第58話 空飛ぶロッキングチェアー

 私達は翌日、王宮へ呼ばれて、整列した騎士団の皆様に御礼の言葉を言った。

 その他、感謝状の授与式とか、パーティーとかで、なんやかんやが午後まで続いた。

 騎士団の皆も、報奨金プラス、太陽石もそこそこ回収できたみたいで、ホクホク顔だった。

 川沿いを行った分隊は可愛そうなので、ヴィヴィさんが、騎士団の回収した分も全て買い取って、川隊にも特別報奨金として分配したらしい。

 というのも、山隊の収穫が個人個人でばらつきがあり、小指の先程度の石しか拾えなかった者と拳大の石を運良く拾えた者で、格差が大きく、不平不満の元になりそうだったから、軍隊長と話し合って、全部の利益を均等に分配した方が遺恨を残さずに良いのではないかと言う結論になったからなんだって。

 川隊は、一人頭、労せずして大金貨8枚の特別報奨金。日本円で80万円相当だから、結構な臨時収入だよね。

 山隊の人達は、自分等が苦労して収集した石を何もしていない者に分けることについて、不満は出なかったのかと危惧したのだけど、元々同じ騎士団として仲の良い人達だし、同じ救出作戦に赴いた仲間という事で、全員で分配する事については、異議は出なかった様だ。騎士団は結構モラル意識の高い人達の様です。

 後で聞いた話なんだけど、その日作戦に参加しなかった者達からはかなり羨ましがられたらしいよ。

 私が光らせちゃったので、目視で見つけ安く、軍隊では休日にツルハシを持って例の渓谷へキャンプに行くのが流行したのだとか。


 午後からは、ケイティーとハンターズへ行って、例の太陽石採掘クエストを受注した。

 そして、受注したその場で私達は、倉庫から太陽石を1個ずつ取り出し、納品してクエスト終了。

 受付のお姉さんが、天秤を使って、慎重に重さを量って計算していた。

 報酬は、丁度大金貨3枚。2人で分けて、一人大金貨1枚と小金貨2枚ずつ。

 ヴィヴィさんが言った通り、本当に安いや。お師匠に教えてもらったレートよりも、小金貨7枚分程安い。

 まあ、クエストクリアの実績を買ったと思えば、それでいいか。


 受付カウンターのお姉さん職員は、太陽石採掘クエストの紙に、普通なら(済)のハンコを押す筈なのに、その紙を持って再びクエスト依頼ボードへ貼りに行った。



 「あれ? このクエストは済みに成らないんですか?」


 「そうなのよ。これは、いくらでも欲しいらしいの。また取って来たら、買い取るわよ。」


 「でも、あの石って、ここで売るよりも、宝石商に普通に売った方が高く買い取ってくれるらしいですよ?」


 「あー、それ聞いちゃったのかー。まあ、大賢者様が聞きに来た時点でバレるのは当然よね。」



 お姉さんは、ちょっと肩を竦めてみせた。

 このクエストを受注する人が少ない所以だ。

 本来なら、フルチャージの太陽石は、更に値が張るそうなんだけど、依頼書はチャージの有無については触れていなかったので、この値段で納得してくれる人だけ請け負って下さいという、全く人の善意を当てにした物なんだって。

 錬金術工房では、太陽石を何に使っているんだろうね?



 「そりゃあ、使い道はいくらでもあるわよー。あなた達のハンター証だって、根本の所に小さい欠片が入っているのよ。」


 「はー、そうなんだ。だからちょっと光っているし、実績やランク情報なんかも書き込める様に成っているわけね。」



 ケイティーは、自分のハンター証を服の下から引っ張り出して、眺めていた。

 微量の太陽石のエネルギーを利用して、情報を記録したりしているらしい。

 使うエネルギーは、ほんの微量なので、、クエストの受注や完了の時の書き込み時に外部から与えられる僅かな魔力程度で読み書き出来る、スグレモノなんだとか。全く魔力の無い剣士が持っていても大丈夫な仕組みになっているんだって。

