第64話 黒玉
立坑の最奥部。
そこは、小型の円形闘技場の様に見える空間で、その中央には半球状のドームが有った。
何も動く物は無い、静寂の空間だった。
「おそらく、ここの真上に在る立坑は、排熱ダクトで、横側から冷気が流れ込む様になっておるのじゃろうな。」
そこの半球から伸びる導管は、ミスリル製の様に見える。
「ロルフ様、この配管は、ミスリル銀製ですわ。これが全部! 持って帰ったら、国の一つや二つ買えてしまえそうな程の量!」
「ふむ、という事は、その配管は、魔力を流すためのものじゃな?」
「ここへ魔力を集めて何かをする為の設備なのか、又は逆にここで魔力を発生させる為の装置なのか……」
「おそらく、後者じゃろうな。ここを見てみい。」
ロルフが指し示した所を見ると、ドームの下側は透明な液体が湛えられた水槽になっていて、その中にはトーラス状の太いパイプが走っているのが見えた。
そのパイプの下には、何本もの大小様々な六方晶クリスタルの石柱が見える。
ヴィヴィは、一番手前側にある、小さなクリスタルを水中から持ち上げようとした。
「きゃっ!」
クリスタルは、持ち上がって来て水中から出ようとしたその時、水面との間で眩い光を発し、ヴィヴィは思わず取り落としてしまう。
クリスタルは、再び沈んで行き水底に落ちた。
「水面から出た瞬間、物凄く魔力を吸い取られました。」
「おそらく、この液体が魔力を絶縁しておるのじゃろう。魔力を絶縁する物質というのは、実に興味深い。」
「魔力を吸い取る石と言うと、太陽石と同じ物なのでしょうか?」
「太陽石の鉱石からの抽出結晶かもしれぬな。驚くべき物じゃ。太陽石の結晶を、魔力絶縁体で覆ってある、……つまり、これは巨大容量の魔導キャパシターじゃろう。」
「その上の円環は、……プラズマのリアクターでしょうか? その上のドームは、魔導を発生させる何らかの装置?」
「おそらくな、機械的に魔力を発生させる、魔導炉なのかもしれん。ううむ、こじ開けて仕組みを見てみたいものじゃ。」
「という事は、この円環に火を入れれば、この装置が動き出す可能性があると?」
「うむ、わしらの魔力では種火にも足り無さそうじゃ。ドリュアデスをここに呼べれば、やらせてみたい所なんじゃが、生憎ここには草木一本生えとらんからのう。」
「…………」
「……」
「はっ! そんな事よりも、ソピアちゃん達を探すのが先決ですよ。」
「おお、そうじゃった。ミスリルの導管が伸びているという事は、何処かに制御室か、そのエネルギーを使うメインの施設が有るはずじゃ。一番太い導管を辿って行って見よう。」
一番太い導管の先は、隣の部屋へ続いている。その先は、灰色の壁の通路へと伸びていた。その通路へ足を踏み入れ辿って行くと、通路は垂直に上方向へ曲がり、先の見えない暗がりの中へ消えている。
おそらく、この灰色の通路は、人が通る為の物では無いのだろう。横幅は人が二人すれ違うのに苦労しそうな幅だし、高さは頭を軽く屈めなければ通れない程の低さだ。
ロルフとヴィヴィは、垂直の通路を飛行術でゆっくり上昇して行く。
100ヤルトも登った所で、通路は白い物質で囲まれた、平たい円形の小部屋に出た。太い導管は、その部屋の中央の天井にある円筒形の箱に接続され、その先の行方は分からない。
その先を確かめるには、この小部屋の天井か壁を破壊してみないと判らないのだが……
その時、周囲の壁を歩きながら調べていたヴィヴィが、何かに気が付いた様だ。
壁に耳を当てて、音を注意深く聞く。
「しっ! 壁から何かが聞こえますわ。……人の話し声の様な……?」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
ケイティーは、必死に自分を拘束している縄から抜け出す方法を考えていた。
持っていた剣は取り上げられてしまっている。どうすれば良いのかを必死に考えていた。
「ひゃはっ! すごい、すごいよ! チャージ率はもう95%にも成っている! これで全てのライブラリーを起動出来る!」
「あなたは一体、何をしようとしているの?」
「ここはね、太古の世界の記憶が全て収められたライブラリーなんだ。」
アクセルは、既にケイティーの方を見ようともしないで喋っている。
眼の前で目まぐるしく映し出される映像に、夢中で目を奪われている。
自分の目的が実現する瞬間に、我を忘れている様だ。
ケイティーは、左手の親指の関節を強引に外すと、力任せに縄から引き抜いた。本来ならば、のたうち回るほどの激痛だったろう。しかし、この時のケイティーは、痛みを全く感じていなかった。
そして、脚の拘束も解くと、気づかれない様にその場を抜け出し、離れた場所のクリスタルの隙間へと身を隠した。
「僕はね、古代にここにあった文明からの転生者なんだ。この時代に転生して、あまりの文明の退行具合に、最初は愕然としたよ。だけど、昔の記憶を頼りに山脈の形や星の運行からこの位置を割り出し、一人で探索を続けて十数年が経った。そして、ついにこの場所を見つけたんだ!
