第91話 魔族とトロルの武器選び

 試験の1番手はクーマイルマだ。

 小さめの狩猟弓と、先の丸い模擬戦用の矢を使う。魔族はこれにどう魔法を組み合わせるのだろう。


 お姉さんが、検定開始の笛を吹く。

 試験官は、前回、前々回共に同じ人。盾と短槍の使い手だね。

 私とケイティーは、この人の戦い方を知っているので、どうとでも対処出来るんだけど、初めての人にとっては苦戦するかも。


 クーマイルマは、矢を弓に番えたまま走り出す。右へ左へと、人間とは全然違う速度で移動する。体が左右にブレて見える程だ。

 いや、残像で2人に見えるぞ。忍者か。


 多分、移動速度以外にも、お師匠が使うみたいな光学系の魔法も合わせているのかも。見え方が、完全な実態というよりも、ブレた映像が複数見えるという感じで、どれも実態じゃないという風に見える。全部が本物ではなくて、全部が偽物みたいに見えるのだ。


 試験官の脇を通り過ぎる過程で、矢は試験官の左側頭と右の脇腹に二本命中していた。

 変移抜刀霞斬りか! 抜刀でも斬りでも無いけど。

 ピーっと検定終了の笛が鳴らされ、クーマイルマは私達の所へ戻って来た。



 「どうでした? めが、ソピア様。お役に立ちますか?」


 「様も付けないで、お願い。試験官に何もさせずに最速で勝負が付いたのは凄いよ。一緒に狩りが楽しみだねー。」



 試験官がこっちを睨んでいるよ。

 クーマイルマはそんな事にも気づかず、ピョンピョンと女の子っぽい喜び表現で跳ねながら、満面の笑顔で私の隣の椅子へ嬉しそうに座った。

 様付けだけじゃなくて、『めがソピア』も早く直して欲しい。私が巨大化しそうだから。



 次は、ヴェラヴェラの順番。

 得物は棍棒。


 棍棒と一言に言っても、形は様々だ。所謂鬼の金棒みたいにバット形状の物が想像に難くないが、西洋のフレイルやメイスなんかも棍棒の類だし、東洋で言えば、トンファーやヌンチャクや三節棍なんかも棍棒だと言えるだろう。三節棍なんて、棍の字が入っちゃってるしね。棍の字自体に棒という意味が有るので、棍棒だと意味が重複しているとも言える。中国では棍術、日本では棒術と呼ばれるので、合わさって棍棒と成ったのではなかろうか。

 孫悟空の如意棒みたいな、物干し竿みたいな棒を使うのも棍術なので、ざっくり言うと、打撃武器は全て棍棒と言って良いのかもしれない。

 ハンマーも棍棒なのか? うーん、きっと、棍棒の一種なんでしょう。


 ヴェラヴェラの選んだのは、長さ1ヤルト弱の、何の変哲も無い樫の棒。

 試験官と対峙して、お姉さんが検定開始の笛を拭くと、びっくりした事が起こった。

 3ヤルト程離れて立つ二人が笛の音を聞いた瞬間、試験官が打ち倒されていた。


 ヴェラヴェラが、徐に振りかぶった棍棒は、通常はその距離では届かない筈なのに、何故か届いた。つまり、ヴェラヴェラの腕が伸びたのだ。試験官はびっくりしただろう。

 通常人対人の戦闘では、間合いという物を考える。相手が武器を振っても届かない距離、こちらの武器が届く距離を把握しながら戦うのだ。

 だけど、それを何気ない動作で越えてくる相手には、とても戦い難いだろう。ここが対人と対魔物との戦いの違いなのだ。人との戦いではこうなのだ、こうしていれば安全だという固定観念で、今の一瞬で負けてしまったのだ。



 「ちょ、ちょっと待て、今のは何だ!」



 やばい、魔物とバレるか?



