ると、確かに水が溜まり始めている。斜面の中程から、水が染み出して、底の方へ流れて行っているんだ。ああ、水脈を断ち切っちゃってるんだな。だとすると、そのまま土を入れて埋め戻しちゃうと、下流側で水が枯渇する恐れがあるかも。


 さて、困ったぞ。このまま水が貯まるに任せて池にしてしまう方が良い様な気がして来た。

 だけど、これに一杯まで水が溜まったらすごく怖い池になりそう。というのも、半径が凡そ50ヤルトはあるんだよね。という事はです。黒玉中心に球状に空間が抉れた訳だから、深さも50あるんだよね。

 これ、めっちゃ深くない? 50もの深さのある池って、そうそう無いよ? しかも、縁近くは垂直に落ち込んでいるから、人でも動物でも、落ちたら這い上がれないんじゃないかな。怖すぎる罠でしょ。


 どうしようかー、これ。うーん。うーん。

 森の事は、森の住人に聞くか? 森の住人と言えば、魔族とトロルとドリュアデスとエルフ? とりあえず、トロルはここに居るな。聞いてみよう。



 「と、言うわけなんだけど、どう思う? ヴェラヴェラ。」


 「は? え? どう思うって? 何がー?」



 あ、いけね、脳内会話をそのまま聞いてしまった。今回は口に出てなかったのか。



 「あのね、植樹を止めて、ここをそのまま池として利用しようかって話なんだけど。」


 「池? あー、うん、良いんじゃないー? 水脈潰すよりは良いと思うー。」


 「いざという時の水源にもなるな。良いアイデアかもしれん。」



 ヴェラヴェラも、村長も賛成みたいだね。

 問題は、ドリュアスのバラノスさんが納得してくれるかどうかなんだけど、上司から頼んでもらおうか……な?



 「ちょっと、ここの管理者に聞いてみようと思います。」


 「管理者だと? ここにはそんな人間はおらんぞ?」


 「いえ、人間じゃないです。ちょっと呼びますね。」



 私は、魔導倉庫から、葉っぱを3枚取り出した。1枚はオークの葉、もう一枚は桑の葉、最後がドングリの木の葉。ドングリっていうのは、ブナ科のコナラ属樹木の果実の総称らしいので、多分、ブナの葉なのかな?

 ここは、オークの葉だね。エウリケートさんだ。オークの葉っぱを手に取ってクルクル回すと。若芽の枝葉がしゅるしゅると伸びて、人の形に纏まったかと思ったら、少女の姿となり、地に降り立った。



 「エウリケートさん、チース!」


 「ソピアちゃん、チース!」



 バルカン式挨拶である。

 トロルのヴェラヴェラは、反射的にカーテシーの形を取ってしまった。



 「あらあ、ヴェラヴェラちゃん、元気にしてましたか?」


 「あ、は、はい! エウリケート様におかれましてはー、ご機嫌麗しゅうー……」


 「ごきげんよう。そんな堅苦しい挨拶は要らないわよ。」


 「お、おい! 管理者って、もしかして!」


 「あ、うん、森の管理者の、ドリュアデスの姫のエウリケートさんだよ。」


 「うはあ、これは御無礼致しました。エウリケート様。私は、この近くの村の長を務めております、ヘンリクと申します。」


 「エウリケートですわ。堅苦しい喋り方は無しにしましょう。私をここに呼んだのは、この穴についてですね。バラノスから聞いています。」



 正確に言えば、知覚を共有しているので『聞いています』では無いのだろうけど、人間相手に分かり安く言ったのだろう。

 私は、この穴を埋めてしまうと、水脈を潰してしまう事、池として使うには穴の形状が危険な事、さて、どうしたら良いか何か良いアイデアは無いかを相談してみた。



 「そうねぇ、バラノスの気持ちを考えると、ドングリの木を植えてあげたいところなのよね。でも、ソピアちゃん、埋戻し工事に関しては、あなたの方が詳しいのじゃなくて?」



 確かに、現状復帰が一番望ましいのだけど、そうすると、当初考えていたよりも大規模な土木工事になりそうなんだよね。私のしでかした事なので、出来るなら他の人を巻き込まないで何とかしたかったのだけど、どうしようか……



 「もし良かったら、私達ドリュアデスから何人かお貸ししましょうか?」


 「おお、なんと勿体無い。では、村からも人手を出しましょう。いえ、是非手伝わせて下さい。ドリュアデスと共に仕事ができるなんて、こんな名誉な事は有りません。」


 「ドリュアデスはあっちの工事現場は大丈夫なの?」


 「問題ありません。ソピアちゃんに授けられた魔法で、想像以上に急ピッチで作業が進んでいますよ。森を守ってくれた大恩人に、私達が力を貸す事を、どうして躊躇うと言うのでしょう。そうよね、バラノス。」


 「はい、仰せのままに。では、植樹するドングリの苗木は、私の方で選定させていただいて宜しいでしょうか。」


 「うーん、……あなたに任せると、全部ドングリの木になっちゃいそうね。オークの木も1本位混ぜて欲しいわ。」



 あ、それならそれならと、ドリュアスが次々にやって来て、自分の守護木を植えろと主張しだした。

 暫らく喧々諤々やった結果、ドングリを中心に、胡桃、ハナミズキ、桑、ポプラ、ニレ、ブドウ、無花果も1本ずつ植えるという事で、話は纏まった様だ。



 『--ちょっと、ソピアちゃん、何勝手に楽しそうな事をやっているのかしら?--』


 『!--わっ、びっくりした。ヴィヴィさん?--!』



 上を見上げると、居たよ。何で私の居場所が分かるんだ? マジでGPSでも付けられているんじゃないかと疑う。ていうか、冗談じゃ無く、それに近い魔導が有るんじゃないのか?