だけどね、動力は完全に停止してしまっていた。再点火しようにも、その莫大な電力を賄う方法は無かった。
ここの
アクセルは、自分の世界に没入し、ケイティーがいつの間にか居なく成っている事に全く気が付いていない。
ケイティーは、物陰に身を潜めながら移動し、外した左手の親指を強引に押し込んではめた。
耐え難い激痛に襲われたが、革の手甲の端を噛み、声が漏れるのを耐えた。
その激痛を耐える間、ふと首から下げていた魔導鍵を握りしめていたのに気が付き、見ると校章の紋が光を取り戻していた。
気付かれないようにそっと、倉庫から最初に持っていた、サントラム学園の卒業記念ソードを取り出す。この時、派手なエフェクトが、なんて邪魔なんだろうと心の底から思った。幸い気づかれる事は無かったのだが、後でヴィヴィさんになんとかしてもらおうと心底思ったのだった。
今ではロイヤルナイツのレプリカ剣ばかり使っていたが、冒険者になった初期には、卒業記念ソードにはずいぶんとお世話になった物だ。この剣で、初クエストで一番最初に斃したのが首刈り兎だった。タイラントも倒したし、アラクネーも倒した。剣としての性能は大量生産品の標準的な物だけど、柄に校章のレリーフがあしらわれた、結構カッコいい剣なのだ。ケイティーは、それを大事に倉庫へ仕舞っていた。今それを役立てるために再び手に取ったのだ。
ケイティーは、そのままクリスタルの後ろを隠れながら進み、中央のテーブルの反対側まで回り込むと、一気にテーブルの上に飛び上がってソピアの身体を引っ張った。
事ここに至って、アクセルはやっとケイティーが拘束を解いて抜け出した事に気が付いた。
「ソピア! ソピア! 起きて!!」
ほっぺたをペシペシ叩く。
アクセルが、鬼の形相でこちらへ向かってくるのが見える。
手には、ケイティーから奪ったレプリカ剣が握られている。
魔法攻撃をされると、ケイティーでは為す術が無いのだ。
だけど、アクセルは魔法を撃てないでいる。ここの設備を壊す訳にはいかないからだ。
剣を片手に円形テーブルに飛び乗ると、ケイティーの左肩を一突きした。
「うぐっ!」
ケイティーは、その剣を払い除け、ソピアを体の後ろへ隠す。
ソピアはこの施設を動かす大事な動力源だ。だが、ケイティーは別に殺してしまっても構わない。
アクセルの躊躇いのない攻撃が襲いかかる。
対するケイティーは、右手に剣を持ち、左手でソピアを庇いながら、何とか応戦をしている。
その不安定な姿勢では、いかにハンターランク1の腕前であっても、徐々に傷が増えていく。
右二の腕、左肩、左脇腹と、出血箇所が徐々に増えていく。
ソピアを起こそうとペシペシ叩く手にも、つい力が入ってしまう。
「いたたた、痛い、痛い、ケイティー!」
「ソピア! よかった!」
ケイティーは、ぎゅっとソピアを抱き寄せた。
まさか目を覚ますとは思っていなかったアクセルが驚いて動きを止める。
ソピアは、周囲を見回して状況を確認すると、ああ、そうだったと気を失う直前に起こった事を思い出した。
自分を庇うケイティーの腫れ上がった左手を見て驚き、全身の出血量を見て顔が青褪める。
「ケイティー、その怪我!……」
「大丈夫、でも、ちょっとピンチだったかな?」
ケイティーは、ぺろっとと舌を出して見せた。
大丈夫な
だけど、ソピアを心配させまいと、痛そうな顔は一切見せないのが余計に腹立たしかった。
大事な親友にこんな仕打ちをした奴。許せない。
ソピアは、自分のされた事よりも、ケイティーに怪我をさせられた事の方に腹が立った。
「アクセル! よくも私達を騙したな!」
「な、何で立ち上がれるんだ?」
そう、部屋全体の太陽石の結晶が、ほぼ全部フルチャージ状態になり、ソピアから奪われていたマナの量が減少したからなのだ。
今なら魔力を使える!