 「今のは遠国で使われている、我々には知られていない特殊な魔法なんです。」



 ナイス! ケイティー。上手く誤魔化した。

 我が国には知られていない、人体を操作する遠い国の特殊魔法だと言い張ってしまえば、ヴェラヴェラのやる大抵の事は誤魔化せるだろう。

 情報伝達手段の遅れている異世界バンザイ。



 「遠国の特殊魔法だと……まるで魔物と戦っているみたいな気分だ。よし、そうと分かれば、もう同じ手は喰らわないぞ。もう一度だ。」



 お姉さんが無慈悲に検定終了の笛をピーと鳴らした。



 「ちょっと待て! 俺はもう一度戦うと言ったんだぞ!」


 「あなたは一度死にました。森の魔物相手でもそんな寝言を言うのですか?」



 お姉さん強い。無慈悲だ。そして、この試験官はポンコツだ。悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 まあ、私達が異常なだけで、普通は初心者の腕前を確かめるだけの役なんだから、必要十分な実力だとは思うんだけどね。なんか、無駄にプライド高いよね。


 4人でハンターズ建物内のラウンジに戻って、ケーキと紅茶で楽しく歓談していたら、受付で呼ばれた。二人のハンターズライセンスが出来たもよう。



 「はい、こちらがクーマイルマちゃんのライセンス証ね。ランクは2よ。」



 水晶のハンター証を手渡され、首にかける。水晶は黄緑色に輝いている。

 私の最初と一緒だ。凄いねこの子。



 「そして、こちらがヴェラヴェラさんの仮ライセンス証ね。こちらも同じくランク2よ。本国に帰った時に、そこのハンターズへ提示すれば、本ライセンス証に替えてくれるわ。」



 仮ライセンス証は、斜めに黄色い線が入っている。色は同じく黄緑色。

 拠点はここに設定されているみたいだけど、本国でこれも好きな所に変更できるらしい。



 「私の時はBランク5だったのに……」



 ケイティーが落ち込んでいる。いや、ケイティーも十分凄いんだよ。同期の二人よりもランクが上なんだから。

 偶々強いのが私の回りに集まってきちゃってるだけで。一人なんて人外だしね。



 「気にする事は無いのよー。あなただって結構順調にランクアップしてるわよ。あの短槍使いの試験官が、割と初見殺しな所があって、初心者はいきなり本ランクには入れない様にしてるのよ。」



 なるほどね、初心者を慢心させて殺さないようにとの配慮か。実は思いやりのある良い人なのかもね。



 「初心者に負けると、かーっと頭に血が登っちゃう人なんだけど、負けず嫌いなだけで悪い人じゃないのよ。」



 前言撤回。



 「あの人はランク2なので、あの人に勝ったという事は、それ以上の実力があるという事なんだけど、今の検定システムだとそれ以上を測れないので、初心者は例えどんなに強くてもランク2スタートになるの。御免なさいね。」



 なるほどね、まあ追々上げていけば良いでしょう。ランク2でも結構色々出来るしね。

 さて、どんなクエストをやろうか。


 ボードを眺めていると、コボルド討伐クエストがあった。



 「ヴェラヴェラは、こういう魔物討伐っていうのは抵抗感あったりする?」


 「んー、向かって来ない相手を意味も無く問答無用で殺すのには抵抗感あるかなー。でも、理由が有るなら殺生が絶対ダメという訳ではないぞー。」



 だと思ったんだ。ヴェラヴェラは、人間相手でもなるべく驚かせて追い払う様にしていたし、止むを得ない時でも殺さない様に戦っていたみたいだし、そうなんじゃないかと思った。



 「魔物討伐が嫌なら、採集とかにしようと思ったんだけど、大丈夫ならこれ行ってみようか。」


 「森の中は弱肉強食だしなー。いいぞー。」



 私達は、コボルド討伐を受注した。

 本来コボルドは、ゴブリンと近い種で、同一と見る地方もあるそうだ。耳がデカくて顔が犬っぽいので、知能の低い好戦的な犬鬼という事になっている。別に犬の近縁種というわけではないのだ。顔がちょっと似ているだけなのだ。それを例に言うなら、オークも別に豚っぽい顔立ちだというだけで、豚では無いんだよね。

 人間って、知らない物を知っている物に置き換えて例える癖があるでしょう。プロレスを西洋相撲と言っちゃう様な物だ。全然相撲とはルーツも何もかも違うのに。


 うちのおじいちゃんなんて、イラストレーターをイラストライターって言っちゃうもんね。イラストは知っている、物書きをライターというのも知っている。だけど、レーターなんていう言葉は知らない。だから、知っている知識の中から似たような意味で似た語感の単語を勝手に当てはめて、イラストを書く人をイラストライターって言っちゃうんだ。

