第93話 黒玉パート3

 コボルドの集団は、私達を円形に取り囲み、その輪を徐々に狭めて来た。

 数は、47匹。巣に居て戦闘に関わっていないのも数えると、60は越えるかもしれない。

 コボルドって、あまり強くないイメージだったんだけどな。でかいだけにちょっと威圧感が半端ないよね。


 取り囲む輪のサイズが半径20位まで狭まった所で、バラバラと攻撃に走り出す個体が出始めた。

 統率が取れていると言うよりも、皆が似た様な行動原理に基づいているので、全体で見たら纏まっている様に見えるだけなのかも。

 例えて言うなら、草食動物や魚が集団で固まって走る様に、誰かが統率を取っているわけじゃなくて、皆が走る誰かの近くへ、誰かと同じ方向へと同じ行動原理で動いて居るせいで、纏まっている様に見えているだけなんだ。

 コボルドは、草食動物では無いけれど、誰かが走る方向へ走る、誰かが攻撃する相手へ攻撃するという様に動くせいで、集団行動が成り立っている。きっとそれで狩りの効率も良いのだろう。


 そして今、少数の個体が私達に攻撃を開始したせいで、それを見た他の個体も同様に攻撃に入って来た。

 これは、1体1体はそれ程強く無いとはいえ、森の中で出くわしたらやばい訳だ。



 「数が多すぎるので、ちょっと減らしてくる。危ないから近くには来ないでね!」



 私はそう叫ぶと、先頭集団の所まで走り、魔導リアクター展開。3ヤルト上空に滞空して、放電開始。



 バリバリバリバリ!

 バババババババババババ!!

 ピシャッ!! ドドーーーーーン!!!



 幾筋もの落雷が、突っ立って上を見上げているコボルドの脳天を直撃して行く。

 電圧は50万ボルト、電流だってケチったりしない。即死量の大盤振る舞いだ。

 一瞬で10頭程を丸焦げにしたのは良いのだけど、音にびっくりした他の集団が散り散りに逃げ始めちゃった。

 ヤバイじゃん、これじゃ討伐出来ない。

 魔物は、その場の危険を感じて逃げてもすぐに戻って来る。

 一旦目を付けた獲物は決して諦めないんだ。所有欲が強いっていうのかな、地球のヒグマもそうらしいよね。一旦その場から逃げたとしても、直ぐに戻って来て再び村を襲う。そういう性質なんだ。だから、ここで取り逃がしてはいけない。


 私は直ぐにリアクターを止め、放電を中止して地面に降りた。

 遠くへ走って行くコボルドを魔力で捕まえて、こっちへ引き寄せる。

 引き寄せたコボルドを上へ掲げると、その頭へサクッと矢が飛んでくる。クーマイルマだ。

 ひょいと掲げると、サクッ。ひょいサクッ、ひょいサクッ。

 遠くへ逃げて行くのを捕まえては、ひょいサクッ、ひょいサクッ、って感じで20頭程を仕留めたら、矢が飛んで来なくなった。

 多分これで矢が尽きたのだろう。しょうがないので、自分の持っている剣でサクッとやった。

 矢の飛んで来ていた木の枝まで飛んで行って、泣きそうな顔をしているクーマイルマの矢筒に、倉庫から出した矢を補充してあげた。

 残りは十数頭だね。ケイティーとヴェラヴェラだけでなんとかなるかな?



 「ケイティー! ヴェラヴェラー! 残りは二人でなんとかなるー!?」


 「うんー大丈夫ー! まかせてー!」


 「まかせたー!」



 私は、クーマイルマが乗っている木の枝の上の枝に腰掛けて、二人の攻撃を観察する事にした。

 離れて行きそうなやつだけを木の上から狙撃する。


 ケイティーは、危なげ無いね。華麗なステップで攻撃を避け、避けたと思ったらそのコボルドは、頭と胴が離れ離れになっている。後の先を取っている訳で、相手の攻撃後に出来る隙きを上手く突いた攻撃方法に成れて来ているみたいだ。まるでダンスでもしているみたいに、華麗なステップで、魔物の集団の中を縫う様に移動しながら、すれ違った魔物を斃して行く。

