第65話 謎の施設

 「今回も、ケイティーに助けられちゃった。」


 「なんだろう、私達ってトラブルを引き寄せる体質なのかなぁ……」



 ケイティーの怪我は、お師匠が魔法で綺麗に傷跡も残さず治してしまった。



 「あなた達、近寄ってくる知らない男には十分に注意しないと駄目よ。それと、身元の不確かな者の依頼を受注したハンターズギルドにはペナルティを課さなければなりませんね。ふふふ……」



 ペナルティの所から、ヴィヴィさんの顔つきが変わったのがちょっと怖かった。


 アクセルをグルグルに縛って簀巻きにして、連行する事にしたのだが、お師匠とヴィヴィさんが、ここの施設について興味が唆られる様で、暫らく調査したいと言い出した。


 ソピアが破壊してしまった結晶柱は、幸い、娯楽関係のサブカルチャーデータを保存してあった箇所の様で、アクセルは内心ホッとした様だった。

 お師匠達が爆破してしまった丸テーブルは、機能とは関係無い箇所の様だったので、ひとまずそこは手を付けない事にした。



 簀巻きのアクセルを含む5人は、最下層のリアクターの部屋へ来ていた。



 「ソピーよ、おまえの魔力でこのリアクターを動かせないか?」


 「うーん……? 出来なくは無いと思うけど、プラズマなら何でもいいのかな?」


 「取り敢えず、空気のプラズマで動かしてみるか?」


 「でも、それだと私が付きっ切りでここで魔力を注入しなければならないよね? 上の部屋のベッドで魔力吸い取られてるのと変わらないよね?」


 「では、どうする?」


 「核融合反応が良いと思うんだ。トリチウムが必要だよ。」


 「ほう? 核融合反応とはなんじゃ?」



 トリチウムとは、三重水素の事。通常の水素原子では、陽子が1個の原子核に、電子が1個回っている。

 ところが、稀に陽子1個に中性子が1個の原子核を持つ二重水素デューテリウムという同位体も存在する。

 同様に、もっと稀に中性子が2個ある水素も有り、これを三重水素トリチウムという。


 ヘリウムの原子核は、陽子2個に中性子が2個なので、三重水素トリチウムと普通の水素の融合で、ヘリウムが1個出来上がる。

 同様に、二重水素2個の融合でもヘリウム1個出来上がる。

 だが、自然界に存在する二重水素を2個を見つけるよりも、三重水素を1個見つける方が確率が高い為、三重水素を使う方が採用されている。



 「核融合反応を連鎖爆発させない様に制御して、1回反応を起こせれば勝手に熱を生んで再反応を維持してくれるので、エネルギーを取り出すのが楽なんだ。ここのリアクターは、多分そういう装置だよ。」


 「ふむ、では、トリチウムというのを探せばよいのじゃな?」


 「うーん、でもー、この世界では抽出は無理なんじゃないかなー……」



 通常、トリチウムを集めるには、自然界に極微量存在するトリチウムと酸素が反応した、通常の水よりも重い三重水素水トリチウム水を、大量の海水を処理して抽出するのだが……



 「いや、有るぞ! ……というか、有るかもしれないぞ。」



 簀巻きのアクセルが急に発言した。



 「ここのシステムを維持するために、その動力の燃料を近くに保管していない筈がない。上のデータベースを検索すれば、その場所が見つかるかもしれない。」



 5人はその言葉を受け、再びクリスタルの部屋へ戻って来た。

 アクセルが簀巻きのままでは操作出来ないので、縄を解いてやった。



 「もし、敵対行為を取るならば、私は躊躇無くここを破壊するからね。」


 「もう、そんな事はしやしないさ。」



 アクセルは、流れるような操作でデータベースを検索し始めた。

 目の前に浮かんだホログラムのスクリーンには、早回しで色々な映像が流れて行く。

 アクセルの検索が終わるまで、私達はピクニックセットを取り出して、サンドイッチを頬張っていた。

 ケイティーは、自慢の剣に刃こぼれが無いか、入念に調べていた。



 「おいおい、ここは飲食禁止だぞ。そこら中に食べかすを落とさないでくれよな。」



 このレプリカ剣は普通に研ぎに出せるのかとか、この紅茶美味しいとか、緊張感の無い会話をしていると、アクセルの『有った!』という大きな声に皆が振り向いた。



 「あったあった! やっぱり有ったよ。ソピアのトリチウムという単語がキーだった。」



 アクセルは、この10年の間、あの動力炉を全く動かそうと試みなかった訳では無かったのだ。

 ただ、データベースの使えない状態で、動作原理とか、燃料とかの部分の知識が無くては、調べるものも調べられなかったのだった。

 動力炉が何を燃料に動いていたのかが全く分からなかった為、手の出し様が無かったのだ。



 「お前やっぱり面白いなー、その知識は一体何処から手に入れたんだ? 僕と一緒にここに住まないか?」


 「なにそれ、プロポーズのつもり?」


 「駄目! ソピアは、私と冒険するんだから!」」

 「駄目よ! ソピアちゃんは、王国の国宝なんだから!」

 「駄目じゃ! ソピーは、わしの孫じゃから、わしの許しが無ければ結婚は許さん!」



 全会一致で全否定だった。

 てゆーか、爺は急に保護者づらかよ!



