第78話 マンドレイク

 「ウルスラさん、あの円環が見える?」


 「はい、アレは一体……」


 「あれ、あの時私の頭の上にあった円環と同じ物だよ。ウルスラさんは天使の輪と見間違えたみたいだけど、あれは魔導だよ。」


 「なんと、あれが魔導……。神の雷もですか?」


 「そうだよ。全部魔導だよ。機会があったらウルスラさんにも教えてあげるね。」



 円環のある位置を目指して飛び、少し離れた所で着地して、第一ドリュアスを発見して、挨拶をする。

 直ぐにエウリケートさんに取り次いでもらえた。



 「あーら、ソピアちゃん、進捗状況を見に来たの?」


 「うん、結構工事は順調の様だね。」


 「そうなのよ、あなたと大賢者様のお蔭で、想像以上に上手く行ってるわ。この調子なら、森は直ぐに元通りになるでしょう。」


 「そっか、それなら良かった。」


 「所で、そちらの方をご紹介下さいな。」


 「えっとね、こちらはウルスラさん。お隣の国の宮廷魔術師長官なんだよ。今はうちの国に留学中なの。ウルスラさん、こちらはエウリケートさん。ドリュアデスのお姫様だよ。」


 「まあ、ウルスラさん、御機嫌良う。エウリケートと申します。よろしくお願い申し上げますわ。」


 「御機嫌良う、エウリケート様。よろしくお願い申し上げます。」



 ウルスラさん、カーテシーでご挨拶。



 「そして、こちらが……」


 「存じておりますわ。ケイティーさんですね。」


 「あれ? 会った事あったっけ?」


 「いいえ、うちのモレアと会いましたでしょう? 私達、視覚も味覚も共有していますの。」



 味覚?

 あ!



 『!--ヴィヴィさん、エウリケートさんに協力を頼むのだったら、あのお菓子を持って来れば良かった。--!』


 『--え、ええ、わたくしとした事が、失念していましたわ。--』


 「あの、エウリケートさん、今度王宮御用達のお菓子を持って挨拶に来ますね。」


 「あらあ、まるで催促しちゃったみたいで、ごめんなさーい。」



 遠回しに催促したよ。

 満面の笑顔だよ、エウリケートさん。あのお菓子、味覚だけ味わって、きっと悔しかったんでしょう。



 「私は、エウリケートさんにお会いするのは初めてなので、ご挨拶させて下さい。ケイティーと申します。お見知り置き下さい。」

 「あらあら、これはご丁寧に。よろしくお願いしたしますわ。ソピアちゃんの大親友なんですってね。」


 「はい。大親友なんです!」


 「そうなのねー、羨ましいわ。ところで、今日は何か御用が有ってこちらへ居らしたのでしょう?」


 「そうなんだよ。マンドレイクを採集に来たんだ。ドリュアデスなら森の事に詳しいと思って。生えている場所知っているなら教えて欲しいんだけど。」


 「マンドレイク?」


 「あれ? 呼び名が違う? アルラウネとか、マンドラゴラならわかる?」


 「アルラウネ! アルラウネね。あー、はいはい。わかるわ。自生しているのは、黒の原生林シュワルツ・ウルヴァルト。人間達が魔物の領域と呼んでいる森の中ですわ。」


 「そこへ案内して貰うことは出来る?」


 「いいわよ。でもあそこは魔族の領域なので、あまり派手に活動はしないで欲しいの。どの位採りたいの?」


 「決めてなかったのだけど、一人1本でいい?」



 私は、同意を求める様に皆の顔を見た。

 ケイティーとヴィヴィさんは、頷いてくれた。



 「あのー、私は個人的に研究に使いたいので、1本頂いて宜しいでしょうか?」


 「了解、では、3本を納品して、1本はウルスラさんが貰うという事でいい?報酬は、3人で3等分、ウルスラさんは現物支給ね。」


 「わかりました。アルラウネの株は4つまで採取を許します。これは厳守でお願いします。」


 「はい。」


 「では、丁度ここで作業している者の中に魔族の子が居るので、彼に案内をさせましょう。」



 呼ばれて来たのは、見た目人間で言うと16~17歳という感じの魔族の少年だった。

 頭に羊みたいな巻角があり、耳はロバの様に長く、目の瞳孔が山羊みたいな横長、そして、しっぽがある。

 地球人的には悪魔の姿に近いかも。ただ、手足や顔の作りは人間に近いので、会話が出来る。

 私が全員を持ち上げて飛行する事にする。

 案内の魔族の少年に私の隣に持って来てもらって、ナビゲートしてもらう。



 「俺、人間嫌い。だけど、エウリケートの頼みだから、お前達を案内する。」


 「ありがと、よろしくね。」



 魔族が人間を嫌いだなんて、百も承知だい。

 人間も魔族を嫌いなんだから、お互い様という事で。

 だけど、何で啀み合ってるんだろうね?