 ヴェラヴェラはというと、向かって来るコボルド限定で、腕を伸ばして頭をゴンゴン殴っている。棍棒と言っても刃が付いているので、棒が半分位迄めり込み、頭蓋骨を粉砕している。腕が伸びる分、肩を中心とした角速度が同じでも、先端速度は増すわけで、腕の長さが2倍になれば、同じ力で振り回しても威力は倍増しているわけだ。うーん、全然手加減しているフシは無いね。自分に向かってくる魔物に対しては容赦無い女なんだね。

 ケイティーが10頭位、残りをヴェラヴェラが斃した。


 手分けして討伐部位の左耳を切り取って、さあ巣へ向かおうかとした所、クーマイルマが『待って下さーい』と慌てている。コボルドに刺さった矢と鏃を回収したいんだって。うん、まあ、1本4千円だと思うと、捨てていくにはちょっと抵抗あるか。クーマイルマは別の意味で捨てて行けないみたいだけど。

 矢は、結構威力あるみたいで、頭蓋骨を突き破って中まで入り込んじゃってるので、取り出すのにちょっと苦労した。ていうか、頭かち割るのグロい。うええー。

 今度狩りに出るときには、使い捨てにしても惜しくない様な安い矢を持たせようか。


 全部を処理して、鏃も回収して、今度こそ巣へ向かう。

 魔力のサーチで巣の場所は分かってるんだ。反応は一塊に成っていて、何匹居るのかまでは分からないけど。

 魔力を感知してこっちが近づいて来ているのが分かるみたいなので、サーチは一瞬だけにしておく。

 森を奥へ進んで行くと、なだらかな斜面に巣穴が幾つか有った。


 多分、中に居るのはメスとか授乳期の幼体なんだろうな。

 ちょっと躊躇っていたら、なんか察したのか、クーマイルマがナイフを抜いて巣穴にさっさと入って行って処理して来てくれた。

 穴の中は、奥が広くなっていて、案の定メスと5~6匹の幼体が居たそうだ。でも、きちんと処理をしておかないと後で人に害を成す存在になってしまう。心を鬼にしてやらなければならない。


 クーマイルマは、流石に森の狩人だけあって、そういうのは手慣れたものだった。

 私も、12歳までは狩人していたんだから、平気だろうとは思うんだけど、地球の京介との意識の違いで、この辺りにも魂の乖離がありそうな予感がした。またぶっ倒れるかも知れないので、そこは生粋の現地人にお任せすることにしたよ。