 「あーら、ヴィヴィさん、お久しぶり。あのお菓子とっても美味しかったわ。」


 「ごきげんよう、エウリケート様。その話、ちょっと私も噛ませて下さいな。なんなら、土木に強い宮廷魔道士を出しますよ。」



 やばい、どんどん話がでっかくなって行くんだけど、どうしよう。冷や汗が止まらない。

 大勢が集まっちゃったので、一旦皆で村の村長の家へ集まって、設計図を描く事にした。



 「地下の水脈っていうのはね、地下にある川だと考えればいいの。今、あの穴で分断されちゃっているので、そのまま土を入れて埋めちゃうと、下流域の水の流れが途切れてしまうのね。多分、この辺りはドリュアデスの方が詳しいと思うのだけど、地下水脈は、気の流れ、地脈とも関係しているはずなの。」


 「確かに、あの穴から北側の地脈に乱れが有るのを感じますわ。」


 「だからね、地下水の流れを妨げない様に、その水の流れている地層を守ってやらないといけないのね。」


 「具体的にはどうすれば良いのかしら?」


 「穴の断面の地層を注意深く観察してみると、水脈の下側には、水を通しにくい粘土層、水脈部分は、礫や砂の層で出来ています。だから、それを再現させるの。大地のリペアを行うの。」


 「大地を生き物の身体みたいにリペアするというのは、考えても見なかった事だわ。」


 「だけど、大地の修復力というのは、何百年何千年とかかるものなので、リペアの魔法で直す事は出来ない。元々欠損部分を治せる魔法じゃないからね。欠損部分は他から持ってきて補う必要があるの。だから、土、粘土、砂、礫なんかを何処かから調達してこなければなりません。」


 「調達……ですか。砂なら海にいっぱいあるけど。」


 「海砂は塩分を含んでいるので、出来るなら川砂が望ましいです。」


 「分かったわ。以前にソピアちゃんが遭難した川の下流域を浚渫しましょう。」


 「大量の土と粘土はどうしよう。」


 「それなら、鉱山から幾らでも出るわ。確か粘土層に突き当たった坑道もあったはず。」


 「じゃあ、それを貰ってくるという事で。さて、あの土地のデザインに付いてなんだけど、私にアイデアがあります。」



 ただ埋め戻すだけなら、村人達にあまりメリットの有る話ではない。

 無くても、ドリュアデスと一緒に作業が出来るという名誉で手伝ってくれるとは思うのだけど、何か形のある恩恵が欲しいよね。



 「なので、私の考えたのはこれです。」



 外に出て、地面に大きく絵を描いていく。

 それは、中心に小さめの池を作った、森林の中の小公園。

 地層を詳しく調べた結果、水脈の有る層は、8ヤルトと20ヤルト下の2箇所。なので、8ヤルト直下の地層までは、予定通りに水脈を保護しつつ埋め戻して、中心部分だけ、深さ3ヤルト、直径20ヤルトの円形の池を作成する為に残して、その周囲40ヤルトを6ヤルトまで埋め戻す。1ヤルト分、腐葉土と土を混ぜたものを被せ、残りの5を4つの段々、つまり、幅10毎に1.25ずつに分けて上げていく。樹木は、その池を中心に同心円状に植えていく。4箇所に、中心の池まで降りる事の出来る、階段か坂道を設置する。



 「どうかな? 人と森が共生する、水のある公園だよ。ドリュアデス的に問題点はある?」


 「大丈夫よ、私達にとっても憩いの場になりそうね。」


 「我々にとっても有り難い、いざという時の水源にもなるし、時々ドリュアスにも会えるとなれば、我々の聖地ともなります。」


 「ドリュアスに害を成す様な不埒な人間が近づかない様に、この村の管理責任は重大に成るわよ?


 「心得ました。我が王と森の管理者と女神様にかけて誓いましょう。」



 ちょっとまて、今、気になる文言が聞こえたぞ?

 聞き間違いかな、誰もツッコんで居ないから、私もスルーしよう。



 「では、工事開始は明日の早朝から。ドリュアデスは、苗木の選定。ヴィヴィさん達は、鉱山から残土と粘土の調達。村の人達は、森で落ち葉集めと現場の埋戻し工事。ヴェラヴェラは、村人の集めた落ち葉から、腐葉土の作成。私達は、砂と礫の調達と、工事の指揮を執り行います。明日3刻に再びここへ集合した後、各自物資の調達に向かいます。では、本日は解散。」



 あれ? えーと、何か忘れてないかな?


 慌ててマヴァーラのサントラム学園の正門へ向かうと、そこにはふくれっ面で泣き顔のクーマイルマが待っていた。



 「もうっ! もうっ! もうっ!」



ポカポカポカ



 クーマイルマは、何故か、ヴェラヴェラをポカポカ叩いている。

 私を叩けばいいのに。もっと仲良くしたい。

 そう言ったら。



 「無理です無理です! 女神様を叩くことなんて出来ませんー!」



 ついに、女神と言い切ったよ。

 そう呼ぶなって言ったよね? 名前を呼べと。こいつ、頭の中で、ソピアと書いて女神とルビ振ってるだろう。絶対そうだ。

 もう、信仰の自由は認めてやるよ。好きに呼べよ。諦めたよ。




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