 マウスをクリックする事をクイックと言っちゃう人も居る。クリックなんて単語は知らない、クイックは素早いという意味だとは知っている。だから、マウスを素早くカチカチする事を、知っている知識の引き出しの中から似たような単語を取り出してきて、クイックだと思いこんじゃうんだね。

 こういう間違った置き換えは日常生活の中には、結構あるんだ。

 コボルドも、犬じゃないのに、見た目犬っぽいから犬獣人だと信じて居る人は沢山居るわけだ。でも、んー、人にコボルドの特徴を説明するのに、二足歩行で犬っぽい顔で……って説明するのは仕方の無い事か……。なんか私、自分の中で自問自答して肯定したり否定したりする傾向が結構あるかも。



 「どうしたの? ぼーっとしちゃって。」


 「はっ! ヴェラヴェラの嫌じゃない狩りをどうしようかと考えていたの。」


 「そんなに気を使わなくても大丈夫だぞー。嫌な時はちゃんと言うぞー。」


 「うん、そうだね、言ってくれれば直ぐに止めるから、お願いするよ。クーマイルマも人間と魔族では価値観が違うと思うから、魔族的に駄目な場合が有ったら遠慮無く言って欲しい。」


 「はい! めが、あ、ソピアさ……さん、分かりました。」



 ぎこちねー。

 もっと、友達として、普通に喋って欲しいなー。ケイティーとは普通に喋っているのに、寂しいよ。



 「じゃあ、今度は二人の新しい武器を買いに行こう。」



 私達は、ハンターズを出て、商区の武器屋へやって来た。



 「この区画では、この店が一番大きいんだよ。」



 ケイティーお薦めの店らしい。

 確かに品揃えが多いね。

 中に入って、弓と棍棒を物色する。



 「良さそうな物あった?」


 「うーん、魔族の使うものとは形が違っていて、試射してみないとなんとも……」


 「おじさーん、弓の試射って出来るー?」


 「ああ、済まないな、この店では出来ないんだ。弓は弓専門の店があるから、そちらへ行ってみるといい。」


 「じゃあ、クーマイルマの弓は取り合えず後回しにして、ヴェラヴェラの棍棒を買って行こう。」


 「あたいはもう決めたぞー。これにするー。」



 ヴェラヴェラが手に持っているのを見てみると、一見真っ直ぐな先の尖った鉄の棒の様に見える、長さ1ヤルト弱の棍棒を持っていた。

 それをよく見ると、ロングソードを90度捻って合わせた様な形をしている。つまり、ブレード部分の断面が十字の形をしているロングソードとでも言う様な武器だった。メイスの変形版なのかも。

 殴ってよし、切ってよし、突き刺してよしの武器だ。棍棒として運用するけど、殴られたらざっくり行くよ、突き刺されたら血は止まらないよという、完全に殺しにかかってくる逸品です。



 「えー、なんか、らしくない武器を選んだね。」


 「そうかなー。実際問題、森の中で魔物に襲われたら、怪我させない様にとか言ってられないからねー。襲われたなら、確実に仕留めるしか無いんだよー。」



 ごもっとも。流石に森の住人相手に釈迦に説法でしたね。


 武器屋でヴェラヴェラの武器を購入して、教えてもらった弓屋へ行ってクーマイルマの武器を買う事にする。

 弓屋は大小様々な弓と投擲武器が売られていた。

 クーマイルマは森の中を駆け回るので、小さめの弓が良いんだろうな。

 実際に彼女が選んだのは、つや消しの黒色の小さめの弓だった。

 値札を見て、ちょっと引いた。大金貨18.5枚……地球の価格に変換すると、185万円。こんな高い弓って有るの?

 流石に固まっていたら、ケイティーが半分出そうかと言ってきてくれた。だ、大丈夫。私はライセンス料でロイヤリティ収入があるからね。ケイティーは、花嫁道具でも買う用に貯金しておきなさい。

 店のおじさんに、試し撃ち出来るか聞いたら、店の裏手に試射場があった。



 「その弓は良いよー。ここから遥か北方に住む黒星水牛の角を加工した物で、軽く引けるのに反発力が強くて、大弓と同じ位の飛距離を飛ばせるんだ。」



 なるほど、特別な素材なんだね。

 矢も買わなくちゃならないけど、こちらも鏃や羽の素材で値段がピンキリになるみたい。



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