 穴の中のは、このまま埋めちゃえばいいか。

 さっき皆で狩った方は、埋めるか燃やすかしないと疫病が発生しかねないので、戻って一箇所へ集める。



 「これどうしよう。燃やす?」


 「うーん、火事になりそうだよねー。」


 「穴掘って埋めちゃうのが無難かな?」


 「あ、黒玉で……」


 「だめーー!!!」



 全部言い終わらない内にケイティーに全力で拒否された。黒玉で吸い込んじゃえば一瞬なのに。

 埋めるといっても、ここは森の中なので、文字通り木が林立していて、地中も根が張っていて掘りにくいんだ。それに、水源が近そうなんだよなー……汚染にならないかな。


 よし! 黒玉で処理しよう。



 「みんな、ちょっと大規模魔法使うから、一旦100……いや、200位離れてくれない?」


 「いやー! 皆、走ってー!!」



 そんな急がなくても、皆が避難完了するまでやらないよ。

 魔力サーチで、3人が離れるのをじっと待つ。



 『!--ケイティー、そろそろいいかーい?--!』


 『--まだー!!--』



 300も離れて行ったよ。どんだけ怖がりなんだよ。



 『!--もういいかーい。--!』


 『--も、もういいよー。--』



 ケイティーの了解を得て、黒玉を生成し始める。

 コボルドの死体の山の中心に重力を集中して、どんどん加速していく。

 中心点から重力レンズが発生して、周囲の空間が歪んで見え始めた。真ん中に、魚眼レンズの玉があるみたいに見える。

 やがて、中心点に爪の先ほどの大きさの黒点が現れ始めた。これがこの魔法の名前の由来である黒玉こと、マイクロブラックホールだ。

 ブラックホールには、理論上大きさは無いのだが、黒い球体には大きさがある。中心の重力加速度が無限大で、離れるに従って距離の自乗に反比例して減衰して行くのだが、その重力加速度が光速を越えている所と越えていない所で境界面が出来るのだ。そこをシュバルツシルト半径、又は事象の地平面と言う。

 何故事象の地平面というのかというと、光が脱出出来ないという事は、あらゆる物質も脱出出来ないという事に他ならないからだ。時間もその境界面で反転している可能性がある。あらゆる面で、その境界面を境に向こう側とこっち側は全く反転した別世界になっているだろうと考えられる。


 私は、ちょっと、その境界面の向こう側へ入ってみたいなという誘惑にかられそうになった。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 『!--ケイティー、そろそろいいかーい?--!』


 『--まだー!!--』



 私は全力で否定した。

 あの黒玉とかいうソピアの魔導は、危険過ぎる。あの子は平然と使うけど、あれは、だめなやつだ、絶対!

 なんか、世界がひっくり返って、あの中心の黒い所へ落っこちて行く感覚は、おそらく雲の上から墜落する以上の恐怖だ。あの、真っ黒な空間。恐ろしい。

 ソピアは200離れろと言っていたけど、全然足りないでしょ。あの巨大マンドラゴラの致死範囲よりも範囲が狭いなんてあり得ない!

 300離れた所で、再びソピアからテレパシーが来た。



 『!--もういいかーい。--!』


 『--も、もういいよー。--』


 「みんな! おっかないのが来るから、大木とか大岩とかの後ろに回って、地面に伏せて!」



 私はクーマイルマとヴェラヴェラの二人に大声で叫んだ。いや、かくれんぼじゃないんだから、もたもた隠れる場所を捜されたら間に合わない。私は二人の服を引っ掴み、近くにあった根が頑丈そうに張った、大木の陰に飛び込んだ。



 「伏せてー!!」



 そういった瞬間、平らだった地面が傾いた。


 そう、比喩でも冗談でも無く、本当に傾いたのだ。

 今しがた走って来た方向へ向けて、大地が斜面になった。坂道に成ったのだ。

 身を寄せた大木が、メキメキと嫌な音を立てる。


 実は、地盤が本当に斜めに成ったわけではない。重力が横方向にも発生したため、重力加速度の下方向のベクトルと横方向のベクトルが合わさって、斜め下方向へベクトルが向いたため、そちらの斜め下方向を三半規管が下だと認識し、地面が斜めになったと錯覚したのだ。


 私は永遠の時間の様に感じたのだが、実際はほんの一瞬だったのかも知れない。

 体がフッと軽くなり、、次の瞬間には地面も元の平らな地面に戻っていた。

 私は、ソピアの黒玉魔法が終わった事を知り、よろよろと立ち上がった。

 ヴェラヴェラは未だ木の根元で頭を抱えてガタガタ震えている。

 クーマイルマが彼女より先になんとか立ち上がった。



 「終わった様ね。」


 「今のが! めが、めっ、ソピアさあの魔法なんですか?」


 「うん、私の経験した中でも一番凄かった。」


 「うええーん。神様ー。あたいは良い子ですか? 天罰を与えないでくださいー。」



 ヴェラヴェラが泣いている。あの陽気なヴェラヴェラが。よっぽど怖かったのだろう。

 私達は、今来た道を引き返した。

 森の木々が、全部同じ方向へ向けて傾いてしまっている。まっすぐ立って歩いているのに、未だ傾いている様な錯覚に襲われる。


 200も歩いて行ったら、そこに見た景色は、何も無く成ってしまった空き地だった。

 巨大なすり鉢状に、コボルドの死体どころか、森の木も、地面さえも消え失せてしまっていた。



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