「ここからは私がやる! ケイティー、少し離れてて!」
ソピアは静かに怒っていた。いや寧ろブチギレ寸前だった。
頭の中には、今まで知らなかった、京介のものともソピアのものとも違う、全く別の知識が流れ込んで来ていた。
それは、古代文明の知識だった。
クリスタルのライブラリーに魔力を供給させられていた為に、回路が繋がっていたのだ。逆にライブラリーの知識がソピアの脳に逆流して来ていた。
今まで、魔力とは、謎の魔力フィールドであり、電磁力や重力の様に扱える、超強力謎パワーだと認識していた。
だけど、新しい知識が、今まで正体が解らない為に『謎』パワーとして保留していた知識の空欄を埋めて行く。
そう、魔力とは、宇宙の4大力を制御する力なのだ。
4大力とは、強い力、弱い力(本当にそういう名前なのだ)、電磁力、重力、この4つの力の事である。
これ以外の謎力など、存在しない。
まだ科学では説明されていない力があるかもしれないじゃないか、と言う人が居るかも知れない。
が、無いものは無いのだ。この先、どんなに科学が発展しようとも、新しい力が生まれる事は決して無い、と断言出来る。
この世界の中に新しい力を差し込むには、現代の宇宙の構造を数式で論理的に構築した、アインシュタインもローレンツもゼーマンも否定しなければならないのだから。オマエラちょっと、その理論間違っちゃってるぜーと、言えるものなら言ってみろという話しになってしまう。
絶対速度である、光速が光速で無くなるならば、話は違ってくるのかもしれないが、光速は絶対速度であるから【C】という定数で表されているのだ。
なので、この世界というか、宇宙には、強い力(正式名称です)、弱い力、電力と磁力を合わせた電磁力、重力の4つしか無いのだ。第五の力を観測しちゃったぜーという人が居たのならば、是非ネイチャーかサイエンスに論文を投稿して欲しいものだ。世界をひっくり返した大偉業として、歴史に名を残す事でしょう。
自然界を支配する4つの力は、それぞれ強い順に言うと、強い力>電磁力>弱い力>重力、の順になる。
重力は、四天王の中で最弱なのだ。
だが、光さえも脱出出来ない超重力のブラックホールを生み出す様に、実に強力な力だ。
ソピアが魔力と呼んでいる、または京介がテレキネシス、サイコキネシス等と呼んでいる、物体をを自在に動かす力は、この重力をコントロールしたものなのであろう。
そして今、ソピアは目の前の空間に超重力を発生させた。
その一点の空間が、魚眼レンズを通して見た様に歪んで見え、中心が光を反射しない、真っ黒な空間へと変わってゆく。
ソピアは、直径1ネル(約1センチ)程の真っ黒な球体、別名『黒玉』を生み出した。
マイクロブラックホール。
中心の重力は無限大。大きさはゼロ。黒い球体の境界は、『シュバルツシルト半径』といい、光が脱出出来なくなる重力加速度の境界面だ。別名、『事象の地平面』とも言う。
光を反射しないので、立体感が全く感じられない。平面にも見える。だが、本当に球なのは、どの角度から見ても円形に見える事から判別出来る。
空間に開いた黒い穴、部屋中の空気がこの黒い玉目掛けてものすごい勢いで吸い込まれ始めた。
まるで巨大ハリケーンの様なすさまじい暴風が、クリスタルの部屋内部を荒れ狂う。
ケイティーは、円筒形のテーブルの反対側へかろうじて身を隠し、吸い込まれそうになるのを必死に堪えた。
近くに有った、天井から
「やめろおーーーーー!!!」
アクセルは絶叫した。
今、太古の貴重な知識の一部が今永遠に失われたのだ。
「やめろー! やめてくれーぇぇぇ!! ここでそんな力を振り回すなー!!!」
しかし、ソピアはそんな声には耳を貸さずに、一歩ずつアクセルに歩み寄った。
「なんて事、なんて事をしてくれたんだー!! 貴重な知識! もう戻らない!!」
アクセルは既に戦意は喪失しており、涙と鼻水でグズグスの顔で懇願する様に這いつくばっていた。
「お前のやった事は、図書館を焼く蛮族と同じ行為なんだぞー!」
それはソピアは知っていた。
地球の歴史でも、アレクサンドリア大図書館の様に、焼失してしまった知識の数々は、永遠に世界から消え失せてしまうのだ。その様な歴史は、世界中で枚挙に暇はない。
ソピアは、ここで少し冷静になった。アクセルがやった事には腹が立ったが、なんだか可哀想だなとも思った。
アクセルに反省を促し、話し合ってみようと黒玉を止めたその瞬間、アクセルは懐に忍ばせていた、薬品を染み込ませた
と、その時。
横の丸テーブルの側面が爆発した。
アクセルは、その爆風で吹き飛ばされ、大きなクリスタルの柱に背中を強打して伸びてしまった。
ソピアは、直ぐ側での爆発でびっくりして、シェーみたいな変なポーズで固まっていた。
テーブルの下から出てきたのは、ロルフとヴィヴィだった。
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