第55話 渓谷サバイバル

 「岩山を登るって聞いていたけど、降りる感じじゃない?」


 「んー、いや、下の方見て。私達は飛んで来たから上に居るけど、本当は下にある、あの道の方から来る感じなんだよ、きっと。」


 「じゃあ、洞窟って何処なんだろう?」


 「この渓谷の何処か。広すぎて分からないよね。」



 ちゃんとした地図を貰わないと、この渓谷の中から目的の洞窟を探すのは殆ど無理っぽい。

 もうそろそろ夕飯の時間になるから、私達は帰る事にした。



 「王都はどっちだっけ?」


 「上から見れば分かるよ、きっと。」



 私は、ケイティーを持ち上げ、何時もの様に軽く地面を蹴った。

 なんか、ちょっと何時もより重いような気がした。

 森の木が邪魔なので、見通しの良い崖側に出て上空へ登ろうとした時、異変は起こった。



 「あれ、あれっ? 高度が下がっていく!」


 「ソピア!?」



 魔力に力が入らない感覚。

 このままでは、二人共谷底へ墜落してしまう。

 私は、魔力を振り絞って、ケイティーだけはと崖上の地面にそっと降ろすと、空気の抜けた風船の様に、そのまま谷の下へゆっくりと吸い込まれる様に落下して行った。

 崖の上から、私の名前を呼ぶケイティーの声が聞こえた。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 その頃、王都の屋敷では、夜になっても戻らない2人をヴィヴィが心配していた。

 既に外では、ぽつぽつと雨が降り始めている。



 「夕飯時になっても戻らないなんて、あの二人に限って有り得ないはずなのに……」


 「今戻った。」


 「ハンターズギルドの方はどうでした?」


 「うむ、オーク狩りのクエストを受けて出かけて行ったそうじゃ。ただ、少し気になる話を聞いてのう……」


 「気になる話しとは?」


 「錬金術工房依頼の案件をしつこく聞いていたそうなんじゃ。」


 「それは、どういった内容なのですか?」


 「それが、太陽石の採掘らしいのじゃが、そのクエストは受けては行かなかったそうなんじゃが……」



 日付は既に日を跨ぎ、もうすぐ夜が開けるだろうと思われる時刻となった頃、雨は勢いを増して行く。

 そんな土砂降りの中、ボロボロのケイティーが戻って来た。

 全身ずぶ濡れ。衣服も所々引っ掛けたのか、破れている。

 何度も転んだであろう、掌と膝も擦り傷だらけで血が滲み、顔にも泥汚れが付いていた。

 一晩中走って帰って来たのだろう、呼吸で喉が笛の様に鳴り、言葉を必死に喋ろうとするのだが、まともに声にならない。



 「どうしたのじゃ、ケイティー、ソピアは!?」


 「ケイティーちゃん!」



 2人は、声の出せないケイティーを担いて、食堂の椅子へ座らせ、ヴィヴィは走って厨房へ行き、水を汲んで戻ってきた。

 ケイティーは、水を口に含むが、むせて上手く飲み込めない。



 「ソピアが……太陽石の…………渓谷……飛べなくて…………私を……」



 涙でぐしゃぐしゃに成った顔で、そこまで言うと、気を失ってしまった。


 ………………


 …………


 ……


 ケイティーが目を覚ましたのは、その日の夕方、1階来客室のベッドの上だった。

 横の椅子には使用人のメイド長が付き添っていて、ケイティーが目を覚ましたのを確認すると、直ぐに部屋を出て行ってしまった

 しばらくすると、廊下を走る足音が聞こえ、ロルフとヴィヴィが入ってきた。



 「あれからどの位の時間が経ったのですか!?」


 「心配せずとも良い、大体半日程じゃ。詳しく話してくれんかのう。」



 ケイティーは、何が起こったのかを詳しく説明した。



 「最初は、太陽石の採掘場へ行く気は無かったんです。でも、オークを狩りながら、どんどんと森の奥の方へ入って行ってしまい、気が付いたら開けた場所に出ていました。目の前には、凄い渓谷が広がっていて、……」


 「渓谷へ入ったのか?」


 「いえ、違うんです。ここがそれっぽいよねって、話をしていて、でも、地図が無ければこの中から目的の場所を探すのは無理だよねって、話になって、さあ帰ろうと飛び上がった瞬間、ソピアが急に力が抜けるって言い出して、私だけを崖上に戻すのがやっとで、自分はそのまま谷底へ……直ぐにモレアさんに貰った葉っぱの事を思い出して、取り出そうとしたのだけど、私の倉庫も開かなくなってて……」」



 ケイティーは、顔を伏せて泣いた。

 まるで、自分のせいだと言わんばかりに泣いていた。



 「わかったわ、後は私達にまかせて、あなたはお休みなさい。一晩中走って、まだ体力は回復していないのだから。」


 「いいえ! 私が行かないと! 場所に案内出来ます! 早く行かないと!」


 「大丈夫だから、落ち着いて、ね。」



 伏せて泣いているケイティーの頭の上で、ヴィヴィが何かの魔導をかけると、ケイティーはそのまま眠りに落ちてしまった。」



 「厄介じゃのう、あの渓谷へ落ちたとなると、わしら魔導師では助けに行けんぞ。」


 「直ぐに王宮へ戻って、騎士団を招集して探索に当たらせます。」



 ヴィヴィは、玄関から出るのももどかしいとでも言う様に、窓を開け放つとそこから飛び出して行った。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 谷の底で、私は思案に暮れていた。