 地球で言う所のICカードみたいな物だね。



 「さて、せっかくここまで来たんだし、何かクエスト受注して行く?」


 「だめだめだめ! ソピア、病み上がりなんだから、今日は家に帰って大人しく休みなさい!」


 「ぶー! 全然平気なんだけどなー。子供の体力舐めんなよ!」



 とはいえ、周囲に心配掛けるのも嫌なので、大人しく言う事を聞くよ。

 私達は、ハンターズを出て、一直線に飛んで帰る。

 屋敷に入った所で、ケイティーが周囲を見回して人が居ない事を確かめる素振りをする。



 「あのさ、ソピア、私達のあの財産なんだけど……」


 「ああ、その事? 散財しようと考えているなら止めるよ?」


 「違うよ! それは私がソピアに言おうと思っていた事なの!」



 なんだ、お互いにそう思っていたのか。



 「心配しなくても、ヴィヴィさんに任せておけば勝手に増やしてくれるよ。それに、あのお金はすぐには使えないんだ。」


 「えっ? そうなの?」


 「うん、ヴィヴィさんに任せるって事は、国庫に預けているみたいな物で、運用前提なの。80万と言ってもこれは実態のある金貨ではなくて、数字上のポイントみたいな物なんだよ。」


 「うーん? よくわからないな。」


 「私達は、数字上はその金額を持ってはいるのだけど、今すぐここに金貨を積んでと言っても、国の金庫の中には多分その量の金貨は入っていないので無理なわけ。どうしてもと言えば、あちこちから掻き集めて来るのだろうけどね。」



 つまり、地球で言う所の銀行みたいなもので、通帳上に800億円って書いてあっても、銀行の金庫の中にはそれだけの札束は入っていないという事。銀行に預けた時点で、その金額は実態の無い数字上のポイントに変換されてしまっていて、預金通帳に印字された数字に過ぎなくなってしまっている。銀行は、皆から預かったお金を企業なんかに貸し付けて、利殖して増やして儲けているというわけ。私達がATMを操作してお金を引き出すと、初めてそのポイントがお金という実態に変換されて出てくる仕組みになっている。

 ATMで送金すれば、ポイントの数字が、他の銀行へ移動するだけの仕組み。実態の無いネット上にだけ存在する仮想通貨が通貨として機能しているのも、ネットの内部では単なる数字のポイントのやり取りでしか無いから可能なんだね。そして、現代の地球では、現金である札や硬貨を一切見なくても買い物が出来てしまう。現金は必要の無い世界に成りつつあるんだね。

 そして、そのお金の数字(ポイント)は、あなたの人生というゲームにおける、評価ポイントであると謂われる所以でもある。



 「だから、預けて置くだけで色々と運用されて人の為になるから、本当に必要と思うまでは手を付けない方がいいよ。」


 「ふーん、そんなもんなのねー……。あ、それじゃ、私がそのお金を自分で運用して、社会の役に立てて、かつ稼ごうと思ってもいいわけ?」


 「いいけど、それやると、所謂高利貸に成り下がるよ? 必ず返済が滞る人が出てくるし、それを放置したら負債が嵩むだけに成るし、悪い人にも目をつけられて騙し取られる事にも成る。そういう悪い人に対抗しようとすると、こちらも闇の部分に落ちなければ対抗は出来ないし、そうすると、気が付いた時には悪徳高利貸に成ってしまっている。……のかもね。」


 「じゃあさ、大きな会社にだけ貸し付けたり投資したりするのは?」


 「同じでしょう。どんな大企業でも景気によって浮き沈みが有って、返済が必ず順調とはいかなくなる時が来る。その時にケイティーはどうする? 自分が損をして諦める? 闇に落ちて相手がどうなろうとも取り立てられる?」


 「うーん、私には無理だと悟りました。素直にヴィヴィさんに任せます。ところで、ヴィヴィさんって、闇に落ちてるのかな?」


 「そうだよー、あの人実は怖いよー。だって、暗……」


 「あーーら! ソピアちゃん、ケイティーちゃん、お帰りなさい! お夕飯のお食事が出来てるわよー。」



 私は、身体に盗聴器とかGPSとか取り付けられているんじゃないかと体中を見回した。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 翌日は、だらだらと昼まで寝ていて、お昼ご飯を食べに食堂へ降りると、既に他の三人は席に付いていた。



