第59話 謎空間ランデブー

 「魔力の少無い人が使っても安全なの? いきなり墜落したりしない?」


 「安全対策はばっちりよー。」



 起動は、掌紋認証なので、他人が使う事は出来ない。

 1本の魔導キャパシタをフルチャージ状態で、凡そ2日の連続稼働が可能。

 空中で、術者の魔力が尽きた場合、またはキャパシタのチャージが残り少なく成った場合は、ゆっくりと降下して安全に着地出来るように術式を組んである。

 椅子と身体は魔導的に一つのカプセルに入っているので、身を乗り出しても落下する事は無い。また、空気抵抗や温度の変化の影響を受けない。

 飛行中は、地上から見える下部に、サントラムの校章がでっかく表示される。



 「とまあ、こんなとこかしら? 使っていて、気になる所があったら、どんどん報告して頂戴。逐次改良してゆくわー。」


 「はい、一ついいですか? 速度はこれ以上出ないのでしょうか? これだとソピアに置いていかれてしまうと思うのですが。」


 「そうねー、安全を考えて速度は落としてあるのだけど、出来なくは無いわ。キャパシタの持ちが半分くらいに成るけど。」


 「丸1日持てば十分じゃない?」


 「そうねー、うーんと、ちょっと魔導式を書き換えてみるわ。お時間頂戴。」


 「それから、魔導キャパシタのチャージは、どうするんですか?」


 「これの場合は、キャパシタだけ外してこの屋敷内の何処かへ置いておけば、勝手にチャージされるわよ。何しろ、これだけの魔力を持った魔導師が3人も居るのですから。あなたの場合は、自分の部屋の中に置いていけば、1晩で一杯になってるんじゃないかしら? だって、私とソピアちゃんに挟まれているのだから。」


 「勝手に吸い取られるのかー。うーん、まあいいけどさ。」


 「ごめんねー、ソピア。」


 「いや、別に構わないよ。大した事無いし。でもさ、これを一般販売する場合はどうするつもりなの? 私は嫌ですよ、充電係は。」

 「そこねー……。あまり数を増やしては、チャージする人が足りなくなるわね。取り敢えずは上級貴族やお役人向けに少数で、王宮魔導師で対応かなー。最も、これだけのサイズの太陽石を使っていると成ると、かなり高価なものになってしまうから、所有出来る人は限られちゃうと思うのよね。」


 「市井の魔導師から魔力を買ったらどう? これ1本チャージするのに、いくらって感じで。」


 「はいっ、そのアイデア頂きました。このサイズをチャージするのは無理でも、最高速度と連続稼働時間を半分程度にすれば、一晩でチャージ出来る人は居るかも知れない。……、うん、そうしましょう。」



 ヴィヴィさんは、指をパチンと鳴らした。

 ケイティーのがベンツの高級車なら、市販品はファミリーカーになるのか。


 飛行魔導の記述式を限りなく簡素化すれば、本当にファミリーカーレベルに成るかもしれない。

 例えば、空中では前後左右上下と3次元に移動出来る様になっているのを、浮上のみに絞って、空気抵抗または体重移動を使って、ベクトルを傾ければ、前進出来る。つまり、地球のヘリコプターみたいな挙動で運用出来るのではないかと考えてみた。その分、術式を簡素化出来るんじゃないかな。太陽石のエネルギーも、その分省エネに成るんじゃないかな。



 「どうかな?」


 「えーと、ソピアちゃん、開発に協力して頂戴。私の仕事部屋で、基本設計を見直しましょう。」



 ヴィヴィさんに、両肩をガシッと掴まれた。



 「まだ食事途中なのにーーーー!」


 「ソピアー、今日一緒に狩りに行く約束はー?」


 「ヴィヴィさんに言ってーーーー!」



 そのまま仕事部屋に引っ張って行かれた。

 やっと開放されたのが、その日の夕方の食事の時間前だった。



 「おつかれー、ソピア。顔色がすぐれないわよ。」


 「うん、なんか、色々な物を吸い取られた感じがするよ。」


 「おほほ、ギャランティとロイヤリティはきちんと支払われるので安心して。」


 「また、儲かってしまうのか。」



 こういう儲かり方って、本当にゲームのポイント以外の何物でもない感じがして、稼いだ実感が無いな。

 こっちの世界の知的財産権がちゃんとしっかりしてて、割と驚き。

 地球みたいな物質文明ではなくて、魔導文明なので、当然といえば当然なのかもしれないけどね。



 「ケイティーちゃんの飛行椅子もアップデート完了よー。魔導ジェット搭載で、最高速度は毎刻500ヤルト(時速400キロ)程度は出るわー。そのかわり、連続稼働時間は半分になっちゃったけどね。ケイティーちゃんだけの特別仕様よー。」


 「うーん、プロトタイプが最高性能の理由わけが無い説を更に否定したな。」


 「何の話?」


 「あ、いえ……」



 --昔のロボットアニメとかに、一番最初に作られた試作品プロトタイプの主人公格が最強という常識みたいなのがあって、例えば、ジャイ○ントロボとか、仮面○イダーとか、ワン○ブンとか、ガン○ムとかね、そういうの多かったのだけど、良く考えてみれば、技術が進む最新鋭機の方が強いに決まってるだろと言う話は出てたんだよね。でもここで、量産機の方をわざとローグレードにする事で、試作機プロトタイプ最強説を補強しました。ええ、無理やりですとも。--



 「そういえば、ロルフ様の新型ジェットの仕組みを聞いていなかったわねー。それに、ソピアちゃんの謎空間魔導も……」


 「あれは、各自の課題じゃぞ。それぞれ、自分で考えるのじゃ。」


 「じゃあ、ソピアちゃんのは?」


 「あれ、理屈は色々考えられるんだけど、私じゃないと使えない気がするよ。魔力量とかの理由で。」


 「ぐぬぬ、悔しいですわー。試しにやってみせますわー。」



 皆で中庭に出て、やってみることに成った。

 ケイティーは、飛行椅子に座って練習だ。



 「じゃあ、いきますわよー! 確か、拳にありったけの魔力を込めてー。」



 空間を殴る!