 「私は、アカシックレコードから異世界の知識にアクセスしたからね。こんなデータベースなんて、鼻で笑っちゃうね!」


 「なんだと! アカシックレコード……そいつはすごい。」



 うっそでーす! 京介の記憶しかわかりませーん。



 「で、トリチウムはどこにあったの?」


 「あ、そうだった。この施設の中、リアクターの真下だ。」



 そこまで行く方法は、3つ目の分岐を右へ、その次も右へと行けば良かった。

 そこに大型のリフトが有る……んだけど、当然動いていない。

 多分、私達が最初に入って来た洞窟は、搬入口だったのかもしれない。

 一つ分岐を戻って、そこを左へ行けば、階段があった。



 「うっわー、これ100ヤルトも降りるのー?」



 私がげんなりした顔をしていると、お師匠が私達を持ち上げて、飛行術でスイスイと降りていった。

 そうでした。私達、飛べるんだったよね。すぐ忘れちゃう。

 でも、スピード出しすぎ。右回りにグルグル回っていると、気持ち悪くなって来た。吐きそう……

 と思っていたら、アクセルが吐いた。



 「えろえろえろえろ……おえー」



 まあ、この中で一番三半規管が弱そうだもんね。

 もうちょっとゆっくり行こう。


 お師匠がスピードをセーブしたおかげで、第二のリバースは避けられた。

 なんとか最下層まで辿り着いて、ヴィヴィさんが明かりの魔法を大きくして照らすと、巨大な地下駐車場みたいな空間だった。

 壁も天井もグレーで、床だけが緑色。白い線が所々走っている。



 「ここのどこ?」


 「こっちだ。」



 地図を頭に入れている、アクセルを先頭にして歩いて行き、ある巨大な鉄の扉の前で立ち止まった。

 鉄の扉は、観音開きに成っている様で、左右にあるハンドルを倒して引くと、カンヌキが抜けて開くように成っている。

 扉を開いて中に入ると、大きなタンクが幾つも並んでいた。



 「ああ、トリチウムの状態だと保存が効かないので、通常は安定したトリチウム水として保存して、使う時に電気分解で取り出す仕組みみたいだね。」



 これは困った。

 魔導炉を動かすには電力が必要。電力を得るには核融合炉を動かさなければならない。核融合炉を動かすにはトリチウムが必要。トリチウムを取り出すには電力が必要、と。

 先日手ですか? こりゃ詰んだかな?

 簡単に言うと、電力を得るには電力が必要という事だ。

 さて、どうする?



 「要するに、火を起こすのに種火が必要という事じゃろ? 魔導リアクターで電力を作れるじゃろう?」


 「でも、あれだと、電圧とか細かく調節出来ないんだよね。直流だし。それに、過剰電流流したらこの辺の機械、壊しちゃわないかな……」



 地球での例だと、発電所から最初に出てくる電気の電圧は、凡そ50万∨、それを1次変電所で15万4000∨から6万6000∨に変電し、送電線に送られる。鉄道会社などは、この電圧で送られてきていて、自社の変電設備で必要な電圧に下げるが、大きな工場等では、中間変電所で2万2000∨に変電されて供給されている。更にこれを配電変電所で6600∨に変電し、街中の電線に通っているのはこの電圧。これを電柱の上に載っているトランスで更に落として200∨とか100∨にして、各家庭に送られているというわけ。



 「で、ここの機械にはどの位の電圧で来ているのかだよね。どちらにしろ、電気分解には直流を使うのだから、いいのか?」



 タンクの裏に回ったお師匠が手招きしてきた。

 呼ばれた方に行ってみると、そこには電極が幾つも入っている大きな水槽が有った。

 接続されているケーブルには、【超高圧、危険、10000∨】と書かれている。



 「あはは、ご丁寧に書いてあった。1万ボルトだね。」


 「えっ?」


 「何処に?」


 「ちょっとまって、君、この文字読めるのか?」


 「は?」



 指摘されて気が付いた。私普通に読んでた。

 っていうか、日本語だよね、これ?



 「この不思議な文様は文字なのか?」


 「そうだよ、僕の居た世界の古代文字だよ!」


 「なんとまあ……」


 「えっ? という事は、ここは地球なの? ……あ、いや、でも、成層圏から見た地形には見覚えが無かったなー……でも、どういう事だろう……」



 考え込んでしまった。

 だけど、分からない事をいくら考えても時間の無駄なので、今出来る事を取り敢えずやってみる。



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