 「ソピア、お早う。」


 「あーら、ずいぶんとお寝坊さんねー。」


 「おう、ゆっくり眠れたか?」


 「皆お早う! もう完全に戻ったよ!」



 朝食を食べながら、昨夜から気になっていた事をヴィヴィさんに聞いてみた。



 「錬金術ギルドが、太陽石を集めているらしいのだけど、何か知ってる?」


 「んーーー……、多分、あれ、かなーーー。」



 ヴィヴィさんは、倉庫から一つのロッキングチェアーを取り出した。



 「これを量産化しようとしているみたいね。」


 「安楽椅子ロッキングチェアー? これを作るなら、木工ギルドなんじゃないの?」


 「これはね、魔道具なのよ。飛行魔道具。」


 「あっ。」



 私は、ポンと手を打った。そういえば、初めてヴィヴィさんと会った時には、これで王都上空を飛んでいたんだった。



 「これがあれば、ケイティーでも空を飛べるの?」


 「ちょっとやってみる?」


 「わぁーい!」



 実は、ケイティーは、自分で自由に空を飛ぶのが夢だったらしい。

 いそいそと椅子に座って、こちらを嬉しそうに見る。可愛い。



 「これ、どうすれば飛べるんですか?」


 「椅子に自分の魔力を流すのよ。魔導鍵と同じね。」



 ケイティーは、むむむと力んで(力む必要は無いんだけどね)、魔力を椅子へ流し込むと、僅かに椅子は中へ浮かび上がり、私の身長程の高さまで上がった所で、すーっと下がって着地した。



 「浮いた! 浮いたよ! ……だけど。」



 そこまでが魔力の限界だったらしい。



 「ちょっと浮かせる程度は出来ても、自在に操る所までは行かないです。それに、魔力がすぐに切れてしまう。」


 「やはり、かなり魔力に余力のある魔導師ではないと難しいみたいね。これが一部の魔導師じゃないと扱えない理由なの。」


 「じゃあ、何でそんな物を錬金術ギルドが?」


 「そこで、じゃ~ん!」



 ヴィヴィさんが、倉庫から黒い円筒形の筒を取り出した。地球での500ミリリットルペットボトル位の大きさです。



 「魔導キャパシター!」



 ドラ○もんか!

 側面に小窓が開いていて、そこから眩しい光が漏れている。

 これは、太陽石の光だね。


 そっか、飛行に使うエネルギーは、太陽石から取り出して、魔力の弱い者にも扱えるようにするんだ!



 「ご明答! 術者は、起動と停止と、空中のコントロールだけに専念すればいいの。」



 ヴィヴィさんは、その魔導キャパシタを安楽椅子ロッキングチェアーの座面の下にある、ソケットに差し込んで捻り、ロックした。



 「ケイティー、もう一度椅子に座って、肘掛けの先端に両手を置いて頂戴。」



 肘掛けの先には、サントラムの校章が浮かび上がっている。

 そこへ両手を置くと、起動式が立ち上がり、掌紋認証が完了したメッセージが流れる。



 「天井ギリギリまで上がって、部屋の中を飛んでみて。」



 今度は、力む事無くスムーズに上昇し、部屋の中を自在に右へ左へと移動して見せた。

 下側に、でっかいサントラムの校章が浮かび上がっている。

 目立ってちょっと恥ずかしいかも……



 「すごい……、すごい! 飛んでる! 私の意思で自由に飛んでる!!」



 大はしゃぎである。



 「では、ここへゆっくりと着地してみて。」


 「はい!」



 ちょっと覚束無い感じはするけど、ヴィヴィさんの指定した場所にゆっくりと着地する事が出来た。



 「おめでとう! その椅子は、今日からあなたの物よー!」




 ああ、これも、モニター兼広告塔なわけね。



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