 「どうしよ、これ?」



 前後は切り立った岩壁。目の前には川。

 川に落ちない様に河原に着陸するのに苦労したよ。

 うん、パラシュート降下みたいな感じだった。やった事無いけど。


 丁度、川がカーブしている場所で、カーブの内側が都合よく州になっていた。

 こういうのを蛇行州とか突州とっすって言うんだっけ。砂州の場合と礫州の場合があって、ここは小石だらけの礫州の様です。

 運良く水に落ちないで助かったよ。……なのは良いのだけど、出口が無い。閉じ込められてしまった。

 この突州は、何処かへ出られる様には成っていなくて、上流側も下流側も幅が徐々に狭くなって行って、その先は川になってしまっているんだ。つまり、三日月型なわけ。


 この川に飛び込めば、出られるかなーーなんてちょっと思ったけど、普通に死ぬよね。深そうだし。

 ここが礫州になっているって事は、川の中も岩がゴロゴロしている可能性がある。

 大きな岩なんかが沈んでいたりすると、水流が縦回転になっていたりして、そこに嵌まり込むと泳ぎの上手い人でも抜け出せなく成ってしまい、溺れてしまう事もあるんだ。

 そして、最悪な事に、私は山育ちで泳げないのだよ。絶対にこんな急流を泳ぐのなんて無理だよ。

 京介が泳げれば、その記憶で泳げるかなとも思ったけど、残念、京介もカナヅチでしたー。

 さーて、困ったぞ。


 魔力は、使おうとしなければ抜ける事は無いみたい。ちょっと回復が遅い様な気もするけど、少しずつ回復して来てはいる。

 ただし、少しでも使おうとすると、まるで風船の口を放した時みたいに、一気に魔力が抜けて行くのが分かる。



 「とりあえす、お腹が空いたな。一瞬だけ倉庫を開いて、お弁当を取り出して直ぐに閉めれば大丈夫だよね。」



 ぱっと倉庫を開いてお弁当を取り出し、ぱっと閉める。

 OK、結構魔力が漏れたけど、少しじっとしてれば戻る程度だ。

 まずは腹ごしらえ。

 お弁当を食べ終わった後のゴミは、川に捨てちゃおうかなと思ったんだけど、思い直して、また倉庫を開いて仕舞う。日本人だな私。ゴミのポイ捨て出来ないや。魔力? また抜けたよ。


 段々日が傾いてきたな。

 川の音だけ聞いていると、なんだか怖いな。

 上流で雨でも降って、川が増水したら私、死んじゃうんだろうな。


 とか考えていたら、急に回りが光り出した。

 なんだろう、これ?

 星空みたい。

 周囲の岩の中に、点々と光を発する部分がある。

 足元の石も光りだしている。

 飛行石じゃー、この光は私には強すぎる……なわけはない。


 でも、明るいのは嬉しい。心細くならない。

 明かりは、段々と強くなっていって、とうとう昼間みたいに周囲を照らし始めた。

 うーん、ちょっと眩しいな。もうちょっと光量を落としてくれませんかね。


 ここで気が付いたのだけど、魔法が抜けなく成ってきてるかも。

 倉庫をパカパカやっても全然平気だ。

 今なら飛んで出られるんじゃね?

 そう思って、飛び上がってみたけど、10ヤルト位上がった所で再び魔力の抜ける感覚があり、川へ墜落したらまずいので、元の突州へ戻る事にした。


 そうだ、モレアに貰った葉っぱ!

 あれで呼んで、お師匠達に連絡してもらえないかな。窮地に助けに来てくれるって言ってたよね!

 ……と思ったんだけど、周囲に木が一本も生えていないんだよね。確か、木の近くでしか呼べないんだったっけ。うーむ、今正に使いたいその時に、ドリュアスの縛り条件が当てはまってしまうとは。使えない。


 魔力抜けは収まったみたいなので、余計な事はしないで、ここでじっと救助を待つのが正しいのかな。

 普通は、遭難したらその場で動かないで救助を待つのが鉄則だよね。


 なんだけど、……

 一晩河原で過ごした所で、嫌な予感がします。

 空が白み始めても良い時刻だと思うのだけど、なんだか雲行きが怪しいですよ。

 まだ雨は降っていないけれど、今日明日には降り出すんじゃないかなー。


 足元の光る石を積んで、バランスアートなんかを作って遊んでいるんだけど、これは賽の河原の石積みに思えて来たので止めた。

 石の幾つかは、何かに使えるかもしれないから良さそうなのを選んで倉庫に放り込んでおく。

 んー……全部放り込んでおくか。庭の花壇の縁取りに使ったら綺麗かもしれない。庭師のおじちゃんにあげよう。

 川底でも大きな石が光っているから、それも引き上げてみる。50トン位有りそう。

 でも、こんなに大きなのは要らないや。川へぽーい。

 あーあ、退屈だなー。



 夜半過ぎになって、降らなきゃ良いなーなんて思って居たのに、あーあ、遂に雨がポツポツ降り初めちゃいましたよ。

 濡れるの嫌だな、なんて言っている場合じゃない。

 川が増水し始めました。



 私、万事休すです!



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