 しかし、パンチは見事に空振りするだけだった。



 「きいいーーー!! 悔しいですわー!! それならば!」



 魔導倉庫から漬物石位の大きさの太陽石取り出して、それを目の前に掲げ、全力の魔力を込めた拳で殴りつけた。



 ドンッ!! ビシビシビシ!



 空間に亀裂が入る。



 「やった!! もう一丁!!」



 もう一度殴りつけると、空間に入ったヒビが拡大し、更に殴りつけると、遂に空間が割れた。

 ヴィヴィさんは、一度に大量の魔力を消費したために、髪を振り乱してゼーゼー言っている。太陽石の光は消えた。



 「やった! やった! この中に入れば……」


 「あっ! まって!!」



 私は、その空間の穴に手を伸ばそうとするヴィヴィさんの服を掴んだ。

 次の瞬間、ヴィヴィさんと私は空間の穴に吸い込まれ、背後で穴が閉じるのを感じた。



 「すごい! すごいわ! これがソピアちゃんの言っていた謎空間なのね!」



 私は、この中で手を放したら、絶対に見つけ出す事は出来なくなってしまうという予感があり、絶対に離れ離れに成らない様にお互いの服の裾同士を固く結び合わせた。



 「ヴィヴィさん、落ち着いて。この中では魔導は使えないし、一瞬の移動距離が大きくて、お互いに離れてしまうと二度と見つけ出す事が出来なくなってしまう。」



 「えっ? 魔導が使えない?」


 「うん、倉庫も使えない。だから……」


 「ここでは太陽石を取り出せない。」



 ヴィヴィさんの顔がさっと青ざめる。

 太陽石にチャージされている魔力を使ってやっと開いた空間の穴だけど、内側からも同じ魔力量が必要だとすると、内側からはもう開く事は出来ないという事になってしまう。はしゃいでいた最初の興奮状態がさっと鳴りを潜め、考え無しに飛び込んでしまった自分の行動を思い返してゾッとしたようだった。

ヴィヴィさんは、私が結わえた服の裾を自分でもう一箇所結んだ。



 「これからどうしましょう……」


 「大丈夫、私が居るから。急いで出る前に、ここを色々楽しんでみましょう。別々の方向を考えると、そっちへ飛んで行っちゃうから、意識を合わせてね。」


 「分かったわ。ソピアちゃんの意識に同調させるわ。」



 私達は、二人でぎゅっと手を繋ぎ、意識を会わせて前方を指差した。



 「この屋敷の中に入る。食堂を通り抜けて、玄関ホールの階段前を想像して、一歩前へ。」


 「分かったわ。玄関ホール階段前へ、一歩。せーのっ!」



 お互いにタイミングを会わせて一歩歩くと、壁も家具も通り抜けて、玄関ホールの階段前へ停止した。」



 「す、すごい! 瞬間移動だわ。」


 「これね、距離は関係無いよ。どの方向へも、上でも下でもどこまででも遠くへ行けるよ。」


 「すごすぎるわ。」


 「じゃあね、今度は王宮の謁見の間の玉座前ね。せーのっ!」



 1歩。

 一瞬で玉座前へ移動した。エイダム国王が、なにやら外国の使節と会っている最中の様だ。

 反射的にカーテシーの姿勢を取ろうとするヴィヴィさんを制して、こちらの姿は見えないし、不用意な動作をすると何処かへすっ飛んで行っちゃうかもしれないから、あまり動かない様に注意した。



 「次は、どちらへ行ってみたい?」


 「さっき、上でも下でも行けるって言いましたね? わたくし、雲のずっと上へ行ってみたいです。」


 「じゃあ、上に意識をむけて、1歩。」



 ぎゅんっと周りの景色が流れ、止まった所は雲海の上だった。



 「きゃあっ! すごいすごい!!」


 「もっと上まで行けるよ。」



 次に到達したのは、成層圏。

 足の下には、大陸が見えている。上を見ると、真っ暗な星空が広がっている。」



 ヴィヴィさんは、上を見上げて少し動揺した様だった。

 あ、そうか、この世界の人達には、雲の上には天界があって、神や天使が住んでいると信じられているんだ。

 なのに、夜空の様に真っ暗な宇宙空間が広がるのみで、天界なんて何処にも見えない。



 「天界が無くて、ちょっとがっかりしちゃった? 私の元居た異世界ではね、これよりももっともっと上まで人間は行っていたんだよ。」


 「言葉もありませんわ……」



 真っ暗な宇宙空間を見つめ、ヴィヴィさんはそう呟いた。

 2人で手を繋いで成層圏を散歩しながら、大地は球形をしている事を説明すると、ヴィヴィさんは驚嘆していた。



 「し、下側の人は、その……落ちたりしませんの?」



 うーん、ベタな質問来たぞ。




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