 「知らない。」


 「私も。」



 まあ、末端の国民が、何でお互いに啀み合ってるのかなんて知らないってのはよくある話。

 だけど、大人が何も知らない子供に話を盛って憎しみを植え付けている。つまり、教育で憎しみを再生産しているわけだ。

 だから、それをどっかで止めれば良いのだけど、どっちかが止めれば、一方的にやられるだけだと、どっちも思ってる。

 向こうは隙き有らばやってやろうと常に狙っているのに、こっちは無警戒無防備なんてあり得ないでしょってね。

 それと、民族的価値観の違いも話をややこしくしてるね。魔族は同族の繋がりが非常に強いのだけど、人間はそれに比べると比較的個人主義だ。何世代も前の先祖だったり見知らぬ赤の他人がやられたとしても、あまり自分の事とは結びつかない傾向にある。魔族は逆にそれで逆上したりするんだよね。そういう所が違う。

 指導者同士が話し合って、同時に振り上げた拳を降ろさなければならないのだけど、未だ話し合いは出来ていない有様だ。

 こういうのって、どうしたら解決出来るんだろうね。共通の敵でも現れればいいのかな?

 あ、でも、邪竜大戦の時には協力したって話は聞くんだけど、未だわだかまりは消えていないっぽいよね。


 とか考えていたら、黒の原生林シュワルツ・ウルヴァルトとの境界あたりまでやって来ていた。此処から先が魔族の領域。

 私達はその境界の手前で着陸し、徒歩で向こう側へ入る。あまり相手を刺激しないようにって配慮だ。



 「ヴィヴィさん、ウルスラさん、気が付いてる?」


 「ええ、20……いや、30ってとこかしら。」


 「私には魔族か魔物なのか普通の動物なのか分からないのですが、お二人はお分かりに成るのですか?」


 「いえ、全然。そこまでは便利じゃないよね。だけど、こっちの様子を伺っているのは分かる。という事は……」


 「はい、魔物なら問答無用でこちらへ突進して来るはずですし、動物なら動きが人間とは違います。」


 「つまり、魔族の人間に見張られているという事ですわ。みなさん、お行儀良くね。」



 ケイティーも、何と無く気配は察知しているみたいで緊張した顔をしている。

 魔族の少年が同行しているので、いきなり襲われるという事は無い様だ。



 「聞いておきたいんだけど、魔物や猛獣が襲ってきた時には撃退しちゃっても良いんだよね?」


 「ああ、それは構わないぞ。俺達も助かるしな。」



 ふーん、魔族と魔物って仲良しなんだと思っていたけど、そうじゃないんだ?

 人間目線だと、人間に無条件で敵対している生物に『魔』の文字を付けている訳だけど、人間と敵対しているからと言ってお互いに味方と言う訳でも無い様だ。

 魔物って、捕食目的じゃなくても問答無用で襲って来るんだけど、どういう行動原理なんだろうね。不思議。


 少し歩くと、起伏の有る地形に大樹が林立し、葉の隙間から日光が適度に差し込む幻想的な空間に出た。



 「岩や地面が苔むしていて、綺麗な所だな。小川の水も綺麗で心地良い空間だよ。」


 「お、人間でも分かるのか? 人間って、こう言う所が嫌いで、全部平らに均してしまうよな。」



 うーむ、かなり偏見が入っているぞ?

 それは町や村とかの人の住む場所を作る場合だな。自然環境を大規模に改変して居住空間を作るのって、人間とビーバーだけなんだったかな? 空覚うろおぼええだけど。



 「マンドレイクは大体、この辺りに生えているぞ。」


 「ありがとう坊や。皆、散開して探しましょう。見つけても勝手に引き抜かない様にね。場所をマークして、1本ずつ慎重に引き抜きましょう。麻痺絶叫パラライズシャウトに気を付けて。」



 --麻痺絶叫パラライズシャウト

 マンドレイクは、地面から引き抜かれる時に、この麻痺絶叫パラライズシャウトを発する。

 遠く離れて居れば体が痺れる程度なのだが、近くで聞いてしまうと死に至る場合もある。心筋や呼吸筋が麻痺し、括約筋も弛緩してしまうため糞尿を垂れ流し、瞳孔も開き、表情筋も麻痺するため、死に顔も恐ろしい。その死姿は恐怖そのものである。--



 「こっわ! どの位離れていれば大丈夫なの?」


 「100位離れていれば大丈夫かしらー?念の為に耳も塞いでね。」


 「皆でマンドレイク狩りなんて、私、この歳になってこんなにワクワクするの初めてですよ。」



 ウルスラさん、可愛いな。



 「おーい! 今からマンドレイク引き抜くから、避難してねー。」



 1本のマンドレイクを見つけた。引き抜く前に私は、森の奥に向かって叫んだ。

 魔族の人でも巻き添えに成ったら気の毒だもんね。

 魔力サーチで100ヤルト以内から全員居なく成るのを確認して、魔力で一気に引き抜く。



 「いくよー! 皆耳塞いでー。3,2,1、ゼロ!」



 ギャアアアアアァァァァァァ!!

 キーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 ビリビリビリビリ



 大気が震えた。



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